終焉編35話 レジェンドウォーリアー



※ザラゾフ・サイド


「うおおおりゃあぁぁーーーー!!」


両手持ちした愛剣を力一杯振るいながら、颶風で煽った火炎を巻き起こすロドニー。ザラゾフは巨岩の盾で鎌鼬と火炎を防ぎながら、斧槍で長剣を受け止める。


「相も変わらず威勢のいい男だ。フンッ!」


「甘いっ!あの時の俺とは違うぞ!」


上段から振り下ろされた斧槍をロドニーは長剣で受けたが、軍靴が地面にめり込んだ。豪腕にサイコキネシスが上乗せされた一撃は、比類なき威力を誇る。


「ほう、腕を上げたようだな。ワシの豪擊を真っ向から受け止めおったか。」


「当たり前だ!勝つ自信がなければ挑んだりせぬ!」


五年前に戦った時、ロドニーはザラゾフの豪腕から繰り出される斧槍を受け切る事が出来ず、回避に徹する事になった。巨艦に挑む小舟のような必死さで、なんとか突破口を見出そうとしたが、力の差を見せつけられ、脱兎の如く逃げ出す羽目に陥ったのだ。


あの時の口惜しさ、生まれて初めて味わった無力感をロドニーは忘れていない。


「俺は風と炎の申し子、だが憶病風だけは捨ててきた!もう誰からも逃げたりしない!おまえを斃して己を取り戻す!」


誓いの言葉と共に繰り出された長剣の切っ先がザラゾフの頬をかすめ、出血を強いたが、ザラゾフの斧槍もロドニーの肩先を浅く捉え、軍服のモールを切り裂きながら出血させる。


「……おまえは命が惜しくて逃げたのではない。ワシと同じで生まれた時から憶病風など持ち合わせておらん。」


「なんだと!?」


「恐怖したのは"己が持つ全てを引き出せずに終わる事"にだ。だから逃げた。あんなところで終わりたくなかった。まだ持ちうる力の全てを、真の意味での全力を出せていないのだからな。」


宿敵の言葉は熱風公に感銘を与えた。ロドニーは五年前のあの時、なぜ逃げてしまったのか、自分でもわかっていなかったのだ。憶病風に吹かれたのだと自分を軽侮していたが、そうではなかった。初めて自分より強い男と戦い、もっと強くなれる可能性を感じた。だから不完全燃焼のまま終わる事に恐怖したのだ。


「……そうか。そうだったのか。おまえの言う通りなのだろう。五年前、少しばかりの才能に驕った俺は目が曇り、己が真価に気付けずにいた。だが、今は違う。全身全霊を賭けて、己が全てを引き出した自信がある!」


「ロドニー・ロードリックよ、おまえは確かに風と炎の申し子だ。烈風の如き意志で、命の炎を燃やす。燃え尽きる事はあっても、不完全燃焼など許されん。」


「うむ!完全燃焼こそ我が人生!まさか宿敵に教えられるとは思わなかったぞ!」


「ワシにも同じ経験がある。己を出し切れずに終わる恐怖を、遠い昔に味わったのだ。」


ザラゾフは獅子坊主と呼ばれていた少年時代に"八熾の天狼"羚厳と出会った。少年に強さのみを追い求める虚しさを説いた羚厳に"何なら今、試してみるか?"と問われ、それまで挑まれれば必ず受けて立ってきたザラゾフは、己が"比類なき豪勇"だと信じていたものが、"安易な暴力"に過ぎない事を悟ってしまったのだ。


だから戦わなかった、否、戦えなかった。壁の存在に気付いた獅子坊主は、本物の獅子になる為に、極寒の地で己を鍛え上げた。もう一度あの男と会った時に、己の全てを見せられるように……


「ロドニー、おまえはかつてのワシだ。強さだけを尊び、強さだけを求めて戦っている。」


「それの何が悪い!世界の摂理は弱肉強食、弱者は強者の糧となるが必定!食われるのが嫌なら食う側に回る!当たり前の事だ!」


八熾羚厳が少年だった自分にかけた言葉の意味が、今ならわかる。ノブレス・オブリージュ、権力と財力と社会的地位の保持には責任が生じる。類い稀なる武力を保持する者も同じ事。絶対強者として生まれたルスラーノヴィチ・ザラゾフには"未来への責任"があるのだ、と。


「そんな強さに意味などない!……ずいぶん遠回りしてしまったが、ワシは今こそ、為すべき事を為す!」


「だったら力で証明してみろ!それが俺達の流儀だろう!」


両雄は信念を込めて刃を振るい、手傷を増やしながら激しく争う。風と炎が渦巻き、大地が鳴動する。終末戦争アルマゲドンを彷彿させる決闘に、誰も手出しは出来ない。


──────────────────


※ネヴィル・サイド


「クックックッ、ロドニーめ。大言壮語するだけあって、やるではないか。」


王国軍旗艦"ペンドラゴン"の艦橋でロドニーとザラゾフの一騎打ちを見ていたネヴィルは、込み上げる笑いを抑え切れなかった。岡目八目という言葉があるが、戦っている当人よりも、傍観している者の方が趨勢を察するのは早いものである。ましてやネヴィル・ロッキンダムは適合率98%の強者、ホレイショ・ナバスクエス亡き今、王号を有する者としては最強を誇る。


「ペンドラゴン、微速前進。王国騎士団を戦線に投入する。」


玉座を模した指揮シートの後ろに佇立していた参謀が意見する。


「陛下、まだ早いかと。熱風騎士団はザラゾフ師団を相手に優位に戦いを進めておりますが、公爵がザラゾフを斃せるとは限りません。」


外交、内政においてはオルグレン伯リチャードの諫言に重きをおくネヴィルだったが、戦場ではそうでもない。指揮官としても兵士としても、自分が上だからだ。


「リチャード、何もロドニーだけに功名を上げさせる必要はない。これ以上、跳ねっ返られても厄介だからな。この戦いを決定付けたのは、余でなくてはならんのだ。」


軍事とは政治の延長、今後を考えればロドニーに一人勝ちさせるのはマズい。王の考えは参謀リチャードにも理解出来るが、災害ザラゾフは"伝説のレジェンドウォ闘士ーリアー"なのだ。生きている限り、何を仕出かすかわからない。


「しかし、公爵とザラゾフの一騎打ちは互角に見えます。何が起こるかわかりません。陛下、災害は生ける伝説ですぞ。」


「互角、か。卿の目にはそう見えるだろう。だが、どんな伝説も終わる時が来る。フフッ……おまえも老いたか、ザラゾフよ。」


開戦当初は好敵手として鎬を削ったネヴィルとザラゾフ。だが、強さを増したザラゾフは完全適合者として戦場に君臨し、ネヴィルは差を付けられてしまった。余も完全適合者にと熱望するネヴィルだったが、望みは叶わぬまま老いの影が忍び寄り、年を重ねる度に強さは失われていく……


「なるほど、大王の目に狂いはありますまい。時の流れとは無情なもの、いかなる強者も老いには勝てぬ、ですな。……陛下、我らだけはその軛から逃れねばなりませんぞ。」


耳元で囁かれたネヴィルは頷いた。永遠の支配者にとって最大の敵は老衰。世界を制覇し、体を乗り換えて若さを維持する。壮大な野望を成就させる為にも、なんとしてでも勝たねばならない。


「ペンドラゴン、微速前進!この会戦での勝利が余の、王国軍の栄えある一歩となる!各員、奮闘せよ!」


世界を統べる王国を築き、大王として君臨する。高揚したネヴィル・ロッキンダムは、全軍に前進を命じた。


──────────────────


「どうしたザラゾフ!これしきで息が上がるとはおまえらしくもない!」


これしき、とロドニーは言ったが、もう数百合も打ち合っていた。迫り来る巨岩を風を切って躱しながら、手に灯した火炎を投げ付けるロドニー。ザラゾフは大地を隆起させ、土壁で炎を防いだ。


「……本当に元気な男だな。ここで殺すのが惜しくなってきたぞ。」


負傷と疲労は自分の方が深刻。ザラゾフもそれはわかっていたが、勝利の確信は揺るがない。


「フフッ、災害が言うとハッタリには聞こえんな。」


ロドニーにも、若干とはいえ自分が優勢な理由はわかっている。五年前と比べて己は遥かに力を増し、宿敵は僅かに衰えた。勝負が長引く間に微差は積み重なり、明白な差となって現れたのだ。


「どこぞの若僧と違ってワシはハッタリなど言わん。おまえもネヴィルもここで死ぬ。」


「どこぞの若僧……ペテンの得意な剣狼だな。奴は色白とアギトを倒したらしいではないか。おまえを斃した後は、奴と勝負してみるとしよう。」


「せっかちなのは知っているが、人の話はちゃんと聞け。おまえが剣狼と戦う事はない。ここで終わりだ。」


満身創痍の元帥が斧槍を天に掲げると、巨岩の兵が集結し、大地がヒビ割れる。満身創痍の一歩手前の公爵は、颶風を纏いながら剣の炎を激しく燃やした。


「乾坤一擲、次の攻防で勝負は決する、か。……災害ザラゾフ、俺は全盛期のおまえと戦いたかった。本当に残念でならん。」


「何が残念なものか。災害ザラゾフは今でも……いや、今こそが全盛期なのだ。五年前のワシになら、おまえは勝てていただろう。だが、今のワシには勝てん。」


「俺はおまえに勝つ為だけに、あらゆる物を捨て去った!負ける筈がない!」


命をかなぐり捨てて格上ジェダに挑み、手にした力。地位も名誉も明日も要らぬ、欲するのは勝利のみ。ロドニー・ロードリックは最後まで挑戦者として伝説に挑む。唯我独尊の梟雄は、不撓不屈の魔王に向かって疾走した。


「……全てを捨て去った、か。だから勝てぬのだ。ワシは未来を背負ってこの場にいる!」


愛する家族がいる。守りたい若人がいる。そして……信じる未来がある。空高く、羽ばたくように有翼の獅子は飛翔し、風と炎の申し子も後を追う。



生きて大地を踏み締めるのは一人、決闘を見守る両軍の兵士の誰もがそう思った。

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