終焉編8話 城を攻めるな、心を攻めろ



メインスクリーンに映ったマリカさんの顔を見た瞬間、凶報を覚悟した。仲間が……死んだのだ。


「……カナタ、サンピンが死んだよ。看取った爺様の話じゃ見事な最後だったらしい。」


「……そうですか。サンピンさんが……」


三槌一……オレの博打の師匠で、新兵の時から何かと世話になった。賭場でも戦場でもよくつるんでた兄貴分をよくも……


ったのは誰だ?」


今のオレは友には見せられない顔をしている。殺意に反応した狼の目が爛々と輝く様がスクリーンに映った。


「煉獄だ。」


羅候はバーバチカグラードに向かったはずだが、サンピンさんはバルミットにいたのか。だったら何か目的があったはずだ。


「三槌一ともあろうものが、タダで殺られる訳がない。冥土の土産を残したはずだ。」


「ああ、煉獄の目に毒を見舞った。奴の右目は暫く使えない。あのお節介は、いくばくかの時間を稼ぐ為に……それだけの為に惜しげもなく命を捨てやがったんだよ!」


マリカは悲しむと同時に怒りも感じている。三槌一は万全の状態で緋眼と煉獄が戦えば、煉獄が勝つ可能性があると考えていたのだから。


「煉獄は零式を積んでるんでしょ? 毒は効かないんじゃない?」


補助シートに座っているリリスは訃報を聞いて俯いていたが、顔を上げて疑念を述べた。目尻に涙が残っていなければ完璧だったかもしれないが、そんな完璧さなんて誰も求めちゃいない。


「既存の毒は効かない。だが新種の毒ならある程度は通じる。」


以前に喰らったバジリコックって神経毒がそうだった。麻痺するには至らなかったが、数時間だが体に痺れは残った。アンチポイズンのデータにはない毒だったからだ。一度喰らえば抗体を作れるようになるから二度は通じないが、初見の毒なら……


「そう。でも念の為に裏は取っておきたいわね。マリカ、喰らわせた毒の種類はわかってるの?」


「精製したヒビキからデータを送ってもらった。煉獄の奴、唐辛子を喰らったのさ。ざまぁみろだ。」


「唐辛子? 催涙スプレーの定番だけど、生身の人間ならともかく相手は完全適合者よ?」


ブートジョロキアみたいな激辛香辛料が目に入ったらヤバいとは聞くが、アンチポイズン搭載の完全適合者相手にどれだけ有効なのかは疑問だな。


「主成分は唐辛子だが、ただの唐辛子じゃない。魔女の森原産の"変異唐辛子"だ。ピクニックに行ったトゼンが"ヤバい匂いがプンプンするぜぇ"って持ち帰った曰く付きの品さ。」


魔女の森は変異植物の宝庫だったが、そんなもんまで生えてたのか。退屈凌ぎであの魔境に出向くトゼンもイカレてるが、不精者の人斬り先生がわざわざ持ち帰るぐらいだから、相当デンジャラスなブツなんだろうな。


「カプサイシンたっぷりの逸品ってところか。涙目の煉獄のツラを拝みたかったぜ。」


「デスサイシンだ。新物質に命名したヒビキの話じゃカプサイシンとは次元が違うらしい。魔女の森で毒をたっぷり溜め込んだ変異植物が、さらに突然変異したんじゃないかって言ってたよ。」


なるほど、唐辛子と違って元から毒性があったようだな。


「ヒビキもよくそんなヤバい毒の精製を引き受けたもんね。」


だよなぁ。毒の使用はパーム協定違反だってのに。リリスが口から吐く毒よりもヤバそうだ。


「サンピンが"アギトが裏切った時に目を潰すだけ"って言うから渋々引き受けたらしい。で、サンピンは粘膜特化の劇毒が仕込まれた針を、潰された目の中に埋め込んどいたって訳だ。」


主成分は魔女の森で育った悪魔の唐辛子、ヒビキ先生は副成分を工夫して目潰しに特化させたはずだ。眼球は鍛えようがない部位だ。いくら煉獄でも暫く目は使えまい。十分な成算があったからこそ、サンピンさんは己の命を対価に博打を打ったって訳だ。義眼を入れなかったのは、アギトに対する意趣返しの為だったとは恐れ入ったぜ。


アギトが煉獄に殺されたと聞いてからも仕掛けをそのままにしておいたのは、生存を疑ってたからだな。凄腕の博徒だけに、読みが鋭い。


「アンチポイズンが毒を分解しても、既に受けた損傷は医療ポッドに入って治癒させるしかない。三槌一はいい仕事をしたようだな。」


「ああ、今こそ煉獄を討つ好機だ。アタイに任せときな!」


「奴は出て来ない。出て来るとすれば、自分が負った以上のダメージをマリカが負った時だけだ。」


無傷の煉獄が自由に動いて、マリカを筆頭にしたバルミット方面軍中核を討ち取る。それがオレの恐れていた事態だ。同じ懸念を抱いたサンピンさんは、アギト対策に仕込んだ仕掛けを煉獄に使う事を決意した。兄貴分が命と引き換えに打った布石を無駄には出来ない。


「どうしろってんだい?」


「予定通り、退きながら時間を稼いでくれ。オレが行くまで持ち堪えるんだ。」


「カナタもアタイが負けると思ってンのかい!」


「そうは言ってない。兵団にはまだ黒騎士がいるし、他の部隊長も健在だ。煉獄の右目が使えなくなってようやく勝負の土俵に上がれたってところさ。」


そう、バルミット戦域はまだ劣勢なんだ。冷静に考えろ、勝つ為の最善手を!


「カナタだって完全適合者の色白やアギトと戦わなきゃならないだろうが!撃破を急いで不覚を取ったらどうすンだい!」


「勝負を焦ったりしない。マリカなら持ち堪えてくれると信じてるから。……だから、オレを信じろ。」


「……わかった。何をすればいいンだい?」


よし、情熱の炎を保ったまま、冷静になってる。こうなるとマリカは強い。


「無茶なオーダーをするぞ。マリカが万全の状態であれば、目が使えるようになるまで煉獄は出て来れない。つまりダメージを軽度に抑えながら、群がる兵団を撃退するんだ。」


「本当に無茶を言いやがる。相手は腐っても機構軍最強部隊なンだよ?」


それが難しいからこそ、マリカは煉獄を討ち取って一気に勝負を決しようと考えたのだろう。だが、奴にとって一か八かの勝負に出られるより、粘られた方が嫌なはずだ。仲間を信用してない煉獄は、他の戦域が気が気じゃないはずだからな。


「マリカなら出来る。黒騎士だけは要注意だが。」


「だが煉獄よりは格下だ。場合によっては討ち取った方が良くないか?」


「そこは任せる。マリカ、黒騎士と戦って深手を負えば煉獄が出て来るだろう。そうなったら予定を早めてバルミット要塞で籠城してくれ。それとオレがカイルとアギトを片付けたら、奴らは損失覚悟の大攻勢に出て来るぞ。」


「尻に火がつきゃそうなるだろうねえ。……カナタ、サンピンは"カナタさん、後は上手くおやりなせえよ"って呟きながら笑って死んだ。大した野郎だよ、まったく。」


……サンピンさん……やっぱりオレの為に……


「この戦い、必ず勝つ!!マリカ、死ぬなよ?」


「アタイが死ぬもんかい。カナタもくたばンじゃないよ!」


敬礼したマリカの姿がスクリーンから消えた。打てるだけの手は打った、目の前の戦局に集中しよう。


───────────────


ソードフィッシュの作戦室に集った連邦軍幹部。接敵するのは2時間後だ。


「カイル師団もアギト師団もイヤらしいポジショニングだな。性格の悪さが出ている。」


戦況図を見た錦城大佐は悩ましげに考え込んだ。この位置関係だと、カイル師団を叩いている間にアギト師団に側面を取られる。カイル師団が粘れば、大迂回して後背に回り込む事も可能だ。


「なーに、底意地の悪さなら公爵が上じゃろ。」


オプケクル准将は吹き出す代わりに"プッ"と可愛いオナラをした。


「カイル師団が6万4千、アギト師団が3万3千、対する我ら連邦軍は5万2千。う~む、兵力差は倍近いですな。」


慎重なトウリュウは唸ったが、好戦的なグンタは意気軒昂だった。


「なんの!兵質は我らが上ですぞ!臆する事などありません!」


「臆してはいない。悩ましい状況だと言っているのだ。犬飼大佐はもう少し俯瞰する事を覚えろ。」


トウリュウはグンタを窘めたが、名案は浮かばないらしい。


「倍近い敵軍を引き付けているのだから、後退して仕切り直すのも手ではある。」


錦城大佐は至極真っ当な戦略論を述べたが、本人も自分の意見に納得してなさげだった。オレ達が奴らを引き付けている事によって、他戦域で数的優位を作り出せているのならそれもいいんだが、人口に優る機構軍の動員兵数は同盟軍より多い。数的優位な戦場は、最北部のヘプタール戦域だけだ。とはいえ、ヘプタールの戦域司令官はカーン中将だからなぁ……


「カイルもアギトもオレ達が退けない事を知っている。退けばアギトは南下を止めて北上し、バルミット戦域に向かうだろう。モヤシ野郎がオレ達に勝てるなんて思ってないだろうが、奴を生贄にバルミットで勝てるなら安いもんだ。」


アギトがこちらに向かっているのは、オレを討ち取りたいって私情もあるだろうが、何よりカイルを撃破した連邦軍が北上する事を恐れているからだ。


アギトもカイルもセツナのアシストをするのは癪だろうが、機構軍に負けてもらっちゃ困るのは皆同じ。利害の一致は最高の接着剤だな。


退く道はないと覚悟を決めた連邦軍参謀長・錦城一威が口を開いた。


「横擊は覚悟で進むしかないようだね。アギトは万能型の指揮官だが、カイルは守備型だ。攻勢戦術に劣るカイルを抑え込みながら、サイドに回ったアギトを仕留める。このプラン、カナタ君はどう思う?」


戦域司令官は鯉沼少将、副司令はオプケクル准将、幕僚長に士羽総督(ヘプタール方面軍に参加)、そういうラインナップでこの戦いに臨んだが、帝から軍権を預けられたのはオレだ。つまり、決断はオレが下さねばならない。


「オレならカモる相手を逆にしますね。まずカイルを叩いて、それからアギトだ。」


「じゃが公爵、モヤシ男の方が抱える兵数は多く、待ち構える側じゃから防御陣地も築いておるぞい。さっきMr2位が言った通り、あの色白は守備戦術が得意じゃしの。理外の理もわからんではないが、いささか奇をてらい過ぎではないかね?」


オプケクル准将の指摘は全て当を得ている。錦城大佐の言うように"数に劣り、進軍して来るがゆえに防御陣地を築けないアギト"を先に叩く。それが定石だろう。


「理外の理ではありません。アギトよりもカイルが脆い、そう考える根拠があります。」


「聞かせてくれたまえ。」


錦城大佐に促されたので根拠を説明する。


「まず、兵数は少なくとも、兵質はアギト師団が上である事。アギト師団の中核は名のある傭兵と化外の軍団ですが、カイル師団は軍権を取り上げられた貴族が持っていた部隊の寄せ集めだ。」


アギト師団には、最高の傭兵と名高い"自由騎士"ローランド・オスカリウスと、化外で悪名を馳せた"猛獣使いビーストテイマー"ペルペトアがいる。ペルペトアの統率力は不明だが、オスカリウスがいれば傭兵部隊はまとまるだろう。


「公爵、カイル師団には"暴虐男爵"ブリスボアがおるぞ。アレとは以前にやり合った事があるが、武勇も指揮能力も侮れん。」


ブリスボアが爵位を得る前、"人食い熊"と"暴虐猪"は激突している。将校カリキュラムで小規模戦の見本例として習った。


「局地戦の名勝負とされる猪熊戦争ですな。ですが勝ったのは准将でしょう?」


楽観的なグンタにオプケクル准将は注意を促す。


「ワシは全隊指揮官じゃったが、奴は分隊指揮官に過ぎなかった。あの局地戦が"猪熊戦争"と呼ばれておるのは何故か? それは暴虐猪が機構軍の全隊指揮官に優る働きで、主役の座を奪ったからじゃ。」


一騎打ちでは人食い熊と互角に渡り合い、腑抜けた上官が逃亡した後は敗軍をまとめて無事に撤収した。さらに逃げた上官を追走して殴打し、死に至らしめたらしい。暴虐猪の腕力ならすぐに撲殺出来たのに手加減し、衆人環視の中でお貴族様をリンチしたとの事だ。


腑抜けではあったが由緒は正しい直臣を撲殺されたネヴィルは激怒し、ブリスボアの処刑を命じたがロドニーが猛反対、ブリスボアは命拾いした。あの件がなければもっと早く出世し、爵位も高かっただろう。


「そのブリスボアがカイル師団の副師団長だ。口を開けば高貴高貴とのたまうカイルと、平民から叩き上げた蛮勇男爵のコンビが上手くいくとは思えない。付け込む隙はそこにある。」


違うアプローチを提示された錦城大佐が、頷きながら答えた。


「ふむ。モヤシ君は人に嫌われる天才だ、きっとウマは合わないだろう。ブリスボア氏は命の恩人で貴族に引き立ててくれた熱風公の命令だから、渋々副師団長に就任したといったところかな。」


「そう。内心では"なんで俺が師団長じゃないんだ"って思ってますよ。戦闘能力でも戦術能力でもカイル>ブリスボアでしょう。だからネヴィルの判断は間違ってはいない。だけど最適解が最良の結果をもたらすとは限らないのが戦場でね。」


「気の合わない二人の連携不備を突く、か。やる価値はあるね。」


城を攻めるは下策、心を攻めるが上策。生体兵器化されちゃいるが、やってる事は中世の戦争だ。


「不備を突く、それでは不足です。不和のタネを育てて反目の花を咲かせるんですよ。」


肥料は高く付くが、カイル師団を崩すにはそれしかない。犠牲を伴わない勝利が望めないなら、せめて犠牲の数を減らさなければならないんだ。


「皆、数に誤魔化されるな。カイル師団は砂上の楼閣なんだ。なぜなら師団長のカイルに"最後まで戦う"なんて気概はなく、麾下の指揮官や一般兵も"高慢ちきな寝返り男の為に死にたくない"と思っている。拮抗している間は踏み止まれても、劣勢と見れば蜘蛛の子を散らすように逃げ始めるだろう。」


いくら戦闘能力や戦術能力に優れようとも、カイルは決定的に指揮官に向いていない。我が身第一の痛がり屋は勝負どころで保身を考え、逃げを打つだろう。蛮勇だろうが死ぬ気で戦う暴虐男爵の方が師団長としては適任だった。それに戦時特例で能力準拠の配置転換をしたのはいいが、ネヴィルに軍権を取り上げられた貴族のケアまで出来ちゃいまい。不平不満を抱く貴族は金を出し惜しみ、後顧に憂いのある兵士には脆さが生ずる。



問題はアギトだな。兵士としても戦術家としてもカイルより上だ。なにより、あの男が無策でオレに挑んで来るとは思えない……

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