終焉編33話 終焉をもたらす刃



「うおりゃあーー!!」


「ぬぐぁああああーー!!」


裂帛の気合いと共に繰り出した刃はアギトの下腹部を抉ったが、奇声と共に返された刃にオレも胸先を抉られる。


「兄貴!アギトは放っておいても自滅する!無理に斃す必要はねえ!」


リックは的確なアドバイスをくれたが、コイツに背中は見せられない。八熾の惣領として、この戦争を戦った兵士として、一人の人間として、アギトを斃すのはオレの刃でなければならないんだ!


「「「「お館様!!」」」」


シズル!それに侘寂兄弟と九郎兵衛が白狼衆を率いて……


「右翼は片付いたのか!」


邪狼を牽制しながらシズルに報告を促すと、歯切れのいい答えが返ってきた。


「ハッ!麒麟児殿がオスカリウスを説き伏せ、降伏させました!朧月セツナに主君を人質に取られ、やむなく協力していたようです!」


主君……ペルガメント公家に生き残りがいたのか。自分が死ねば主君を助けようとする者がいなくなる。忠臣オスカリウスは主君の救出を条件に降伏した訳だ。宿題が増えちまったが、まずは目の前の課題から片付けないとな。


「九郎兵衛!お館様に加勢するぞ!侘助と寂助は援護を!」


襷を締めて駆け出そうとするシズルを制止する。


「無用だ!八熾家筆頭家人頭、八乙女シズルに命じる!」


「何なりと!」


「一族を代表してオレとアギトの戦いを見届けろ!命に背く事は許さん!」


「ハハッ!お館様、必ず勝ってくださりませっ!」


白装束の狼達を憎々しげに睨み付けるアギトは、裂けた口から呪詛のような言葉を吐き出した。


「何がお館だ!貴様らの仰ぐべき御旗は、この俺だろうが!」


人獣となっても、まだ恨み言を言える知性を残していたらしい。宗家の成れの果てと化したアギトにシズルはキッパリと訣別を告げた。


「違う!貴様に天狼の目が宿っていたとしても、お館とは認めない!たとえ八熾カナタが狼眼を持たなかったとしても、我らは忠誠を誓っている!主君と家人の間には絆が必要なのだ!貴様には…貴様には…心がないっ!」


「黙れ黙れ!家人の分際で俺を否定するな!認めないなら認めさせてやる!貴様らのお館をこの手で殺してな!」


唸る屍一文字を紅蓮正宗で受け止め、狼眼と狼眼で睨み合う。クソッ、狼眼は互角でも力負けする。過剰ドーピング+邪狼化したアギトの身体能力はオレより上か……


「今だっ!」


鍔迫り合いの均衡が崩れる瞬間、刀を引いて刃を逸らせ、屈んで回避しながら土手っ腹に透破重肘をお見舞いする。


「ぐぼぁっ!」


胃液を吐きながら吹っ飛ぶアギト。あらん限りの念真力で愛刀の炎を燃やし、渦巻く火炎で追い打ちを掛けた。氷の壁で火炎を阻もうとしたアギトだったが、防ぎ切れずに炎に身を包まれる。


「これしきの炎で……この俺様を焼き尽くせるものか!」


のたうち、転げ回りながら火を消すアギト。ブスブスと肉を焦がす音と共に立ち上がって来る。大した執念だな。


「お、黄金の刃!させるか!その技だけは完成させてなるものかぁ!」


アギトがのたうち回っている間に、紅蓮正宗に殺戮の力を付与し始めた。完全な"夢幻刃・終焉"を放つにはまだ力が足りない。


「死ね!死ね!死に晒せぃ!貴様はこの星にいてはならんのだ!」


知性を失いつつあるが、体が覚えているのだろう。アギトは九の太刀・夢幻刃で勝負を賭けてきた。力と速さを増した奥義に身を削られながらも蝉時雨と磁力障壁で懸命に耐える。充填完了まで耐え凌げばオレの勝ちだ!


「この星が!この世界こそが"オレの居場所"だ!」


だからこそ、歪みを正す!理想郷には出来なくても、少しでもいい世界を創りたいんだ!充填は半分完了。頼む!持ってくれ、オレの体!


「うああっ!!」


死闘を演じている傍にXー2が落下してきた。純白の鎧はヒビ割れ、ランスは折れている。荒い息を吐きながら武装を再形成しようとしたXー2だったが、もうそんな力は残っておらず、立ち上がる事すら出来ない。


「……そ、そんな。私が旧型に負けるなんて……」


「……だから言ったでしょう。兵器では人間には勝てないって。」


ゆっくりと舞い降りて来たリリスも漆黒の鎧はボロボロで、デスサイズも刃毀れしている。だけど、しっかりと大地を踏み締め、立っていた。


「どいつもこいつも役立たずめ!負け犬は目障りだ、消えろ!」


怒髪衝天のアギトは特大の氷槍をXー2目がけて放った。


「危ないっ!」


リリスは最後の力を振り絞って障壁を形成、我が身でXー2を庇った。パリンと障壁の割れる音がする。


「リリスっ!!」


「……大丈夫よ、少尉。私がこの程度で…死ぬもんですか……」


氷片が食い込んだ鎧を脱ぎ捨てたリリスは不敵に笑った。黒いバトルドレスが血で赤く染まっている。これ以上、アギトに攻撃させてはマズい!


「来いよ、負け犬!おまえの相手はオレだろう!グズグズしてるとチャージが終わるぞ!」


「そうはさせるか!勝つのは俺だ!」


そうだ、来い!これ以上、誰も死なせはしない!この戦場で散る命はおまえで最後だ。


─────────────────


※リリス・サイド


「……ディアボロスX……どうして……どうして私を庇ったの?」


弱々しく問い質してくるXー2。子供だから仕方ないけど、未熟ね。少尉が引き付けてくれたけど、まだ油断は出来ない。アギトに背中は見せられないわね。


「さあ、どうしてかしらね?」


わからない事があったら、まず自分で考えなさい。人に訊くのはその後よ。


「敵なのに!さっきまで殺し合ってたのに!助ける理由なんて…」


「あるわ!アンタ、Xー2なんて記号を墓碑銘にするつもりなの!失われた記憶……過去を取り戻したい気持ちはわかるわ。でも、今日だって明日が来れば過去なのよ。だから、今を大事に生きなさい。」


自分の名前を、過去を知りたい。アンタの純粋な願いを薄汚い大人達は利用してきたのよ。過去をダシに使って、今を捨てさせた。だけど、利用されたアンタも悪いのよ? 御褒美を期待して唯々諾々と命令に従うんじゃなく、自分の力で取り戻せばよかった。私ならそうしたわ。


「……明日が来れば……今日も過去……」


自分に言い聞かせるように呟くXー2。少しわかってきたようね。アンタは何よりも、自分を大切にしなきゃいけないのよ。


「私、人を記号や番号で呼ぶのは嫌いなの。とりあえず、アンタは今からリーゼロッテ・エクスビーよ。本名がわかるまでの仮の名だから、そう名乗っときなさい。」


Xにこだわりはあるようだからエクスビー、リーゼロッテは……昔ウチで飼ってた猫の名前なのは内緒にしておこう。


「うん。私はリーゼロッテ……素敵な名前!」


少女の手を取って立ち上がらせる。フラついてるけど、歩けなくはなさそうね。


「気に入ったなら問題なしね。リーゼ、ここを離れるわよ。せっかく拾った命なんだから大事にしないとね。」


本当は少尉に加勢したい。だけど、力を使い果たしてしまった私は足手纏いだ。Xー2、いえ、リーゼロッテは思ったよりも強かった。


……大丈夫、少尉は誰にも負けない。私は信じているのではなく、知っているのだ。


────────────────────


「死ね!落ちろ!消え失せろぉ!」


蝉時雨と磁力の盾を駆使しても猛攻を防ぎ切れない。狼眼を使って刃に力を込めながらでは陽炎雷霆も使えない。手傷を増やしながらチャージを続ける。アギトの妄執を断ち斬れるのは夢幻刃・終焉だけだ。


70%…80%…90%…頑張れ!もう少しで力が満ちる!


「まだ奥義に縋るか!ならば俺も奥義を見せてやろう!剛擊・夢幻刃!」


コイツ!さっき喰らったオレの技を真似やがった!マ、マズい!片手では剛擊を防げな…


「勝った!!見たか!勝ったのは俺だ!剣狼カナタは氷狼アギトに敗れ去ったのだ!ハーッハッハッハッ!」


……アギトの高笑い……土の匂い……オレは倒れたのか……


……剛擊を喰らって吹っ飛ばされたようだ……胸からは夥しい出血……


"……カナタ、立つんだ。僕が傷を塞ぐ……"


紅蓮正宗から湧き出た白く輝く炎が胸の傷を癒し、痛みが引いてゆく。シュリ、おまえは窮地の時ほど頼りになる男だぜ。オレの勝利を信じる仲間の視線を感じる、期待に応えて立たなきゃな!


「……勝ち誇るのは早い。オレはまだ生きてるぞ!」


「き、貴様……なぜ生きている!なぜ立ち上がれるんだ!」


仕留めたと思った相手が起き上がってくりゃあ、そりゃ驚くよな。


「何度でも立ち上がるさ。仲間の祈りが、友の魂がオレに力を与えてくれる!」


黄金に煌めく紅蓮正宗の切っ先をアギトに向ける。チャージ完了、この一撃で終わらせる!


「うぬぬ!仲間だの友だの、世迷い言をほざきおって……」


呻くアギトに向かって走る!ありったけの力を足に込め、爆縮ダッシュだ!


「受けてみよ!夢幻にして無双の刃を!……夢幻刃・終焉!!」


距離を詰めると同時に腕の爆縮!磁力操作にサイコキネシス、あらゆる力でブーストさせた終の太刀を喰らえ!!


「二発目を放つ力はあるまい!この一撃さえ止めれば、俺の勝ちだ!」


両手持ちの屍一文字で黄金の刃を受け止めるアギト。


「止まった!フハハハッ!終の太刀とはこの程度か!」


「……何人たりとも夢幻刃・終焉を止める事など出来ん。おまえの負けだ、アギト。」


紅蓮正宗を受け止めたかのように見えた屍一文字の刀身に亀裂が走り、粉々に砕け散った。振り抜かれた黄金の刃がアギトの体を切り裂く。


「ぐああぁぁっ!!……バ、バカな!し、至宝刀が……砕け散る……など……ぐ、ぐはっ!!」


両膝を地面に着いたアギトは激しく喀血した。邪狼化が解け、刃に込められた殺戮の力が全身に回りつつある。生命と生命に起因するあらゆる力を破壊するのが夢幻刃・終焉。邪狼といえど例外ではない。


「放っておいても全ての細胞を破壊し尽くされて、おまえは死ぬ。だが、一族殺しの大罪を犯したおまえには、相応しい死に方がある。」


もう逃げる力も、狼眼に抵抗する力もあるまい。


「ごはっ!ク、クソが!無間狼獄を使うつもり……」


膝立ちのまま、アギトの目が驚愕で見開かれた。恐怖ではなく驚愕なのが解せないが……


「……お、親父……」


アギトの瞳に映っているのはオレじゃない!その姿……ま、まさか爺ちゃん!


オレは左右を見てみたが、八熾羚厳の姿は見えない。だが、アギトの瞳には確かに先代の姿が映っている!


……アギト……愚かで不憫な子よ……


爺ちゃんの意思を感じる!なのになんで、オレには姿が見えないんだ!


「無様に負けた俺を笑いに来たのか? そうだ!勝ったのは会った事もない息子ではなく、可愛い孫だ!これで満足か!」


アギトの瞳から血涙が流れる。憎まれ口とは裏腹に、寂寥感が顔から滲み出ている。初めて悲しみを知ったのだろう。


……アギトよ、おまえは罪を贖わねばならん……冥府で志乃が待っておる……


「お、叔母上が……俺を……」


オレには見えないが、アギトには八熾羚厳の姿が見えている。死せる者の姿は、死にゆく者にしか見えない、という事か……


……何度殺されようと志乃はおまえの傍にいる……それがあれに出来る唯一の罪滅ぼしじゃ……


八熾志乃も己の過ちに気付き、贖罪に生き…死のうとしていたのか。極寒地獄でアギトに身を寄せ、暖めたいのだろう。アギトもそれがわかったのか、血涙を流し続けている。氷狼が欲しかったのは、父親の愛情と師母の贖罪だった。


……カナタ、爺の頼みじゃ。無間狼獄は…


「やめておく。さらばだ、アギト。」


悪党のまま、ふんぞり返って死んだ方が楽だった。なまじ狼の心を取り戻してしまったがゆえに、アギトは苦しむ事になる。良心が刃となって心を切り刻む酷刑、だがそれも自分が招いた事だ……


「待て、剣狼!……いや、待ってくれ……八熾家惣領、八熾彼方。」


憑き物が落ちたような顔をしてやがるな。道さえ誤らなければ、立派な惣領になれていたものを……


「なんだ?」


アギトは脇差しを抜いて、腹を真一文字に切り裂いた。


「……お、俺は勝手に死んだのだ。惣領の手は……同族の血で汚れては……いない……」


「……今際の際に改心したとて、罪が消える訳ではない。許されざる者よ、おまえの名は汚名として語り継がれる。」


叔父上と呼んでやりたいが、それは出来ない。哀れとは思うが、おまえに許しは与えない。許せる罪と許せない罪、おまえが犯したのは後者だ。


「……それで……いい……二度と……同族から……俺のような男を……出さないでくれ……」


「……アギト様、私が介錯つかまつりまする。」


肉体の痛みではなく、心を苛む痛みに苦しむアギトの背後で、シズルは刀を振り上げた。


"……カナタ、これで良かったんだ。アギトはこれから、真の罰に苦しみ続ける事になる……"


友は心の牢獄に囚われたアギトの姿を一瞥し、ゆっくりと消えていった。


「御免っ!」


シズルの刃で頸動脈を断ち切られたアギトは、ゆっくりと前のめりに倒れた。



後悔と悲しみに満ちた死に顔の目をシズルはそっと閉じてやったが、アギトは死しても涙を流し続けた。これが氷狼と恐れられた男の、哀れな最後だった。

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