終焉編5話 蝦蟇VS飛燕
※バードビュー・サイド(俯瞰視点)
「殺せ殺せ!質も数もこちらが上じゃい!」
カプラン師団の築いた防衛陣地を踏み越えながら、地走忍軍上忍・
「撃てっ!撃ち殺せっ!」
見た目は鈍重に見える大男に、塹壕に立て籠もる同盟兵は一斉射撃を浴びせたが、巨大な肉球となって転がる蝦蟇王を捉える事は出来ない。ジグザグに転がってから高く跳んだ蝦蟇は空中で大口を開き、火炎放射で同盟兵を焼き払う。
「弱い弱い、弱すぎる!ワイを止められる男はいてへんのか?」
焼死体を踏み潰しながら蝦蟇王は勝ち誇ったが、彼の行く手に男ではなく女が立ちはだかった。
「調子のんな、デブ!ウチが止めたるわ。」
「おまえは確か、アスラの中隊長……名をサクヤとか抜かしたな?」
「せや。ウチが凛誠の斬り込み隊長、"飛燕"のサクヤや。いざ尋常に勝負!」
一足で間を詰めた燕の居合抜きを、間一髪で蝦蟇は躱した。
「なかなかの速さやが、ワイには通じん!蝦蟇王様の相手をさせるなら、部隊長を連れてこんかい!」
「自分かて中隊長やろ!上等な能書きはウチに勝ってから
迫る火炎を風刃で切り裂いたサクヤは、またも詰め寄って連擊を見舞ったが、蝦蟇王の鉄爪で受け流される。
「非力非力非力!そんなヤワい剣でワイを倒せるかい!」
「吠えるな、デブ!足元がお留守やで!」
払い蹴りで転がされた蝦蟇王に風の刃が襲い掛かったが、体を丸めて回転回避した蝦蟇王の背中を浅く斬るに留まった。
「……思ったよりもやるやないか。ワイの体に傷を付けただけでも上出来やで。」
「たるんだ体を自慢されても微妙なんやけど?」
「デブ呼ばわりは許さんど!この体こそ、地走忍軍・蝦蟇一族の最高傑作なんや。冥土の土産に秘術を見せたるで!忍法・岩砕跳球!」
蝦蟇王の回転タックルをサクヤはサイドステップで避けたが、突き出た腹で高速バウンドした蝦蟇王は背後から襲い掛かる。
「ゴムみたいな腹で跳ね回るのが秘術なんて、忍者だけにお里が知れるで!」
凛誠一の動体視力と敏捷性を持つサクヤは、四方八方から跳弾のように襲って来る蝦蟇王の体当たりを躱し続ける。
「チョコマカ逃げ回っても無駄や!喰らえ、忍法・油地獄!」
吐き出される大量の油。足元を油膜で覆われたサクヤが僅かにスリップした隙を殺人タックルが狙い打つ。
「もらった!」
「ぐぬっ!」
回避が間に合わないと見たサクヤは、剣狼から教わった
よろめきながら立ち上がろうとする姿を、蝦蟇王は嘲笑った。
「肋が何本か折れたようやなぁ。見た目通りの生っ白い体やで。おい
口の端から血を流しながら、燕は不敵な笑みを浮かべた。
「チビでもデブでもハゲでもええねん。そんなもん、人間の価値とは無関係や。せやけど、自分は腐った性根が顔に出とる。……凛として、誠を貫く。凛誠隊士として腐れデブには負けられへんなぁ!」
「ほざけ!その体で岩砕跳球は躱せまいが!」
迫る跳弾、サクヤはジェット気流を身に纏わせて回避した。跳ね返って加速しようとした蝦蟇王だったが、腹部に走った鋭い痛みがそれを許さなかった。
「な、んだと……」
「痛覚が鈍うて良かったやん。普通、斬られた直後に気付くもんやで?」
躱し様に斬られていたのか……蝦蟇王の脂ぎった額に油汗が流れた。小娘剣士の斬擊が見えなかったのだ。
「クルクル回って加速するのはええけどな、それじゃあ相手の動きがちゃんと見えへんやろ。」
「一太刀入れたぐらいで勝った気になるな!こんなもんかすり傷じゃい!」
かすり傷どころか、刃は肝臓にまで到達している。重量級で地走忍軍随一のタフさを誇る蝦蟇王でなければ、勝負は決していたかもしれない。
「そら良かった。自分はウチが防戦一方に見えとったんやろけど、ウチは呼吸とタイミングを計っとっただけや。此花流は円流と次元流の長所を合わせ持っとるさかいな。……その技はもう見切ったで?」
納刀したサクヤはゆっくり腰を沈め、居合の構えを見せた。
「……むう……」
蝦蟇王とて地走衆の上忍。もう一度、岩砕跳球を仕掛ければ、首を刎ねられるだろうと理解する。接近戦は不利、ならば……
「忍法・火炎地獄!」
空に向かって吐いた油を歯に仕込んだ
「そう来ると思ったわ!甘いで、自分!」
降り注ぐ火炎よりも速く、風を纏った燕は納刀したまま蝦蟇に向かって飛ぶように走る。
「今だ!殺れっ!」
蝦蟇王は配下の下忍に命令を下した。突進して来る燕に向かって無数の
攻防で分があったのは蝦蟇王だったが、サクヤは追い詰められるどころか、勝利を確信した顔を見せる。
「……フフッ、風下に立ってもうたな。自分は認めたんや、"尋常にやり合ったら勝てません"って。」
「黙れ!
下忍で取り囲み、火炎地獄で仕留める。火炎地獄と油地獄を乱発したせいで、胃に残る油は僅かしかない。いくら人為的に胃を拡張した体とはいっても、容量には限界があるのだ。場合によっては、いや、必殺を期すには下忍ごと焼き尽くすが上策、と蝦蟇王は考えた。
「下忍の兄ちゃん達、囲むのはええけど、この腐れデブはアンタらごと焼き尽くすつもりやで?」
蝦蟇王の頭の中を見透かしたように嘯くサクヤの言葉に、下忍達の足が止まる。蝦蟇王の性格を考えれば、そんな事はない、とは言い切れないのだ。
「怯むな!小娘一人を倒せんようでは地走衆の名折れやど!尻込みする
「蝦蟇王、いったん引け!新手が迫っている!」
数人の忍者を引き連れたラバーコート姿の男が撤退を促したが、蝦蟇王は応じない。
「
「引けと言っただろう!蟲兵衛抜きで凛誠とやり合うのはマズい!」
焦げた大地と広がる油を見て、
「クソが!……小娘、命拾いしたな!」
「命拾いしたんは自分やろ。追うたりせんから、はよ逃げ。」
そんな言葉は露ほども信じなかった守宮刃は煙幕を張って撤退を開始する。煙の晴れた戦場で、無惨に転がる焼死体の山に向かってサクヤは手を合わせた。
「ウチがもうちょい早く来ていれば……堪忍やで。」
祈りを終えたサクヤは左胸に手をあてた。敵を追おうにも、彼女のダメージも深刻だったのだ。
「サクヤ!無事だったのね!」 「単騎で先行しやはるなんて、無茶が過ぎますえ!」
隊士を引き連れた玄馬ヒサメと谺コトネが駆け付け、斬り込み隊長の無事を確認して安堵する。
「ウチが負ける訳ないやん。最年少やからいうて、子供扱いせんとってや。……せやけど、塹壕部隊は助けられんかったわ。」
「……厳しい戦いになりそうね。」 「そうどすなぁ。凛誠がおるのも、バレてしもうたし……」
女三人は険しい顔で、まだ始まったばかりの戦いに想いを馳せた。
「泣き言いうてもしゃあないで。この戦い、負ける訳にはいかんのや。」
三人の中で最も楽観的で前向きなサクヤは自分を鼓舞した。蝦蟇王に深手を負わせ、手の内もわかった。腹の傷が癒えるまで、あの術は使えまい。
「ウチらが粘ってる間に、カナタはんが来援してくれはったらええんやけど……」
コトネの言葉にサクヤは首を振った。
「エッチ君に頼り切ったらアカン!ウチらがエッチ君の救援に行くつもりで戦わんと飲み込まれてまうで!自分の足で立ち、自分の手で未来を切り拓く!それが凛誠隊士や!」
「そうどすな。サクヤはんの言う通り、ウチらの力を見せたりますえ!」
素質はあってもまだ子供だと思っていた此花サクヤは、頼もしく成長した。私も負けてはいられない、やるべき事をやらないと。玄馬ヒサメは為すべき事を考える。
「私とコトネの隊で足留めの罠を仕掛けましょう。サクヤは先に戻って医療ポッドに。」
バルミット方面に展開する機構軍の兵数は8万6千。対するカプラン師団は7万5千。数的にも劣勢だが、敵の中核には"
機構軍と同盟軍の総力戦、その戦端は遂に開かれた。"飛燕"と"地獄蝦蟇"の決闘は、全土に跨がる大戦役において、ネームドソルジャー同士の初対決となったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます