終焉編11話 魔獣の脅威
※バードビュー・サイド
持っているだけで強いとされる希少能力、その中でも氷結能力者は機転を求められる、と言われている。火炎や雷撃のようにシンプルな攻撃に使用するだけではなく、敵の足を凍らせて足止めしたり、氷壁を形成してガードしたりと多彩な使い道があるからだ。
氷結能力者・天羽ガラクは主君から創意工夫の重要性を学んでいた。
「喰らえ、ワン公!」
見よう見まねで習得した"雪豹"フィオドラの得意技"地を這う氷擊"を繰り出して三つ首の魔獣を牽制しつつ、戦いの場を整える。魔獣は巨体に似合わぬ俊敏な動きで氷擊を躱しながら、ガラクに向かって疾走して来た。
「思ったよりも速えな!だが舞台は整った、行くぜ!」
地を這う氷擊は滑走路。特注の軍靴から刃が飛び出し、スケート靴へと姿を変える。小天狗は刀を構え、縦横無尽に走った氷擊の跡を滑って跳ぶ。
「もらった!」
「グルアァ!」
飛び掛かった小天狗を左の首が吐いた火炎が襲った。
「マジかよ!」
咄嗟に張った氷壁で火炎をガードしたが、氷の向こうに光るのは六つの目。炎で生じた死角に乗じて魔獣は跳躍していたのだ。火炎は防げた氷の盾も体当たりまでは防げなかった。三つの頭で頭突きされた小天狗は吐血しながら吹き飛ばされる。
「ガラク!」
追撃しようとする魔獣、仰向けに倒れた小天狗を"狼弓"イバトシの放った三本の火矢が救った。
「早く立つんだ!」
「お、おう。コイツ、火まで吐くのかよ…」
刀を杖に小天狗は立ち上がった。魔獣の三連頭突きによって、白狼衆随一の頑強さを誇るガラクの肋と左の上腕骨には亀裂が入っている。巨体に相応しいと言ったレベルのパワーではない。
「左右の頭が側面の視界をカバー、右の頭は強酸性の毒液を吐き、左の頭は外気に触れたら発火する揮発油を吐く。背後には無数の毒蛇、この魔獣に死角は存在しない。司令塔はおそらく…」
射場トシゾーの援護と助言を天羽ガラクが活かす。二人はそうやって戦果を上げてきた。
「真ん中の頭だな!了解だぜ!」
呼吸を整えたガラクは滑走路を利用し、魔獣を中心にサークリングする。尻尾代わりの無数の毒蛇は動く者に向かって鎌首を向けて来る。
「あの数を搔い潜って背後から襲うのは無理か。どう仕留めたもんかな。」
周回するガラクを遮蔽に使い、トシゾーが次なる矢を放つ。小天狗の走り抜けた直後に矢尻に特大の炎を纏った火矢が風を切り裂きながら飛んだ。魔獣は火炎で火矢を迎撃したが、トシゾーの得意技までは知らなかった。火矢の真後ろを矢が追っていたのだ。相棒の体で隠した火矢の後ろには、第三の矢が隠れている。体の遮蔽に炎の遮蔽を重ねて最後の矢が敵を穿つ。イバトシの十八番、"
「グルァァァーー!!」
目を潰された魔獣はガラクに構わずトシゾーに向かう。
「トシ!」
魔獣の後を追ったガラクだったが、背後を守る毒蛇の群れに阻まれ、三つの首を振り向かせる事が出来ない。
「大丈夫だ!躱せない速さじゃない!」
早めに躱すと動いた先へ追尾して来ると考えたトシゾーはギリギリまで魔獣を引き付け、矢を放ちながら横っ飛びを試みる。
「うぐっ!こ、この速さ…それに…」
予想を超える加速、躱しきれずに太股を前爪で抉られたのにも驚いたが、トシゾーを驚愕させたのは柔らかい筈の横腹に命中させた矢が、表皮に僅かに食い込んだだけという信じがたい事実だった。速射とはいえ、威力は十分。それを皮膚装甲だけで防いでのけた。同じ事をやれたのは強者揃いのガーデンでも、射場トシゾーの主君だけ……
「ガラク!コイツを倒すのは無理だ!この魔獣はおそらく……完全適合に至っている!」
認めたくない現実から目を背けるな。射場トシゾーもまた、主の薫陶を思い出していた。
─────────────────
「コイツが完全適合者、いや、完全適合獣だって!? トシ、ビビり過ぎだ!たぶんウォッカさんと同じ強化筋繊維を持ってるだけさ!」
滑走して相棒と魔獣の間に割って入ったガラクは己を奮い立たせる。右爪を刀で受けて、即座に脇差しの居合で斬って落とす、そんなプランは受けの段階で瓦解した。
「な、なんてパワーだ!」
鉤爪を受けた瞬間にガラクの体は無重力空間にいるが如く、勢いよく吹き飛ばされる。
「グルァ!」
目を潰された恨みなのか、魔獣はトシゾーに火炎と強酸を吐き散らした。
「くっ!当たってたまるか!」
足を負傷したトシゾーは片足で側転し、間一髪でブレスを躱す。
「やらせん!」 「トシゾー、下がれ!」
分が悪いと見たサモンジとマガクが加勢したが、魔獣の
「こやつ、音響砲まで使いおるのか!」 「火炎や強酸より始末に悪い!」
サモンジの念真障壁は音響砲になんとか耐えたが、マガクは障壁を破壊され、装甲コートが破損する。そこにガラクが駆け戻って来た。
「四対一ならなんとかなる!マガクさん、サモンジ大尉、トシと一緒にバックアップを頼む!」
「山っ気は捨てろ!この魔獣はトシゾーの言った通り、完全適合獣だと考えねばならん!」
ガラクの悪癖を知るマガクは強く窘めたが、怒声が返ってきた。
「じゃあどうすんだよ!黙って喰い殺されろってのか!」
「お館様に状況を報告した。"切り札を向かわせた。到着まで時間を稼げ"との御命令だ。」
トシゾーは分析力で魔獣の力量を察したが、マガクは勘と経験で魔獣を恐るべき敵と認識していた。ベテラン兵は魔獣の姿を見た瞬間の寒気と鳥肌を、言わば"己の怖じ気"を信じたのだ。才気と剣腕に秀でるとはいえ、常識の範囲内。天掛カナタがそんな狼山マガクを分遣隊の長としたのは"過信も萎縮もせず、為すべき事を判断出来る大局観"を評価したからだった。
自信過剰な天羽ガラクには己を顧みる慎重さを、力はあるのに萎縮しがちな射場トシゾーには自信を学ばせたい、押し引きのバランスの取れた狼山マガクは手本として適任と言えた。
「私が正面、マガク殿は右、ガラクは左だ!イバトシは弓で支援射撃を頼む!」
飯酒盛サモンジは最も危険な真ん中の首を自分が受け持ち、次に危険な右の首をマガクに、片目の潰れた左の首をガラクに任せた。音速で扇状に広がる音響砲を回避する事はまず不可能、ならば自分が耐え凌ぐしかない。
ベテラン兵二人と若手のホープ二人はカルテットを組んで魔獣に立ち向かったが、形成は不利だった。有効打を与えるどころか、倒されない事を念頭に引き気味に戦っても手傷ばかりが増えてゆく……
「イバトシの分析通り、この魔獣は完全適合している!アラト、おまえも弓は使えたな!」
遠巻きに戦況を見守る部下の中にまだアラトがいる事を見てとったサモンジは、援護射撃に加わるように命じた。新竜騎から"万能の天才"と評される鯉門アラトは弓術にも秀でる。サモンジの評価は"器用貧乏な秀才"であったが、今はとにかく手が足りない。生半可な部下を参戦させれば瞬殺されるだけだが、仮にも異名兵士"
「ぼ、僕は雄将と渡り合った手傷が深刻で…」
言い淀む兄の姿を見た少年兵が弓を取った。鯉門アラトの義弟、鯉門アラタである。鯉門家の養子であるアラタはサモンジの従卒として参戦していた。
「僕が兄に代わって援護致します!兄上は新竜騎を連れてお下がりください!」
「おまえには無理だ!足の震えが止まらぬ兄と一緒にロサ・アルバへ戻れ!」
才能はあっても性根が信用ならないアラトに皮肉を込めて"似鯉"と命名したのはサモンジだったが、義弟のアラタには期待していた。ひたむきで才気活発な少年は"鯉に似る者"ではなく、"故郷に錦を飾る鯉"になれると信じている。本物の鯉であれば、登竜門を越えれば竜にもなれる。サモンジが敬愛した主君、"照京の昇竜"竜胆左内の若き日を思い起こさせる従卒を死なせる訳にはいかなかった。
「ふ、震えてなどいません!アラタ、下がるぞ。け、獣を相手に勇を誇るなど将のする事ではない。」
足だけではなく声まで震える兄の言葉に弟は首を振った。
「僕はサモンジ大尉の従卒です。上官が命懸けで戦っているのに、どうして引けましょう。」
己の未熟さに歯噛みするアラタに向かってアラトは吐き捨てた。
「勝手にしろ!所詮は鯉門の血を引かぬ養子だな!新竜騎隊、後退…転進するぞ!」
死闘に背を向けた似鯉は部下を引き連れ離脱する。
サモンジ達が敗れれば、我が身を以て魔獣を食い止めようと決意する竜騎兵と白狼分遣隊、趨勢を見届けずに撤退する新竜騎。過酷な戦場は兵士の、人間の真贋をも露わにするものである。
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