終焉編17話 二流の罠師



「新たな敵影がこちらに向かって急速接近中!かなりの数です!戦艦2、重巡4、軽巡6、陸戦車両が多数!随行する歩兵の数は推定2000!」


報告を終えたノゾミはサブオペレーターに席を譲り、戦闘の準備を始める。


「尻に火が点いたか、誰ぞに火を点けられたのか、やっと反撃に転じて来たか。ソードフィッシュ、前進だ。ハンマーシャークはソードフィッシュの真後ろに、中軍艦隊は左右に展開。迎撃するぞ!」


カイルの船"白鳥ノーブルスワン"の艦影はない。オレと雌雄を決しようって訳じゃなさそうだな。


「団長!敵艦の艦首に人影が!拡大します!…こ、この男は!?」


陸上戦艦の艦首に腕組みして立っていたのは、"不死身の"ザハトだった。って事は艦内に屍人兵がいるな。骸骨戦役で鹵獲したアーマーキューブも引き連れてるから、"ゾンビとスケルトン、夢の共演"をコーディネートしようってのか。


錦鯉ブロケードカープから通信が入りました!メインスクリーンに映します!」


左翼を任せたトウリュウがスクリーンに現れ、新情報をもたらす。


「殿下、こちらにノーブルホワイト連隊が向かっているようです。索敵班が白鳥の艦影を捉えました。」


二分割されたスクリーンに旗艦を先頭に進軍する艦隊の姿が映し出される。こちらもかなりの数だ。


「ふぅん……白鳥が先陣切って、ねえ。」


これまでの戦いではノーブルホワイト連隊が進軍する時、白鳥は必ず中央に位置していた。一刻も早くストリーマーズを撃破しようと焦っているのか、それとも他に意図があるのか……


「殿下、如何致しましょう。カイルは私なら与し易いと考えたようですが……」


「そうとも限らん。確実に言えるのは色白の尻に火が点いたって事だけだ。トウリュウ、念の為に戦線を下げる準備をしておけ。」


「ハッ!」


「カイルの姿を確認したら速やかに戦線を下げ、補修済みの防衛陣地まで後退しろ。奴は攻勢戦術が苦手だ。」


「すぐに準備に取りかかります!ではこれにて。」


右翼のケクル准将にも戦線後退の指示を……いや、これはカイルを釣り出す好機だ。極秘電文を送って注意を促すに留めよう。はザハトがやってくれる。


──────────────────


「アハッ♪ みんな、誤射なんか気にしなくていいよ。ゾンビごと撃ち殺しちゃえ!」


戦場を見下ろせる艦首に立ったザハトはゾンビの群れを使役しながら、砲兵に特化したスケルトンに命令を下した。思った通りの戦法を仕掛けてきやがったな。身体能力の高いゾンビソルジャーと戦いながら、雨霰と撃ち込まれてくる榴弾砲を躱すのは一般兵には難しい。犠牲が増える前に突破口を拓かなければ。ここはオレが誇る精鋭、案山子軍団の出番だ。


「案山子軍団、ゾンビに構わず後衛に突っ込め!まずスケルトンの砲撃を止める!」


重砲支援モードのスケルトンは接近戦に弱い。案山子軍団がなだれ込めれば、あっという間に殲滅出来る。


「おうよ!」 「了解であります!」


ゾンビをいなしながらリック隊とビーチャム隊が前進、しかし防御兵装のスケルトン部隊が砲撃支援型の前に布陣し、行く手を阻む。


「邪魔だ、どけ!」 「死にたいのでありますか!」


「ん~♪ さすがにスケルトンにも誤射上等って訳にはいかないよねえ♪」


おまえならやりかねんが、そんな事すりゃ中衛部隊が逃げるだけだ。この戦術を考案したのは蛇蜥蜴だな。オレが単騎で飛んでザハトを始末するのが…


「カナタはゾンビを始末して!あの変態は私が相手する!」


アスラ部隊屈指の空中戦の達人、ナツメが風を巻いて飛翔した。


「援護するわ!悪魔形態、限定解除!」


黒い翼を生やしたリリスは空に舞い上がり、ナツメの後を追った。最前線で戦うゾンビをコントロールする為に、ザハトを艦首に乗せた戦艦は単独で前に出て来ている。あの二人なら狙えなくはない。


「ソードフィッシュ、前進!下舷部を狙って砲撃しろ!シオンは…」


「了解!」


ワイヤーガンで船首に登ったシオンは、水平射撃でザハトを攻撃し始めた。


「ちょっ!? 三対一は卑怯だよ!ねえ!」


「私と遊びたかったんでしょ?」


「したいのは違う遊びだよ!さあ、僕の物になれ!!」


ザハトは風刃を躱しながらサイコキネシスでナツメをバインドしたが、ザハトを超える念真強度を持つリリスの放った念真砲で吹っ飛ばされ、顔面で甲板をたっぷり擦ってようやく停止した。


「小汚いツラが少しは見られるようになったじゃない。感謝の言葉はまだかしら?」


片頬がずる剥けになったザハトに向かって冷笑を浮かべるリリス。演技する余裕がなくなったザハトは憎々しげに喚いた。


「こ、このクソガキがぁ!よくもこの僕に…ぬわっ!」


立ち上がったところをシオンの放った徹甲弾が襲い、ザハトは懸命に念真障壁で防御する。


「チャンスよ、ナツメ!」 「オッケー!」


シオンのスナイピングにナツメのウィンドカッターが重ねられ、リリスのサイキックキャノンがまたしてもザハトを吹き飛ばした。いくら分厚い念真障壁を展開しようが、単一壁では多段攻撃には抗しきれない。多重障壁を張る技量がないザハトにゃ、付け込む隙はいくらでもある。


「……ハァハァ……メ、メスガキどもがぁーーー!!」


サイコキネシスで空中停止したザハトは怒り狂ったが、かなり負傷し、肩で息をしている。


「ゾンビの使役がお留守になってるよ、オ・ジ・サ・ン?」


ラシャ・ザハトは見た目こそ少年だが、中身は中年か壮年である可能性が高い。ナツメも最新のレポートには目を通してたみたいだな。


「僕をオジサン呼ばわりするなぁ!!いくら最愛の玩具でも許さないぞ!!」


激昂するザハト。こりゃ中身は本当にオッサンっぽいな。統制の乱れたゾンビの数を減らすより、スケルトンランチャーを潰しておくか。ゾンビと違ってスケルトンは戦意を喪失させられる。迅速な無力化が可能だ。


「アルマ、ランチャー部隊に向かって武装コンテナBを射出!」


「ベーネ。コンテナを射出します。」


納刀しながらジャンプし、空飛ぶコンテナに乗って高速移動、着地と同時に大斬馬刀"うまごろし♡"を装備だ。遮蔽として使用する事も考慮し、設計されたコンテナは、数発被弾したところで壊れない。


「コンテナに対人ミサイルを浴びせるのはいいが、やっぱFCS頼みじゃ精度がイマイチだったな。」


手近なスケルトン数体を装甲ごとへし潰しながら、勧告する。


「除装し、地に伏せた者の命は取らん!猶予は5秒だ、考えろ!」


よし、肉塊の脅しが利いてそこそこの数の敵兵が降伏したな。5つ数えてから攻撃を開始だ。二刀構えのうまごろし♡のリアブースターを起動し、独楽のように回転しながら屍を積み上げてゆく。


「ま、待ってください!」 「ととと、投降します!」 「俺も!俺も降伏する!」 


外骨格が全く役に立たないとわかった敵兵は慌てて除装を開始したが、殺人独楽は止まらない。


「もう遅い!助かるのは5秒以内に地に伏せた者だけだ。だが、追加のチャンスをやろう。俺に殺される前に除装し、うつ伏せになれ!手は後ろだ!」


可哀想だが、手を緩める訳にはいかない。早いとこ降伏したもん勝ち、の流れを作らないといけないんでね。死体の山を築きながら、艦首の戦いをチラ見する。ザハトは三人娘に苦戦してるな。極めて高い念真強度と最高ランクのサイコキネシスを持ってはいるが、ただそれだけの男だ。身体能力と戦闘技術が凡庸なザハトは、最後の兵団最弱の部隊長。成長した三人娘の敵ではない。


「卑怯だぞ!一対一で戦え!」


眠たい事抜かしてやがんなぁ。部隊長は多対一で挑まれるのが常だ。しかしザハトの奴、前より弱くなってねえか? 龍球で見た時はもっと戦えていたはずだが……


リック隊とビーチャム隊が中衛を突破してランチャー部隊と接敵したか。だったらゾンビに向かった方がいいな。ザハトがコントロール出来なくなっても、ドーピングされた身体能力は健在だ。


「リック、ビーチャム、ここは任せた!」


「兄貴も忙しいねえ。」 「任されたであります!骸骨兵ども、死ぬか降るか、選べ!」


リックには外骨格ごと叩き潰せるパワーがあり、ビーチャムは髪と刀で装甲の合間を狙える技術がある。行き掛けの駄賃代わりにスケルトンの頭を潰しながら、空中に砂鉄の回廊を作ってスケルトンガードの頭上を通過、主戦場に駆け戻ってまたぞろゾンビの数を減らす。スケルトンガードは空中戦が出来ないから突破するのはチョロいもんだ。


「追い詰めたよ、オジサン坊や!」 「いくら不死身だって言っても、こうも弱いんじゃねえ。」


ナツメに片腕をもがれたザハトはサイコキネシスで宙に逃れようとしたが、リリスのサイコキネシスで抑え込まれる。


「……勝った気になるなよ? こんなの僕のに過ぎないんだ……」


ザハトの奴、一矢も報いられずに半死半生か。体を乗り換える度に弱体化でもしてんのかね?


「……ゾンビども!動く奴を殺せ!」


殺されるのは時間の問題、だったら最後の命令を下しておくってか。悪足掻きを!


「ゾンビと交戦中の兵士は後退しろ!ウォッカ、ガード屋を連れて前へ!」


ウォッカには連邦兵で組織した守備大隊を任せた。過去にケリもついた事だし、そろそろ能力に見合ったポジションに就いてもらわんとな。


「おう!野郎ども、出るぞ!ゾンビどもを機構軍に押し付けてやれ!」


ゾンビソルジャーを運用する際には、※ZCSを搭載した使役兵が必須だ。なぜなら過剰なドーピングで人格を破壊されたゾンビには敵味方を区別する理性がない。ウォッカなら壁を務めながら、機を見て守備大隊も離脱させられるだろう。そうすれば、奴らは"動く者"に襲い掛かる……


ゾンビソルジャーには共食いを避けるシステムが組み込まれているらしいが、そんなシステムが一般兵にまで普及している訳がない。


「どっせい!」


ウォッカのシールドバッシュで弾き飛ばされたゾンビは仰向けに倒れ、その視界に中衛のスケルトンガード部隊の姿が入った。動くターゲットを発見したな。


「余裕があるものはゾンビの視界を敵陣に向けさせろ!ないものは堅守を徹底!」


オレもウォッカを見習って、片っ端からゾンビの手足を掴んで敵陣に放り込んでやった。地球にいた頃に見たZ級映画のキャッチコピーに"勝手に戦え!"ってのがあったが、後は勝手にやってくれ、だ。機動力に乏しいおまえらじゃ、高速ゾンビから逃れるのは無理だろ?


「カイルが左翼を崩せば勝ちだ!寄せ集めども、僕が死んでも戦えよ!逃げたり降伏した奴は後から殺しに…あばっ!」


「……いい加減ウザい。」


ザハトは最後まで言い終える前に、ナツメの愛刀、双刀そうとう輝剣きけんで腹を刺され、夜梅やばいで首を刎ねられた。本当によく死ぬ男だな。


しかしカイルの奴、栗落花インデックスをハメた手が、オレに通じると思ってんのかね。ま、気持ちはわからんでもない。罠を張るとついつい念を押したくなるんだよな。だが"撒き餌に食い付いてくれるか心配で、あざとい念押しをしてしまう"ってのは、二流の罠師がやるミスだぜ。



先頭を走る白鳥、ザハトの死に際の台詞、そして現在の戦況。カイルは左翼に向かうと見せかけて右翼に向かっている。右翼を崩して左右から挟撃、それがカイルの描いた反撃プランだ。


※ZCS

ゾンビ・コントロール・システム。ラシャ・ザハトの希少能力"エクスペンション・ギアス"をベースに開発された戦術アプリ。一人で十体前後のゾンビソルジャーを使役する事が可能になります。ザハトのエクスペンション・ギアスは大まかな指示であれば千体のゾンビソルジャーを使役可能。ZCSと違って意思のある兵士でも操る事が可能ですが、対象の念真強度が10万n以下の場合に限られるので、戦場ではほとんど意味がありません。朧月セツナはエクスペンション・ギアスで低強度の一般人(有力者や資産家)を操り、兵団に協力させていました。

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