終焉編28話 狂犬VS人斬り



※バードビュー・サイド


大陸全土で展開される総力戦の中でも、最大の兵数が激突する大戦場がバーバチカグラード。この地が決戦場に選ばれた理由は、大陸中央で最大の平原だからだ。機構軍18万6千、同盟軍17万5千、合わせて36万1千の兵士達は広大な平原で激闘を繰り広げる。平坦な大地に屍の山が生まれ、血の河が流れても両軍は止まらない。この一戦には長きに渡った戦争の趨勢が懸かっているのだ。


火蓋が切られた大決戦、主力同士の戦いが演じられる平原中央で、二人の無頼が邂逅した。最後の兵団四番隊隊長"狂犬マッドドッグ"マードックと、アスラ部隊四番隊隊長"人斬り"トゼン。最強の犯罪者と最狂の用心棒だった悪漢が軍人として対決する。まさに狂った時代が招き寄せたビッグマッチであった。


──────────────────


「大物が出張って来たわね。なあSM嬢、小物同士の小競り合いで水を差すのも野暮、一旦矛を収めようじゃないのさ。」


有利に戦いを進めていた蛇女はイカレ女にそう提案した。自分は優位でパイソンは互角、だがバイパーが天才相手に苦戦している。大将が出張って来た以上、運否天賦を続ける必要はない。賭けるべきはトゼンの勝利、大将が負けたらどの道負けである。


「アタシにとっちゃ悪かない話だけど…」


理性が戻ったドーラは、自分一人が劣勢なだけに即答するのは躊躇われた。命惜しさに取引しているようだからだ。だが欲望に忠実な男が即座に誘いに乗った。


「そうしましょうそうしましょう!!はいはい、小物の戦いはここまで!犯罪者の皆さん、武器を収めて見学です!逆らったら……殺しますよ?」


月龍はポケットから起爆装置を取り出し、セーフティを外してスイッチに親指を置いた。月龍の性癖を知るヘル・ホーンズ隊員は元ヤクザとの交戦を中止し、武器を収めて後退する。あの変態に逆らえば、躊躇いなくスイッチを押し、自分達の頭蓋を吹っ飛ばすに違いない。


静寂の訪れた戦場、隻腕男とモヒカン男が歩む姿を、赦免を勝ち取りたい犯罪者達と、既に赦免された元ヤクザ達が見守る。


「人斬りトゼン……噂は聞いていたが、会うのは始めてだな。」


コットスに頼まれて渋々モヒカンにしたマードックだったが、今は気に入っている。自賛するまでもなく、凶悪な面相に実にマッチしていた。


「二度会う事はあるめえよ。俺もオメエもそういう類だろうが、ええおい?」


痩身のトゼンと筋肉隆々のマードックは体の厚みが倍ほど違う。しかし肝の据わり方は五分。二人の悪漢は臆する事を知らない。怯気を知らぬまま生まれ、死ぬ男である。


「だろうな。翻弄を好む緋眼と違って、おまえは決着を望んでいる。」


狂犬マードックは緋眼のマリカとは数回交戦している。世界最速の忍者を捉え切れないでいる間に、マードック以外が負けて劣勢、マリカが引いたので自分も撤退する。その繰り返しであった。もちろんイスカが狙ってやった事である。マードックにトゼンをぶつけるのは、後がない局面が訪れた時と決めていたのだ。そしてその局面が今、訪れた。


「そういうこった。覚悟は出来てんな?」


「誰に言ってやがる。誰にも邪魔はさせねえ、頭同士の一騎討ちだ!それでいいんだな?」


「たりめえよ。殺すのはオメエだけだ、約束するぜえ。」


どちらが勝っても部下には手出ししない、トゼンの約束の意味を理解したマードックは頷いた。


「いいだろう。殺し合うのは俺とおまえだけだ。四番隊の看板を背負った勝負、受けて立つ!」


マードックは完成したばかりの専用武器"ミノタウロスアックス"を構えた。牛頭魔神の斧は、巨大な戦斧の柄と刃を玄武鉄でコーティングした逸品である。これまで得物に頓着しなかったマードックだったが、カイルとの戦いを経て武器の質にもこだわるようになったらしい。


モヒカンが乱れないように真ん中に穴が空いた角付きヘルメットを装備し、大戦斧を携えるマードックは、まさに現代のミノタウロス。しかし怪物に立ち向かうのは英雄テセウスではない。大蛇ト膳は人の皮を被った蛇、これは怪物と怪物の対決なのだ。


「シャアァァーーー!」


蛇行しながら距離を詰めるトゼン。人斬りに後の先などない。先手必勝、見敵必殺、達人じみた所作など持ち合わせていないのだ。


「砕け散れぃ!」


腰だめに構えた大戦斧を一閃したマードックだったが、人蛇は巻き付くような体術で凶器を躱し、モヒカン頭を目がけて妖刀を振るう。身を屈めたマードックだったが、兜に施された角の片方が両断される。トゼンの持つ妖刀"餓鬼丸"の切れ味は、至宝刀に匹敵するのだ。


「ガタイに似合わず器用じゃねえか。ええおい?」


矢継ぎ早に繰り出される兇刃を、玄武鉄の柄で受け流すマードック。兇刃とセットで襲い来る蛇のような念真擊は分厚い障壁で弾き返す。


「おまえも痩身に似合わずパワフルだな。しなる手足はそんな使い方も出来るのか。」


剛のミノタウロス、柔のヒュドラ。怪物二匹の戦いにギャラリーは固唾を飲んだ。速さと技量に勝るトゼンを大戦斧は捉えられず、人斬りの操る妖刀は巨体を小さく細かく刻んでゆく。致命傷には程遠いが、先に出血を強いられたのはやはりマードックだった。


「小手先の勝負では分が悪いようだな、ぬんっ!」


マードックは空いた左手で大地を強打し、波紋のように広がる念真衝撃波がトゼンを襲う。範囲攻撃であれば蛇の嗅覚スネークセンスも役には立たない。引き気味に、安全に戦うという思想がトゼンにはないのだ。念真強度600万nを誇る狂犬の念真衝撃波はトゼンの念真障壁を打ち破り、軽くないダメージを与えた。


「そうこなくっちゃあな。……クックックッ、燃えてきたぜぇ!」


トゼンは口元から流れる血を長い舌で舐め取りながら哄笑した。強敵と戦う事こそ人蛇の愉悦。愉しくて堪らないのだ。


「奇遇だな、俺も燃えてきたぞ。やはり檻の外はいい、この俺と互角に戦える男に巡り会えるとはな!」


己が豪勇に絶対の自信を持っていたマードックは、敵陣から異様な気配を嗅ぎ取り、生まれて初めて対等な敵手が、同類が現れたと予感していた。対決までに時間を擁したのは驕りを捨て、フラットな状態で戦わねばならないと考えたからだ。


「ケッヘッッヘッ、次はどんな手を見せてくれるんだ?」


「フフッ、慌てるな。ショウは始まったばかりだ。」


「まどろっこしい事ぁ性に合わねえ。最前列で見学させてもらうぜえ!」


瘴気を撒き散らす妖刀を手に至近距離クロスレンジでの斬り合いを狙うトゼン。念真強度と武器のリーチで勝り、抜群の戦闘センスを持つマードックでも懐に飛び込まれるのを防げない。大蛇ト膳は戦闘センスを可視化したような魔性の技と体捌きを持っており、またしても攻守が逆転する。


"人知を超える嗅覚を持つ人蛇に一撃必倒など望めない。いや、かすらせる事すら難しいだろう。超攻撃的な剣術と、蛇の嗅覚による危機回避。俺と同じで、この男も戦う為だけに生まれてきたのだ。ならば打つ手は一つ!"


マードックは覚悟を決めた。この男に小細工など通じない。己が肉体を信じ、肉を斬らせて骨を断つ以外にないのだと。


「ぬりゃあ!!」


マードックは噛み付く念真蛇擊は無視し、一撃で四肢と首を刎ね飛ばせる兇刃だけは戦斧で防御しながら反撃に転じる。もちろん、溢れる念真力は全て攻撃に回しながらだ。


「やるじゃねえか!」


絶対強者の意地と誇りを込めた大戦斧、踏み込む足からは大地を揺るがす衝撃波。広範囲攻撃に広範囲攻撃を重ねられれば、いかに魔性の剣客といえど完全回避は不可能だった。


「おまえもな、フンッ!」


丸太のような腕を締め上げる念真力の蛇を、マードックは装甲コートごと念真爆発で弾き飛ばした。鋼よりも硬いと自負する強靱な体には鬱血が痣となって残っている。


「へヘッ、防具を捨てちまっていいのかい?」


「アラミド繊維も装甲板も無意味だ。おまえの前では、な。」


そう言いながら、マードックは片角になった兜も投げ捨てた。


「そりゃお互い様だ。ちょいと待ってな。」


トゼンは片腕で器用に諸肌を脱いだ。細身だがゴムのような筋繊維が詰め込まれた肉体美が露わになる。


「弾力と剛力を兼ね備えた体。俺とは方向性が違うが、一つの完成形なのだろう。小手先の小細工ではない本物の技を持つ強者よ、俺がダメージの応酬を狙っているのはわかったはずだ。それでも真っ正面から挑んで来るつもりか?」


立ち塞がる敵を全て力で粉砕してきた男は、初めて技巧に敬意を払った。


「他の戦い方を知らん。蛇は前にしか這いずれねえ。」


「フフッ、まさに人蛇だな。面白え野郎だぜ。」


「クックックッ、俺が死ぬかおまえが死ぬかはわからんが、殺り合う前に一杯どうだ?」


トゼンはベルトポーチから蛇のエンブレムが入ったスキットルを取り出し、一口飲んでからマードックに投げて寄越した。受け取ったマードックはスキットルを大きく傾けて、酒を飲み干す。


「旨い。だが安酒だな。」


強敵と酌み交わす酒こそ格別。マードックはスキットルを捨てて大戦斧を構えた。


「気取った酒は口に合わねえ。喉の渇きを潤した後は、心の渇きを潤すとするか。」


闘争への飽くなき渇望。闘神に愛された羅刹は、破壊神に愛された暴君との血闘を再開する。力と技の戦いが繰り広げられ、勝負の天秤はどちらにも傾いた。死力を尽くして戦い続け、とっくに倒れていてもおかしくないダメージを負った二人だが、それでも倒れない。


「……頑丈に出来てやがるな……ええおい?」


満身創痍になった人斬りは愉しそうに笑った。人蛇と同じく満身創痍の狂犬は苦笑する。


「……蛇よりもしつこい野郎だ……いい加減に倒れろ……」


「……今にもぶっ倒れそうだぜえ……だが、倒れんのはおまえの首を獲ってからよ……」


「……殺れるもんなら殺ってみろ……」


誰の目から見ても互角に見える両雄。だが一人だけ極々僅かな差に気付いた男がいた。


この対決は99,9%相打ち、だが勝つとすれば……


「……さよなら、マードック……楽しかったですよ……」


月龍の惜別の呟きと同時に、凶雄二人は死闘の決着を付けるべく走り出す。本来は視界の広い二人だが、もう目の前の敵しか見えない。トゼンとマードックは、限界ギリギリまで追い詰め合っていたのだ。ほんの少しでも余裕があれば、もう一つの足音に気付いていただろう。


「終わりだ人斬り!」


「あばよ狂犬!」


交錯する斧と刀。しかし刀は途中で止められ、斧は振り抜かれた。マードックの巨体にしがみついた女がいたのだ。


「……ドーラ……なぜ邪魔をした!!」


戦斧の直撃こそ避けたが、刃を纏った念真波動をモロに喰らったトゼンは吹き飛ばされ、仰向けに倒れている。まだ息はあるようだが、決定打となったに違いない。


「ア、アンタに死んで欲しくなかったんだよ!……ただ、それだけ……」


ドーラに構わず刀を振り抜いていれば、勝負はどうなるかわからなかった。だが、人斬りトゼンは勝利よりも美学にこだわった。戦う前に交わした約束、"殺すのはおまえだけだ"……その言葉を守ったのだ。


「うおおおぉぉぉーーー!!」


縋る女を突き飛ばしたマードックは、天に向かって吠えた。自分はドーラが割り込んだ事に気付かなかった。だが、トゼンは気付いて刃を止めた。僅かとはいえ余裕があったのはトゼン、それは認めざるを得ない。


「ドーラ、アンタとんだ野暮を仕出かしてくれたねえ。これは男と男の勝負なんだよ?」


リンは倒れた男を庇うように立ち塞がり、ドーラを厳しい目で睨む。


「……オメエがやってる事も野暮だぜ。……さて狂犬……決着を付けようじゃねえか……ええおい?」


トゼンはフラつきながらも立ち上がった。勝負の天秤が自分に傾いた事を悟ったマードックだったが、こんな勝利には何の価値もない。いや、ここでトゼンを殺せば"永遠の敗北"を喫する事になる……


そうしない為には……一時の敗北をマードックは受け入れた。


「……今日の勝負は俺の負けだ。人斬りトゼン、場を改めて、もう一度勝負しよう。」


「この戦争ドンパチはもうじき終わる。再戦の機会なんざあるかよ。」


「それでもだ!……どうしてもここでケリを付けたいなら俺の首を獲れ。それで決着する。」


トゼンの前まで歩み寄ったマードックは無防備な首を晒した。


「待って!人斬りの旦那、勝負に水を差したのはアタシだよ!アンタが殺すべきなのは…」


「すっこんでろ!まだ嘴を挟むなら、おまえから殺すぞ!」


ドーラを怒鳴りつけるマードックの姿を見たトゼンは苦笑した。


「クックックッ、敵の前で痴話喧嘩かよ。やれやれ、興が削がれちまったな。狂犬よ、勝負に水を差されちまった事だし、この場は水入りって事にしようや。」


「いいのか?」


「構やしねえよ。納得のいく殺し合いがしてえって気持ちはわからんでもないからな。」


「トゼン、アタシらの任務は狂犬の無力化だよ。正確にはアンタの任務、だけどさ。」


殺せる時に殺しておきな、リンは言外にそう匂わせたが、トゼンは興味なさげに嘯いた。


「そういやそうだったな。ま、俺も狂犬も半死人だ。あんだけ斬り付けられてよく生きてるもんだぜ。」


トゼンもマードックもダメージは限界。いや、限界以上のダメージを負っていた。並の兵士なら五回は死んでいただろう。兵士の頂点に立つ肉体を、常軌を逸した精神が支えているに過ぎない。


「フン!おまえこそまだくたばってねえのが不思議だ。ドーラ、ヘル・ホーンズはもう戦わん。ネヴィルへの言い訳はおまえが考えろ。それが水差しの罰だ。」


精神的支柱マードック抜きで戦える程、ヘル・ホーンズは強くない。5倍の数を擁しながら羅候に押されていたのだ。中核部隊"レッドホーン"は健在だったが、彼らは暴君にしか従わない。主が戦いを終えたなら、赤角の鬼も武器を収める。


「弁明はしとくけど、懲罰はアタシ一人じゃ済まないよ。」


戦術タブレットの操作を終えた月龍は、止血パッチを手に巨漢に歩み寄る。


「懲罰は受けずに済みそうです。ロドニー閣下から後退命令が出ました。"人斬りトゼンの無力化を確認、天晴れな戦いぶりであった"とお褒めの言葉を頂いています。手間が省けて良かったですね、ドーラ。」


「何が良かっただい!アンタが余計な事を呟くから、あんな野暮をやらかす羽目になったんだよ!」


「怒りたいのは私の方です!ドーラ、極上の料理にガムシロップをぶちまけた恨みは忘れませんからね!」


悪漢の頂上決戦が不完全に終わった事を残念に思う気持ちはあったが、ホッとしている気持ちもあった。マードックの世話係を務める間に、いささか情が移ったらしい。


"画竜点睛を欠く、ですかね。まあいいでしょう。暴君の世話係を続けながら、至高の一皿を探すのも一興です"


月龍は刀傷だらけになった巨体に止血パッチを貼り付けながら微笑んだ。嫌がるトゼンに止血パッチを貼っていたリンも、戦術タブレットに送られてきた電文に気付く。


「トゼン、災害閣下からメッセージだ。"任務遂行、大義であった。下がって体を休めるがいい"だとさ。」


トゼンの任務は狂犬の撃破、もしくは無力化。マードックの任務は人斬りの撃破、もしくは無力化。双方とも撃破は叶わなかったが、無力化は達成した。


「お役御免ってか。野郎ども、けえるぞ。ウロコ、災害ザラゾフに"後ぁ任せた"って返答しとけ。」


「アンタの手当てが終わったらね。さ、肩を貸すから船に戻るよ。」


「いらねえよ!テメエの足で歩けらぁ!」


「うっさい!たまにはアタシの言う事を聞きな!」


無理矢理肩を貸し付けた女は、部隊を率いて撤収を開始する。


こうしてアスラ部隊四番隊"羅候"と、最後の兵団四番隊"ヘル・ホーンズ"の戦いは引き分けに終わった。最狂の部隊が前線から退く姿を両軍の兵士は黙って見守る。



強者への儀礼を守ったと言えば聞こえはいいが、本音は違った。どちらの兵士も、下手に手を出して暴れられるのが恐ろしかったのだ。かくして凶雄の退場を見届けた兵士達は凡夫の、彼らの戦いを再開する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る