終焉編32話 邪狼転身



「終わりだ、アギト!」


陽炎雷霆を纏ったオレは、一族が生んだ宿痾と決着をつける為に疾走する。斬り結びながら練気し、アギトの使えない技を繰り出す。


「喰らえ!剛撃・夢幻刃!」


左太股の傷から出血するのを厭わず、オレは紅蓮正宗を振り抜いた。


「ぬうっ!」


アギトは刀と脇差しを交差させた渾身の十字守鶴で剛刃を受け止めようとしたが果たせず、両腕を跳ね上げられた。


「逆手咬龍!」


ガラ空きの胴に蝉時雨を一閃、アギトは跳び退って躱そうとしたが、脇差しの切っ先が胸元を抉り、横一文字の傷から血が流れる。これでダメージも互角に近付いてきたな。


バックステップから側転、距離を取ったアギトは大きく息を吐いた。


「ふぅーーー……ここまで俺を追い詰めるとはな。剣狼カナタを甘く見ていたと認めよう。……だが、勝つのは俺だ!」


アギトの頭が大きく仰け反り、天を仰いだ。


「……フフフ、臨界超えのドーピングは……やはり……効く……効くぞぉ!!」


肥大化した血管が浮き出た顔で、アギトはアラミド繊維の装甲コートを引き千切った。襟首に仕込んでいた注射針が何本も、首筋に刺さったままだ。


「死なば諸共、おまえが自爆特攻を仕掛けるタイプには見えなかったがな。」


「……ぐふっ……せ、成算あっての事だ。身体能力で上回ったとて、勝てるとは限らん……だが俺には、最後の切り札がある……これだけは使いたくなかった、禁断の……秘術がな……」


禁断の秘術だと!? 全身に鳥肌が立った!何をやろうとしているのかわからんが、阻止しなければ!刀を携え、駆け寄るオレを嘲弄するかのようにアギトは叫んだ。


「憎悪よ!憤怒よ!今こそ我が身を満たせ!……邪狼転身!!」


迸る暗黒の念真力、憎悪と憤怒の奔流が渦巻き、オレは吹っ飛ばされていた。片膝をついて見上げるアギトの姿は、もう人間ではなく、異形の魔物に近かった。


真っ黒な眼球の中で白銀に輝く瞳孔、白髪になった頭髪は逆立ち、口からは犬歯が剥き出している。


「……とうとう人間までやめやがったか。ぐっ!」


脳をナイフで切り裂かれるような痛み!目を合わせずに殺戮の力を使えるのか!


「あべっ!」 「ぐふっ!」 「ひぎゃあ!」


アギトの真後ろで射撃援護に備えていた兵士三人が倒れた!殺意の念心波は範囲攻撃、しかも無差別攻撃だ!


「みんな離れろ!!アギトから距離を取れっ!!」


このままでは仲間まで巻き添えになる!


「だけどカナタは…」


戸惑うナツメにリックが怒鳴った。


「いいから兄貴の言う通りに離れるんだ!ああなったら、もう本人でも制御出来ねえ!案山子軍団、後退だっ!」


スケアクロウもキリングクロウも後退、これで巻き添えもなく、邪魔も入らない。念真強度600万nを誇るリリスは戦闘続行か、流石だぜ。とりあえず、頭痛をなんとかしねえと喧嘩にならんな。


「……無双の至玉よ、我が瞳に顕現しろ。」


至玉で念真力をブーストすると痛みはピタリと収まった。アギトの念真力を上回ったようだな。


「フフ……フハハハハはははっ!……剣狼、雌雄を決する時だな!」


口から瘴気と決意を吐くアギト。記憶がないが、オレもザドガドで邪狼化しかけた。憎悪と憤怒の爆発を意図的に行う禁術、それが"邪狼転身"の正体だろう。これほどアギトに向いた秘術はない。


……リックが身を挺して助けてくれなければ、殺戮マシーンになったオレは破滅していた。ホタルから顛末を聞かされたオレは決意した。いかなる場合でも…


"……カナタ、僕達は…"


「わかってる。オレ達は"人間"として戦う。力に驕らず、力に飲まれず、あるがままの自分で戦おう。」


気になるのは、シュリがここまで明確な意志を現せる理由だ。宿敵との対決で紅蓮正宗の力が増しているんだと思っていたが、他にも理由があるのかもしれない。超常的な力を持った何者かが介入しているのだろうか……


────────────────────


※光平・サイド


医療車両の傍には乙村クンが立っていた。私の姿を見つけた乙村クンは慌てて駆け寄って来る。


「教授!無事だったのですね!……よかった、本当に良かった……」


乙村クンは涙ぐんで私の生還を喜んでくれた。有難い話だ。


「カナタのお陰でなんとかな。アイリと甲田クンは無事か?」


「はい!二人とも医療ポッドに入っています。意識は戻っていませんが、命に別状はありません。教授も早く医療ポッドに入って下さい。」


「わかった。仮面の軍団にも深手を負った者がいる。乙村クンは彼らを頼む。死なせないでくれ。」


「任せてください!中に吉松がいますから、早く手当てを。」


お言葉に甘えて医療車に乗り込む。傷と疲労で今にも倒れそうだ。丙丸クンにも外の会話は聞こえていたらしい。袖で涙を拭ってから、敬礼してくれた。


「お帰りなさい、ボス!医療ポッドの準備は完了しています!」


「ありがとう。娘と甲田クンの顔を見てから休ませてもら……夢見の勾玉が……」


医療ポッドの中で眠っているアイリが首から提げている勾玉が、光を放っている!


「そうなんです。先ほどから輝き始めました。勾玉はお嬢様を加護する神器ですから、害はないと思ってそのままにしておきました。調べた方がよろしいですか?」


「いや、このままにしておこう。きっと何か、必要があって輝いているのだ。」


首に傷を負った娘だが、苦しそうな顔はしておらず、穏やかな寝顔には神々しさすら感じる。きっと夢の世界でアイリにしか出来ない役目を果たしているのだ。目が覚めたら、また愛らしい笑顔を見せてくれるだろう。


兎に角疲れた。私も休もう。カナタなら大丈夫、必ず宿痾アギトを誅するに違いない。


─────────────────────


「うぉああああぁぁーー!!剣狼、砕け散れぃ!」


屍一文字を紅蓮正宗で受けたが押され、正宗の峰に蝉時雨の刃を当てた十字守鶴でなんとか受け止める。渾身の力を込めたせいで、左肩と太股から激しく出血したが、四の五の言ってられる状況じゃねえ!


「砕け散るのはおまえの野望だ!」


邪狼化したアギトの右腕の筋繊維が断裂する音がした。邪狼転身は諸刃の剣、禁術は使い手であるアギトの肉体と精神を崩壊させつつある。


「俺は…俺は…世界を手に…全てを手にするのだ!誰にも邪魔はさせん!」


踏み出した足の回りから氷柱つららが剣山のように飛び出して来た!邪狼転身はパイロキネシスも強化しているようだな!


だが、凍て付く憎悪でもオレの心の炎を消す事など出来ない!真っ黒な氷柱の山を炎で溶かしながら、鍔迫り合いを演じる。


「おまえは何も手にする事はない。憎悪を撒き散らし、数多の命を奪い、怨嗟と悲劇を生み出しただけだ。」


「綺麗事を抜かすな!貴様とて人殺しだろうが!」


「ああ、オレもおまえも人殺しだ!だけど……人殺しだからこそ、命の尊さを!戦争の愚かさを知っている!」


こんな血塗れた十字架を次の世代に背負わせてたまるか!オレが戦う理由はそれだけだ!


「くだらん!石器時代から人類は争い、憎み、殺し合ってきた!貴様の言う命の尊さなど、誰も歯牙にもかけていない!人はこれまでもこれからも、永劫に殺し合う生き物なのだ!」


怨念の篭もった刃を信念を込めた刃で打ち返す!


「怒り、憎しみ、殺し合う。それも人間の一面だ。同時に、愛し、慈しみ、共に生きるのも人間!オレは人間を諦めない!」


これまで出来なかったからって、これからも出来ないとは限らない!人は進化も変化もする生き物だ!


……この星に来てからというもの、人間の醜い面をうんざりするぐらい見てきた。信じられるのは仲間だけ、そんな世界で生きてきたんだ。魔女の森で彼女に逢うまでは……


"カナタ、ボクはね。こう思うんだ。みんなが少しだけ優しくなれれば、きっと今よりいい世界が創れるって。だから聞いて、スティンローゼ・リングウォルトの信念を。ボクは……人間を諦めない!"


人間を諦めた御門儀龍は、細胞に"殺人衝動抑制装置"を埋め込む事で絶対平和を実現しようとした。だけどあのコはそんな安易な道を選ばなかった。いかに苦しく、困難な道でも、歯を食いしばって歩むと決めたんだ。


そんな彼女がオレを変えた。シニカルに現実を笑い飛ばす、そんな気取った生き方なんざクソ食らえだ。ローゼが茨の道を歩むってんなら、一緒に歩いてやるさ。オレとシュリが目指した夢、"程々に妥協出来る世界"は、茨の道を抜けた先にあるはずだ。



だから野薔薇の姫の信念は……オレが守ってみせる!

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