終焉編6話 生きるも死ぬも賽の目次第



※サンピン・サイド(バルミット戦線)


「……四のゾロ目でやすか。ま、そうでやしょうねえ。」


傾き始めた太陽が照らす野戦用のアルミテーブルの上で転がった象牙の賽子サイコロ。出目を見た男は納得しながら席を立ち、そのままフラリと野営地を出て行く。無頼漢の単独行動を防衛陣地の守備兵は咎めない。カプラン元帥直々に"彼の要望には可能な限り応え、自由に行動させろ"と命令が出ていた。


生ハムメロンに吟醸酒、およそ戦地に似つかわしくない夕餉を終えた人蛇は、血の匂いを嗅ぎ付けて動き出したのである。


日が完全に傾いた頃、極道時代は"※刀堂とうどうミズチ"、軍に入ってからは"隻眼の螭"と恐れられる異名兵士・三槌一ミズチハジメは、一人で二個中隊40余名を斬り伏せ、逃げ遅れた少年兵の危機を救った。


「三槌少尉、危ないところを助けて頂き、ありがとうございます!」


機構軍正規兵に囲まれ、万事休すだった少年兵は、ぎこちない敬礼で恩人を称えた。


"ぎこちねえのは未熟なだけじゃなく、歯の根っ子から足の先まで震えてるからでやすか。無理もねえ話だ"


愛刀・二束三文に付いた血糊を一振りで払った隻眼の蛇は、運悪く修羅場に巻き込まれ、運良く生き残った少年に問うた。


「お若いの、生き残りはおめえさんだけでやすかい?」


「は、はい。……僕だけです。」


戦域司令官のカプラン元帥は緊急動員された少年兵達を最前線で戦わせるつもりはなく、補給、連絡、後方支援要員として運用していたのだが、安全な戦場などない。少年の所属していた学徒部隊は補給物資の運搬中に、正規部隊と鉢合わせてしまったのだ。補給を受ける予定だった前線部隊は、学徒部隊よりも先に壊滅していたのである。


前線の異変を知った時点で、嵩張る補給物資を置いて撤退すれば捕捉されなかったかもしれなかったが、敵軍に物資を渡すまいとした責任感が、学徒第八中隊の命取りとなった……


「さいでやすか。拾った命を大事にしなさる事だ。」


「僕が……僕が三槌少尉のように強ければ、みんなを守れていたのに!!」


兵学校の級友を失った少年兵は、震えの止まらぬ歯で唇を噛み締めた。自分は何も出来なかった。仲間を守る事も、仇を討つ事も出来ずに、ただ逃げ惑っていただけだった。恐怖と口惜しさが涙となって流れ落ちる。


同期の友を奪った理不尽な暴力は、それ以上の理不尽によって粉砕された。少年が逃げる事も忘れて見蕩れるだけの力と技を、隻眼の兵士は持っていたのである。


「おめえさん、勘違いしちゃいけやせんよ。アッシはよええから、こうなっちまったんでさぁ。」


「三槌少尉が弱い訳ありません!僕は少尉のようになりたい!機構軍のクソ虫どもを蹂躙出来る力が欲しいんです!」


恐怖を憎悪で克服しようとする少年に、命を賭札に博打を楽しむ中年は答えた。


「なんでもかんでも暴力で解決する、そんなのぁ弱虫のするこった。本当につええ男ってのはねえ、力を持っちゃいても、力に驕ったりしねえもんでさぁ。」


隻眼の螭は修羅の道を歩む男であったが、年少者には道理を説く。はみ出し者の集まり、"羅候"には珍しいお節介焼きなのだ。


「……偽りの強さでもいい……みんなを守りたかった……」


「その気持ちがあれば、おめえさんは強くなれやすよ。間違ってもアッシみてえになっちゃいけねえ。酔狂で命を張るようじゃあ、おしめえでさぁな。これから男を磨こうっておめえさんに一つ野暮用を頼みてえんでやすが、よござんすか?」


「もちろんです!三槌少尉は命の恩人なんですから!」


「ちょいと待っててくんなせえよ。さて、やっこさんはどこから出張って来るんで?」


念を込めて振られた賽子の目は三と一。三一サンピンを足せば四。


少年兵に野暮用を頼んだ侠客は、殺した兵士が乗っていたバイクを拝借し、4時の方角に向かって走り出した。


────────────────


カレル・サイド(バルミット戦線・防衛拠点)


廃墟となった街は久しぶりに活況を呈している。防衛拠点として非常に有為な場所にあったからだ。平穏な時は束の間、今は押し寄せる機構軍と阻もうとする同盟軍がせめぎ合っている。


「ポイントα、突破されました!」


オペレーターの報告にカレル・ドネは眉を顰めた。悪い報告の時ほど表情を変えないように努めている彼だったが、想定よりも敵軍の突破が早い。戦時特例によってカレルは師団級の戦力を与えられ、重要拠点となった廃墟で防衛網を敷いている。右翼戦線のナンバー2として、撤退予定時刻まで何としてでも持ち堪えねばならない。


「残存部隊はポイントβまで後退。ポイントΣの部隊をポイントβへ向かわせろ。私も出る。」


索敵部隊が音信不通になった事で予想はしていたが、あの男が来ている。緋眼の来援まで戦線を崩壊させない為には陣頭指揮を執るしかない。カレルは本隊を率いてポイントβへ急行した。


横倒しに爆破したビル群を防壁としたポイントβでは激戦が繰り広げられていた。カレルは陣頭に立って剣を振るい、高所の理を活かした射撃支援で機構軍を押し返す。


「敵軍を押し返したぞ!やりましたね、伯爵!」


先遣部隊副官、サリニャック少佐は微笑んだが、カレルの表情は険しいままだった。ざっと見ただけでもキルレシオは1:5以上。敵軍にはポイントαを瞬く間に突破した勢いがまるで感じられない。


「……サリニャック少佐、押し返したのではない。敵は自ら退いた…いや、蹴散らされる前提の噛ませ犬だったと考えるべきだ。SES部隊、武装を対人ミサイルからヘビーガトリングに換装しろ!換装が終わり次第、徹甲弾を装填!」


倒壊したビルの上に陣取る機械化部隊に命令に飛ばしたカレルは、次なる敵に備えた。斥候兵が飛ばしたインセクターがすぐさま新手の来援を報告する。


「は、伯爵!次のブロックまで敵軍が迫っています!て、敵将は…」


異名兵士"煉獄"は、一ブロック先の通りの陰から更地に整備された迎撃場へ姿を現した。


「私がいる事は予期していただろうに、まんまと釣り出されるとはな。」


煉獄が従えるのは、月をあしらったエンブレムが輝く漆黒の軍団。もちろん、多数の機構兵が背後に続く。


「……御自慢の月光ゲッコーパ部隊フォーマンスは、たった20名かね?」


カレルの問いにセツナは答えた。


「婿入り貴族のカレル・ドネ、貴様ごときには十分だろう?」


頭上から向けられる多数の銃口を全く意に介さず、煉獄は悠々と歩を進める。


「噂通りの天狗だな。撃てっ!!」


煉獄が有効射程に入った瞬間を逃さず、カレルは発砲を命じた。


「そんなオモチャがこの私に通じると思ったか!」


徹甲弾の雨を念真重力壁で弾きながら、煉獄は疾走する。


「伯爵!ここは私に任せてお退がり下さいっ!」


走路をブロックしようと走り出したサリニャック少佐の前に、月光部隊副長・一六九六にのまえむくろが立ちはだかる。


「力足らずもいいところだが、おまえは私が相手をしてやろう。」


かつて"神兵"クランドと互角の勝負を演じた"兇手"ムクロ、サリニャック少佐も決して弱い兵士ではないがとても勝ち目はない。巧みに振るわれる二本のサイを前に防戦一方、絶体絶命の窮地に陥る。辛うじて致命傷だけは避けている、といった有り様だった。


「及ばずながら加勢するぜ!兎場隊は伯爵様を守りながら後退だ!死ぬんじゃねえぞ!」


ポイントΣを任されていた兎場デンスケは渾身の突きをムクロに見舞ったが、念真力を纏った蹴りで刀を跳ね上げられる。


「蚊蜻蛉めが火の中に飛び込んできおったか。いいだろう、まとめて死ね!」


顔を目がけて飛んできた釵はなんとか受けたデンスケだったが、足払いを脛に食らって転倒する。追撃の兇針を転がって躱しながらデンスケは叫んだ。


「伯爵!何やってんだ!アンタはここの指揮官なんだぞ!早く下がれっての!」


カレルは兎場隊と重装歩兵を率い、煉獄と戦う構えを見せている。逃げても追い付かれると判断したのかもしれないが、これでは命を投げ打った意味がない。


「人の心配などしている場合か!そらそらっ!」


凄腕の暗殺者はサリニャック少佐を片手であしらいながら、デンスケに立ち上がる暇を与えない。転がったまま懸命に回避を続けるデンスケの肩を釵が深々と刺し貫く。


「ぐうっ!」


「蚊蜻蛉らしくピン留めになったな。標本のような死に様を晒せ!」


眉間目がけて振り下ろされた釵は、新たな刃で弾かれた。本能的に危機を悟ったムクロはバク転して距離を取る。回避がコンマ数秒、遅ければ突きの連打で串刺しにされていただろう。


「……何者だ?」


「心貫流剣士、岩坐一心。一流にのまえりゅう古武術とお見受けする。デンスケ、しっかりせんか。まだまだ未熟じゃのう。」


「先生、どうしてここに!」


「出来は悪いが可愛い弟子を死なせるものかよ。儂も戦場に出ると言うたら、兎我元帥が手を尽くして零式とやらを入手してくださってな。希少品の入手と搭載に手間取って来るのが遅れた。じゃが間に合って良かったわい。少し痛むぞ、我慢せい。」


弟子の肩に刺さった釵を引き抜いた師の背中を、ムクロの放った含み針が襲う。空気の振動で飛来を察知した老人は、刀の束頭で毒針を弾いた。


「一流と書くが、その実態は殺しの為なら手段を選ばぬ邪流。古武術の名を借りた暗殺術と聞いたが、どうやら噂ではなかったようじゃのう。」


「ムクロ、その老人は手強い。油断するな。」


主の警告にムクロは頷いた。


「ご心配なく。老いていなければ一太刀ぐらいは覚悟せねばならなかったでしょうが、惜しい哉。もう全盛期は過ぎているようです。」


「フフッ、達人とはいえ老人では、一流を極めたおまえの敵ではないだろう。私がカレル・ドネと雑魚どもを仕留める方が早いと思うが、勝負してみるか?」


「面白いですな。では、早討ち競争と参りましょう。」


「ところがどっこい、水差し野郎はもう一人いるんでさぁ。」


横倒しになったビルの上から響く声、セツナは不本意ながら声の方向を見上げた。相手が誰であれ、見上げるのは大嫌いな男なのである。


「降りて来い、下郎。私を見下ろすのは千年早い。」


「さいでやすかい。見るからに高慢ちきな顔をしてやすが、オツムの中身も似たり寄ったりのようで。」


まるで玉座のように瓦礫の椅子に腰掛けたまま、不遜な薄笑いを浮かべる隻眼男の姿は、煉獄の勘気に触れた。


「頭が高いぞ、どチンピラ!」


射程の長い火炎の渦が刺客を襲ったが、瓦礫の盾に阻まれる。


「アッシはどチンピラじゃねえ、どサンピンでさぁ。さて、景気良く殺し合いと洒落込みやしょうかねえ。」


サイコキネシスで体を浮かせた無頼漢は、セツナとカレルの間に降り立った。


「三槌少尉、よく来てくれた!力を合わせて…」


「ドネの旦那、残念ながらアッシら羅候は囲まれるこたぁあっても、囲むのは願い下げなんでさぁ。ここはアッシに任せてお下がんなせえ。」


多対一で挑まれる事はあっても、多対一で挑む事はない。不粋と命を天秤にかければ、命が軽い。それが羅候である。


「し、しかし!」


「いいから行くんでさぁ!!この場は老い先短い爺様と命知らずが引き受けるつってんだ!!アンタの無事を祈ってる貴婦人を未亡人にする気ですかい!!」


片目であっても蛇の眼光、その凄まじさはカレルに有無を言わせなかった。


「すまない!必ず増援を連れて戻るから、死なないでくれ!」


重傷を負ったサリニャック少佐をサイコキネシスでパスされたカレルは、兎我隊を護衛に後退を開始する。総指揮官でありながら最前線で戦い続けるかつての上官、剣狼カナタの姿を思い起こし、自分との乖離に奥歯を噛み締めた。


「逃がすか!」 「行かせん!」


先走ったゲッコーパフォーマンス隊員がサンピンの左右を走り抜け、カレルの後退を阻止しようと試みる。


「野暮はよしなせえよ、みっともねえ。」


左右に手を伸ばしたサンピンの見えざる手に摑まれ、二人の隊員は空中で身悶えする。


「て、抵抗しているのに動けない!!」 「こ、これほどのサイコキネシスとは…」


「アッシごときに手も足も出ねえようじゃあ、月光部隊の名が泣きやすぜ。精鋭の最下層を連れてきちまった親分の判断ミスを恨むこった!!」


隻眼の螭が広げた手を交差すると、勢いよく引き寄せられた二つの額が衝突する。割れた頭蓋から脳漿を飛び散らせた死体を前に、蛇は嘯いた。


「さぁて、偽物にせもんの龍さんよぉ。手下てかが全滅してから来やすかい? アッシはそれでも構わねえ。」


啖呵を切るサンピンを目で威嚇しながら朧月セツナは考える。


"大蛇トゼンも来ているなら、もう姿を見せているだろう。やはり羅候はバーバチカグラードに向かったのだ。この下等者は気まぐれでバルミット戦線に現れた、で間違いあるまい"


牙門アギトがそうであったように、朧月セツナも大蛇トゼンとの対決は避けたかった。己が大事な彼らにとって、"死人の剣法"は最も警戒すべき敵なのだ。


それにセツナの切り札、未来予知から繰り出す秘奥義"黄泉葬よみおくり"とて、トゼンの持つ予知能力"蛇の嗅覚スネークセンス"なら無効化してしまう可能性もあった。黄泉葬は敵の動きを未来視しながら、追い込み漁のように封殺を重ね、致命の一撃を叩き込む無双の必殺技。しかし、危機を察知する人蛇なら致命打を狙う瞬間を嗅ぎ分け、躱してのけるかもしれない。何より恐ろしいのは、平然と相打ちを狙って来る事だった。


ゆえに、同じ命知らずで無法者の完全適合者、"狂犬"マードックと麾下のヘル・ホーンズをバーバチカグラード戦線に向かわせた。蛇を釣る餌として……


「旦那が来やしねえかと※さぶがってるようでやすが、いるならとっくに姿を現してまさぁ。アンタと違ってテメエに価値をつけたり、勿体付けたりゃしねえんで。」


トゼンの旦那は大蛇だけに、蛇蠍みてえに寒がられてやすねえ、とサンピンは苦笑した。


「下郎とはいえ一人で挑むとはいい度胸だ。その心意気を買って、私が相手をしてやろう。」


朧月セツナは至宝刀"絶一文字"を鞘から抜き放った。若手とはいえ、神世紀の尖兵である月光部隊を失う訳にはいかない。使い捨ての雑兵をけしかければ、戦いが長引く。グズグズしていれば、世界最速の女が来援するかもしれないのだ。


「心意気ねえ。アンタにゃ最も縁遠い概念でやしょう。」


隻眼の人蛇は宝刀"二束三文"を構えた。刀も腕も格下、それを承知で挑んだ勝負である。



三槌一は損得では動かない。渡世の親から"極道の鑑"と称えられた侠客を動かせるのは男気のみ。無頼の博徒は己の命を賭けて、最後の博打を打とうとしていた。


※刀堂の螭

極道時代のサンピンは、刀堂組で代貸(一般的には若頭と呼ばれる組織のナンバー2)を務めていました。


※釵

釵とは琉球古武術で使用される伝統武器。岡っ引きや同心が使う十手に形状が似ている。


※寒がってる

任侠言葉で"ビビってる"の意。

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