終焉編4話 夢見の勾玉


※アイリーン・サイド


"……アイリ……我が裔孫にして、私の力を継ぐ子よ……"


厳かな声に導かれ、私は目を覚ます。……いや、私はまだ眠ったままだ。眠りの中で意識と力が覚醒している。


心龍の長い体は、私を守るかのように渦を巻いている。生まれ落ちた時から、私を守護してくれた心優しき龍に名を訊いてみた。


「教えて。貴方の名前は?」


"……アノツ……始祖の龍より別れし枝……かつては人であり、今は人にあらざる者……"


「!!……まさか、アノツって……」


天継あのつ姫……神祖に匹敵する力を持っていたがゆえ、大乱を恐れた帝によって故郷を追われた悲劇の龍姫。天掛家の初代様だ!


この星の古代史と秘文書を研究しているお父さんが言っていた。


「八熾の天狼がそうであるように守護獣は一子相伝にして唯一無二。だが心龍だけは例外だ。心の力を司る龍は枝分かれして分体を持つ事が可能だと考えている。心龍とは個体を指す言葉ではなく、複合体の総称なのだよ。」


ご先祖様が宿った龍が私を守護してくれているのなら、ミコト様を守護しているのは始祖にして最初の龍とおぼしき聖龍様だろう。心龍は少なくとも二体…ううん、神様みたいなものだから二柱おわすのだ。お父さんの推論は正しかった。って言うか、お父さんの分析は常に正しい。分析官としても超一流なのだ。


"……力を継ぐ子よ……私の頼みを聞いてくれますか?……"


「もちろんです、ご先祖様。」


"……ありがとう……天狼殿、この子なら願いを叶えてくれるはずです……"


"……アノツ殿、お心遣いに感謝する……"


心龍とは違う気配を感じたので、そちらに向かって瞳を凝らす。夢幻の世界に一筋の光が差し込み、光り輝く大きな狼の姿に変わった。お兄ちゃんを守護する天狼様に違いない!


ゆっくりと歩み寄ってきた金色の狼さんは私の前で足を止め、頬を合わせてくれた。私は逞しい首に手を回して、しっかり抱き締める。


「はじめまして。お兄ちゃんを守ってくださってありがとうございます。」


"……守っておらるるのは天翔る神狼で、間借りしておる儂ではない……"


「……間借り?」


この狼さんは天狼様のお姿を借りて、私の前に現れたって事なのかな?


"……間借りしておった席も、のでな。もう現世うつしよの様子を見る事も叶わぬ。まあ、孫も息子も上手くやるじゃろう……"


孫に息子!じゃあこの御方は……


「ひょっとして、お爺ちゃん!?」


私と血縁関係はないから違うかもしれないけど……ううん、私は天掛光平の娘。だから八熾羚厳はお爺ちゃんで合ってるもん!


"……可愛い孫よ……爺には心残りがあってのう……"


「お兄ちゃんとお父さんの事なら私に任せて!ママの為にも絶対になんとかするから!」


"……頼んだぞ、きっと上手くいく……心残りとは、の事じゃ……"


もう一人の息子って……牙門アギト!!


「お爺ちゃん、アギト叔父さんはもう……」


"……救えまいし、救うべきではない……じゃが、天狼が月狼を酷刑に処す姿は見たくないのじゃよ……"


八熾の変さえなければ、八熾羚厳がこの星にいれば叔父さんはああはならなかった。立派な当主様として、天狼の加護を得ていたのかもしれない。だけど、そうはならなかった。過酷な運命は、叔父を餓狼に変貌させたのだ。お兄ちゃんは八熾の惣領として、一族殺しの大罪を犯し、さらに罪を重ねた叔父を粛清するだろう。


「……剣狼は氷狼に勝つ、お爺ちゃんには未来が見えているの?」


"……儂は未来を視る目を持たぬ……八熾宗家二千年の歴史においても、アギトと肩を並べる者は片手の指で収まろう……あの剣腕は儂どころか、初代様にすら匹敵するやもしれん……"


それ程の才能を腐らせてしまうなんて……なんて愚かな……


「氷狼アギトは剣狼カナタを倒す為に手段を選ばない、お父さんはそう言っていました。そんな男に情けをかけろと仰るんですか!勝てるかどうかもわからないのに!」


"……案ずるな……アギトが歴代屈指の才能を持とうが、歴代最強には及ばぬ……どんな手を使おうがの……"


お爺ちゃんはお兄ちゃんが歴代最強、そして世界最強だと信じている。私と同じだ。剣狼カナタが世界最強の兵ならば、誰が相手でも負けるはずがない。


「お爺ちゃん、私は何をすればいいの?」


"……死者は生者に干渉してはならぬ。じゃが、にならば許されよう……"


終わった者、か。お爺ちゃんは不憫な息子との惜別の機会を得たいのだろう。


「私が夢見の勾玉を使って橋渡しします。それでいいんだよね?」


"……うむ、よろしく頼む……孫よ、夢見の勾玉には時空を超える力がある……至魂の勾玉には…"


勾玉の秘密を聞き終える前に、私は現実の世界に引き戻されてしまった。未熟な能力者の限界だったらしい。


「お嬢様、目が覚めたようですね。とても愛らしい寝顔でしたよ。」


私は丙丸さんのお膝を借りてお昼寝していたみたいだ。戦場に向かって行軍中なのに、おやつを食べたら眠くなっちゃったんだね。


「うん!とっても楽しい夢を見たの!……乙村さんはなんで仏頂面なの?」


乙村さんは私を抱き上げてお膝の上に乗っけた。


「お嬢様、何度も言っていますが、竹山ちくざんとお呼び下さい。小梅は名前で呼んでいるでしょう?」


「竹山は膝枕ジャンケンに負けたのですよ。バートと小梅がいない千載一遇の好機だったのに、残念だったな。」


お昼寝の時にお膝を貸してくれるのは、いつもバートか小梅だもんね。


「吉松、戦場では背後からの刃に気をつける事です。」


「二人ともファミリーなんだから、仲良くしなきゃダメだよ!」


首から提げた夢見の勾玉から波動を感じる。ご先祖様やお爺ちゃんと引き合わせてくれたこの力が、私にその時を教えてくれるのだろう。運命に引き裂かれた父子の、哀しい対面の時を……


─────────────────────


※カプラン・サイド


「元帥、敵軍は速度を維持したまま、真っ直ぐ向かって来る。途中で合流した部隊と合わせて、総数は6万ってところだ。」


ピーコックの報告が正しければ、数はほぼ同じか。問題は質……普段は出撃しないシティガーダーまで駆り出して増員しているのは向こうも同様だろう。となれば、勝敗は将の優劣で決まる。煉獄と私では、かなり差がある部分だ。


「戦端は我々が開く事になりそうだね。ピーコック、キミは敵軍の動きをどう見る?」


異名兵士"紅孔雀"は、指をポキポキ鳴らしながら吐き捨てた。


「どう見るもこう見るも、クソ忌々しい事にナメられてる!」


「同感だね。我々を与し易いと見て、撃破を急ぎたいのだ。」


「奴らはカプラン師団を速攻で潰して、他の援護に向かおうって腹だ。そうは問屋が卸すもんかい!」


勝てないまでも、他の戦域に兵団を向かわせてはならない。惜敗ならば御の字だ。


「右翼のビロン少将と左翼のダン准将に通信を繋げ。」


「ハッ!」


ル・ガルーのメインスクリーンが二分され、かつては同胞でありながら反目した大貴族と、元は敵軍の将だった男の姿が映る。長きに渡って献身してくれだダン・ヴァン・ゴック准将は言うまでもなく、シモン・ド・ビロン少将も今は味方、二人は私の両腕だ。


「お呼びですかな、元帥。」 「…………」


「ターキーズからの報告では、敵軍は最大戦速でこちらに向かって来ている。我々を早期に撃破し、他方面へ援軍に向かうつもりだろう。」


「舐めおって!そうはさせんぞ!」 「……何としてでも足留めせねば……」


「両将は予定通り、防御陣地の構築を急いでくれ。挑発されても決して乗らぬ事。」


「了解した。右翼はお任せあれ。」 「……任務了解。」


数時間後には砲火を交える事になるだろう。いよいよこの星の未来を賭けた決戦が始まる。


「ペリエ、ピーコック、しばらくここを頼む。ジゼルはついて来なさい。」


文官と武官に艦橋を預け、私はジゼルと一緒に艦長室へ向かった。娘をソファーに座らせた私は自慢の耳で人の気配がないかを探ってから、話を切り出す。


「……本当はおまえを戦地に連れてきたくなかった。だが…」


「親子、兄弟、夫婦で参戦する兵士の気持ちを考えれば、私を例外には出来なかった。お父様は元帥として当然の事をされたのです。娘として、参謀補佐として誇りに思います。」


誇りに思う、か。私も自分を誇りたい。だから貧乏籤を引いたのだ。


「……風見鶏と揶揄された男は、いかに貧乏籤を引かないかに腐心してきた。だが今回は、望んで貧乏籤を引いたのだ。機構軍最強の将帥と戦うなんて、以前の私なら絶対に避けていただろうね。」


「同盟設立の英雄だったお父様は、光を失って迷走したかもしれません。でも、また英雄として立ち上がったのです!後世の歴史家はきっと、お父様の名を"風見鶏"ではなく"論客"と記すでしょう。」


後世の歴史家の評価などどうでもいい。娘に、次の世代に、今よりマシな世界を手渡したいだけだ。カナタ君の表現を借りれば、"程々に妥協の出来る世界"かな?


「おまえが歳を取り、私の評価が定まったら、好意的な本だけを墓前に供えてくれ。」


「うふふ、そのように致します。ところでお父様、私はテムル様に求婚されたのですが、お受けしてよろしいですよね?」


出陣式の前夜、二人で食事に出掛けたようだが、その時にプロポーズされたようだな。


「おまえが良ければね。中原に嫁ぐ事に不安を感じる必要はない、根回しはもう済ませてある。」


ジャダラン前総督も参謀のアトル中佐も、ジゼルの聡明さを買っている。何よりも、テムル総督は強いリーダーだ。異民族を娶る事に氏族が不満を漏らしても、抑え込めるだろう。


「流石は根回し上手のお父様。煮ても焼いても食えない曲者元帥は、この戦いにも何か策がお有りなのでしょう?」


「もちろんだとも。例によって、他人の褌を借りて相撲を取るつもりだ。これから話す事をよく聞きなさい。万が一の場合は、私に代わっておまえが指揮を執らねばならん。」


カナタ君と御堂少将から、戦力と知恵を拝借した。煉獄にひと泡吹かせる準備は出来ている。



……御堂イスカ……盟友アスラの娘……あの件さえ知らなければ、この星の未来を託すに相応しいと信じられただろうに……

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