終焉編37話 末代までの語り草



※ザラゾフ&ネヴィル・サイド


「熱風騎士団は命令を無視、左右に分かれて撤退して行きます!ザラゾフ師団と王国騎士団が接敵!わ、我が軍が押されています!」


オペレーターが報告するまでもなく、熱風騎士団を示す炎のマーカーは戦場から離脱してゆく。ネヴィルをおびき寄せる為に手加減していたアレックスは、その本領を発揮し、王国騎士団先鋒隊を打ち砕いた。ギリリと歯を噛み締めたネヴィルは、雷鳴のような怒声で命令した。


「ええい、再度通告せよ!!敵前逃亡した兵は、家族を含めて全員銃殺刑だ!!」


ロドニーが勝てば重畳、戦死すれば熱風騎士団をザラゾフ師団に突撃させ、騎士団ごと砲撃、殲滅する。ネヴィルは一騎打ちの勝敗に関わらず勝てる算段を立てていた。しかし国王が"戦は強いが短絡的"と侮っていた公爵は完全適合に至っただけではなく、将器としても成長していた。ネヴィル・ロッキンダムの薄っぺらさに気付いたロドニーは、自分が死ねば熱風騎士団は捨て駒にされるだろうと予期し、手立てを講じておいたのである。


「陛下、ペンドラゴンに後退を命じてください。前に出過ぎております。」


ロドニーが優勢と見たネヴィルは、扱いにくい大貴族に一人勝ちさせまいと前のめりになり、砲撃の届く距離まで旗艦を前進させてしまっていた。


「う、うむ。ペンドラゴン回頭……い、いや、艦首はそのまま、微速後退せよ!」


回頭して前進する方が当然速いのだが、旗艦が艦首を巡らせたとなれば劣勢を認めるようなもので、接敵した王国騎士団が浮き足立つかもしれない。それに後詰めを任せたマッキンタイア師団が事態の急変に混乱し、退路を塞いでしまっている。簡単に後退出来る状況ではなかった。


「マッキンタイアは何をやっておる!余の後退…退き撃ちを邪魔するなと打電せい!」


「ハッ!直ちに!」


通信手は急ぎ命令を伝えたが、重砲支援兵を中心に編成されたマッキンタイア師団の動きは鈍い。ネヴィルは味方ごと砲撃した汚名は、マッキンタイアに被せるつもりでいたのだ。名誉は王に、不名誉は家臣に、ネヴィルのモットーは裏目に出てしまった。


「……へ、陛下……さ、災害ザラゾフが…」


信じられない光景を目にしたオペレーターは、上手く言葉が出て来ない。


「奴はもう戦えん!半死人に構っておる場合ではないのがわからんのか!」


「災害ザラゾフが単騎で突撃してきます!本艦との距離2000!」


「なんじゃとぉ!? ス、スクリーンに映せ!」


メインスクリーンに映った同盟元帥は悪鬼のような形相で、空中戦を挑む軽装騎士達を次々と屠りながら接近して来る。


「……ば、化け物め!空中戦の出来る兵に奴を迎撃させろ!少しでも飛べる者は全員出せ!」


ここでも誤算が生じた。王国騎士団本隊は重装騎士が主軸。空中戦が可能な軽装騎士の多くは、機動力を重視する熱風騎士団に所属していた。裏目に誤算が重なった隙を見逃すザラゾフではない。戦況を読み、勝算あっての単騎突撃なのだ。


「距離1700!と、止められません!なおも急速接近中!」


「黙っておれ!もう視界に入ったわ!飛べない兵は地上から奴を撃て!味方ごとで構わん!」


助言はしても直接命令を出す事はないリチャードが禁を破った。


「ペンドラゴン、全速後退!護衛艦は本艦の前方を塞げ!艦砲射撃開始!てーーー!!」


焦ったネヴィルとリチャードは悪手を打った。地上からの射撃と艦砲射撃は、決死の覚悟でザラゾフを止めようとする精鋭兵の士気を削ぎ、数を減らしただけ。砲火を搔い潜りながら、有翼獅子はどんどん距離を詰めて来る。


「国王親衛隊は全員ブリッジに上がれ!急ぐのだ!」


冷静さをかなぐり捨てたリチャードは伝声管を模した通信機に向かって怒声を張り上げ、最悪の事態に備える。


「防御シャッターを下ろせ!早くしろ!」


リチャードの命令でブリッジは鋼鉄の多重防壁で守られた。


「……こ、ここに居た方が安全なのか……それとも退艦した方がマシなのか……」


迷うネヴィルにリチャードは進言する。


「陛下、放っておいてもあの傷では長く保ちますまい!退艦すれば、ザラゾフはそちらを狙ってきます!……そ、そうだ!ステルス車両を退艦させろ!ダミーを追わせて時間を稼ぐのだ!」


「待て!それでは脱出手段が失われる!他に時間を稼ぐ方法を考え…」


落ち着こうとするネヴィルの耳に、恐怖の鐘の音が飛び込んできた。何者かが防御シャッターを力任せに叩いているのだ。


「バ、バカめ!ペンドラゴンの防御シャッターは、戦艦主砲の直撃にも耐えられるように設計してある。いくら怪力でも破れるものか!」


ガンガンとシャッターを叩く打撃音は、ギギギという耳障りな金属音に変わった。シャッターの下端部に斧槍の穂先をねじ込んだザラゾフは、人外を超えた怪力で徐々にシャッターを押し上げてゆく。


「久しぶりだな、ネヴィル。王を名乗るなら逃げるなよ?」


押し上げたシャッターに斧槍のつっかい棒を差し込んだザラゾフは、防弾ガラスに渾身のパンチを打ち込んだ。魔王の拳で分厚い防弾ガラスに亀裂が入り、その暴勇はネヴィルとリチャード、駆け付けた親衛隊を恐怖させ、ブリッジクルーは悲鳴を上げる。


「お、王国騎士の名に賭けて奴を討ち取れ!ザラゾフの首を取った者には爵位を与える!」


玉座から立ち上がったネヴィルは抜剣し、リチャードも腰に提げたメイスを構えた。


「ネヴィル、リチャード、ここが貴様らの墓場だ!」


防弾ガラスを拳で叩き割ったザラゾフは獅子王を手にブリッジに突入してきた。選りすぐられた親衛騎士二十名が駆け寄る前に、獅子は咆哮する。


「おおおおおぉぉぉぉーーーーー!!」


強大なサイコキネシスと重力磁場が荒れ狂い、壊された器材と殺されたクルーが一塊となって出口を塞いだ。人間災害は誰もこの場から逃がすつもりはないのだ。


器材があらかたもぎ取られたブリッジで、適合率80%超の最精鋭中隊は生きた伝説を取り囲む。


「我こそは"三日月の騎士"エメリッ…ひぃ!!」


チェーンシックルを構えた騎士が挑み掛かったが豪腕一閃、名乗る前に真っ二つにされる。異名持ちの兵士のみで編成された中隊相手に、災害ザラゾフは嘯いた。


「名乗らずともよい。直ぐに死体に変わるのだからな。」


生きて帰るつもりはない伝説の兵は、立ち塞がる騎士達を蹂躙する。


「囲め囲め!いくら強がっても災害はもう虫の息だ!」 「命を惜しむな!奴を殺すか、殺されるかだ!」


如何に精鋭でも、死兵と化した完全適合者とマトモに戦うのは分が悪い。犠牲なくして勝利なし、オトリになった同僚二人が惨殺される間に、本命の騎士の剣がザラゾフの肺に突き刺さった。


「手応えあり!災害ザラゾフを討ち取ったのは…」


「生まれ変わって出直して来い!片肺を潰したぐらいでワシを殺せるか!」


血塗れた剣を握った騎士の首根っこを掴み、万力のような握力でへし折りながら投げ捨てる。致命傷に致命傷が重なってもなお、伝説は終わらない。爛々と輝く野獣の双眸、鮮血で真っ赤に染まった巨躯から発するエネルギー、狂気の時代を体現したかのような暴勇に、百戦錬磨の騎士達は心底震え上がった。


「ふ、不死身なのか……」 「お、臆するな!人間である以上、必ず殺せる!」


震え上がった心を奮い立たせながら、騎士達は怪物に立ち向かったが、次々と斃されてゆく。流血で赤く染まったブリッジに震動が走った。ペンドラゴンの船体に砲弾が数発、着弾したのだ。しかも前方からではなく、後方からの砲撃である。


「マ、マッキンタイアめ!余ごとザラゾフを葬るつもりか!」


激昂するネヴィル、ザラゾフは冷笑しながら皮肉を言った。


「フフッ、味方ごと撃たせるつもりで砲艦と重砲支援兵スケルトンを配置しておったのだろう? マッキンタイアは命令に忠実なだけではないか。」


「だ、黙れ!王を撃つなど許されん!」


「戦場に王も平民もあるか。ネヴィルよ、そんなところに突っ立ってないで、御自慢の親衛隊が全滅する前にワシと戦う方が利口だぞ?」


二十名いた親衛隊はもう五人しか残っていない。それにいくら王国旗艦と言っても、背後から集中砲火を浴びれば轟沈は必至。


(陛下、落ち着いてください。合図したら生き残った五名が突撃します。彼らが殺されている間に、私が胸に刺さったままのブラッドブリンガーを引き抜きます。怯んだザラゾフを…)


(余が仕留める。急げ、いつペンドラゴンが沈むかわからぬ。)


「今だ、行けっ!」


リチャードの号令でザラゾフを取り囲んでいた騎士達は捨て身の特攻を仕掛けた。


「窮鼠が噛めるのは猫までだ!獅子に通じるか!」


舞うように一回転して彼らを斬り捨てたザラゾフだったが、懐に飛び込んだリチャードはブラッドブリンガーの柄を握っている。


「死ね、ザラゾフ!!」


リチャードは渾身の力でブラッドブリンガーを引き抜いたが、同時に首を跳ね飛ばされていた。


「……腰巾着リチャードよ、人生最後の策は実らなかったな。」


物言わぬ首となって床に転がったリチャード、彼は最後の最後に主に裏切られた。怯んだ隙を仕留める筈のネヴィルは動かなかったのだ。そして、界雷の読みは正しかった。災害は大出血にも怯まなかったのだ。


生き残ったのは災害ザラゾフと界雷ネヴィル。天井が崩れ始めた艦橋で二人の元帥は睨み合う。


「どうしたザラゾフ。余は逃げも隠れもせん。かかって来ぬのか?」


早く、早く斃れろと願いながら、ネヴィルは虚勢を張った。迂闊に仕掛ければ道連れにされてしまう、ザラゾフの目はまだ死んでいない。


「何が逃げも隠れもせんだ。視線がワシの後ろに向いたぞ。」


出入り口は瓦礫と死体の山で塞がれ、どかしている時間はない。ブリッジは防御シャッターで覆われ、器材は根刮ぎ壊されてもう動かせない。ザラゾフが突入して来た大窓、それが最短にして唯一の脱出路だった。そして、ネヴィルが待ちに待った瞬間が訪れる。ザラゾフの膝が折れ、床に崩れ落ちそうになったのだ。


「そうだ!楽になれ!膝を突けザラゾフ!いくら貴様が人外でも、もう死なねばならぬ筈だ!」


力尽き、倒れるかに見えた獅子を支えたのは……男の意地。災害ザラゾフの強さの根源だった。


「……ワシが膝を突くのは……愛する妻に花を捧げる時だけだ!!」


「こ、この化け物めがーー!!」


災害と界雷、最後の激突。覇道と我道の決戦は、どちらに凱歌が上がるのか……


────────────────


※バードビュー・サイド


「撃て撃て撃て!ペンドラゴンごとザラゾフを沈めろ!」


マッキンタイアは部下に向かって口角泡を飛ばす。


「し、しかし……まだ陛下とオルグレン伯が艦内に…」


躊躇う砲撃士官をマッキンタイアは怒鳴り付けた。


「ここで仕留めなければ、次は我々だぞ!戦争に犠牲は付き物、陛下とてお分かりの筈だ!マッキンタイア師団の全艦、全将兵に告ぐ!ペンドラゴンに向かって砲撃を続けろ!邪魔する部隊にも容赦するな!」


後方から災害ザラゾフの一騎駆け、常軌を逸した獅子奮迅を見ていたマッキンタイアは恐怖に取り憑かれ、自分だけは助かりたい一心で暴挙に及んだ。後方からの砲撃に混乱する王国軍、思わぬ援護を得たアレックスは、一気呵成に王国軍主力を押し潰しにかかる。


「蹴散らせ!ペンドラゴンまでもう少しだ!」


先頭に立った烈震は大地を震わせながら、群がる敵を屠り去ってゆく。


「閣下!すぐに行きます!待ってて下さい!」


鬼気迫る形相の京司郎もアレックスに負けじと剣を振るい、瞬く間に周囲の敵兵は一掃された。


「見て!叔父様よ!」 


フィオドラが指差す先に見えたのは奇跡。右手に獅子王、左手にネヴィルとリチャードの首を提げたザラゾフが、艦橋から現れたのだ。王と腹心の生首を見た王国兵はガックリとうなだれ、同盟兵は歓声を上げる。炎上する戦艦の上で災害ザラゾフは首を投げ捨て、斧槍を天に掲げた。


「天よ見たか!!これが災害ザラゾフの暴勇だ!!地を這う人の子よ!!時代は変わる!!おまえ達が変えるのだ!!」


人外として生まれ、暴勇と共に生きた男は高らかに叫んだ。晴れやかな顔で天を見上げたまま、戦場の伝説はゆっくりと目を閉じる。まるで時を合わせたかのように、機関中枢に被弾した王国旗艦は轟沈、大爆発を起こし、伝説の男を荼毘に付した。長きに渡って戦い続けた"ツワモノの中の兵"は、安らぎの時を迎えたのである。


「……皆、泣くな。親父は任務を完遂したんだ。」


元帥の死に涙する兵士達を慰撫するアレックスの傍に、爆風で飛ばされた獅子王が突き刺さる。誰も偶然だとは思わなかった。獅子王はザラゾフ家を守護する至宝槍なのだ。


「……閣下……ううっ……ザラゾフ閣下~~~!!」


血糊が付いた斧槍に縋り付き、昆布坂京司郎は慟哭する。



バーバチカグラードで戦った全将兵にとって、災害ザラゾフの獅子奮迅の暴れっぷりと、壮絶で見事な最後は"末代までの語り草"として、子々孫々に伝えられてゆくに違いない。

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