終焉編14話 臨界点



「おまえらツイてるな。出世コースに乗ったぞ。」


輪入道の一斉掃射で遮蔽物ごと敵兵を掃討する。貫通弾を速射可能な専用ガトリングガンの前では廃車の壁などあってもなくても同じだ。近隣都市からスクラップをかき集め、即席の防壁に仕立て上げた努力は涙ぐましいが、世の中には"無駄な努力"ってのも存在する。


「まとめて二階級特進させてあげます!」


高所から狙撃してきたスナイパー部隊は、シオンの愛銃・カラリエーヴァ改がカウンタースナイプで始末した。狙撃は上から下を狙うのが有利に決まっているが、案山子軍団ナンバー1スナイパーは多少の不利などモノともしない。


「豆鉄砲は片付いたみてえだな。」


専用の肩当て"ギガントショルダー"を装備したリックがショルダータックルで廃車の防壁を突き崩すと、巨漢の背後を走っていた小兵が防壁内に斬り込んだ。


「本日三度目の一番槍であります!」


小柄で年少、異名兵士"赤毛の"ビーチャムを外見で侮り、数を頼んで挑みかかった数名の敵兵は、刃を振るう前に倒れ伏した。ピンポイントで急所を抉った明るい赤毛は、鮮血で真紅に染まっている。


「来るなら殺す!逃げるなら追わぬ!高慢ちきな色白に命を捧げる物好きだけ掛かってこい!」


まだそばかす跡の残る案山子軍団最年少の兵士は、口上を述べてから交戦を開始した。


───────────────────


占領した防衛陣地に後続部隊が到着するまでの僅かな間、部下に休息を取らせる事にした。矢継ぎ早に三つの陣地を落としたのだ、一息入れさせた方がいいだろう。


「三度目となれば何か対策を講じてくるかと思ったんだけど、まるで無策だったわね。あらあら、ロンダル人って戦場でも紅茶を欠かさないのかしら? 携行飲料だから甘めに採点しても……40点ね。」


正式な軍人であれば案山子軍団どころか、同盟軍最年少の兵士であるリリスはペットボトルの紅茶を口に含んだが、お味はお気に召さなかったようだ。足元に転がってる死体のベルトポーチから失敬するあたり、神経が太いよなぁ。


「対策を講じようにもコマがない。寄せ集め部隊の悲しさってとこだな。ネヴィルは紅茶愛好家を徴収部隊の指揮官に据えたようだ。とことん他派閥を信用してないらしい。」


二階級特進したこの指揮官様も、お国に帰れば軍帽ではなくトップハットを愛用してそうなツラだ。おや、紅茶だけじゃなくてワインの小瓶まで持ってるじゃないか。一刀で斬り伏せちまったから、紅茶もワインも封は切られてない。末期の水ぐらい飲ませてやれば良かったかな?


「逃げる敵兵は追わないを徹底させてきたけど、思ったよりも逃亡兵が少ないのが気がかりだわ。投降者はそれなりに出てるんだけどね。」


投降した敵兵の話では、"降れば本人だけではなく、家族にも厳罰を下す"とお触れが出てるらしい。政治音痴のネヴィルらしいやり方だ。


「逃げれば督戦隊に殺されるからな。オレらに殺されるか、味方に殺されるかだ。だが、脅しもそろそろ限界だろう。」


政治音痴を補佐してきた腹心、オルグレンなら恐怖で戦意は買えない事ぐらいわかってそうだが、なぜ止めなかったんだ?……そうか、戦意を買いたくても原資がないんだ。総動員令を発布した上に、大量の傭兵と化外人を雇った。ロンダル王国の国庫は空っ穴って訳だ。皇帝に権力が一極集中している帝国と違って、ロンダル王国は門閥貴族の力が大きい。帝国と軍事力では互角でも、国富には差がある。


皇帝にしてみりゃ手厚くケアするのは帝国兵からだ。王国兵に補償や恩賞を与える必要はない。その点、同盟軍は財布を握ったイスカが派閥に関わりなく公正な補償と恩賞を確約している。これは有利な要素だな。


「限界?」


「督戦隊は一応、精鋭兵で編成されている。連邦軍に蹴散らされた負傷兵や、士気が崩壊して算を乱した未熟者なら簡単に始末出来るだろう。だが、組織立って反抗されたら難儀するはずさ。督戦隊より一般兵の方が遥かに数が多いんだからな。」


関ヶ原の合戦はたった六時間で勝敗が決したと言われている。天下分け目の戦いがスピード決着した要因は様々だが、"西軍には積極的に戦うつもりがなかった連中が相当数いた事"と"石田三成の人望のなさ"が、かなりのウェイトを占めているように思う。


西軍に属してはいたが、実は東軍に内通していて味方の進路を遮った吉川広家みたいなのは別としても、かなりの大名が積極的に戦おうとはしていない。懸命に戦ったのは石田、宇喜多、大谷ぐらいで、鬼島津が猛者らしさを見せた"島津の退き口"は、勝敗が決してから起こっている。


大将の島津義弘が三成の横柄さに腹を立てていたからとか、当初から予備隊で、小早川の裏切り(これも事前に内通していたって説もある)で戦場が急変して出番がなかったとか諸説あるが、九州最強の侍達がろくに交戦しないまま負けが決まったのは確かで、島津家と同様にほとんど交戦しなかった大名もかなりいた。


オレの置かれた状況と差異はあるが、"各地から召集され、さほど戦う気のない部隊"を、"壊滅的に人望のない男"が率いている構図は同じだ。特に、カイルの人望のなさは三成の比ではない。官僚気質な石田三成の慇懃さや横柄な態度を嫌う大名は多かったが、文治の手腕と豊臣家に対する忠誠心を評価する同志も少なからずいた。カイルに同志や仲間など一人もいない。


色白と会見したネヴィルは、奴の指揮能力を認めたのだろう。かつては災害閣下のライバルだっただけに、将才を見抜く目はあるようだ。だが、人を見る目がない。指揮能力ではカイルに劣るが、戦意と実績に優るブリスボアを戦域司令官に任命すべきだった。ロドニー・ロードリックとサイラス・アリングハム、二人の名将を擁しながら、勝ち切れなかったネヴィル・ロッキンダムは将の将にはなれん男だ。


軍事にも政治にも優秀なサイラスなんてノルド地方の自治権を保障して使い倒せばいいものを、たった一度の失態で冷遇するとかあり得ねえ。策謀家のオルグレンは自分の同類(しかも戦では上)のサイラスは目障りだったから、排除の機会を窺っていたんだろう。張良と陳平みたいに協力して王を支えようって発想がないのかね? サイラスなんてまさに陳平みたいな男なんだが。


おっと、今は目先の戦争に集中だ。


「………」


戦術タブレットの画面と睨めっこしながら、戦況を分析。方針を決めた瞬間に問われる。


「少尉、考えはまとまった?」


「ああ。おおむね予定通りだ。臨界点は近い。」


中央のオレ達が突出気味にカイル師団を撃破中だが、右翼のトウリュウ、左翼のケクル准将も順調に歩を進め、特に左翼部隊は予定よりも大幅に前進している。ブリスボアを討ち取った勢いもあるが、それ以上に敵部隊の士気が低下しているのだ。督戦隊がお仕事に励んだお陰で、挟撃されてる気分になってるな? 人喰い熊は獲物の怯えを見逃したりしない。


「……臨界点……色白がケツを捲れないでいる間に、士気崩壊のカウントダウンに入ったって事かしら?」


「カイルはさぞ苛立っているだろう。アギト師団がこちらの横腹を食い破るまで耐えればいいだけなのに、どうして命令通りに動かないのかってな。」


「自分が動かないのに、兵士が動く訳ないでしょ。ろくに実績のない寝返り司令官が、安全な後方から"戦え粘れ!"って連呼したって白けるだけよ。」


その通り、自分を客観視出来ないのがカイルの最大の弱点だ。


「高貴な僕ちゃんの命令に従うのが下民の義務とでも思ってんのさ。だが、安牌が底をつけば開き直るかもしれん。リリス、を準備させてくれ。」


先に自陣を食い荒らす人喰い熊を始末しようと考えるかもしれんからな。手負いの勇将では才能だけはある誇大妄想狂の相手は荷が重い。


「了解。少尉が不在の間は、シオンと私が協力して指揮を執ればいいのね?」


「頼むぜ。オレが戻るまで前進を停止し、現状維持に努めてくれ。」


参謀用の戦術タブレットからアラームが鳴り、画面を覗き込んだリリスは唇を噛んだ。


「……不愉快な報告よ。射場トシゾーが戦死したわ。」


「トシゾーが……確かか?」


クソッ!ケリーは間に合わなかったか……ライゾー、すまん……


「ええ。サモンジとマガク……ガラクも無事。だけど三人ともリタイアよ。重傷を負ってて戦列への復帰は見込めない。で、切り札さんが魔獣と交戦中。ふう、まさか少尉が"処刑人ケリコフ"なんて鬼札を隠し持っていたとはね……」


なぜガラクの名を呼ぶのに間があった?……まさかガラクの奴、山っ気を出したんじゃなかろうな!最近は分別を弁えるようになってきたから、マガクの進言通りに中隊を任せてみたが……


落ち着け、トシゾーの死を悼むのも、小天狗の処遇を考えるのも後だ。隠し事はまだあるんだぞ。


「隠し持っていたのは鬼札だけじゃない。そろそろ報告が入ると思うが……」


戦術タブレットを見つめるリリスの目が驚きで見開かれ、すぐに鋭利に細まった。


「第三の狼眼を持つ男が出現、でしょ? ねえ少尉、これってどういう事なの?」


リリスは照京動乱の際、教授の狼眼を見ている。あの時の男だと当たりはついているだろう。


「……親父は生きてたって事だ。」


オレに※ソックリな顔と狼眼を持ってしまった権藤杉男が日の当たる世界に出る為には、八熾一族という事にするしかない。※肉体年齢はオレと変わらないから兄弟でもいいんだが、妻子がいるからな。素顔を見せない仮面の大殿として、八熾の庄の運営を手伝ってもらおう。いや、教授の能吏っぷりを考えれば、丸投げしちまっていい。そうすりゃ妻子を含めて教授は安泰、オレは念願叶って引退出来る。


しかし教授も何だって"大殿就任プラン"を戦が始まる直前に通信文で送り付けてきやがったんだ。こんな重大な案件は直接会って話し合うべきだろうに。万事手際のいいアンタにしちゃ、珍しく急な話だったな。


「……隠し事の次は嘘?」


「………」


この世界に来てから、嘘とハッタリは上手くなった。だけどリリスだけは欺けない。リリエス・ローエングリンは、オレ以上にオレを理解している少女だから……


「……少尉が私に隠し事をしてるのはわかってる。でも、嘘はつかないで。」


こんな切ない目をしたリリスに、これ以上嘘なんかつけるかよ!


「……悪かった。リリス、親父が生きているのは本当なんだ。だけど"第三の男"は親父じゃない。」


教授には本当に世話になった。照京動乱では我が身を盾に血路を開き、御門グループの黒幕になってからは辣腕を振るってドラグラント連邦成立に尽力、そして今は停戦の実現に命賭けで協力してくれている。実の親でもそこまでしちゃくれないだろう。オレがここまで来れたのも、権藤杉男がいればこそだ。


「少尉はそれでいいの? 本当の親が生きているのに、赤の他人を父親にするつもり?」


血の繋がりは重要じゃない。シオンがそれを教えてくれた。シオン・イグナチェフは命をくれた両親も、慈しみ、育ててくれた養父も愛している。"本当"とか"義理"とか関係ない、どっちもシオンの親なんだ。


「赤の他人じゃない。第三の男は血を分けた親よりもオレに尽くしてくれたんだ。その献身に報いる道があるのなら、オレは迷わない。」


この戦争が終わったら、地球と交信する方法を探してみよう。オレは天掛彼方として、この星で生きてゆく。それだけは親父に、天掛光平に伝えておきたい。


「……そう。少尉がそう決めたなら、それがきっと"進むべき道"よ。ところで、いつまで私達に隠し事をするつもりかしら? 結婚するまでなんて言ったらキレるわよ。」


未来嫁も我慢の臨界点か。むしろ今までよく我慢してくれてたよなぁ。リリスの事だから、かなり早い段階で秘密を抱えてる事に気付いてたはずなのに。


「講和条約が結ばれたら全部話すよ。平和な世界で、一緒に生きてゆく為にね。」


「オーケー、約束だからね?」


「ああ、約束だ。」


オレが何者で、どこから来たのか。これまで辿って来た道と、これから共に歩みたい道を全て、話したい。



……親父はかつてオレにこう言った。"誠実に過去を捉え、懸命に現在いまを生き、より良い未来を選べ"と。未来を掴み取る為に、現在を戦うんだ!!


※ソックリな顔と狼眼、肉体年齢はオレと変わらない

この時点のカナタは、教授(光平)が本来の体に戻った事を知らないでいます。

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