終焉編10話 地獄の番犬
※アギト・サイド
「カイル!反転攻撃に転じろ!退いて守ったら剣狼の思う壺だ!」
アギトは下賜された最新鋭戦艦"フェンリル"から、もう一人の戦域司令官に攻撃要請を行ったが、カイルは応じなかった。
「無理だね。ブリスボアが勝手な真似をしてくれたもんだから、立て直しに忙しい。まったく、下賎の輩は総じて低脳だから苦労するよ。」
客将扱いのアギトとカイルは正式な階級を持たない。両名とも、"戦時特例による期限付き師団指揮官"なのだ。つまり、明確な上下は定められていない。軋轢を生んでもどちらかを上にしておかなかったのはネヴィル元帥のミスだった。アギトには極東王、カイルにはバルボン朝の復活を(空手形とはいえ)約束しているのだから無理もない話なのだが……
「低脳は貴様だ!我が師団の接敵に合わせて全面攻勢に出ろと要請しておいただろう!」
「せっかく築いた防衛陣地を捨ててまで前進しろだって? 連邦軍主力の攻勢に晒されているのは僕達だぞ!」
カイルはアギト師団と連邦軍を噛み合わせるつもりでいたが、アギトもカイル師団と連邦軍を噛み合わせるつもりだった。そして天掛カナタはそんな両者の思惑を読み切っていた。
"共通の敵を前にしても、自分の利益が最優先。協調は出来ても共闘は出来ない"
数に劣る連邦軍が横撃される危険を冒してでも短期決戦を挑めた理由は、アギトとカイルの性格にあった。
「よかろう。陣地に引き籠もって時間を稼げ。この戦が終わったら"鈍亀"カイルと名乗るがいい!」
将としてならカイルを上回るアギトは、口論を切り上げて戦術の練り直しにかかった。側面攻撃の利を活かして横腹を食い破り、連邦軍を前後に分断。カイル師団と戦っている連邦軍主力の後背を突く。勝ち筋を定めたアギトは必要な手立てを講じた。
「ペルペトア、戦況を報告しろ。」
メインスクリーンに映った女は、真新しい軍帽を指先でクルクル回しながら答えた。
「悪くないね。アンタの言った通り、軍人さんは獣との戦いに不慣れだ。」
"猛獣使い"ペルペトアと彼女の部下は、化外の変異生物を使役する。ありとあらゆる変異獣を主力とするならず者軍団なのだ。テイマー部隊の長である
個の能力ではペルペトアを上回る"炯眼"ベルゼが、彼女に手を出せなかった理由はそこだった。仮に勝っても彼女を討ち漏らせば、即座に戦力を補充し再起してくる。多少不利な条件でも、住み分けせざるを得ない女なのだ。
「二本足へのセオリーは四つ脚には通じん。バイオメタル化した"
ペルペトアは化外からかなりの数の変異獣を連れてきていたが、アギトはそれだけでは満足せず、彼女を中心領域にある魔境"魔女の森"に向かわせて、可能な限りの変異獣を従えさせた。人間相手に戦ってきた兵士は獣との戦いに慣れていない。そのアドバンテージを最大に活かしたかったのである。魔女の森に巣くう獣は変異していても従来の姿に近く、バイオメタル化に適していた。
「アイサー、ボス。勝負を決めにかかろうってんだね?」
「うむ。……
「おいおい、
番犬は魔獣軍団の切り札。相対的にではなく、圧倒的に最強、そして最悪の魔獣でもあった。
「そうしたかったが、そうも言っていられなくなった。右翼師団を早急に撃滅せねばならん。」
「わかった。だけど番犬は…」
「血を舐めたら制御不能。視界に入った生物を殺し尽くして鎮静化するまでは、
「そうよ。だから番犬は敵軍の奥深くに解き放ち、味方から遠ざける。見境ナシに襲い掛かってるとバレないようにね。」
念の為にオスカリウスが受け持つ側へ投入しよう、ペルペトアもまた利己的な判断を下した。番犬の恐ろしさを知るが故に、万が一にも自分達に牙を剥く事がないようにしたかったのだ。
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※ガラク・サイド
「トシ、油断するなよ!コイツらかなりデキる!」
背後で矢をつがえる弓兵に注意を促すと、小言が返ってきた。
「油断はガラクの十八番だろ。功を焦るな、お館様の来援まで戦線を維持するのが僕達の任務だ。」
出稼ぎ部隊と侮るな、※マガクさんの言う通りだったな。だが俺は世界最強の白狼衆が一翼、金目当ての連中に負けてたまるかよ!
「もらったぞ、若僧!」
足を凍らせた傭兵二人をまとめて斬って捨ててる間に、
手練れトリオを
「二人ともいい腕だ。流石は龍弟公の秘蔵っ子だな。」
顔に大きな向こう傷のある三足鴉部隊の長からお褒めの言葉を頂いたが、竜胆の家臣に褒められても嬉しかねえな。お館様の決めた事だから仕方ねえんだが、なんだって
「どーも。ま、このぐらい白狼衆にはお茶の子さいさいですけどね。」
俺らはアンタの竜騎兵なんぞとはモノが違うんだよ。クッソ、竜騎兵と真竜騎が三足鴉の本隊ってのはマジでムカつくな。
「ガラク、お館様が仰った事を忘れたのかい?」
トシまでコイツらの肩を持つのかよ。確かにお館様からは"これまでの経緯に惑わされず、人物の真贋を見ろ"って言われちゃいるが、経緯だって大事だろ。竜胆ツバキが八熾一族を散々コケにしてくれた事は忘れちゃいねえぞ!飯酒盛サモンジはあの女の右腕なんだ!
「わかってる、わかってるさ。サモンジ大尉、真竜騎はもう下げた方がいいぜ。口は立派だが、腕が伴ってねえ。そろそろ限界だぞ。」
「ガラク!部隊長に向かってその態度はなんだ!」
白狼分遣隊を率いて現れたマガクさんに怒鳴りつけられたが、嘘は言っちゃいない。竜騎兵はそこそこの使い手で構成されてるが、新竜騎は"一般兵よりはマシ"って程度だ。それなりにデキる敵軍を相手にまあまあ踏み止まりはしたが、既に結構な死傷者が出てるし、メンタルもスタミナも枯渇が
「いや、ガラク君の言う通りだ。アラト、新竜騎を連れて後衛に下がれ。ツバキ様をお守りするのだ。」
「はい。※ロサ・アルバに戻って治療と休息を行います。」
フン、アラトの奴もこんな時だけは素直だな。お館様は竜胆ツバキに"
「思ったよりは頑張ったな。お役御免だ、ごくろーさん。」
一応、ねぎらってやったが、アラトは不満だったらしい。
「僕達は敵軍の一番厳しいところを受け持って奮戦したんだぞ!キミ達よりも戦果は上げたさ!」
見栄だと思いたいが、この半端者は本気でそう思ってそうで怖えよ。どこらがだよって言おうとした口をトシに塞がれる。
「……ガラク、本気で怒るよ?」
ハンドサインで"了解"と答えると、相棒は手を離してくれた。
……はぁ、トシから説教されなくなるまで、ソルジャーブックに記された俺の異名"小天狗"は変えないってお館様に言われてるんだよなぁ……もっとカッコいい異名で呼ばれたいぜ……
「ガラク、おまえの"戦機を見る目"は本物だ。だからお館様にお願いして、おまえをこちらに残してもらった。私の期待に応えられるか?」
総力戦に臨むにあたって、分遣隊で十分な経験を積んだ俺とトシは、お館様直属の指揮中隊に編入される予定だった。だけどマガクさんが是非にもと懇願して、若手を率いる中隊長として分遣隊に残ったんだ。俺とトシは八熾の次世代を担う立場にある。
「もちろんです。任せてください!」
爺ちゃんから習った八熾の兵法、これまで培った実戦での経験、全てを使って戦局を分析しろ。お館様に口を酸っぱくして忠告されてきた。言い付け通りに"視野を広く持って、冷静に考える"んだ!
「……押されてはいますが、時間も稼げている。敵は右翼師団を突破して連邦軍を前後で分断したい筈……オスカリウスは正統派の指揮官だから、紡錘陣形で突破を狙う可能性が高い。」
「なるほど。それに対抗するには?」
「鶴翼の陣で包み込むように迎撃する事です。誘いをかけて突撃を誘発するのが良いでしょう。レイブン隊は魔獣部隊に苦戦してる※レイさんの応援に回りたい。……!?……マガクさん、部隊を散開させてください!軽巡が吶喊して来ます!!」
何が狙いだ!こちらを混乱させるつもりか?
「総員散開!!スケルトン部隊、砲撃を開始せよ!」
「狙うのはキャタピラだ!艦内には爆薬が満載されてるはず!」
旧式の軽巡一隻を吶喊させる理由なんてそれしかねえ。爆破でこちらを混乱させてから突撃を敢行するつもりだな?
「マガクさん、艦橋は無人です!」
弓使いで目のいいトシが俺の推論を裏付けしてくれた。
「スケルトン部隊、脳波誘導ミサイルでキャタピラを狙え!間違っても格納庫に当てるなよ!誘爆するぞ!」
マガクさんが的確な指示を飛ばし、サモンジ大尉は戦線を押し下げようと試みる。
「陸戦部隊は敵艦から離れろ!リモート起爆を狙って来るぞ!」
苦し紛れの攪乱戦法にかき乱される俺らじゃねえ!そら見ろ、瞬く間にキャタピラが破壊されて前進が止まったぞ。……艦首の出撃ハッチが開いた。兵隊が中にいたってのか?
「屍人兵による特攻かもしれない!みんな、気をつけろ!」
薄暗いハッチの中で輝く六つの目。それにこの獣臭……屍人兵じゃねえ!
「……グルルル……」
姿を現したのは巨大な……三つ首の魔獣だった。姿形は狼犬に似ているが、サイズは象に近く、尾の代わりに無数の毒蛇が生えている。子供の頃に絵本で見た"
「撃てっ!遠距離射撃で仕留めるんだっ!」
我に返ったマガクさんの号令で、脳波誘導ミサイルの雨が魔獣に降り注いだが、右側の首が吐いた強酸性の毒液が弾頭を腐食させ、ミサイル同士の誘爆を招く。しかもあの化け物め、爆風を念真障壁で防ぎやがった!
「あの化け物はバイオメタル化されてる!トシ、援護を頼む!」
三つ首の魔獣がペルペトアの切り札に違いない。生半可な兵士をぶつけても被害が増えるだけだ。
ここは
※マガクさん
※ロサ・アルバ
神難総督・櫛名多月花の所有する純白の陸上戦艦。総督名代として錦城一威が搭乗する事が多い。
※レイさん
神難のメイド部隊隊長・冥土ヶ原霊。次元流高弟・冥土ヶ原冥の姉で
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