終焉編13話 第三の男
※光平・サイド
魔女の森に棲息する変異生物は個体によっては並の兵士より強い。そして"魔獣使い"ペルペトアは人を見る目はないが、獣を見る目はある。彼女が選りすぐった
高台で狙撃と索敵を担当している甲田クンからテレパス通信が入る。
(教授、また新手の変異獣の群れが接近中です!狼を中心に数は……600以上!さらにロンダル人部隊が後続として進軍中!そちらは一個連隊はいます!)
600匹の魔獣に1000人の兵士か、かなり多いな。魔獣をけしかけてこちらの陣形をかき乱し、後続部隊で切り崩す。
(了解した。甲田隊は引き続き、犬笛を持ったテイマー部隊を狙撃してくれ。)
動物の調教にはかなりの時間を要する。化外から招聘されて数ヶ月のペルペトアとテイマー部隊に、これほどの数を手懐ける時間はなかったはずだ。不可能を可能にした秘密は
やはりあの女を生かしてはおけんな。逃がせばまた魔獣の軍団を組織されてしまう。
「乙村クン、丙丸クン、新手が来るぞ。今度は数が多い。錦城大佐に増援要請、可能であればパイロキネシスを持つ兵がいい。無理なら火炎放射器を装備させるように伝えてくれ。」
魔女の獣にも弱点がある。彼らは炎や風に襲撃された事がない。当たり前だが、動物には自然現象と戦うという発想がないのだ。銃や剣への対応は仕込んだようだが、私の
「すぐに通信を入れます!」 「私は右翼に回ります!丙丸は左翼を頼む!」
最大戦力のケリーは魔獣の王の討伐に向かった。私が中央を支えるしかない。パイロキネシスではなく、狼の目を使わざるを得ないようだな。
「アイリ、お父さんを念真障壁で守ってくれ。攻撃に専念したい。」
アイリの展開するバリアはリリス君に次ぐ強度だ。念真力に目覚めた魔女の獣といえど、破る事は出来まい。
「任せて!お父さんはアイリが守る!」
頼もしい娘を持ってお父さんは幸せだよ。念真強度500万nを誇るアイリーン・オハラ・天掛は最後の切り札。私は娘の前座を務めるとしようか。
─────────────────
単騎で前線に立った私を、変異狼の群れが包囲する。やはりテイマーどもは後ろに控えて出て来ない。犬笛の届く範囲で大盾を構え、防御態勢を取っている。距離を詰めたいところだが、これ以上前に出るとアイリの念真力の射程外に出てしまうからな。先に狼を殲滅するしかあるまい。
訓練された成果なのか、それとも魔女の森でもそうしていたのか、変異狼は四方八方から一斉に襲い掛かってきた。
「……魔女の森の狼よ、狼の目に耐えられるかな!!」
後ろの狼は無視し、視界に入った狼をマルチロックして狼眼をお見舞いする。手足の動きには敏感に反応する変異狼も、視線を合わせる事までは警戒しない。睨んだだけで生物を殺せる目の存在を知らないのだから当然だが。前方から飛び掛かってきた狼6匹を始末した私は、背後の念真障壁を食い破ろうと牙を剥く狼達も睨み殺した。
「私も狼だ。利用されているだけのおまえ達の命を奪いたくはない。勝てないと理解出来たら疾く逃げろ。」
念真力に目覚めたといっても、瞳に力を集中して邪眼に抵抗する術を知らないおまえ達にとって狼眼は天敵。忠告はしてやったが、笛の音に踊らされた狼達はさらに襲ってきた。なんと哀れな……
「殺すつもりで襲い来るなら斟酌はせぬ。迷わず地獄に落ちるがいい!」
群がる狼を片っ端から睨み殺し、死骸の山を築いてやる。意味不明な殺され方をする仲間を見た狼達にも動揺が走ったが、獣よりも動揺しているのは人間だった。
「ま、間違いない!あれは狼眼だぞ!!」 「じゃああの仮面野郎は剣狼なのか!?」 「バカな!剣狼はカイル師団と交戦中の筈だ!」
フフッ、やはり戸惑っているな。この戦場には狼眼を持つ男が二人いる。連邦の総大将、天掛カナタと混成師団の総大将、牙門アギト。だがここに"第三の男"が現れた。さあ迷え、そして恐れろ!!
「うぼっ!」
困惑するテイマーの一人が銃弾に斃れた。ケリーの育てた狙撃手、甲田小梅は獲物の隙を見逃さない。
「戦線を押し上げるぞ!私に続け!」
おまえ達に考える時間など与えない。使役する兵が混乱すれば、使役される獣も混乱する。野生の本能を甘く見てはならないが、好機を逃す訳にはいかない!
浮き足立った敵が前後の連携を欠く間に、マスカレイダーと企業傭兵軍はテイマー部隊と後続連隊の分断に成功した。逃げ場を失ったテイマー部隊は必死で抗戦、応戦するこちらも無傷では済まない。
「変異狼に構わず、テイマーを狙え!」
使役者一人が受け持つ狼は20匹と見た。総勢30余名のテイマー部隊を討ち取れば、狼の群れは散逸するだろう。魔女の森に棲まう彼らに、この戦争を戦う意義などない。狡猾な使役者どもは周囲を狼達に固めさせ、何とか離脱しようと試みているようだが、逃がすものか!
「八熾一族筆頭家人頭・八乙女静流、ここに推参!」
増援部隊を率いて現れたのは、八熾家随一の雷撃能力者だった。家人頭の指揮能力を買っているカナタは、案山子軍団の指揮中隊に所属する彼女を外し、別行動をさせていたようだ。
「侘助殿、寂助殿、抜かるなよ!」 「おう!」 「九郎兵衛殿もな!」
八乙女静流だけではなく、手練れの白狼衆・
「私の雷光剣を受けられるかな!」
突進してきた変異熊の頭を踏み台に跳躍した雷撃使いは、帯電する刀を熊使いに向かって振り下ろした。
「ヒイィ!ぐべっ!!」
悲鳴を上げた獲物が大盾を掲げて防御するよりも早く、紫電の太刀が頭蓋を唐竹割り。目玉から火花を散らせる死体が出来上がる。流石は照京の誇る武門の双璧・八熾一族を支え続けた名家の長、見事な腕前だ。
「まだ群がって来るか。喰らえ、疾空迅雷の陣!」
その名の通り、空気を切り裂く雷の柱が回転移動し、襲い来る狼と逃げる使役者を感電死させた。異名兵士"
「お見事。貴女ほどの雷撃使いはそうはいまい。」
私の傍に駆けて来た凄腕を褒め称えたが、質問が返ってきた。
「一騎当千のお館様には及ばぬが、一騎当百ぐらいの力はあると自負している。貴公は狼眼に酷似した力を使えるようだが、どんな能力なのだ? まさか本物の狼眼ではあるまい?」
狼眼は八熾宗家にのみ顕現する邪眼だ。同盟軍が開発した新型戦術アプリという言い訳も考えたが、それは通じまい。そんな有用な新兵器があるなら、搭載可能な者には支給する筈だからな。同盟兵士で適合したのが私だけなんて、いくらなんでも話が出来すぎている。
だからこの戦いが始まる前に、狼眼を使える理由は考えておいた。家人頭が来援してくれたのは、実に好都合だな。
「……本物だ。論より証拠、見せてあげよう。」
まだ群がって来る狼に向かって狼眼を発動させ、撃滅してみせた。脳を破壊された死骸を確認した家人頭の額に汗が流れる。
「こ、これは紛れもなく狼眼!!し、しかし狼眼は八熾宗家にのみ顕現する御力!貴公…い、いや、貴方様は八熾宗家の血が流れておらるるのですか!?」
いきなり畏まったか。カナタもボヤいていたが、骨の髄まで封建体質なのだなぁ。
「木の股から産まれる者などいない。こう言えばわかるかな?」
「お館様は父母とは死別されたと仰せでしたが……」
カナタからすればそうとでも言うしかあるまい。まさか異世界で暮らしてますなんて……いや、息子にとって私達は"死んだも同然"の存在なのだろう……
「私がそう言えと説いたのだ。このような局面で隠し球として用いる為にな。敵を欺くにはまず味方から、と言うだろう?」
「お、
若殿の父となれば、家人衆からすれば"大殿"になる。わかってはいたが実際に呼ばれると面映ゆいな。
「咽び泣くのは戦が終わってからにしてくれ。腕利きの家人頭殿、まずは目の前の敵を殲滅するぞ!」
「ハッ!大殿の御前で無様な戦い振りは見せられませぬ!我ら白狼衆の力を御覧あれ!」
襷を締め直した家人頭は勇躍し、群がる獣を蹴散らし始めた。
「………」
両軍が停戦に合意し、終戦と和平を約束する講和条約が結ばれたら、カナタに全てを打ち明ける。その前に静流殿と天羽の爺様には先んじて事情を話しておこう。異世界から来た事は伏せ、私と妻がカナタを捨てた事。息子と家族に戻りたい事を情理を尽くしてわかってもらうのだ。
戦争が終わっても、天掛カナタが八熾の惣領である事は変わらない。家人衆にとって息子は"流刑の身から一族を救ってお家を再興し、長きに渡る戦争を終わらせた英雄"だ。カナタ自身がいくら隠棲したくても手放してくれないだろう。
そこで私の出番だ。大殿として所領の運営を任せられるとなれば、カナタも"親父には利用価値がある"なんて考えてくれるかもしれない。新妻達と楽隠居したいが為に渋々ながら家族と認める、私はそれでも構わない。どんなカタチでも息子と家族に戻れるのなら、体裁なんて気にしないからな。
黒幕稼業に徹してきた男が、表舞台に出て最初にやった事とは、既成事実化を狙っての大殿稼業。我ながら汚いと思うが、妻子の為にも手段を選んでいられない。今まで息子を見てきてわかったが"先に外堀を埋めてしまえば、渋々ながらも追認する"傾向がある。
フフッ、楽隠居はしたいが、一族の繁栄も願う若殿の弱味に付け込ませてもらおうか。
龍眼を持った
……カナタが私と風美代を拒絶しても、アイリの未来だけは考えてくれるだろう。そうなった場合は、アイリをカナタに預けて夫婦二人で旅にでも出るか……カナタも私達が時折、娘を訪ねて来る事にまで目くじらは立てないはずだ。未練がましいが、時間が経てばアイリがカナタを説き伏せてくれる可能性もあるしな……
いかんいかん、未来の心配より今の戦況だ。……親父、許せよ……八熾の名を穢す異母兄、アギトにはここで死んでもらう。泉下で偉大な父、八熾羚厳に詫びるがいい。
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