終焉編29話 未来への鼓動



※光平・サイド(トゼンとマードックの決闘と同刻)


親父の元へ私を送るはずの兇刃。瞳に映ったのは、死後の世界ではなく息子の背中だった。


「……今度は間に合ったぜ。ようアギト、好き放題やってくれやがったな。お仕置きの時間だ。」


「……剣狼……貴様どうやってここに……」


災害ザラゾフと互角の素手喧嘩を演じたパワー型兵士の跳び蹴りを十字守鶴クロスアームブロックで受けたアギトは二本の足で轍を作りながら、10m近くも後退させられている。


「オレはどんな経験も無駄にしない。忘れたくても、胸が張り裂けそうでもな。」


カナタに遅れる事暫し、ゴツンと大きな音を立てて超大型ジェットパック"かっとびくん♡"が赤茶けた大地に転がった。御門の開発セクションが鬼より恐れるナツメ君に命名されてしまった新兵器だ。


ザドガトの悲劇から立ち直ったカナタは、御門の全セクションに"航続距離の極めて長いジェットパックの開発"を命じた。航空部門と動力部門、兵器部門が共同開発した新兵器が、私の窮地を救ってくれた訳だ。仮面にボイスチェンジャーを仕込んであるから、喋っても大丈夫だろう。


「ナツメ君が油性ペンで"かっとびくん♡"とサインしているから、これは試作一号だな。」


佐渡所長がカスタマイズした試作型は、姿勢制御の不安定さを筆頭に色々問題は残っているのだが、基本性能はズバ抜けている。扱いは難しいが、体術に長けたカナタなら問題ない。


フフッ、命拾いしたのだからまず礼を言うべきなのだが、武骨な外観フォルムと可愛い丸文字がシュール過ぎて、思わず笑ってしまう。あのコはいてもいなくてもムードメーカーなのだなぁ。


「教授…いや、親父。慌てて先代の所へ行く必要はない。孫の顔ぐらい拝んでからにしなよ。」


カナタは大殿計画を承諾してくれたらしい。カタチはどうあれ、息子から"親父"と呼んでもらえた。今は偽りの親子関係であっても、全てが報われた気分だ。


「カナタ、私が援護す…」


「その体では足手纏いだ。仮面の軍団はボスを連れて後退しろ。アギトはオレが始末する!」


赤く波打つ刀紋を持つ至宝刀を抜いたカナタはアギトと対峙した。やはり、剣狼と氷狼は刃で雌雄を決する定めなのだ。足手纏いとハッキリ言われてしまった事だし、息子を信じて下がるとしよう。例え万全の体であったとしても、大した助けにはなるまい。息子と異母兄は兵士の頂点に立つ強者なのだ。


「カナタ、必ず勝てよ!戦争が終わったら話したい事がある!」


部下に肩を貸してもらいながら撤退する私に、息子は力強く頷いた。


「オレは誰にも負けん!行く手を遮る者は、神であろうが噛み砕く!」


そうだ。おまえの行く道を阻める者などいない。天掛彼方は仲間の想いを刃に宿し、この星の未来を救う狼なのだ。


──────────────────────


※カナタ・サイド


「追うな!あんな雑魚はどうでもいい!剣狼を討ち取れば勝ちだ。」


教授を追おうとした部下をアギトは制止した。


「無理だと思うが頑張れ。」


「まず、貴様がこの俺と…」


「戦う資格があるか試してやろう。おまえの言いそうな事だ。要するに部下をけしかけたいんだろ。構わねえからサッサと命令しろ。」


「負け戦に単騎で飛び込んで来た己の迂闊さを呪え!Xー2、天使部隊と共に剣狼を始末しろ!」


まずは捨て駒からか。ラバニウムコーティングを限定使用する実験兵はともかく、限定解除されたコが厄介そうだな。


「……任務了解。死んで。」


Xー2と呼ばれた少女は純白のランスを構えて空中からチャージしてきた。


速い、しかも分厚い念真重量壁まで纏ってやがる!ランスチャージは躱したがXー2は高速で離脱、一刀で仕留めるのは無理でも、逃げる背中を斬り付ける事は出来たんだが……


「よせ!あんな奴の命令なんか聞くな!オレがキミを助ける!」


リリスとおんなじぐらいのコが自発的に協力してるとは思えない。きっと拐かされて、実験体にされたんだ。


「やはりガキは殺せないようだな。天使部隊、Xー2を盾に使って戦え!狙うのは左肩と左太股、カイルもまずまずの仕事をしてくれたようだな!」


コートとズボンを履き替えたのに負傷を見抜いたか。夢幻一刀流を収めた剣客なら、当たり前だな。


「この男を殺せば10億の報奨金が出るぞ!」 「佐官の椅子もだ!」 「オマケに爵位と領地!」


金と出世と爵位、ネヴィルも気前のいい事だな。欲に目が眩むのはいいが、しっかり目を切らないと死ぬぜ!


「つまりおまえらは自発的に協力している大人の兵士って事だな? だったら……死ね!」


「「「ぐはっ!!」」」


狼眼をモロに喰らった三人の羽根付き兵は目と耳から血を噴き出しながら墜落した。


「剣狼の目を見るな!おまえら程度の念真強度では狼眼に耐えられん!」


おまえら程度、ね。念真強度が高くなければラバニウムコーティングを使えない。だが、天使部隊はかなりの念真力を背中の羽根と武器の形成に回してしまっている。"強欲"オルセンのように念真強度が低くても、力のオンオフと配分に長けていれば、強度の差を補う事は可能。操念技術は念真強度と関係なく、を積めば習得出来る。戦技と念技の技術不足、それがおまえらの弱点だ。


「………」


無言でチャージして来るXー2の背後に続く天使部隊。このコだけは戦技も念技も磨いているようだな。だが、オレには通じん。


「甘いっ!」


ランスの穂先を掴んで少女を放り投げ、後続の5人は刀で斬って落とす。ラバニウムコーティング頼りの素人どもが!


「今の今までの存在を秘匿されていた実験部隊。つまり、おまえらはこれが初めての実戦って事だ。アマチュアが群れようが、プロの敵じゃねえ!」


訓練は十分に積んできたのだろう。だが、実戦でしか得られない経験がある。若葉マークを付けた兵士にオレが殺れるもんかよ。


「やはり天使部隊には殺しの経験値が足りんようだな。Xー2と天使部隊は上から念真槍の雨を降らせろ!キリングクロウ本隊、戦闘開始!」


アギトは至宝刀"屍一文字"の切っ先をオレに向けながら直属大隊に命令を下した。分隊は背後に回って退路を断ち、錦城隊との合流を阻むつもりだな。


「……アギト……やはりおまえは惣領の器ではない。」


上から降って来る槍の雨を躱しながらキリングクロウ本隊隊員と斬り結ぶ。肩と太股の傷から血が滲み、軍服が赤く染まった。


「負け惜しみを!死地にノコノコやって来た己の短慮を呪え!」


勝ち誇った顔で悦に入るアギト。オレは斬り結ぶ敵兵の胴を薙ごうとしたが、薄皮を斬っただけで回避された。キリングクロウ本隊の練度はかなり高い。流派はバラバラだが、よくこれだけの手練れを集めたものだな。


「怯むな!倒せとは言わん!もう少し弱らせれば、後は俺が殺る!」


宙を羽ばたくXー2が特大の念真槍を形成しようとしている。アギトめ、部下ごと痛撃を喰らわせるつもりだな?


「短慮を呪うのはおまえの方だ。オレより頭と耳が悪いようだな。」


……聞こえる……同じ道を歩む者達の息吹が……感じるぞ……この星の未来を拓く仲間の鼓動を!


「頭が悪いだと? 絶体絶命の窮地に追い込まれたのは貴様だろうが!」


「かっとびクンが一つだけだと思っていたのか?」


「なにっ!?」


「画期的な移動兵器が完成したら量産するに決まっているだろう。ザドガトの悲劇からどれだけ時間が経ったと思っている。」


「……貴様…ま、まさか!?」


アギトの顔色が変わった。やっと気付いたようだな。空中から急接近する連隊に目を奪われた敵兵を斬り捨てながら、情報を操作する。


「視認出来るようになるまで気付かないとは迂闊だな!かっとびクン1000個を案山子軍団と精鋭兵に支給しておいた!こういう場面に備えてな!」


実際に準備出来たのは800個なんだが、数を盛った事に気付くかな?


「Xー2、拡散重力槍を放て!」


「……まだ味方の退避が…」


「構わん、撃てっ!巻き添えで死んだ奴は、所詮そこまでの兵士だ!」


「……わかった。ごめん、恨んでいいよ……あうっ!」


槍に込めた念真力を飽和させ、威力を極限にまで高めた念真重力槍を放とうとしたXー2の小さな体がゴム毬のように吹っ飛ばされる。純白の天使は見えないキックで地面に叩き落とされ、彼女が溜めに溜めたエネルギーが空中で暴発、帯状のエネルギーが周囲に降り注いだ。


鏡面迷彩ミラーステルス!伏兵を潜ませていたのか!」


アギトは何もない空間に小束を投げ付けたが、見えない刃に弾かれる。オレは足元に転がる死体の装甲コートを剥ぎ取り、着地したナツメにパスした。


「ありがと!輝剣と夜梅を使えるようになったのはいいんだけど、塗膜がすぐ剥げ落ちちゃうね。」


コートを纏ったオレの天使は、刃先が現れた愛刀を手に微笑んだ。武器を迷彩被覆する新技術、ステルスコーティングは斬り合えばすぐに剥離する。開発した※Qが言ってた通りだな。


「吸着率がネックだな。かっとびクンもそうだが、改良の余地ありだ。」


※Sが作った試作一号と二号は量産型より速く飛べる。二号を装備したナツメはオレを単騎で追っていた。軍団に先んじて戦場に到着したクノイチは、鏡面迷彩を使って敵の目を欺き、奇襲のチャンスを窺っていたのだ。


「X-2!いつまで寝転がっている!サッサと立って最大火力の念真槍をぶちかませ!」


ラバニウムコーティングに守られているとはいっても、不意討ちでナツメの回し蹴りを喰らったんだ。かなりのダメージを負っているはず……


「……了解。」


心ない上官の命令で、砂を噛まされた少女は立ち上がり、速射性にウェイトを置いた無数の槍を投擲してきたが、オレとナツメは障壁を張らずに傍観する。


「……後輩に会えて嬉しいわ、とでも言えばいいのかしらね?」


純白の槍を弾いたのは漆黒の盾。蝙蝠の羽を生やした少女は静かに舞い降り、デスサイズを構えた。


「……ディアボロスX!私は……私はあなたを超える!超えなきゃならないの!」


X-2と呼ばれる少女の目が妖しく輝き、声にも力が篭もる。だが、もう一人の少女は冷淡だった。


「勝手なライバル認定なんて迷惑よ。だけど排除すべき障害ではあるようね。いいわ、私が相手してあげる。少尉、悪魔形態を使うわ。止めても無駄よ。」


銀色の髪が漆黒に変じて体を纏い始める。死神とやり合った時に一度だけ見せた姿、二度と使わせないつもりでいたが、やむを得ん。


「わかった、だが自分の命を優先しろ。殺すしかなければ躊躇うな。」


「自分はリスクを冒して助けようとした癖によく言うわね。言われなくても私は自分を優先する、心配しないで。」


悪魔形態に変身したリリスは、天使形態の少女と対峙する。そこに空からバラバラ死体が降ってきた。天使部隊が念真髪で斬殺されたのだ。


「隊長殿、ご無事でありますか!」 「兄貴、待たせたな!」


赤毛を踵まで伸ばしたビーチャムと、筋肉を膨張させたリックがオレの傍に降り立ち、案山子軍団のゴロツキどもも続々と現れる。排擊拳を装備したシオンが隊列を確認してから敬礼した。


「隊長、案山子軍団と連邦選抜兵、展開完了です!」 


無精髭を撫でながら、ロブがアギトを挑発する。


「かかって来いよ、元エース。こっちも1個連隊、そっちも1個連隊だ。どっちも後続が続いてるから状況は五分だろ?」


五分じゃないさ。冥土ヶ原姉妹を筆頭に異名兵士や各隊の腕利きを根こそぎ連れて来た。深手を負ったカイルは戦域離脱が最優先、軍を立て直して反転攻勢に出る事は絶対ない。だから連邦本隊をスカスカにしても問題ないのさ。地獄の番犬の出現だけは想定外だったが、概ねオレの描いたプラン通りに状況は推移している。


「公爵、攻撃命令を!」


龍姫護衛隊を率いる元帝国騎士は二振りの長剣を構える。


「レオナ隊はアシリレラ隊と一緒に犬飼隊を援護してくれ。ペルペトアを逃がすな。」


左翼には"軍教官ジ・アグレッサー"ストリンガーが加勢に回った筈だが、厚みを持たせた方がいい。ペルペトアは旗色が悪いと見れば、化外に逃亡を企てる。あの女の戦闘能力はそこまでの脅威ではないが、魔獣を使役する能力は脅威だ。


「し、しかし…」


「オレの心配はいらん。御門の番犬を死なせるな!行けっ!」


麒麟児なら何も言わなくても右翼の援護に回るはず。大佐とシズルが力を合わせればオスカリウスとて、突破は出来まい。これで左右の備えは万全だ。オレは前面だけに集中出来る。


「ハッ!お任せ下さい!レラ中尉、行きましょう!」 「龍弟公、御武運を!」


オレは運には頼らない。頼りにするのは人の輪だ。オレとアギトは同時に命令を下した。


「スケアクロウ隊、ダイヤモンドフォーメーションだ!オレがトップで右はリック、左はビーチャムだ!」


「キリングクロウ隊、V字陣形!迎え撃つぞ!」


オレとアギト、スケアクロウとキリングクロウ。完全適合者と精鋭部隊の決戦の開幕だ。紅蓮正宗の輝きが増し、至魂の勾玉から力を感じる。愛刀も家宝も、宿痾を誅する時は今だと知っているのだ。



我が友シュリ、そして八熾の英霊に誓って、氷狼アギトはオレが討つ!!


※QとS

Qとは失われた技術を知る男、九曜公丈。Sとは若き天才科学者、佐渡佐和。二人とも光平の部下として秘密開発チームで働いています。

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