終焉編38話 笑って再会したいから
チャティスマガオ戦域での戦闘は終了した。逃亡する敗残兵には組織的抵抗に転ずる余力も気力もあるまい。カイルは戦闘不能、オスカリウスは投降し、アギトとペルペトアは戦死した。化外のビーストテイマーにトドメを刺したのは軍用犬の茶虎だったってんだから、皮肉が効いてる。猛獣を使い捨ててきた女が、猛犬に喉笛を噛み砕かれて死ぬ、まさに因果応報だな。
「敗残兵はバルミット方面とは真逆の方向に逃走しています。反転してくる可能性は低いと思いますが、追撃部隊を出しますか?」
眼旗魚のメインスクリーンに映った鯉沼少将に向かって首を振る。
「放っておけ。まだ戦うつもりなら北上して、バルミット攻略軍との合流を目指すはずだ。反対方向に逃走してるって事は、なんとしてでも追撃を避けたい意図の現れ。斥候を送って動向を観察するだけでいい。兵の選別が終わり次第、オレ達はバルミットの救援に向かうぞ。」
アギト&カイルが敗北した事は、もう煉獄の耳に入ったはずだ。ドラグラント連邦軍が到着するまでにカプラン師団を撃滅しなければ、兵団は挟撃される。煉獄はなり振り構わず総攻撃に打って出るだろう。一刻も早くバルミットに向かわなければ!
「ハッ!準備を急がせます!」
鯉沼少将は敬礼し、スクリーンから姿を消す。
「シオン、案山子軍団の損害は?」
「戦死者は4名、重傷者は8名です。怪我人は遺体と共に既に後方へ送りました。」
……損耗率10%か。クソが!流石にキリングクロウと戦って戦死者ゼロなんて都合のいい話はなかったらしい。
「シズル、白狼分遣隊の損害はどうなっている?」
「8名が戦死し、17名が重傷。お館様、重傷者リストには隊長の狼山マガクも入っています。」
マガクは地獄の番犬と交戦したからな。8名の戦死者の中には射場トシゾーも含まれている。トシの仇を討ってくれたケリーも重傷で、バルミットには連れて行けない。ペルペトアめ、厄介な生物兵器を本土に持ち込みやがって!
「白狼分遣隊の指揮は
「お任せを。九郎兵衛には私から話をしておきます。」
「アギトの件では辛い思いをさせたな。すまなかった。」
主家を何よりも重んじるシズルにとって、宗家の血を引くアギトを介錯するのは辛かったはずだ。
「お館様が気にされるような事ではありません。私は筆頭家人頭としての責務を全うしたまでです。アギト様の最後を聞いた御老体も、慰められたかと思います。死に際とはいえ、狼の魂を取り戻されたのですから……」
「そうだな。一族の戦死者の件も天羽の爺様には伝えたのか?」
「はい。……特にトシゾーの死を惜しんでおられました。ライゾーには御老体からお話されるそうです……」
「イバトシは一族の柱石で、将来は大黒柱になれる逸材だった。オレも戻ったらライゾーに会おう。」
ライゾーに限らず、戦死者の遺族を慰撫しなければならない。だが、先に戦争を終わらせねば。
リリスがブリッジに来たか。
「Xー2改め、リーゼロッテは医療ポッドか?」
「ええ。全身くまなくボロボロよ。あのコも天使形態を行使したらタダでは済まないみたい。」
後継モデルなのに、悪魔形態と同じ弱点を抱えてるのか。いや、生体工学の第一人者・百目鬼博士がモデリングしたオリジナルを超えるのは至難の業。カラーリングが違うだけの同型モデル、そう考えた方が良さそうだ。
「リリスより年下の華奢な体であんな無茶をすれば無事な方がおかしいか。後方へ送って治療に専念…」
「それが一緒に戦いたいんだって。バルミットに到着するまでポッドで休めば、完治とはいかなくても、戦えなくはないわ。もちろん天使形態は使わせないけどね。」
「リリス、いくらリーゼロッテが望んでも戦わせるべきじゃない。」
本当はおまえだって戦わせたくないんだ。だが防御の要を欠いて戦えば死人が増える。
「少尉、リーゼは兵器から人間に戻りたいのよ。自分の意志で、自分の力で、自分の道を歩こうとしている。それを止める権利は誰にもないわ。大丈夫、あのコは死なせない。守ってあげるわ、私が。」
「……わかった。彼女の意志を尊重しよう。」
移動砲台として運用するなら何とかなるだろう。兵団とやり合う以上、戦力は多い方がいい。こんな算盤を弾いちまう自分が……たまらなく嫌だ。
「少尉、自己嫌悪は戦争が終わってからよ。じゃあリーゼは指揮中隊に編入するわ。何だか妙に懐かれちゃったし。」
「リリスを姉みたいに思ってるんだろう。面倒をみてやれ。」
「はいはい。もう妹みたいな姉もどきがいるってのに、困ったものね。」
ナツメはリリスにも甘え倒してるからな。まったく、甘え上手な事だ。
「報告が終わったら、リリスも医療ポッドに入れ。おまえだって結構なダメージをもらってる。」
「戦える兵士の選別を手伝ってからね。少尉こそ早く体を治して。煉獄を斃せるのは剣狼だけよ。」
異名兵士・煉獄……機構軍最強の男、か。
ん? ブリッジにサモンジとマガクが入って来たな。
「お館様、私はまだ戦えます。」 「私もですぞ。重傷者リスト入りは撤回してくだされ。」
自力で歩けてるサモンジはともかく、松葉杖をついてるマガクまで志願する気か。
「ダメだ。文句は軍医に言え。それより射場トシゾーの事を聞きたい。射撃要員のトシがなぜ戦死した。番犬は遠距離攻撃を持っていたのか?」
「そ、それは……」
マガクの顔色が変わった。何か隠し事をしているな!
「言え!何があった!」
「……お館様、トシゾーが戦死した責は私にあります。」
「誰に責任があるかはオレが決める事だ!マガクが言いたくないならサモンジに聞く!サモンジ、包み隠さず話せ。言い淀むようなら帝に叛意ありと見做す。」
こう言えばサモンジは拒否出来ない。マガクが言えない事はサモンジが、サモンジが言えない事はマガクが話してくれた。あの小天狗め、最悪の場面で山っ気を起こしやがったのか!で、口だけは達者な似鯉の小僧は、援護を命じられながら怖じ気づいて逃げ出した。ま、アラトにゃ期待してなかったがな。
「お館様はガラクとトシゾーを指揮中隊に組み入れるおつもりでした。ですが私が分遣隊に残留させるように進言したのです。お咎めはどうか私に!」
マガクはガラクを庇ったが、そういう問題ではない。
「アラトは援護を渋りましたが、腰砕けの兵など要らぬと許可したのは私です。竜騎兵と新竜騎の長は私、責任を取らせてくだされ。」
サモンジもアラトを庇うのか。なるほど、ツバキが庇うに決まっているから、露払いしておきたいのだな。
「小天狗と似鯉の処分は帰国してから考える。マガクはどう考えても数日で回復する傷ではない。白狼分遣隊を九郎兵衛に預け、八熾の庄へ戻って天羽の爺様に顛末を報告しろ。それがおまえへの罰だ。サモンジはすぐ医療ポッドに入れ。戦地に到着した時点で軍医の許可が下りれば竜騎兵を指揮させる。」
「は、はい。私は御老体とライゾーに詫びねばなりません。」 「龍弟公、新竜騎は…」
「無能な味方は有能な敵より危険だ。重傷者リスト入りはしていないが、新竜騎もバルミットへは連れて行けん。不服を申し立てる者は、まとめて本国へ送還する。サモンジ、オレの言っている意味がわかるな?」
「ハッ!ツバキ様に龍弟公の意向をお伝えし、納得して頂けるよう説得致しまする!」
そうしろ。主君まで巻き添えにされたくなければな。トシの戦死が一番堪えているのはガラクかもしれんが、帰国したら天羽の爺様と相談して処罰せねばならん。クソッ!アイツが自信過剰の山っ気持ちなのはわかってたんだから、重大局面ではオレの手元に置いておくべきだった……
「公爵、
オペレーター席のノゾミが上ずった声で報告してくる。バーバチカグラードで動きがあった、ブリッジに緊張が走る。
「繋げ。」
メインスクリーンに映ったのは閣下ではなくアレックス大佐だった。誇らしげだが寂しげな表情。何か異変があったに違いない。
「剣狼、悪い報告から先にしておく。……親父が死んだ。」
なんだって!? 災害ザラゾフが……死んだだと!!
「バカな!災害ザラゾフが負ける筈がない!」
「もちろんだ。親父が負けるものか。災害ザラゾフは見事に任務を完遂して……死んだんだよ。」
「そ、それで戦況は!」
「同盟軍の勝利に決まっている。親父が命と引き換えに勝たせてくれたんだ。激闘の末、熱風公を斃した親父は自らも致命傷を喰らってしまった。手負いの獅子は最後の力で単騎駆けを敢行し、ペンドラゴンに乗り込んでネヴィルとリチャードの首級を挙げた。天に向かって武を誇り、地を這う人の子に未来を託して息絶えたんだ。」
怪物に成長した宿敵を斃し、深手を抱えたまま単騎駆け。一人で敵軍旗艦に乗り込んで王と参謀を討ち取る。災害ザラゾフならやりかねない。だけどなんで……なんで……
「どうして止めなかったんだ!並の兵士なら致命傷でも閣下なら…」
「止められるものか!剣狼、親父はおまえと約束しただろう!自分達が始めた戦争を、自分の手で終わらせる為に!」
ネヴィルはワシが始末する、閣下はオレにそう言った。その言葉通り、停戦最大の障害となる男を排除してくれた……命と引き換えにしてでも、オレとの約束を守ってくれたんだ……
「親父は昆布坂京司郎に伝言を託した。涙を拭け、京司郎。一言一句に魂を込めて親父の遺志を伝えろ。これはおまえの任務だ。」
アレックス大佐の隣に立った少年執事は、涙で赤く染まった瞳で敬礼した。
「はいっ!"ワシが歪み狂った時代を破壊する、おまえは真っ当で真っ直ぐな、新しい時代を創れ"、ザラゾフ閣下が龍弟公に託した意志です!」
……閣下……閣下の想いは受け取りました……なんでオレなんだとか、そんな大層な男じゃないとか、そんな泣き言はもう言いません。……オレの命が終わる時、閣下と笑って再会したいから……死者との約束からオレは逃げない!
「……破壊と創造、災害ザラゾフはその暴勇で旧時代を破壊してくれた。閣下、確かにバトンは受け取りました。オレが新時代を創造する姿を見ていてください。」
新しい時代を創り、閣下から託された魂のバトンを次の世代に渡すのがオレの任務だ。
北へ向かおう。共に新時代を築く仲間がオレの来援を待っている。待ち構えるのは最後の兵団……朧月セツナ、いよいよおまえと決着を付ける時が来たな!
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