終焉編27話 四番隊VS四番隊



※バードビューサイド


アスラの四番隊、"羅候"は激戦の真っ只中で戦うのが常。個人技に秀でた彼らは屍山血河を築いて友軍の突破口を開くのがその任務であった。


ラストレギオンの四番隊、"ヘル・ホーンズ"もまた激戦に投入される。重犯罪者のみで構成された彼らの任務は捨て駒。ゆえに損耗を考慮される事はない。


どちらの四番隊もデリケートな任務に従事した事は無く、真っ正面から戦うのみという特性も共通していた。


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同盟軍総司令官、ルスラーノヴィチ・ザラゾフ元帥は、全面攻勢の最先鋒に羅候を指名した。大軍の先頭に立った彼らはオルグレン師団の敷いた防御布陣を力尽くで突破してゆく。戦術云々ではなく、ただただ個が強いという異端児部隊の始末の悪さにリチャードは閉口したが、このまま進撃を許す訳にはいかない。


腹黒伯爵と呼ばれる参謀長は毒をもって毒を制すべく、ヘル・ホーンズの投入を国王に進言する。煉獄から借り受けた捨て駒部隊はザラゾフ本隊にぶつけたかったネヴィルだが、精強さを以て鳴るザラゾフ師団が人でなしの奏でる狂騒曲に乗り、相乗効果を生み出している様が見て取れた。


四の五の言ってはいられない。今、奴らを止めなければ、戦いの形勢は同盟軍に傾いてしまう。学問としての戦術ではなく、実戦の、本物の戦術を知る者は流れや勢いを軽視する事はない。ネヴィルは捨て駒部隊の投入を命じた。


かくして、悪名高き二つの四番隊はバーバチカグラードで激突する。


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「凶悪なのはツラ構えだけか? シッ!」


左拳に刺付きナックルダスターを装備したパイソンは一呼吸で6発、閃光のような左ジャブだけで3名のヘルホーンズ隊員を沈めた。マードックの直属中隊と月龍隊を除けば、ヘルホーンズ隊員はさほど強くない。強盗や殺人を犯した者ばかりだから暴力慣れはしているが、羅候のような個人技を持ってはいないのだ。


マードックと幹部が強いから戦には勝った、だが戦死者の数はヘル・ホーンズ側が多かった、なんて事も珍しくない。欠員の補充は簡単、檻から出たい犯罪者は山ほどいる。大変なのは出した後で、監査役の煌月龍は殺めた敵兵よりも粛清した隊員が遥かに多い。意外な事に、マードックは同類(犯罪者)には容赦ないが、無力な市民には危害を加えない男だったので、最低限の規律が守られているようなものであった。


そして軍役を課された犯罪者の中には、暴力のカリスマとも言えるマードックに惹かれる者が出て来る。圧倒的な強さを目の当たりにして敵意が憧れに変わり、暴君の強さに近付きたいと願う者達。それが軍団幹部の"凶獣"コットスと、直属中隊"レッドホーン"である。


「雑魚を相手にイキがるな。俺が相手だ、黒いの。」


戦槌を構えた凶獣はセムリカ人ボクサーの前に立った。パイソンも長身だがコットスは2メートルを超える。しなやかな筋肉を持つ男と鎧のような筋肉を持つ男の殺意を孕んだ視線が交錯した。


「おもしれえ。俺ッチを楽しませてくれよ。」


「おまえこそ俺を楽しませろ。階級別で争うボクシングが無差別級の戦場で通じるかな?」


「その身で試してみればいいさ。行くぜ!」


パイソンの長い腕から繰り出されるジャブは拳先から蛇のような念真波を放ち、波は蛇行しながら伸びて来る。念真ジャブをショルダーブロックで弾きながら踏み込み、戦槌を振るったコットスだったがパイソンはスウェーで躱してボディーに右フックを見舞った。


「……むう。」


脇腹を固めて拳を防いだつもりでいたコットスの顔が歪む。身を守る衣服ごと、肉を引き千切られたのだ。


「へヘッ。デカいの、俺ッチの異名を知ってるかい?」


「……確か"絞殺魔"だったな。一瞬でアラミド繊維と腹筋を抉り取るとは大した握力だ。」


鋼の肉体を千切って見せるとは、流石はアスラ部隊最狂と恐れられる羅候の幹部だ、とコットスは気と筋肉を引き締めた。だが、口元にだけは笑みがこぼれる。さらなる高みを目指す凶獣は、強い男との戦いを求めているのだ。


「バイパー・キングさんでしたね? 私も動きませんから、貴方も動かないでもらえると助かるのですが……」


コットスから少し離れたところにいた煌月龍は、喉笛を切り裂かれた死体を踏ん付けて前進してきたバイパー・ザ・リッパーに取引を持ち掛けたが、成果は期待していないようだった。


「はんちく者は引っ込んでろ。」


背後から襲い掛かろうとしたスキンヘッドの鳩尾に振り返らずにナイフを刺し、肘打ちで首をへし折った色男は自分に負けず劣らずの端正な顔を持つ男に質問する。


「天才さんは殺し合いが嫌いなのかい?」


「貴方は好きそうですね。私は見るのは大好きなんですが、殺るのはあまり好きではないんですよ。特に相手が同盟一の…いえ、世界一のナイフ使いにして流殿手の達人とあればなおの事、ね。」


「フフッ、殴る蹴るはアンタの領分だろう。」


「ええ。暗器も、ね。」


月龍は拳法着の袖からヌンチャクを取り出した。切裂魔のナイフを素手で受け切るのは難しい、と考えたのである。


「これだけの鉄火場で見学もつまらんだろう。応龍鉄指拳とやらを見せてもらおうか。」


安い命をチップに愉しむ死のギャンブル。バイパーは月龍を賭場に引きずり込んだ。


「仕方ありませんね。主役が出て来るまで前座でもやってましょうか。」


「お宅のボスは腹痛でも起こしたのかい?」


「まさか。マードックから"少しの間、気を高めたい"と言われました。珍しい事もあったものです。」


あの傲岸不遜なマードックが勝負の前に準備するとは……月龍は驚いていた。同じ完全適合者"貴公子"Kと戦った時には"あんな軟弱に俺様が負けるはずがない"と無造作に挑んだのに……


"人斬り"トゼンは"狂犬"マードックに心の準備を強いる相手なのだ。気を張り詰め、昂ぶらなければ勝てない強敵。月龍の頭と股間に血が駆け巡る。楽しみ過ぎて鼻血を吹きそうなぐらいだ。


「ほう。兄貴は"場を暖めろ"って言ってたぞ。お互いの大将は同じ事を考えてるようだな。では場を暖めさせてもらおうか!」


「私を殺すのは両雄の勝負を見届けてからにして下さい。貴方だって未練タラタラの地縛霊に祟られたくはないでしょう?」


勝敗よりも性欲、本音をダダ漏れにした変態ユエルンはナイフをヌンチャクで捌きながら、足で蹴り合う。


「やるもんだ!天才と呼ばれるだけはあるな!こりゃ殺されるのは俺かもしれん。」


有効打を浴びせられないバイパーだが、有効打ももらわない。お預けを食らった月龍の苛立ちは募る。


「天才なんて言葉は軽々しく使うものではありません。過大評価に辟易してるんですよ!私は"器用"なだけで、"天才"なんかじゃありませんから!ああ、もう!マードック、早く私を興奮させて下さいよ!」


手前勝手な欲望を喚きながら突き出されたナイフをヌンチャクの鎖で絡め取り、投げを打つ月龍。叩き付けられる前に地面を蹴って跳躍し、後頭部に蹴りを放ったバイパーだったが、月龍は背面蹴りで応戦した。蹴りの威力は互角、ノックバックした二人は構えを取って睨み合う。


「まったく、あの変態だきゃあどうしようもないねえ。」


歪んだ性癖を隠そうともしない月龍の姿を見てドーラは嘆息した。興奮した変態がポジショニングをしくじったお陰で目の前に蛇女がいる。戦闘も強いが本来は知能犯のドーラは冷静に状況を分析出来ていた。副長同士の対決は分が悪い、と。


"……数は羅候の5倍だが、キルレートは5:1どころか10:1にもなってない。リチャードんとこの騎士共もルシアンマフィアに苦戦してるし、マズい状況だねえ。結局のところ、ウチはマードック頼みの寄せ集めって事か。コットスは互角に、ユエルンは互角以上に戦えちゃいるが、アタシは……"


だからといって逃げる訳にもいかない。ドーラは愛用の鞭を構えて蛇女に対峙した。


「覚悟は出来たようだねえ。じゃあ殺し合おっか。」


"蛇女"リンは愛刀"緋牡丹"を抜いた。赤みがかった刀身は血で染まる時を待っているかのように妖しく輝く。


「待っててくれたのかい。意外と優しいんだね。」


これは死んだかもね、とドーラは思ったが、逃げようとは思わなかった。命令しかした事がないマードックが初めて"気を高めたい。時間を稼げるか?"とアタシらに頼み事をした。暴君の信頼は自分の命よりも重い。


"しかしあのマードックに、極限の集中がなければ負けると予感させるなんて、人斬りトゼンってのは大した男なんだねえ。陣営が逆なら惚れてたかもしれないよ"


ドSでドMの"クレイジービッチ"ドーラは、己の惚れっぽさを自覚している。彼女は突き抜けた無頼(に蹂躙されるの)が好きだった。相棒のコットスでは物足りなかったが、マードックは文句なく合格。歪んだ女が無頼を愛した、ならばこの場で死ぬべきなのだ。


「行くよ、蛇女!アタシを蹂躙してみな!」


「元SM嬢だけあって、鞭の扱いにゃ慣れてますってか。」


イカレ女の振るう鞭を躱しながら蛇女が距離を詰める。彼女もまた、無頼を愛してしまった酔狂女。惚れた男の酔狂に殉ずる覚悟は出来ていた。リンとドーラは似た者同士、だが喧嘩の腕なら蛇鱗くちなわりんが上である。


「甘いっ!」


鞭の柄から飛び出した長針を横っ跳びで避けたリンは至近距離からしなる腕で裏拳を放ち、ドーラを仰け反らせた。追い打ちの刃を辛うじて躱したドーラは鞭を振るいながら側転し、距離を取る。


「アハハッ、いいパンチだった!感じちまったよ!」


赤く腫れた頬を撫でながらドーラは恍惚の笑みを浮かべた。異名兵士"クレイジービッチ"の強味は痛みが快楽である事だ。傷付けば傷付くほど彼女は興奮し、テンションを上げる。


「煌月龍が変態だとは聞いていたが、アンタも同類みたいだねえ。」


任侠ではあっても変態ではないリンはドーラの痴態が理解出来ない。イカレ女は頬を撫でた手を下ろして、股ぐらを触り始めている。スイッチの入ったドーラは知能犯である事を忘れ、本能と欲望に身を任せていた。


「ふふ、修羅場は濡れ場だろ? さぁ、アンタも濡らしてあげる!」


鋭さを増した鞭を刀で弾いて再び距離を詰めるリン。テクニックよりもメンタルが危険な女だと判断して、早期の決着を狙う。


悪名を轟かせる両隊が殺し合う中、申し合わせたかのように二人の男が動き出した。人斬りトゼンと狂犬マードック、同盟軍一の悪漢と機構軍一の悪漢。言うまでもなく、悪名の頂点に立つ男。



果たして真の無頼は、無頼の王はどちらなのか……

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