終焉編21話 生兵法は怪我の元



※光平・サイド


「このままではお館様が来援される前に戦線が崩壊します!教授、ケリーを起こすべきです!」


丙丸クンの言う通り、ケリーの力が必要な局面だ。だが、最強の用心棒は魔獣と戦い重傷を負ってしまった。


「内臓が破裂しているんだ。これ以上戦わせれば命に関わる。」


ケリーに意識があれば戦おうとするだろうが、幸い医療ポッドで眠っている。


日頃は冷静な乙村クンも焦りの色を隠せない。


「ですが、手をこまねいている訳には!アギトが戦慣れしているのはわかっていましたが、ことごとく裏をかかれている!」


「慌てるな。窮地の時ほど、冷静に考えるんだ。」


迎賓館の警護に回した甲田隊がヘリで戦場に駆け付けた時は、自分よりも他人の身を案じてしまう仁君も良し悪しだと思ったが、ミコト姫には予感があったのかもしれない。危ういのは自分ではなく、我々だと。


実際、甲田隊の支援狙撃がなければ、マスカレイダーズの戦死者はもっと増えていただろう。


「大殿、お館様に相談なされては?」


我々の中で最も場数を踏んでいるシズル君にも妙案は浮かばないか。


「カナタはザハトと交戦の真っ只中だ。これ以上負担はかけられん。家人頭よ、覚悟は出来ているな?」


白狼衆と話す時は、時代がかった物言いする。カナタに伝授してもらったコツを活かすとしよう。


「はて、何の覚悟でござりましょう?」


「牙門アギトは私の異母兄、八熾宗家の血を引く男だ。白狼衆にとっては…」


「我らのお館は八熾彼方様、唯御一人にございまする。お館様に弓引く者は我らの敵。ご案じなさいますな。」


シズル君の背後に立つ熊狼九郎兵衛、貝ノ音兄弟も深く頷いた。カナタは血脈のみならず、行動と魂で彼らの忠誠を勝ち取ったのだ。そのおこぼれに預かろうか。


「熊狼殿、貝ノ音兄弟と力を合わせてここを守れるか? マスカレイダーズは遊撃隊として動きたい。」


「九郎兵衛とお呼びください。大殿の下知とあれば喜んで。」


本当はシズル君を残したいが、遊撃をやるには個の力も必要だ。ケリーを欠いたマスカレイダーズには、優秀な戦術指揮官も必要だからな。


「……さて、どう動くべきか。」


錦城大佐も懸命に戦術を凝らし、戦線の維持に努めているが、氷狼は麒麟児の裏をかき、常に一枚上を行く。


カナタが"二枚も上を行ってしまうと却って裏目に出る。最良の戦術とは相手の一枚だけ上を行く事さ"と言っていたが、それを実践出来ているのだ。神難最高の軍略家である麒麟児を相手に、だ。


私は息子に"不都合な現実から目を背けるな。認めたくない現実があるなら変えてみせろ"と教えた。


そう、現実を認めなくては始まらない。アギトの戦歴のほとんどは大隊指揮官。優れた大隊長が優れた師団長になれるとは限らない。百の兵を率いる事と万の兵を動かす事はまるで別物だ。私は心のどこかで"アギトに無能であって欲しい"と願っていたのだろう。息子に強さだけは認めさせた異母兄に嫉妬していたのだ。


腹立だしいが"牙門アギトは世界屈指の名将なのだ"と認めよう。その上で、考えるのだ。


「教授、ロサ・アルバから作戦指令です。"右翼戦線を意図的に下げるので、縦に伸びたラインに横擊を加えられたし"との事です。」


定石かつ合理的な戦術ではあるが、錦城大佐の思考はアギトに読まれ続けている。であれば、この策もおそらく通じまい。


……いや、待て。読まれている事を逆手に取る事は出来ないか? カナタは"良将は名将に勝てない。むしろ定石を弁えているだけに与し易かったりするものだ"と言っていた。ならば、凡将の選択をすれば裏をかけるかもしれない。


「ロサ・アルバに返信。内容は"右翼を下げての釣り出しは察知されると思われる。あえて不合理な選択をしては如何?"だ。」


この星に来る前、カナタに戦術書を贈ろうと思った私は、古今東西の戦争について書物を読み漁った。勝利を重ねるから名将と呼ばれる訳だが、名将が凡将に敗れてしまった事例も少なからずある。時代の流れ、戦略の欠如、力量差の招いた油断、敗因は様々だが、興味を引かれたのは"不合理な選択に虚を突かれた"だった。戦慣れした名将であるがゆえの死角や盲点を、凡将が偶然突いてしまった事による番狂わせだ。


「ロサ・アルバから新たな作戦指令!"読まれている事を逆用する。左翼に横擊せよ"、以上です!」


錦城大佐も読まれている事を逆手に取る決断を下したか。助言したのは私だ、やってみるしかあるまい。右翼のオスカリウスは正統派の戦術家、沈着冷静が持ち味の堅将だ。だが左翼のペルペトアの指揮経験は化外での私掠私闘に限られる、上手く動揺を誘えるかもしれん。


マスカレイダーズと連邦兵の半数を率いて遊撃に向かおう。残った部隊は九郎兵衛の指揮で堅守防衛。増援に寄越したウィッチビースト部隊を撃破された後、アギトは牽制以上の攻撃をしてこなかった。中央は無視して左右から崩そうとしているに違いない。


────────────────


意図的に戦線を下げる必要もなく、左翼も自然に押されている。兵質と兵数に差がないのに押されているのは、アギトの全体指揮が巧みだからだ。氷狼は牙門シノから八熾の兵法を学び、30年以上の戦歴がある。戦場で無駄飯は食ってこなかったという事だな。


「八熾の大殿、来援に感謝致しまする!」


左翼を預かるのは"猛犬部隊ストレイドッグス"を率いる犬飼大佐だ。相棒の茶虎は軍用犬部隊のリーダー。訓練された四つ足の兵は、ペルペトアが引き連れてきたウィッチビーストに対し、有効な対抗手段となっている。そこに私達が横擊を加えれば、戦線を押し返せるはずだ。


マスカレイダーズを率いた私は、連邦兵を率いるシズル君と協力して、獣と化外兵を蹴散らしにかかった。小一時間ほど激戦を繰り広げたものの、首尾よく撃退に成功し、犬飼連隊との合流に成功。さあ、反転攻勢の時間だ。


「犬飼大佐、攻勢に出るなら極力兵数を揃えた方がいい。近くの部隊をここに集結させよう。」


シズル君の提案に犬飼大佐は頷き、通信兵を呼び寄せて左右の陣地に合流指令を打電させた。


「シズル殿、今入った情報では、龍弟公はザハト連隊を撃破し、もうカイル殲滅に向かわれたとの事だ。」


「流石はお館様だ。ザハト如きでは相手にならん。貴公子気取りもここまでだな。」


「大佐!どちらの陣地も応答しません!」


通信兵の上ずった声に大佐は怒声で応じた。


「馬鹿な!もう一度打電しろ!」


背筋に寒気が走った。カナタは"罠を仕掛けている罠師の背中は無防備だ"とも言っていたが、今、背中を狙われているのはひょっとして……


「犬飼大佐!打電するのは左右ではなく後陣だ!シズルは九郎兵衛に打電!至急こちらへ向かわせてくれ!」


「我らが挟撃されると仰るのか!?」 「大殿、まだそうと決まった訳では…」


左右の陣地、どちらも通信機が不調なんて偶然はない。電波欺瞞を受けている……いや、既に壊滅してしまった可能性も……


クソッ!私はどうして"アギトの裏をかこう"なんて考えたのだ!奴が百戦錬磨の軍人である事はわかっていたのに!


「犬飼大佐は左、シズルは右を固めてくれ!私は中央に陣取って左右のカバーに回る。すぐに隊列を整えるんだ!」


これは私のミスだ。アギトは"そろそろ裏の裏を取りに来る頃だろう"と読み切っていた。氷狼の戦機を見る目、勝機を嗅ぎ付ける鼻は、私や麒麟児より鋭敏だったのだ。


「大佐!9時方向に敵影!新手のウィッチビーストです!」 「シズル様、3時方向から何かが飛来!かなりの数です!」


もう来たか!左右に備えながら後退し、後続と合流したかったが、それすら読まれていたようだな。ウィッチビーストが来るのはわかっていたが、飛来する敵とは何者だ!?


望遠機能を最大にした瞳に、白い羽根を生やした部隊の姿が映る。あれは……ラバニウムコーティング!!機構軍は開発を断念していなかったのか!


……帝国は開発を断念したが、王国が勝手に計画を引き継いだのだろう。またしても計算違いだ。私とした事が"腹黒伯爵"オルグレンを甘く見過ぎたらしい……


「左は小官が引き受ける!シズル殿は右を頼んだ!」 「心得た!大殿はお下がりください!」


左右に散った背中を見送りながら、私は覚悟を固めた。辛いのは、死の覚悟を家族と部下にも強いねばならない事だ。


「甲田クン、娘を連れて逃げろ。乙村クンと丙丸クンは……私と一緒に死んでくれ。」


「喜んでお供します。」 「小梅、早く行け。」


私はやはり将の器ではないようだ。いざとなれば、幼い娘だけは逃がそうとしているのだから。


「……逃げないよ。お父さんも、竹山も吉松も小梅もアイリの家族だもん!みんなで力を合わせて窮地を乗り切るの!」


逃がそうにも、アイリが本気で抵抗すれば、甲田クンの手には負えない。そして皆で生き残る為にはアイリの力が必要だ。最良を求めるべきなのか、最悪を避けるべきなのか……どうすればいいんだ……


「大丈夫、お兄ちゃんが……きっとお兄ちゃんが来てくれるから!」


天掛光平よ、決断の時だ!


「よし、皆で戦うぞ。そして……生き残るんだ!」


息子を……悲劇をも糧にし、成長し続ける天掛彼方を信じる!


「甲田隊は狙撃で空中の敵を狙え!乙村隊と丙丸隊は私に続け!先にウィッチビーストを叩…」


「……教授、我々は正面の敵に備えなければならないようです。」


部隊一目のいい甲田クンは12時の方向を指差した。挟撃で敵部隊を左右に散らせてから正面を叩く。小憎らしいばかりの戦上手だな。


「キリングクロウ連隊のお出ましか。我々で迎撃するぞ。」


状況は変わったが決断は変えない。我々が時間を稼げれば、錦城師団の瓦解とカイル師団の崩壊は悪くても同時だ。五分の状況を作れれば、剣狼が氷狼を斃す。


キリングクロウ連隊の先頭に立った異母兄は、逸る部下を手で制しながら嘲笑した。



「分家如きが俺の裏をかけると思っていたのか? 生兵法は怪我の元と言うだろうが。」

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