終焉編20話 本物の敗北、本物の死



「磁力剣はもう見切った。返礼に近接奥義の極みを見せてあげよう。ノーブルシールド!」


カイルは左手に葉形盾カイトシールドを形成した。お得意の三重防壁を流用した技なんだろうが、5センチ程の空間に多層障壁を実現するとは、なかなかやるじゃないか。狂犬と戦っていた時もずっと剣は片手持ちだったから、これが本来のスタイルなんだ。


「そんな技を持っているなら狂犬相手に使えば良かったものを。そうすればあんな無様を晒さずに済んだ。」


そうでもないか。狂犬の膂力と念真力なら葉形盾ごと粉砕していただろう。受けきれないと思ったからこそ、回避だけで戦ったんだ。


「うどの大木と侮ったのは失敗だったよ。だから、同じミスはしない。」


技で勝負する気になったようだな。望むところだ。切っ先をこちらに向けた、突きのラッシュが来る!


「そしてこれがノーブルフラッシュだ!」


コイツ!腕の爆縮を使えるのか!


「夢幻一刀流、百舌神楽!」


突きの応酬はダメージの応酬に発展した。カイルも出血を強いられるが、足を動かせず、盾もないオレの方がダメージが大きい。だが、タフさとスタミナなら負けん!


「…ぶ…ぶはっ!」


息が上がる瞬間を待っていたぞ!…違う、罠だ!


「かかったな!」


切っ先に念真力を込めた片手突きは葉形盾を貫いたが、カイルは迫る刃を身を捩って躱し、小脇に挟んで刀を封じた。


「死ね!」


カイルは勝ち誇った顔でセラミックソードを繰り出して来る。渾身の突きを途中まで放っていたから、態勢はかなり崩されている。


「甘い!」


上体を後ろに逸らしながら、逆手抜きした蝉時雨で跳ね上げを狙ったが、突きの威力を殺し切れず、左肩を深く斬り裂かれる。だが、心臓狙いの突きを逸らせたのだから上出来だ。いくら継承位級の技を持っていようが渾身の突きを外されれば、カイルにだって隙は生じる。今度こそ渾身の頭突きパチキを喰らえ!


「へぶっ!」


滅多に見せない頭突きにカイルは反応出来ず、鼻血を吹きながら尻餅をついた。上体を逸らしたのは回避の為だけじゃない、頭突きの威力も上げたかったからだ。鼻骨はオマケ、本命のミラーシェードを壊してやったぞ。


「無双の至玉よ、我が瞳に顕現せよ!」


ヒビ割れたミラーシェードから覗く澱んだ目を天狼眼で睨みつける。カイルの念真強度は600万n、念真集中にも長けているから、極めて高い邪眼抵抗力を誇る。だが至近距離から、無双モードのブースト天狼眼を使えばダメージは通せるはずだ!


よこしまな力など僕に通じるものか!」


瞳に力を集中してロックを外しながらバク転、空中で体を捻っての逃げ斬りがオレの左太股を抉る。だが、華麗に着地を決めるつもりだったカイルも足がフラつき、また尻餅をついた。


「…ば、馬鹿な!足が…足が言う事をきかない!」


「脳にダメージが入ったからだ。薬で痛みは消せても、ダメージまで消せる訳じゃない。折れた鼻骨ばっかり気にしてないで、耳から流れる血にも気を払ったらどうだ?」


痛みを感じないのにはデメリットもある。カイルもザハトも、受けたダメージを正確に把握出来ない。今、薬が切れればカイルは悶死するだろう。


「ザ、ザハト!」


「はいはい、わかったよ。キミは本当に口だけだね。」


尻餅をついたカイルをザハトが庇い、時間稼ぎを試みる。出撃ハッチを守らせていた分体も参加させて、カイルが回復するまで粘る気だな。


「雑魚はすっこんでろ。」


「左腕と左脚に結構な傷を受けてるのに、まだ強がり? 滑稽だなぁ。」


「おまえも念真強度だけは高かったな。試しに狼眼を喰らっとくか?」


ザハトの念真強度は400万n。痛みを感じず、移動手段はサイコキネシスのおまえにさほど有効とは思えんが、ダメージは通るだろう。


「どうぞどうぞ、どんな死に方でも一緒だからね。でも最後に生き残るのはぅ!…生き残るの…は…僕だ。」


やはり無双モードでも即死させられないか。念真強度が高いってのは厄介…


「おい、ザハト。おまえ……なんで顔を歪めたんだ?」


「あ、嘲りたくもなるだろ? 自慢の邪眼もこの程度かってね。」


嘲り? そうは見えなかったがな。それに汚え顔にビッシリ浮かんだ脂汗はなんだ? 


「ひょっとして、のか?」


「そ、そ、そんな訳ないだろ!どんな攻撃を受けても、何度死んでも蘇る!ぼ、僕は"不死身の"ザハトなんだぞ!」


「だったらヘラヘラ笑ってりゃいいだろうが。完全適合者が即ゲロする程の副作用、大事な本体にそんなリスキーな薬は投与したくないよなぁ?」


使い捨ての分体を遠隔操作してる本体は、痛覚遮断剤を投与していない。どういう理屈かわからんが、狼眼のダメージは本体にも及んでいるんだ。ならばカイルが回復する前に、ザハトから殺す!


「く、来るなぁ!」


念真力とサイコキネシスをフル稼働して右脚の拘束を解き、ザハトに迫る。5方向から念真砲を乱打してきたが、カイル抜きならおまえ如きはオレの敵じゃない。


「もう一つ弱点を見つけたぞ。おまえにリセットボタンは付いてない!」


本体が殺される危険があるなら、分体から意識を切り離せばいい。なのになぜそうしないのか。コイツが使っているのは、"自分限定の心転移の術"だからだ。劣化の転移術もどきとは言え、触媒なしで連続行使出来るのは大したもんだが、意識の定着が裏目に出たな!


「あわ、あわわ!」


動揺してたら元から大した事ない実力も発揮出来ないぜ!磁力槍の渾身投擲でまず一人!手近にいたザハトの首を刎ねて、死んだザハトはこれで二人!


「二人死んだぞ!おかわりはどうした!」


出したくても、もう出せないよな? 足に力を集中して…


「ま、まだ…」 「打つ手は…」 「あるんだ!」


やっぱりナイフを出したな、そう来ると思っていたぞ!


「死に逃げは許さん!」


爆縮ダッシュで一体との距離を詰め、ナイフを握った腕を斬り飛ばす。一体いれば事足りる、残った二人は自刃しとけ。


「むがっ!むぐぐ…」


右腕を失ったザハトは舌を噛もうとしたが、砂鉄を口の中に突っ込んで自害を阻止する。残った手足を斬り飛ばしてダルマさんの完成だ。む、背後でブースターの起動音だと!?


「カイル、逃げるな!」


クソッ、親機の事を失念してたぜ!


「…僕は…負けてない……これは何かの……間違いだ……」


六つの脚でカイルの胴を掴んだ大型インセクターは、高速で戦域を離脱する。ジェットパックとしても使えたとは、トロン社の技術屋は優秀だな。だが、追えなくはない。の性能は超えていないんだからな。


「先におまえからだ!目を開けろ!」


ダルマになったザハトは懸命に目を瞑っていたが、砂鉄で鉗子を作って無理やりこじ開ける。


「むがっ!もがっ!」


「イヤだ、死にたくない、と言いたそうだな。オレの質問に正直に答えたら命は助けてやる。妙な素振りを見せたり、嘘を感じたら睨み殺す!わかったか?」


怯えきったザハトは何度も頷いた。オレは口中の砂鉄を解除し、喋れるようにしてやる。


「ぶほっ!ごほっ!ペッペッ!」


「竜胆サナイを殺したのはおまえか?」


「殺したのは剣聖だろ!何を言ってるんだ!」


即答かつ話が見えてない。つまりサナイ殺しに関しちゃシロだ。じっくり尋問したいがカイルを追わねばならんからな。


「動乱の時、照京軍への追撃に参加したのは誰だ?」


「オリガとバルバネス。セツナに探し物を命じられたみたいだ。」


やはり下手人は、あの二人のどちらかか。二人で捜索にあたっていたのは手分けする必要があったからだ。総督府と龍姫公館、総督府で龍石を探していた奴がホンボシだな。


「質問には答えたぞ!助けてくれるんだろうね!」


「ダメだな。一度きりのを味わえ!」


髪を掴んで頭を固定し、最大威力の狼眼を叩き込む。


「あがっ!だ、騙したな!い、痛い痛い痛いーーーーーー!!」


ザハトは血涙を流しながら泣き叫んだ。痛みのあまり、舌を噛む力も湧いて来ないようだな。


「オレがおまえのような外道を生かしておくとでも思ったのか。」


分体を五つも作ったせいで力も分散し、本来の抵抗力を発揮出来ないとはマヌケな話だ。


「イヤだ痛い痛いイヤだ痛いイヤだぁーーー!!……ぼ、僕は……死にたく……ない………」


叫び声がかすれ、目から光が消えてゆく……痛みに耐えかねた脳が生存を放棄したようだな。おまえもカイルも痛がり屋だ。あばよ、偽物の不死身。


「リムセ、ここは任せた!オレはカイルを追う!」


「アイサー、ボス!」


カイルの逃亡を見た奇襲部隊は戦意喪失、皆に任せて問題ない。ザハトの死体を放り捨てたオレは、カイルを追うべく撞木鮫に向かう。


「大将、アギトが動き出した!」


格納庫に入った途端に、艦橋のロブから報告を受けた。カイルの尻に火を点けて、自分も動いたか。


「戦況は!」


「良くねえ!マスカレイダーズを中心に懸命に防戦してるが、天使部隊とやらに苦戦してる!」


教授が……教授が危ない!急がなければ!


「ロブ!ここのケリをつけたらケクル准将と合流し、カイル師団を追撃しろ!」


「了解!ケクル師団と鯉沼師団で両翼から追撃する!……大将、どうしても行くんだな?」


「ああ。を死なせるもんかよ!」


今度こそ、今度こそ助ける!シュリの時のような失敗はしない!


「すぐに案山子軍団を援護に向かわせっから、一人で無茶しねえでくれ!天使部隊とやらの詳細はわかり次第報告する!」


教授が罠に嵌まっていたなら、大博打を打たなければ。サンピンさん、いい目が出せるように力を貸してくれ!


「頼りにしてるぜ。追って詳しい指示を出す。」


カイルめ、命拾いしたな。まあいい、あのダメージなら早期の復帰など不可能だ。薬が切れる前に医療ポッドに逃げ込み、シャットダウンモードで意識を切らなきゃ悶死するだけ。


教授、すぐに行くから持ち堪えてくれ。間違ってもアギトと戦おうなんて思うなよ。相打ちを恐れて逃げこそしたが、あのトゼンと互角に渡り合ったんだ。同じ体でも教授が勝てる相手じゃない。



アギトとカイルはモノが違う、性根は腐ってるが強さは本物だ。そして奴はもう逃げない。ここでオレを斃せなければ、終わりなんだからな。

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