終焉編25話 因縁の対決
※王国軍・サイド
バーバチカグラードに展開する機構軍はロッキンダム王国軍を中核にその数18万6千。対する同盟軍はルシア閥を中心にその数17万5千。総力戦において最大の兵力が激突する主戦場である。それは開戦当初から戦い続けてきた"災害"ザラゾフと"界雷"ネヴィルが雌雄を決する場でもあった。
ネヴィル・ロッキンダムは完全適合者を称してはいたが、実際の戦闘細胞適合率は98%。準適合者としては最強クラスの猛者ではあったが、一騎打ちでザラゾフと戦うのは分が悪い。積年のライバルと力の差がついたと渋々認めたネヴィルは直接戦う事を避け、戦術勝負に徹してきた。機構軍内のライバルであるゴッドハルトとは違い、ネヴィルの指揮能力は極めて高い。指揮官としてならザラゾフとも勝負出来るのだ。
「ポイントGに予備兵力を投入、厚みを持たせろ。ポイントJはそのまま前進だ。」
王国軍旗艦"ペンドラゴン"の王座を模した指揮シートに座したネヴィルは、広大な戦場を睥睨しながら各地に命令を下す。
「ザラゾフにしては珍しく、前線に出て参りませんな。」
副官シートに腰掛けたリチャードが訝しんだが、ネヴィルにはライバルの思考が読めていた。
「ロドニーと狂犬を警戒しておるのだ。局地戦ならいざ知らず、これ程の大規模会戦で総大将が重傷を負って指揮がままならんようではマズかろう。」
「なるほど。ザラゾフはこのバーバチカグラードで死神相手に不覚を取り、会戦そのものを落としてしまった経験もありますからな。」
バーバチカグラードは災害ザラゾフが唯一、一騎打ちで敗れた地でもある。油断と慢心が招いた敗北を忘れてはいまい。
「陛下、トリスタンから通信が入っております。」
陸上戦艦トリスタンの主の気性を知るオペレーターは、ネヴィルの許しを得る前に通信を繋いでしまっていた。元から血の気の多い公爵は、片耳と頬肉を失ってからさらに凄味を増し、王国兵の畏怖の対象となっている。その威圧感たるや王をも凌ぐのだ。
「俺の出番はまだか!チマチマ戦っていても埒が明くまい!」
地声の大きいロドニーが苛立っているのは誰の目にも明らかだった。
「抑えよ、ロドニー。序盤から切り札を出す勝負師がどこにいる。」
完全適合者となったロードリック公ロドニーが王国軍の切り札なのは事実であったが、扱いにくい札でもあった。ロッキンダム王家の一員でもある公爵は、多少の非礼不遜は不問にされてきたが、覚醒した後は増長に拍車がかかったように見える。
「勿体ぶらずに俺を出せ!そうすればザラゾフの首級を献上する!」
「余は"抑えよ"と言ったぞ公爵。」
ネヴィルは不機嫌顔で自重を促した。大王である自分にズケズケと直言してくるロドニーを元より好いてはいないのだ。ロッキンダム王ネヴィルが好むのは忠誠と服属であって直言ではない。もし、ロドニーが政治に興味を持っていれば、ネヴィルは彼の力を削ごうとしていただろう。熱風公が戦にしか興味がない男であったのは、双方にとって幸運であった。
「……いいだろう。陛下の仰せのままに、だ。」
野獣の目をした公爵は皮肉を言ってから通信を切った。王国で唯一、諫言が許されている老伯爵が苦笑する。
「公爵にも困ったものですな。三十路が近いのに落ち着きがない。」
「だから王女の後見人をマーカスめに任せねばならんのだ。マーカスもマーカスだがな。やはりマデリンの後見人は卿に頼みたい。」
ネヴィルには幼い孫がいる。王国の後継者となるべき王女だったが、ネヴィルは孫娘といえど権力を譲る気はない。不老を手に入れ、未来永劫の支配者として君臨するのがネヴィルとリチャードの大望であった。
「陛下、王族の後見人は侯爵以上の爵位を持つ者が務めるのが我が国の伝統です。歴史と伝統は重んじなければなりません。」
もっともらしい理由をつけて固辞したリチャードだったが、本音は別にある。マデリン王女の両親、すなわち王太子夫妻を事故に見せかけ、
王女が祖父に忠実な傀儡として成長すれば問題ないが、邪魔になれば消すしかない。どんなカタチでも王女が死ねば、後見人の責任を問う声が上がる。処世術に長けたリチャードは、将来の危険をマッキンタイア侯マーカスに押し付けたのだ。
「まあ、そんな些事は勝ってから考えれば良い事だな。リチャード、ここが勝負どころだぞ。」
「はい。手段を問わずに勝つ。勝てばこの星は陛下のものです。」
野心の為なら我が子をも殺せる王と、王命であればどんな非道も行える腹心は、積年のライバルを打ち倒すべく戦に集中する。"
──────────────────
※ザラゾフ・サイド
「金羊騎士団が出て来ました!騎乗し、ランスを装備!」
同盟軍旗艦となった"
「マッキンタイアめ、やっと直属部隊を出してきおったか。少しは歯応えがあればいいがな。テムルを呼べ!」
「イエッサー!」
オペレーターはテキパキとパネルを操作し、すぐにテムル・カン・ジャダラン少将がスクリーンに現れた。"
「呼んだか、元帥。」
「うむ。羊どもが出てきおった。ロンダル騎兵と遊牧騎兵、どちらが強いか見てみたい。」
「中原の狼にとって、羊狩りなど朝飯前だ。アトル、出るぞ。」
「ハッ!」
傍らに控えていた副官を伴って迎撃に向かったテムルは、マッキンタイア師団と激突する。ランスを構えて突進するロンダル騎兵を、巧みに避けながら短弓で狙い撃つ遊牧騎兵。重騎兵と軽騎兵の激戦は兵種の優劣ではなく、指揮官の優劣が勝敗を分けた。
愛馬に跨がり、最前線で士気を鼓舞するテムル・カン・ジャダランと、直属部隊を前線に出しながらも、自らは退き口近くに陣取ったままのマッキンタイア侯マーカスでは、戦う姿勢からして違っていた。そうでなくともテムルとマーカスでは指揮能力に差があるのである。劣った側が及び腰では戦になる訳がない。
「追えっ!金ピカの気取り屋どもに、遊牧民の恐ろしさを味合わせてやるんだ!」
退却する金羊騎士団の背中に弓騎兵が矢を放つ。速力に優る遊牧騎兵は逃げるロンダル騎兵を散々に打ち破ったが、快進撃に待ったをかける部隊が現れた。体格に優れた徒手部隊は矢を素手で払いのける。
「中原の蛮族が調子に乗りおって!これでも喰らえっ!」
防戦の先頭に立った巨漢は練り上げた念真撃をテムルに向かって放ち、見事に落馬させる。テムルも念真障壁で防御はしたのだが、巨漢の念真重力破を防ぎきれなかったのだ。
「やるではないか。おまえは確か…」
「機構軍格闘技指南役、レオニダス・ゼノン大佐だ。この儂が直々に相手をしてやろう、かかって来い!」
"格闘王"ゼノンは王国軍の幹部で、国王親衛隊の長を務める。役職上、滅多に前線に出て来ないが"最強の格闘家"と謳われて久しい。ネヴィルと二人掛かりではあったが、ザラゾフと戦って生きているのだから、その実力は折り紙付きである。
「テムル様!」
追走していたアトルが主を拾い上げ、馬首を返した。金羊騎士団と違ってゼノンが率いる格闘士部隊は本物の精鋭、体勢を整え直す必要がある。
「逃げるか小僧!」
「すぐに戻る、おまえこそ逃げるなよ!」
併走する愛馬に跨がったテムルは、巨漢を背に乗せ引き返してきた。馬上から降りた武道家の顔を見たゼノンは、さも愉快そうに笑う。
「……阿含一角。ガタイだけは立派になったな。」
「やっと会えたな。貴様を討つのは六道流だ。」
古代パンクラチオンの継承者、レオニダス・ゼノンと、古武術・六道流の継承者、阿含双角(一角の師)はかつて戦場で相見えた。ゼノンに敗れた双角は脊髄に深刻なダメージを負い、武道家生命を絶たれたのである。
「双角は再起不能になったらしいが、おまえは後腐れがないように地獄へ送ってやる。」
「やってみろ。我が師双角は、六道流は貴様に敗れた訳ではない。」
未熟な少年兵だった自分が人質になっていなければ、勝負を決する瞬間に腹を刺されて悲鳴を上げていなければ、阿含双角はレオニダス・ゼノンに勝っていた。功名心に駆られて師の言い付けを破り、戦場に馳せ参じた愚行を悔やまなかった日はない。
"豪拳"一角は、恩師と流派の名誉を取り戻す為にアスラコマンドになったのだ。
「負け惜しみはそれだけか?」
「今度は人質を盾に決闘を強いる事も、悲鳴で気を逸らす事も出来んぞ。貴様の失敗は、俺と師を生かしておいた事だ。」
「武道家として未熟だから、弟子の悲鳴などに気を取られるのだ。阿含双角は心が軟弱ゆえ、儂に敗れたのよ。」
「俺がアスラの部隊長として戦っている事は耳にしていたはずだ。だが、貴様は現れなかった。機会がなかったとは言わせん。卑劣な手で掴んだ名声を後生大事に抱えて、報復から逃げていたのだ。」
ゼノンのこめかみがピキピキと震える。当たらずとも遠からず、痛い所を突かれたのだ。
「緋眼のマリカや人斬りトゼンならいざ知らず、おまえ如きを恐れるものか!」
「フッ、やはりマリカやトゼンは怖いらしいな。格闘王の名が泣くぞ?」
「口だけは達者になったようだが、腕の方はどうかな!」
撃ち出した拳の先から放たれた念真重力破を、イッカクは念真重力壁を纏った掌底で受け止めた。
「ほう、コンセイトレイトはマスターしたようだな。」
「阿含双角の全てを受け継いだ。盗んだ勝利を返してもらうぞ。」
ゼノンとイッカクは背後の兵士達を手で制し、前に進み出て構えを取る。
「師の無念を思い知れ!うおおぉぉーーー!!」
「笑止な、返り討ちにしてくれる!ぬりゃあぁぁーー!!」
王国親衛隊の誇る"格闘王"ゼノンと、アスラ部隊随一の武道家"豪拳"イッカクの拳が唸りを上げる。
ゼノンは築き上げた地位を守らんが為、イッカクは後悔を取り戻さんが為、死力を奮って拳を振るう。二人の格闘家にとっても、この地が決戦場なのだ。
※弑逆
家臣が主君を殺す事。
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