終焉編18話 ラーメン侮辱罪



「大将、前方に敵軍を見つけたぜ。軽巡主体の高速艦隊だ。色白の目論見から進撃ルートまでドンピシャだったな。」


撞木鮫のソナー席に座ったロブは、同盟一の索敵範囲を持つワイドソナーを駆使してターゲットを発見してくれた。


「まだ敵さんはウチらに気付いてへんで。ワイドキャノンはないけど、一発かましたろか?」


撞木鮫の戦術AI、アンナが腕まくりをしてファイティングポーズをとる。射程外なのはわかってるだろうに、好戦的な事だ。


「慌てるな。こちらも8隻、向こうも8隻、艦艇数は同じ。随行車両も似たようなもんか。」


カイルはオレが罠に嵌まって左翼に向かったと思っている。さっきの戦闘が片付く前にソードフィッシュで戦場を離脱したからな。だが実際は途中で船を降りてバイクでUターン、戦闘を終えて殿を走っていた撞木鮫に搭乗し、密かに後方から呼び寄せた軽巡7隻を率いて右翼に急行した。


ソードフィッシュと主力艦隊が西進するのを見ていたザハト隊の敗残兵は"剣狼は決着前に戦場を離脱し、左翼に向かった"と報告しただろう。難しかったのは、"カイルがどのタイミングで動くか"だった。もしカイルがダミー艦隊を左翼に向かわせたと同時に軽巡艦隊で右翼に向かっていれば、かなり先行する事になる。


先行を許したなら、すぐにでもケクル師団を後方に下げなければならないのだが、もしカイルがタイミングを遅らせていれば、ケクル師団の後退を見て奇襲が読まれている事に気付くかもしれない。


オレの決断は"カイルはソードフィッシュの西進を確認してから動く"だった。ここまでチキン戦法を貫いてきたカイルだ、最後までチキンを貫くだろうと読み、その読みは当たった。


「展開している部隊をかき集めて、ケクル師団に攻撃をかけるとすれば、合流地点はここだな。キムンカムイ山の神に"白鶏ホワイトチキンを捕捉、15分後に前進を開始せよ"と打電しろ。」


こちらがケクル師団と合流すれば、カイルも左翼師団と合流する。錦城師団が苦戦してるんだ、カイル師団との戦いを長引かせたくない。先にカイルを殺すか敗走させ、その後にケクル師団と合流して残存兵を叩こう。それから返す刀でアギト師団と戦う。


「1キロ先にある峡谷に隠れて奴らをやり過ごし、後背から奇襲する。」


策が実ったと考えているカイルは、まさか自分が奇襲されるとは思っていまい。やはり、罠に最も掛かりやすい局面とは、"自分が罠を仕掛けている時"だ。


「オッケー。アンナちゃん、微速前進だ。音を立てずに…グッ…」


「ロブ、どこか怪我してるのか!見せてみろ!」


無傷の隊員を選抜したはずなのにロブの奴、負傷を隠してたんだな!


「……大した事ねえよ。ヤバい傷なら申告してるさ。」


脇腹に血が滲んでる。着たきり雀の無精者が真新しい上着を着ていたのは血で汚れていたからか!


「脇腹を出せ。白炎で癒す。」


「念真力は温存してくれ。命に関わる傷じゃない、本当だ。」


抵抗するロブの腕を極めながら、シャツをめくって血に濡れた止血パッチを剥がしてみた。内臓は傷付いていないが、浅い傷じゃない。


「トンカチ、ロブに代わって操舵しろ。リムセ、指揮シートを倒せ。」


シートに寝かせたロブの脇腹に手をあて、白い炎で傷口を塞ぐ。


「ロブ、虚偽申告はもう無しだぞ?」


「すまねえ。この手の任務なら俺がいた方がいいだろうと思ってね。……だいぶ楽になった。十分戦えるぜ。」


撞木鮫に乗り慣れてて、小細工が得意な万能型の兵士。人選の一番手に上がった期待に応えたかったんだろう。


「他に虚偽申告した嘘つきはいないだろうな!いるなら前に出ろ。ここにいるのは案山子軍団だけだ、秘密は漏れない。」


骸骨戦役が終わった後、オレは癒しの白炎を情報開示しようとしたが、イスカから待ったが掛かった。まず、能力の解析からだと。戦役終了後、いつもより実戦度を大幅に引き上げたハードトレーニングで負傷した案山子軍団を白炎で癒し、おおよその能力は把握出来た。


①治癒出来るのは外傷に限られる。

②アドレナリンコントロール以上の痛覚緩和効果がある。

③兵士によって、治癒の早さと効果の強弱が左右される。

④治癒能力は戦闘細胞適合率にほぼ比例する。

⑤念真強度との関係性は認められない。

⑥最も効果が高いのは術者本人。


検証に付き合ってくれたヒビキ先生は"リック級の超再生を誰にでも付与する能力"ではないかと推察していた。つまり、白炎の治癒能力は"アスラコマンド級の適合率がある兵士なら医療ポッドに入るより治癒が早いが、一般兵にとっては医療ポッドと変わらない"のだ。残念ながら適合率が30%以下なら、治癒液に浸かった方が早い。


検証結果を受けて軍団幹部で相談したところ、"開示は案山子軍団と他隊の部隊長、中隊長までに留めておくべき"という結論になった。もちろん、ファーストエイドとしてはとても有効な能力だから、"救える命がある場合は誰にでも用いる"という前提付きだが。


"戦場じゃないなら医療ポッドで事足りるし、戦場では少尉がスーパー衛生兵をやるよりもダンビラ握って戦った方が死人は減らせる。代わりに機構軍の戦死者は増えるんだけどね。ま、いずれバレるんだから、慌てて開示する必要はないわ"


お胸が成長してきた参謀殿の意見に全員が賛同した。万能ではないなら、隠しておいた方がいいのは確かだからな。


「嘘つきはロブだけみたいだな。皆、戦いに備えろ。」


まずはカイルからだ。粛清リストの在庫一掃セールを始めようか。


─────────────────


「今だっ!全艦、機関始動!最大戦速で敵艦隊の背中に喰らい付け!」


岩場でじっと息を潜めていた鋼鉄の鮫は、獲物の群れを目がけて疾走を開始した。


「ギリギリやけど射程に入ったで!いてこますなら早いほうがええんちゃう?」


立体映像アンナは砲塔と腕を回したが、まだ早い。


「まだ撃つな!敵は必ず回頭する!横腹を見せた瞬間に一斉砲撃だ!」


もっと距離を詰めれば有効射程に入るし、後部より右左舷の方が的が大きい。


「大将、奴らが回頭するってなんでわかるんだよ?」


操舵も上手い"便利屋ユーティリティ"ロブから問われたので、答えを返してやる。


「逃げ切れないからさ。撞木鮫が同盟最速の軽巡なのは知っているだろう。で、オレが連れてきた僚艦7隻は量産型の鼬鼠鮫いたちざめだ。撞木鮫ほどの速さはないが、奴らより速い。」


「なるほどねえ。」


「それに回頭せずに直進すれば、逃げた先にはケクル師団が待ち構えてるんだ。挟み撃ちにされるリスクと敵前回頭するリスクなら、カイルは後者を取る。」


もう奴に攻めっ気はない。この場を逃れる事を優先するはずだ。だったらUターンして自陣に逃げ帰ろうとするだろう。……ほらな、回頭を始めたぞ。


「前から4番目の白みががった船に砲撃を集中だ。撃てっ!」


徴収された貴族の私船だろう。あの船だけ華美な装飾が施されている。わざわざ乗ってる船まで教えてくれるとはおバカさんだな、カイルよ。


「他は逃がしてもいい!あの派手艦だけは逃がすな!」


「年貢の納め時だぜ、奇行子さんよぉ!」


砲手席に座ったウスラの狙いすました一撃が、回頭中の派手艦のキャタピラを破壊する。


「大将、車両部隊が向かって来るぜ!それに足を殺した派手艦からも陸戦部隊が出て来た。やっぱりノーブルホワイト連隊だ。」


「ロブ、艦隊指揮は任せた!ウスラとトンカチは連邦兵の指揮を執れ!オレとカイルの決闘には手出し無用だ!」


「あいよ!」 「ラジャー!」 「了解ッス!」


いずれ殺り合う時が来るだろうと思っていたが、やっとその時が来たな、カイル!


「指揮中隊、出るぞ!リムセがトップを張れ!」


「はいっ!」


オレは最精鋭中の最精鋭、案山子軍団第一中隊を率いて迎撃に向かった。


───────────────────


「見つけたぞ、カイル!」


無駄に目立つ装飾軍服を着てるお陰で、遠目からでも一発でわかる。抱えてるアタッシュケースにゃ貴金属でも入れてるのか? まだ健在な艦に移乗しようってんだろうが、そうはいかねえぞ!


「け、剣狼!また馬鹿の一つ覚えの単騎突撃か!」


泡食ってんじゃねえよ。オレが来てるなんて、それこそ馬鹿でもわかる事だろうが。


「おまえら如き、皆の手を借りるまでもない。」


「その思い上がりが命取りだ!総員、かかれ!」


向かって来るノーブルホワイト隊はポケットからミラーシェードを取り出して装着した。


「目付きの悪さを隠そうってか。」


狼眼対策を講じていたようだな。カイルがアタッシュケースを放り投げると空中で変形し、大型インセクターが現れる。で、大型の腹から小型の群れを射出か。見た感じじゃ、攻撃用ではなさそうだが……


「狼眼はこれで封じた!数で囲んで押し潰せ!」


なるほど、ジークが使った音響ソナーを流用したのか。インセクターが音波を発して周囲の状況を視覚化し、ミラーシェードに転送する。トロン社の開発した新システムが、今のところ唯一実戦に投入可能な邪眼対策だからな。


「まず小手調べと行こうか。」


接敵する前に※EMPクラッカーを投げてみる。


「そんなオモチャが効くものか!ミラーシェードもインセクターも被覆済みさ!」


だろうな。だが、音響ソナーは一度見てる。クラッカーにも改良を加えてあるんだぜ?


「ぐあっ!」 「へぶっ!」 「あびゃっ!」


オレの姿を見失った先手の三人を斬って捨てた。潜水艦のソナーは魚雷などが爆発すれば、音がクリアになるまで使えなくなる。音響ソナーを搭載したケンタウロス型サイボーグは鹵獲したんだ。当然、搭載していた兵装は全て解析済み。新型クラッカーは電磁パルスだけではなく、ソナーを阻害する音波も発するのさ。


「ひ、怯むな!携行出来るクラッカーの数なんてたかが知れている!投げたら僕がドラゴンフライで破壊すれば問題ない!」


慌ててミラーシェードを外したカイルにも狼眼を見舞おうとしたが、超反応で視線を切りやがったか。痛がり屋のおまえが狼眼を喰らえば、タダでは済まないもんなぁ?


カイルと一緒に三重の防壁の後ろに隠れた親機は破壊出来そうにないな。ま、音響ソナーには克服出来ない弱点がある。画像を視覚化し、転送する為には僅かなラグが生じる。コンマ数秒のラグであろうが、目視よりは遅いんだ。


「こいよ、犯罪者ども!」


ノーブルホワイト連隊は重犯罪者で編成されている。おまえらは同盟の汚点だ。親玉カイルと一緒に粛清してやるぜ!


「隊長、私達も加勢…」


「無用だ!リムセと指揮中隊は連邦兵を援護しろ!こんなカスどもとの戦いで仲間を死なせるな!」


ノーブルホワイト連隊の中核隊員は、超人兵士培養計画の被験者だけあって、ピーキーな調整を施されている。通常の兵士ではあり得ないアンバランスさ、いくら指揮中隊といえど、初見では不覚を取る者が出るかもしれん。計画の黒幕だった災害閣下は"副作用など一切考慮せずに、一芸に特化させた"って言ってたが、まさにその通りだ。


「コイツはスピード、コイツはパワー、コイツは念真強度……どいつもこいつもオレの敵じゃねえ!」


一芸に特化してようが、肝心の戦技がなってねえ。この程度なら狼眼なしでも基礎能力で圧倒出来るんだ。クソッ!竹トンボドラゴンフライが鬱陶しいな!回避しようとした先に念真砲を置いてやがる!


専用兵装の射撃精度と威力が上がってるのは、トロン社が改良を施したからか、カイルの熟練度が上がったからか……


「ホワイトチキン、壁の後ろに隠れてねえで勝負に来いよ!」


「悪いね。僕は下郎と交える剣を持たないんだ。」


またミラーシェードで視線を隠したが、カイルはオレのポケットを注視しているはずだ。クラッカーで自分とコア隊員の目を潰されるのは怖いだろうからな。


「現役犯罪者のマードックと殺り合って半泣きになってた痛がり坊やに下郎なんて呼ばれたかないね。」


まだ逃げる気はないようだな。逃げるとすれば、壁が減ってからだろう。培養計画の被験者はカイルを合わせて108人。マードックに負けた時に24人戦死してるから残りは84。コア隊員がまだいるなら壁として出撃させるはずなのに出て来ない。出せないって事は左翼にオトリとして向かわせた白鳥に、秘書のメリアドネとコア隊員の半数を回したんだ。


「壁が減ってきたぞ。替え玉を出さなくていいのか?」


42人いたとして、叩き斬ったのが10人。残りは32人か。


「キミみたいな凡俗は替え玉無料のラーメン屋を有り難がるのだろうけどね。高貴な僕はラーメンなんて下賎な食べ物に興味がないんだ。」


コイツとは骨の髄まで合わねえな。


「罪状を追加だ。ラーメン侮辱罪だけでも死に値する。」


「死ぬのはキミだ。そんなに替え玉が欲しいならくれてやるよ。ザハト!出番だ!」


「だから…」 「言っただろ…」 「僕の力が…」 「必要に…」 「なるってね…」


派手艦の出撃ハッチから現れたのは、ザハト。なるほど、そういう事だったか。


「一人じゃ大した事ねえから、分体を増やす事にしましたってか。」


龍球で見た時より弱く感じたのは気のせいじゃない。数を増やしたから質が落ちたって訳だ。



カイルとザハトは粛清リストの上位に名を連ねてる。まとめて死んでもらうぞ。ザハトは本体を殺さなきゃいたちごっごなんだがな。


※EMPクラッカー

爆発すると狭い範囲に電磁パルスを発生させ、被覆されていない電装機器をダウンさせる効果があります。

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