終焉編31話 異端の中の異端
元素系能力の撃ち合いで風上に立った。優位に立てる足場があるなら、そこから切り崩すのが王道だ。
「何十年も隠し持っていた切り札がゴミ札とわかった気分はどうだ?」
嘲笑しながら矢継ぎ早に火炎を放つ。狼眼の威力とパイロキネシス、どちらもオレが上だ。ならば中距離戦ならオレに分がある。
「黙れ!まぐれの一撃で競り勝った程度で調子に乗るな!」
叫びながらも、的を絞られないようにフットワークを使うアギト。そう、おまえは近接戦に活路を見出すしかないよな?
ドーピングにはタイムリミットがある。どんな薬でも、体内に取り込んだ瞬間から徐々に効果は減衰してゆくものだ。それに長丁場になれば、部下が倒されて孤立する恐れもある。腕さえ立てば犯罪者でも構わんと各地から腕利きをかき集めたようだが、個人技に長けてはいてもシステムとして機能しちゃいない。要するにキリングクロウ隊は"覚悟のない羅候"だ。逆境を楽しめる戦闘狂も、相打ち上等なんてイカレポンチもいない。
命が惜しく連携を欠いた腕利きなんざ、スケアクロウの敵じゃねえ。
「パイロキネシスに頼り過ぎだ!距離さえ詰めれば俺が上だと認めたようなものだぞ!」
氷盾をかざしたアギトは高速ジグザグダッシュで強引に距離を詰めてきた。コイツ、足の爆縮を使えるようだな。
「さっきまではそうだったかもしれんな。だが、今は違う!」
咬龍には咬龍、平蜘蛛には平蜘蛛を打ち返す。ドーピングしたアギトとオレの身体能力は互角。技の精度が互角であれば、打ち負ける事はない。
「バカな!? き、疵が……消えているだと!」
「おまえは完全な夢幻刃を見せた。つまり、一から八までの太刀を一通り、見せてしまったんだよ。一度見れば疵がどこかなんてわかるさ。」
磨き抜かれたお手本を見せてもらえば、我が物とするのは難しくない。敵でも味方でも、学ぶべき点があるなら学ぶ。オレはそうやって生き残ってきた。
「お、俺の長きに渡る研鑽を!数え切れない実戦で磨き上げた剣を……たった一度体験しただけで我が物としただと!? そんなバカな事があってたまるか!」
「不都合な現実を認められないようだな。だから有り余る才能を持ちながら、エースの座を奪われたんだ。」
性根は腐っているが、剣腕は本物だと認めてやろう。この場で超えてやるつもりでいたが、それは果たせなかった。まあ真の夢幻一刀流、その要諦は掴めた。さらなる研鑽に励めば、さらに上を目指す事が出来るだろう。
"カナタ、剣の道に終わりはない。完成したと慢心した時から、磨いた技は衰えてゆく。どんなに強くなろうとも、さらなる高みを目指す心を持ち続けるのだ"
オレの剣の師、壬生シグレはそう言っていた。歩みを止めたら成長が止まるどころか、今いる場所からも後退してしまう。眼差しは高く、しっかり足元を踏み締めながら、先を目指して歩んでゆこう。剣の道も人生もだ。
「黙れ黙れ!エースの称号に相応しいのはこの俺だ!」
「おまえは同盟のエースでもなければ八熾の惣領でもない。器じゃないのさ、残念ながらな。夢幻一刀流の戦いには付き合ってやった。ここからはオレの戦いを見せてやろう!」
剣腕は互角。だがオレの戦技は夢幻一刀流に留まらない。夢幻一刀流をベースに、学んだ技を組み込むのがオレ流だ!まずは火隠忍術と鏡水次元流の融合技、陽炎雷霆から見せてやる!
「下等忍術に下等剣術を組み合わせた技など、この俺に通じるか!」
残像と緩急に幻惑されずに戦えているのは流石だな!だがオレの引き出しはまだまだあるんだ!
「コートはくれてやるよ!羽織空蝉の術!」
装甲コートで視界を遮り、左拳に力を込める。刀をフェイントに使って、拳打をお見舞いしてやる。
「視界を遮ろうが、気配を察知すればいいだけだ!」
そうかよ!フェイントには引っ掛からなかったが、受けに刀を使わせた。背後に隠した拳に念真力を纏わせ、無刀術・鎧通しと見せかけておいてから……パイソンさん直伝のフラッシュジャブだ!死角からの拳打をアギトはスウェーで躱したが、目の前で爆ぜた念真蛇はアギトの瞼を叩いた。
「くうっ!小癪な真似を!」
咄嗟に反応して目を守った事は褒めてやる。だが下拵えは終わった。本番はここからだ、地獄を見せてやるぜ。
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※アギト・サイド
「何十年も隠し持っていた切り札がゴミ札とわかった気分はどうだ?」
ガキめが、嵩にかかって火炎を連発してきやがる。クソが!ちょっとばかり優位に立ったぐらいで調子に乗りおって!
「黙れ!まぐれの一撃で競り勝った程度で調子に乗るな!」
狼眼と天狼眼の差は想定内だったが、パイロキネシスを隠し持っていたのは想定外だった。しかも威力が高く、範囲も広い。最強の火炎能力者とされるマリカと同等…いや、それ以上かもしれん。氷槍が通じない以上、中距離戦はマズいな。だが距離を詰めれば俺に分がある。コイツの剣術には疵があるのだ。
最大威力の氷結能力で氷盾を形成しながら、盗んだ奥義の連続爆縮で超高速移動し、距離を潰す。俺の体術を以てすれば、必ず出来る!
「パイロキネシスに頼り過ぎだ!距離さえ詰めれば俺が上だと認めたようなものだぞ!」
よし!距離を潰せた!剣の勝負なら俺が優位だ!
「さっきまではそうだったかもしれんな。だが、今は違う!」
コ、コイツ!咬龍には咬龍、平蜘蛛には平蜘蛛、寸分違わず同じ技を打ち返してきやがる!し、しかも……
「バカな!? き、疵が……消えているだと!」
数十合、刃を交えても打ち勝てん!同じ流派の同じ技である以上、理由は一つしかない。……技の精度が互角だからだ。
「おまえは完全な夢幻刃を見せた。つまり、一から八までの太刀を一通り、見せてしまったんだよ。一度見れば疵がどこかなんてわかるさ。」
剣狼は事も無げに言ってのけたが、自分が言っている事の異常さを自覚していないのか!?
「お、俺の長きに渡る研鑽を!数え切れない実戦で磨き上げた剣を……たった一度体験しただけで我が物としただと!? そんなバカな事があってたまるか!」
なんなんだコイツは!それが事実なら学習能力が高いなんてレベルではないぞ!認めん!断じて認めん!俺が血反吐を吐きながら習得した剣技を見ただけで覚えたなどと……認められるか!
「不都合な現実を認められないようだな。だから有り余る才能を持ちながら、エースの座を奪われたんだ。」
エース……俺からその座を奪った女の顔が脳裏にチラつく。俺がどんなに戦功を立てても冷淡だった部隊長どもは、マリカが完全適合に至って以降、口を揃えてエースだともてはやした……
挙げ句に、あのクソどもは俺に決闘を挑んで破れた壬生シグレの肩を持ち、躍進の原動力だったこの俺を、薔薇園から追放しやがった。勝ったのは俺だぞ!恩知らずのイスカと視野狭窄の部隊長どもは壬生シグレを選び、部下だった三槌一とキング兄弟は俺の下を離れた。馳せ参じた家人の天羽の小倅まで、宗家の俺に意見する始末だ!
どうしてだ!どいつもこいつも、どうして俺を認めない!
「黙れ黙れ!エースの称号に相応しいのはこの俺だ!」
軍のエース如きは当然の踏み台、俺は世界を統べる王になるべき男なのだ!
「おまえは同盟のエースでもなければ八熾の惣領でもない。器じゃないのさ、残念ながらな。夢幻一刀流の戦いには付き合ってやった。ここからはオレの戦いを見せてやろう!」
緩やかな動きから急加速する剣狼。揺らめく残像と共に炎を纏った至宝刀が襲って来る!
「下等忍術に下等剣術を組み合わせた技など、この俺に通じるか!」
緩急にも残像にも惑わされんぞ!俺を誰だと思っている!夢幻一刀流を極めた最強の兵、"氷狼"アギトだ!
「コートはくれてやるよ!羽織空蝉の術!」
性懲りもなく、また忍術か!姿を隠しても気配までは隠せんぞ!
「視界を遮ろうが、気配を察知すればいいだけだ!」
右手の刀はフェイント、背中に回したら拳が真打ちだな!炎を纏った紅蓮正宗を冷気を纏った屍一文字で受け、拳打を警戒する。やはり夢幻一刀流無刀術・鎧通しか!
…違う!これはボクシングだ!
「くうっ!小癪な真似を!」
上体を逸らして拳を躱したが、爆ぜた念真蛇の爆風で瞼を叩かれる。慌てるな、あらゆる感覚を研ぎ澄ませ、気配を掴め!数秒あれば、ぼやけた視界は回復する!予想通り、上から下へ攻撃を振ってきたな!
「甘いっ!」
目を瞑ったまま、足払いを軽く跳躍して躱しながら、気配を頼りに蹴り返す!返し蹴りは左肘打ちで落とされたが、即座に着地して背転蹴りを浴びせ…炎の熱気!
「ぐむっ!」
紅蓮正宗は躱したはずだ!何をもらった!衝撃は軍靴によるもの……蹴りを食らったのか!
「肋にヒビが入る音が聞こえたぞ。もっとカルシウムを摂取すべきだな。」
蹴り飛ばされた直後に空中で体を翻し、着地しながら目を開ける。今の攻防……俺は足払いを跳んで躱して返し蹴り、剣狼はその蹴りを肘で落としながら同時に剣を振るいつつ、さらに足払いを放った左足を軸足に切り替えて利き足で蹴りを放っていた、という事か……
この俺とした事がなんと迂闊な、初手が利き足の蹴りではなかった事を警戒すべきだった。
「曲芸闘法が得意なようだな。生まれ変わったら曲芸師でも目指すがいい。」
肋に軽いヒビ、利き足の爆縮キックにしては威力が低い。おそらく痛めた左足を軸にしていたからだ。そしてさっきのフラッシュパンチ、左腕は牽制技に使っている。フフッ、思った通り、カイルとの戦いで負った左肩と左太股の傷はかなり深いのだ。
周囲の状況は……キリングクロウは押され気味か。役立たずどもめが。Xー2はディアボロスXと互角に戦えているようだが、勝てるとは限らん。やはり俺が剣狼を倒すしかないようだな。コイツさえ倒せば、案山子軍団の心は折れる。
「どうした? 仕掛けて来ないのか?」
涼しい顔で舐めた事を抜かしおって!待ってやっているとでも言いたいのか!……落ち着け。コイツは曲芸闘法だけではなくハッタリも得意だ。余裕ぶって見せるのは余裕のない証拠。冷静に、氷のように戦えば、勝つのは俺だ!
「フン、追撃して来なかったのは、足に不安があるからだろう?」
氷壁を形成して視界を塞ぎながら、足元に氷のレールを敷く。炎で焼き払う、風で切り裂く、単純な元素系能力にはない汎用性こそが、氷結能力の長所だ。威力だけが希少能力の全てではない!
レールの上を滑走しながら、タイミングを測ってジャンプ。火炎能力の弱点は己の視界も遮ってしまう事だ!氷壁を溶かしたのはいいが、俺の速さに反応出来るかな!
「馬鹿と煙は高い所が好きだな!」
地面に落ちた軍用コートをサイコキネシスで操って羽織空蝉を狙っているな!甘いぞ!サイコキネシスなら俺も持っている!貴様より強度に優る事も調査済みだ!
「同じ手が二度通じるか!」
コートを地面に固定しながら鷹爪擊!刀を受けに使わせておいて、脇差しを使った逆手咬龍だ!左肩を負傷している貴様は、同じ技で打ち返す事は不可…なんだと!?
左膝蹴りで逆手咬龍を跳ね上げられた!クッ、確かに直進する力は横方向から加わる力に弱い!ならば…
「ぬおっ!」
体勢を崩された!膝蹴りを放ちながら左手でコートの裾を掴んでいただと!
「左腕を貰うぞ!」
裾を引きながら膝蹴りを派生させての蟹挟みか!
「させるか!ぐぬっ!」
腕を畳んで蟹挟みを躱したが、刀を握った右拳でヒビが入った左肋を思いっきり叩きやがった!コイツ、いくつ罠を張ってやがるんだ!
肋を折られて呼吸が整わん。爆縮を使って距離を取らねば!
「……ハァハァ……ふぅー……」
夢幻一刀流・天狼の息吹。よし、呼吸は整った。しかし……さっきから四肢を同時に、連動させる事なくバラバラに使ってきやがる。連動を欠いている分、威力は控え目だがトリッキーで反応しにくい。だが、四肢と呼吸を連動させるのは、剣術武術の基本中の基本だろう。そんな邪道闘法を使う者などいないはず……
いや!たった一人だけ、邪道の剣術体術を得意とする男がいる!連動をあえて放棄し、四肢を別な生き物のように操る完全適合者……ホレイショ・ナバスクエス!
「やっと気付いたようだな。使ってみてわかったが、ナバスクエスは相当に滅茶苦茶で不自然な闘法を完成させてやがったんだな。威力こそ控え目だが、同時に、多目的に、別系統として四肢を操る術は、連動に長けた手練れにこそ有効に機能する、か。ジェダも似たような事をやっていたが、ナバスクエスほど徹底してない。まあ、ナバスクエスの場合は、拘束具を付けた多対一のハンデ戦を続けるうちに勝手に身に付いたんだろうがな。」
十分な下地のある夢幻一刀流なら見ただけで疵を直せるかもしれん。天才ならば可能だろう。だが、一度戦っただけで異端の闘法を習得する事など不可能、あり得ない事だ!
……コイツは天才なんてわかりやすい存在じゃない。言うなれば異端の天才……いや、
「おまえ程の腕利きであれば、そろそろ異端の闘法にも慣れてきたはずだ。氷狼アギトはパクった技では斃せない。だから魂の重なる、本物の技で殺す。……シュリ、おまえの術を見せてやれ。」
ゆっくりとサークリングする剣狼を追うように残像が生じる。……!!……目の錯覚か? 残像が……残像が……空蝉修理ノ介の姿に見える!目を擦ってみたが見間違いではない、紛れもなく"幻影"修理ノ介だ!
「貴様は斃した敵の技を盗むだけではなく、亡霊まで味方にしているのか!!」
「亡霊じゃない。友の魂は生きている。」 "氷狼アギト、僕とカナタの怒りを……ホタルの悲しみを思い知るがいい"
幻覚だけではなく幻聴まで……俺は……俺は一体誰と戦っているのだ!?
ええい!亡霊だろうが生き霊だろうが、知った事か!コイツらを斃さねば俺に明日はないのだ!
「幻術で動揺させようとしても無駄だ!どんな手を使おうが勝てばいい!勝利こそが正義、それがこの星の掟だ!」
剣術で並ばれ、身体能力も互角。口惜しさで気が狂いそうだが、狼眼と念真強度……それに引き出しの多さは剣狼が上だ。マトモに戦ったら勝ち目は薄い……
だが勝てばいい!勝ちさえすれば、全てが肯定される!誰もが俺を認めざるを得なくなるのだ!
……万が一に備えて船にクローン体を準備してある。薬をさらに投与し、士乃から教わった禁断の秘術"邪狼転身"を使えば、確実な死と引き換えに剣狼を凌駕する力を手にする事が出来るはずだ。
剣狼を幻影もろとも葬り去って至魂の勾玉を奪い、肉体が崩壊する前に体を乗り換える。ぶっつけ本番で心転移の術を行使出来るかが問題だが、賭けるしかない!
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