終焉編36話 戦に生き、戦に斃れる
※ザラゾフ・サイド
「勝負だ、ロドニー!」
重量操作能力で体を軽くし、天高く舞い上がったザラゾフは重量を反転させ、サイコキネシスで加速しながら急降下する。
「おう!この一撃に俺の全てを賭けよう!」
颶風の力で急上昇するロドニーは愛剣を腰だめに構えた。
「ぬおぉぉぉーーーー!!」 「どりゃあぁぁぁーーーー!!」
豪腕の振るう斧槍に左腕を斬り落とされながらも懐に飛び込んだロドニーは、体ごとぶつかるように長剣を分厚い胸板に突き刺した。
「親父!」 「ロドニー様!」
地上で一騎打ちを演じていたアレックスとダドリーは空を見上げて叫んだ。滅多に顔色を変えない事で有名な有能執事、ダドリー・サージャントは主の勝利を確信し、自らの劣勢も忘れて破顔一笑する。腕など接合すれば良い、命さえあれば簡単な事だ。
「勝った!!俺は災害ザラゾフに勝ったのだ!!」
ロドニーは歓喜の雄叫びを上げたが、背筋に寒気が走る。心臓を貫いたはずのブラッドブリンガー……しかし、僅かに狙いが逸れている!
「……サイコキネシスで軌道を逸らした。惜しかったな、あと数センチでおまえの勝ちだった……」
斧槍を投げ捨てたザラゾフはロドニーの首と背中に手を回し、抑え込んだまま急降下する。
「……ロドニー・ロードリックよ……本当に強くなったな……だが、おまえではワシに勝てんのだ!!」
「悪足掻きを!は、離せ!」
振り解こうと足掻くロドニーだったが、ザラゾフの人外をも超える膂力の前に身動きが取れない。満身創痍の上に、心臓のすぐ隣に剣が刺さったままの男が見せる信じられない底力。両軍の兵士達は殺し合いを忘れ、その目は"生きた伝説"の姿に釘付けになった。
「逆巻け風よ!!」
拘束を解けないと判断したロドニーは颶風の力で減速を試みたが、重力の支配者は逆巻く風をものともせずに落下速度を増してゆく。そして、ロドニーの目に落下地点に駆け寄って来る巨岩の兵の姿が映った。
「うおぉぉぉーー!ま、まさか!!クソッ、岩に叩き付けられたぐらいで、この俺がくたばるものか!!」
「ただの岩ではない、確か……ウルトラファイトとか言ったかな。」
災害ザラゾフは戦地に到着した後、手頃な岩石を現地調達する。しかし、"
「受け取れ、ロドニー!!和平を願う龍姫からのプレゼントだ!!」
ダイヤモンドより硬い岩に頭蓋を打ち付けられたロドニーだったが、驚く事にすぐさま片腕で倒立してバク転し、拳を構えた。頭蓋を叩き割られ、夥しい流血に目を塞がれながらも、なおも戦おうとしたのである。
「どこだザラゾフ!まだ終わっていないぞ!」
目に入った血を拭いながら、ロドニーは宿敵の姿を探した。
「ここだロドニー。……見事であったぞ。」
「そこかっ!!」
背後を振り返ったロドニーは、炎を纏った拳で殴り掛かろうとしたが、既にザラゾフはサイコキネシスで獅子王を呼び寄せていた。
「さらばだ!」
「ぐはっ!!」
魔王の斧槍は、梟雄の心臓を正確に貫いた。穂先が引き抜かれると間欠泉のように血が噴き出し、滝のように流れ落ちる。命の炎が燃え尽きようとしている事を悟ったロドニーは、敗北を認めた。
「……く、悔いはない……お、俺は……何度やり直せるとしても……この結末がわかっていようとも……同じ道を……え、選んで……いた……」
戦いに生き、戦いに死ぬ。それがロドニーとザラゾフの共有する"
「……うむ、そうだろうとも。我が宿敵、熱風公ロドニーはそういう男だ。」
災害ザラゾフから"宿敵"と呼ばれたロドニーは、糸の切れたマリオネットのように前のめりに倒れた。地声の大きさで知られる彼だったが、もう大声を張り上げる力などない。子供っぽい単純さでも知られる彼は、無邪気な子供のように微笑みながら呟いた。
「……災害ザラゾフ……た、楽しかったぞ……」
敗れはしたが、風と炎の…戦の申し子は満足だった。極限まで己を鍛え上げ、これ以上はない大舞台で思う存分に戦った。ロドニー・ロードリックは完全燃焼し、息絶えたのである……
風の翼を操り、主の下へ馳せ参じた執事は、主を斃した男に会釈してから片膝を突いた。
「私はロードリック家の執事を務めるダドリー・サージャントと申します。ザラゾフ閣下、主の亡骸を持ち帰る事をお許し下さい。」
「手厚く葬ってやれ。ダドリーと言ったな。アレックスを手こずらせるとは、主従ともに天晴れである。」
「有難きお言葉。……ロドニー様、ラチェスターに帰りましょう。……見事な……見事な戦い振りでしたぞ……」
ロドニー・ロードリックは王国最大の大貴族でありながらラチェスター砦を本拠とし、生涯一つの城も持たなかった。瀟洒を嫌い、質実剛健を貫く名家に先祖代々仕え、能面執事と揶揄されるダドリーは、初めて部下の前で涙を見せた。
「……私はロドニー様の才能が恨めしゅうございます……非力な主で良い、戦の才能などなければと思わずにはいられないのです……」
常に冷静沈着で、感情の起伏を表に出さない能吏だったが、誰よりも主君を敬愛していた。早くに父母を亡くしたロドニーを公私に渡って支えてきた忠臣は、主の仇を討とうと殺到する熱風騎士団を一喝する。
「よさんか!ロドニー様からの最後の命令だ、我々は撤退する!」
ダドリーは戦の前にロドニーから預かった命令書を掲げた。
"俺が死んだら、陛下は熱風騎士団を使い捨てにするだろう。我が精鋭、忠良なる騎士諸君に告ぐ。速やかにラチェスターに帰投せよ。帰国後は義妹のロレッタ・ロードリックを新当主とし、ダドリー・サージャントは家宰として彼女を補佐せよ。ロレッタは争い事には向かん娘だから、皆で守ってやってくれ。戦狂いの俺に最後まで付き従ってくれた事に感謝する。
ロドニー・ロードリック"
主の亡骸に敬礼した王国騎士、アルバート・シーグラムはダドリーの掲げた命令書に目を通し、部下を促した。
「俺達にとっては、熱風公の命令が絶対だ。マスグレイブ隊、撤収するぞ。」
ジャンゴブラザーズも、イヴリン・ホーネッカーも負傷は負っていたが生きている。マスグレイブ隊は未だに健在だった。
「左翼の指揮は卿が執れ。私は右翼を指揮する。」
ダドリーは騎士団を分割し、左右に分かれて撤退を命じた。王国軍から追撃される恐れがある以上、的を散らす必要がある。執事ダドリーは主君に軍略を授けた師でもあるのだ。
主の遺命に従う熱風騎士団は、国王からの突撃命令を無視して戦域を離脱してゆく。尚武の名門に仕える騎士、とりわけ熱風公に取り立てられた者は権威など恐れない。反逆と見做されれば、国王軍と一戦交えるのみである。
「親父!」 「閣下!」 「叔父様!」 「元帥!」
主の亡骸を抱えた執事を見送るザラゾフの元に、アレックス達が駆け寄ってきた。満身創痍の体、なにより胸板を貫いたままの剣を見た一同は息を呑む。
「叔父様、すぐに抜いて差し上げます!痛みますが、我慢…」 「ダメです!大出血してしまう!閣下、早く医療ポッドに!」
ザラゾフは取り乱すフィオドラと涙ぐむ京司郎を抱き寄せ、微笑んだ。
「フィオドラ、京司郎、おまえ達もワシの子だ。力を合わせてアレックスを支え、サンドラを守れ。ザラゾフ家を頼んだぞ。ワシにはまだ、任務が残っておる。……最後の任務が、な。」
宿敵は燃え尽きた。だが、ザラゾフの命の炎はまだ消えていない。灯滅せんとして光を増す、燃え尽きる寸前の蝋燭のように、その炎は、生命の輝きは高まっていた。
「叔父様、そんな体で何をなされるおつもりですか!」
「知れた事だ、ネヴィルを始末する。」
振り返ったザラゾフの鋭い眼光がネヴィルの船、ペンドラゴンを捉える。
「無茶です!閣下、行かないでください!アレックス様!閣下を止めてください!」
自分では翻意させられないと知っている京司郎は、アレックスに懇願する。父の隣に立った息子は涙を堪え、唇を噛み締めながら大きな背中を押した。
「……行け、親父。戦場の伝説……災害ザラゾフの暴勇を……王様気取りに見せてやれ!!」
噛み締めた唇から血を流しながらアレックスは叫び、ザラゾフは満足げに頷いた。
「うむ!それでこそ獅子の子だ。アレックス、ザラゾフ家の若き獅子よ、新たな時代を担う一翼となれ。グラゾフスキー、おまえは…」
「大奥様をお守りします。元帥、御武運を!」
護衛隊長、サンクトヴァシム・グラゾフスキーはサングラスを外して最敬礼した。手当てしたところでもう助からない。幾多の戦友を看取ってきたアレックスとグラゾフスキーには、残酷な現実がわかっていた。ならば、鮮血の花が咲き誇る花道を行かせるしかない。
「……止められない……だって叔父様は戦場の伝説……行くと決めたら誰にも……」
フィオドラは泣き崩れ、諦め切れない京司郎は行かせまいと両手を広げてザラゾフの前に立ちはだかった。
「……グスッ……イヤだ……行かせない!僕はもう大切な人を失いたくないんだ!」
「だからこそ、ワシは行かねばならんのだ。昆布坂京司郎のような悲しい少年を生み出す時代を終わらせる為にな。京司郎、必ず生きて剣狼に伝えろ。……ワシが歪み狂った時代を破壊する、おまえは真っ当で真っ直ぐな、新しい時代を創れ、とな。」
咽び泣く少年の頭に優しく手を置きながら伝言を託した
砲火が飛び交い震撼する大地、戦場に渦巻く熱風からは血の臭いが漂う。歪み、狂った時代に終止符を打つべく、手負いの獅子は咆哮する。
御堂阿須羅、兎我忠冬、ジョルジュ・カプラン……そしてルスラーノヴィチ・ザラゾフ。彼らが始めた戦争を、彼らの物語を終わらせなければならないのだ。
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