終焉編12話 短慮の招いた悲劇



※バードビュー・サイド


鯉門アラタの懸命の祈りも届かず、四人の手練れは消耗してゆく。イバトシの放つ火矢の炎は小さくなり、音響砲に耐え続けた"向こう傷"サモンジは全身に裂傷を負っている。マガクの軍用コートは強酸で燻り、比較的軽傷のガラクも息が上がり始めた。


「クソッ!切り札ってのはまだ来ないのかよ!」


体のスタミナなら随一だが、心のスタミナに乏しいガラクは苛立ちを抑えられなくなっていた。獣相手に防戦一方、耐え忍んで切り札の来援を待つだけの戦いは不本意極まりない。


「耐えろガラク!ここが正念場ぞ!」


煙の燻る軍用コートを脱ぎ捨てたマガクは、堪え性のない部下を叱咤した。足掻く人間達の姿を嘲笑うかのように、司令塔とおぼしき真ん中の首が口角を歪めて唸る。


「……グルルルル……(……弱き者よ、我に抗え……)」


アニマルエンパシーを搭載した兵士四人は魔獣の意図を理解する。恐るべき魔獣は本能だけで戦っているのではなかった。バイオメタル化は魔獣に知性を芽生えさせていたのだ。


「あ、遊んでやがる!コイツ、畜生の分際で……俺らで遊んでやがるのかよ!」


魔獣の真意を悟ったガラクの全身の血が怒りと屈辱で沸騰した。猫が捉えた鼠をいたぶって愉しむように、魔獣は四人の兵士を生殺しにして遊んでいたのだ。


「好都合だ!コイツは雪風みたいに人語を理解してる訳じゃない。切り札がここへ向かってる事まではわからない筈だよ!」


知性に目覚めたばかりの魔獣の知能は、人語の理解に至った忍犬ほど高くない。こちらの恐怖や焦りの思念を感じ取り、嘲笑っているだけ。その残虐性は時間を稼ぎたい自分達には好都合だとトシゾーは考えた。


「舐めやがって!」


頭に来るが付け入る隙がない。この魔獣は軍人との戦い方を学び始めている。もしかしたら訓練を兼ねて生殺しにしているのかもしれなかった。魔獣の本能、枯れる事なき殺戮衝動を満たす為には、より多くの命を奪う為には、さらなる成長が必要なのだ。


魔獣はペルペトアに飼い慣らされている訳ではない。あのメスが"無様に足掻く獲物の群れ"へ案内してくれるから殺さなかっただけである。お気に入りの獲物、"人間"は他の生物にはない生への執着と感情の豊かさがあった。怒りが恐怖へ、恐怖が絶望へ変わる瞬間は、魔獣にとって最高の愉悦。理想の狩り場に辿り着いた魔獣は歓喜の咆哮を上げた。


「グルアアァァー!!(狩り尽くす!!)」


「吠えてんじゃねえぞ、ワン公が!」


獲物の中で最も怒りの感情が強い男、天羽ガラクは守りに徹しながら勝機を窺っていた。吠える魔獣に小束を投げたが鼻先で弾かれ、お返しの火炎が飛んで来る。


"……やっぱり、トシに片目を潰された左の頭は遠近感が掴めてねえ……だったらチャンスありだ!"


ガラクが軽傷で済んでいた要因は、左の首が吐く火炎ブレスの精度が落ちていたから。慎重に間合いを計ったガラクは、形成逆転の賭けに出た。


「乾坤一擲、この一撃に賭ける!!」


「よせっ!ガラク!」


マガクの静止に構わず、ガラクは氷の盾をかざして魔獣に滑走した。待ってましたとばかりに火炎を吐いた魔獣、しかしガラクの姿はそこにはなかった。地を這う氷撃でスロープを作ったガラクは、己の火炎で魔獣の視界が塞がった瞬間に跳躍していたのである。


「片目で追い切れるかな!」


空中に形成した三つの氷盾を蹴ってジグザグにダッシュ、一気に距離を詰める。予想通りに念真障壁での防御を試みた魔獣に、ガラク渾身の氷刃フロートエッジが襲い掛かった。


「もらった!」


念真障壁を氷刃で砕いたガラクは魔獣の首に刃を振り下ろす。矢弾の通じぬ皮膚装甲だろうが、両手持ちの全力斬撃ならば、首を刎ねられるはずだった。


「……グルルル……」


ガラクの刀は魔獣の首に数センチ食い込んだが、首を刎ねるには程遠い。


「……そ、そんな……バカな……」


魔獣の首回りの体毛は念真髪、いや、念真体毛で覆われており、が可能だった。格下に手傷を負わされた化外の獣王は怒り狂う。


「グルァァァーーーー!!」


伸びた念真体毛が魔鞭と化し、ガラクの腕を絡め取る。何度も何度も地面に叩き付けられた小天狗の意識は朦朧とし、折れた骨は数十ヶ所にも及んだ。丸めた鼻紙のように投げ捨てられ、地に伏したガラクに向かって、扇状ではなく直線軌道の音響砲が放たれる。最大威力の音響砲は速度も遅く、範囲も狭いがガラクに躱す術はない。


「……チクショウ……ここまで……かよ……」


渦巻く衝撃波が間近に迫ったガラクは観念し、目を閉じた。だが、最後の時はやって来なかった。目を開けたガラクが目にしたのは友の背中。全身を切り刻まれながらも、両手を伸ばして仁王立ちする射場トシゾーの姿だった。


「……トシ……お、おまえ……」


「……ガラク……無事で……良かった……」


膝をついた友の手を握りながらガラクは絶叫した。


「バカ野郎!!なんで俺なんか庇ったんだよ!!ドジを踏んだのは俺なんだから俺が死ねば良かったんだ!」


「……ガラクは僕の……親友だ……立派な…指導者に……なってくれ……」


「もう喋るな!すぐに手当てするから!きっと助かる!」


「……ライゾーを……頼んだよ………」


射場トシゾーは微笑みながら息を引き取った。天羽ガラクは血涙を流しながら満身創痍の体で立ち上がる。


「よくもトシを……俺のたった一人の親友を……ゆ、許さねえ~~~!!」


ガラクの主君、天掛カナタも怒りのあまり邪狼化しかけた事があったが、この時のガラクもそれに近かった。だが、現実とは無慈悲なもの。怒りで力を開花させた天羽ガラクの"憤怒の氷刃"でさえ、魔獣は易々と音響砲で砕いてのけた。


「……グルァ!(……死ね!)」


嘲りと共に放たれた強酸の毒液アシッドブレス、ガラクは魔獣を睨み付けたが、狼眼を持たぬ彼はいくら殺意を漲らせようとも魔獣を殺す事は出来ない。魔獣は邪魔立ては許さぬとばかりに、サモンジとマガクの体を念真体毛で絡め取っていた。憤怒の氷撃を放って念真力が枯渇したガラクは、氷壁を立てる事も出来ない。今度こそ進退窮まった小天狗だったが、またも命を救われる。


「……間に合わなかったか。」


砂鉄の傘でガラクを救った仮面の男は、トシゾーの遺体を軍用ケープで覆った。遠隔磁力剣で念真体毛の軛から解放されたサモンジとマガクが"切り札"に駆け寄って来る。


「貴殿が殿下の使わした"切り札"ですな!」 「その仮面は御門直属のマスカレイダーズとお見受けするが…」


磁力操作能力を見たサモンジとマガクは"剣狼カナタが来援した"と思ったが、仮面の男は剣狼より背が高く、別人だとすぐにわかった。ただ、男の放つ"強者のオーラ"は、剣狼カナタに勝るとも劣らない。


「マガク中尉、小天狗を連れて下がっていろ。サモンジ大尉は勇士の遺体を運んでやれ。」


仮面の切り札はマスクを取って素顔を見せた。


「あ、貴方は…」 「ケ、ケリコフ・クルーガー!!し、死んだ筈では……」


「今は味方だ、心配するな。説明は後だ。」


サモンジ達を下がらせた完全適合者"処刑人"は、磁力の剣を携えて完全適合獣“地獄の番犬ケルベロス”に対峙する。


「……グルル……グルルル……(……おまえは……骨がありそうだな……)」


「やれやれ、けだものに論評される日が来るとはな。」


歴戦の完全適合者は魔獣を対等の敵手と見做し、一分の隙も見せずに距離を詰めてゆく。


"コイツは動物版の死神だな。あの男と同じで元から強く、いきなり完全適合に至ったってところか"


機構軍にいた頃に親交のあった天賦の超人、"死神"トーマの姿を思い起こしたケリコフだったが、好んで人を殺戮する魔獣と同類扱いされれば、当の死神は苦笑していただろう。


あの男に狙われたら最後、避けようもない死が待つのみ。ゆえに付いた渾名が"処刑人"、彼はいつもように標的に向かって宣告した。



「……化外から来た魔獣の王よ……おまえを処刑する。」

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