終焉編22話 天掛光平の義



※光平・サイド


地球と央球、違う星で生まれた異母兄弟は戦場で邂逅した。不倶戴天の敵として、だ。世界を隔てた兄は忌々しげに吐き捨てた。


「フン!分家の分際で生意気にも狼眼を宿しているのか。"魂の刻印"を継承している以上、宗家の血族……真血である事は認めざるを得ないようだな。八乙女のように分を弁えればいいものを!」


八熾家筆頭家人頭・八乙女静流には宗家の血を引く先祖がいる。狼眼が血継能力であれば、八乙女家から狼眼の使い手が現れてもよさそうなものだが、過去にも現在にも一人もいない。妙だと思っていたが、そういう事か。八乙女家は"魂の系譜から外れた"のだ。


「……魂の刻印、ね。なるほど、納得だ。宗家の血は引けども、刻印を継承出来なかった者もいる。よくおまえのような心卑しき者に継承出来たものだな。」


八熾羚厳と天掛光平に遺伝子的な繋がりはない。私は八熾羚厳の魂が天掛翔平の肉体に転移してから出来た子だ。アギトのクローン体から本来の肉体に戻っても狼眼が使えるのは、遺伝子ではなく"魂の刻印"とやらに起因する力だからか。よくよく考えれば当たり前だな。狼眼は"殺意"をトリガーに発動する"超能力"だ。八熾宗家には霊的な繋がりがあり、それが"刻印"なのだろう。


「分家の貴様が本家の俺に"卑しい"だと!卑しいのは本家の力を盗んだ貴様ら親子だろうが!」


分家分家と五月蝿い事だ。アギトとて時間は惜しいだろうに、手を止めてでも私を愚弄せねば気が済まないらしい。まあ御門家を恨むあまり、復讐鬼と化した八熾士之しのに育てられた牙門顎人にしてみれば、八熾羚厳の愛情と薫陶を得て育った天掛光平は怨嗟の対象だろう。


異母兄の境遇に同情する気持ちが皆無ではないが、餓狼に堕ちたのは自分の責任だ。叔母に鍛えられた剣腕を以て、運命のくびきを断ち斬る事も出来たのにそうはしなかった。


「本家だの分家だのに興味はないが、生まれの早さが自慢かね? 無学なようだから教えておくが"武家の嫡流は当主が決める"のだよ。八熾の歴代当主の中には次男三男もいる。」


将帥としては劣っても、論客としてなら遅れは取らんよ。織田信長にも実兄の津田信広がいたし、二代将軍・徳川秀忠にも(出自を家康に疑われてはいたものの)兄の結城秀康がいた。地球でも央球でも、長男だから家督を継げるとは限らないのだ。


「やかましい!親父は俺の存在を知らなかったのだ!八熾の血を引いただけの文弱が武家を語るな!」


窮地に追い込まれた焦りなどおくびも見せず、もっと怒らせてやろう。作戦を読まれた腹いせ混じりの時間稼ぎだ。


「八熾羚厳に育てられた私が断言するよ。知らなくて幸いだった。知っていれば、餓狼など粛清されている。ハハハッ!当主になれなかった者同士で仲良くヤケ酒でも飲むかね?」


「黙れ!黙れ黙れ!」


嫌だね、黙らん。地球では弁舌これだけを武器に魑魅魍魎の渦巻く世界を戦ってきたのだ。おまえは八熾家にまつわる古文書に一通も目を通していまい。歴代当主の何人もが"金色コンジキノ士魂"に言及しているのだぞ?


黄金の士魂を持った者が"士魂の勾玉"を首から掲げ、当主となる。"夢見の勾玉"はその伴侶か、※家宰かさいとしてお家を守る一族の女子が掲げるのだ。


「そもそもがだ、誰が当主の証である"黄金の士魂"を受け継いだかなど、この上なく明白だろう。目に見える結果が出ているのに、まだ答えがわからないのかね。白銀の目を持つ異母兄殿?」


わからないのではなく、認めたくないだけなのだろうがね。私に倣って、不都合な現実にも目を向けたまえよ。


「……ぬ、ぬぐぐ……」


白銀の目を剥き、こめかみに青筋を立てながら歯軋りするアギト。何も言い返せないほど痛い所を突けたようだな。


アギトの劣等感コンプレックスの根源は"黄金の瞳を持てなかった事"だ。八熾の変で羚厳が死んだと思った士之は、兄の残した双子のどちらかに天狼眼が宿るはずだと考えただろう。だが、双子は成長しても、その瞳に黄金の光を宿す事はなかった。八熾羚厳は地球で生きていたから当然なのだが。


苛立ちを募らせた復讐鬼が取る行動は察しがつく。"本家あにうえの血を引きながらなんと不甲斐ない!"と責め立てられながら育ったアギトにとって、天狼眼は憧れでありトラウマなのだ。


「……な、何が黄金の士魂だ!この世は力だ!力こそ全てだ!それが証拠に、狼眼は"殺戮の力"ではないか!ならば最も力のある者が"殺戮の極み"を手にするべきだろう!」


例え強さが基準だったとしても、おまえは選ばれていない。八熾宗家の長い歴史の中でも五指に入る力を持ちながら、不運な事よな。歴代最強の当主と同じ時代に生まれてしまうとは……


「おまえは確かに私の兄弟だよ。おまえは暴力に、私は権力に取り憑かれた。だから、のさ。」


今の私にはわかる。八熾の守護獣・天狼が守りたいものが……親父と息子にあって、私と顎人にはないものが……


「利いた風な事をほざきおって!言ってみろ!士魂とやらで何を実現する!大義だの正義だの、くだらん綺麗事を口にしたら笑ってやろう!」


正しく生きようとは思わない。オレらしく生きたいだけだ。天掛彼方の歩んで来た道こそが、天狼の望む未来へと繋がっている。最強の殺戮能力を与える金色の狼は、"強者に自制を促す自由人"を愛するのだ。


「大義でも正義でもない。あるがままの、飾りのない"義"だ。虚飾なき義を尊び、己が心の赴くままに義を貫く。それが八熾家、我が一族だ!」


自由を愛し、理不尽に牙を剥く。言葉にするのは簡単だが、実践するのはなんと難しい事か。天狼のお眼鏡には適わなかった私だが、狼の血族として、私の義を貫く!例えこの身が朽ちようともだ!


「くだらんくだらんくだらん!!そんな義に何の意味がある!!」


「自分より大切なものがないおまえには到底理解出来まい。」


私にはある。家族を守る、それが私の義だ。


「……わかった事もあるぞ。天掛親子は俺の世界から抹殺すべき存在だとな!まず貴様から死ね!」


屍一文字を抜いたアギトは獣のように疾走する。簡単には殺されんぞ!


─────────────────


右と左の敵部隊は各3000、正面からは2000、アギトの率いる兵は総数8000。こちらは犬飼隊が2000、シズル隊が1500、マスカレイダーズが700で4200か。犬飼隊はペルペトア本隊と互角に戦っているが、シズル隊は押されている。数でも不利だが、空中から襲って来る天使どもが厄介過ぎる。羽根付きの兵士は100名ほどだが、恐ろしく強い。


「口は滑らかだが、剣はぎこちないな!ハハハッ、もっと激しく打ち込んでこい!それとも全力でその程度か?」


狼眼を狼眼で打ち消しながら剣を打ち合わせるが、明らかに遊ばれている。パワーもスピードもテクニックも私とは桁が違う。強いのはわかっていたが、これ程とは……


「同時攻撃なら…」 「笑ってもいられまい!」


乙村クンの突きを屈んで躱しながら丙丸クンの兜割りを刀で受けたアギトは、空いた左手で瞬時に逆立ち、体を捻っての回転蹴りを放った。アイリの展開する分厚いサポート障壁を破壊した威力抜群のキックは私達にヒットし、地を擦りながらノックバックさせられる。


「させないわよ!」


倒れた私に追撃を掛けようとするアギトに甲田クンが狙撃を見舞ったが、アギトは弾道を予測して刀で弾いた。


「そんなヒョロ弾が俺に通じるか。む、新手だと!……麒麟児め、やられっぱなしではなかったようだな。まあいい、始末に行く手間が省けた。」


神難軍が来援!中陣にいた麒麟児は私達が罠に掛かる前に裏の裏を読まれたと察知し、アギトの包囲殲滅を阻止するべく動いてくれていたのだ!


「キリングクロウ連隊、鳳翼の陣を敷け!神難軍は鋒矢陣形で突撃して来る!通信兵、Xー2と天使部隊を呼び寄せろ!」


いくら力の差があるといっても、私達を無視して指揮を執るとは舐めすぎだ。軍靴の底に仕込んでおいたスモークグレネードを使って、一旦引かせてもらうとしよう。


「今だ!総員後退、神難軍と合流する!」


仮面の軍団は入れ替わりで煙幕を張りながら、後退を開始する。私は甲田クンに抱っこされた娘に問うた。


「アイリ、念真力はどのぐらい残っている?」


「……半分ぐらい。お父さん、アイリもオフェンスに参加した方が良くない? あの人、すっごく強いよ?」


ウィッチビースト分隊との戦いでも皆を守る為に広範囲障壁を張り続けたし、さっきはアギトの猛攻を凌ぐ為に全力以上で障壁を展開してくれた。普通だったらとっくにガス欠だが、念真強度500万nは伊達ではないな。


「念真砲が当たるならな。だが、あの反応速度とスピードでは当たるまい。」


当たらない大砲より、確実に効果を発揮する障壁がベストだ。ケリー曰く、"どちらかと言えば攻撃型だが体が幼すぎる。最低限の耐久力を身に付けるまでは守備に徹する方がいい"との事だった。将来の適性よりも、現在の有効性。本来、10歳の子供を守りの要にする方がおかしいのだ。リリス君を有効活用しているカナタも、きっと同じ気分なのだろうな。


「小梅、危ない!」


アイリの声に反応した甲田クンは、我が身を守る事より娘を守る事を優先した。


「……うう……お、お嬢様……ご無事……ですか……」


空から放たれた脇差しは甲田クンの体を貫通し、アイリの首筋をかすめていた。甲田クンが庇うように身を丸めてくれなければ、娘の喉笛を貫いていただろう。


「小梅!しっかりして!死んじゃダメだよ!」


「丙丸クン、甲田クンを連れて下がれ!脇差しはまだ抜くなよ、大出血する!」


空からの襲撃者に狼眼で反撃する。3人ばかり墜落させたが、色白の少女を伴ったアギトも狼眼を使い、マスカレイダー数人が倒れた。


「……外したか。Xー2、ありったけの力で雑魚どもを薙ぎ払え。天使どもは不出来な狼と遊んでやるがいい。」


「……わかった。」


被覆した胸部から白い羽根を生やし、ラバニウムコーティングされた槍を構えた天使達。だがあの少女だけは全身を純白の鎧でコーティングしている!彼女がリリス君の後継機だとすれば……マズい!


「アイリ!範囲防御だ!」


「任せて!念真障…へ…き……」


アイリの意識が朦朧としている!当たり前だ、幼い少女が首筋を斬り付けられたんだぞ!


「乙村クン、アイリを連れて逃げろ!」


「出来ません!教授も一緒に…」


槍を構えて突撃してきた天使に応戦しながら、私は叫んだ。


「いいから行けっ!頼む、行ってくれ!」


「くっ!お嬢様はお任せください!」


……これでいい。みんな、必ず逃げのびてくれ。


─────────────────


私と共に死地に留まってくれた仮面の軍団は一人、また一人と討たれてゆく……


天使の槍に貫かれて倒れた者、数に優るキリングクロウの刃に倒れる者、そして私と共にアギトに立ち向かい、残酷な技量の差で討ち倒される者……


「処刑人が訓練したのだろうが、格上との戦い方をよく弁えている。見逃してやるから脱兎の如く逃げろ。取るに足らん男を守って無駄死などつまらんだろう。」


クソッ!倒されても倒されても犠牲を顧みず、常に五人で囲んでいるのに、まるで歯が立たないとは!時間稼ぎは十分と判断した部下達は、一足の間合いから半歩離れた位置で餓狼を囲み、口々に叫んだ。


「ここは通さん!」 「教授、俺達が盾になります!」 「早く逃げてくださいっ!」 「お嬢様の為にも、生きるんです!」


娘と三羽烏を逃がす為に踏み止まってくれた皆を置いていけるか!……それに逃げようにも、もう力がほとんど残っていないのだ。格上と戦った当然の代償……念真力も体力も気力も枯渇寸前……


……風美代、すまない。私は戻れそうにない。相棒バート、家族を頼んだぞ……


「ありがとう。キミ達と共に戦えて本当に光栄だった。四人共、下がってくれ。多対一で返り討ちでは、八熾の名を汚す。」


アギトを囲んでいた四人だけではなく、残った部下達が私を囲むように集まってきた。フフッ、私はこの世界では"いい上司"になれたらしい。


「負け犬を守って犬死とは馬鹿どもめ。……そう言えばまだおまえの名を聞いていなかったな。名無しの権兵衛を殺すのも興醒めだ、聞いてやるから名乗るがいい。」


私か? 私の名は天掛光平。この星を救う男、天掛彼方の父親さ。


「餓狼に名乗る名などない。名無しの権兵衛で結構だ。汚名を残すおまえよりはマシさ。」


「死に損ないが格好つけおって!俺を愚弄した罪を死んで償え!」


償うとも!二つの世界を股にかけ、命を賭した贖罪の旅はここで終わりだ!どうか息子に届いてくれ!


「うおぉぉぉーーー!!」


最後の力を振り絞って人垣を跳び越えた私は、異母兄の脳天目がけて渾身の剣を振り下ろす!


「無駄だ!気合いだけの剣など俺には通じん!」


兜割りを跳ね上げた兇刃が私の身に迫った。景色がスローモーションに見える、これが走馬灯だろうか?



……あの世で親父に会えたら聞いてみよう。"天掛光平は狼になれたかな?"と……


※家宰

家長に代わって家政を取り仕切る御役目。家事を宰領する、の意味合いがあります。

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