終焉編3話 茨の一手



ローゼ・サイド


「トーマ!卿が付いていながらローゼ様の身が凶弾に晒されるとはどういう事だ!」


通信越しでなければ、アシェスは胸ぐらを掴んでいただろう。私の安全が脅かされれば、冷静さを保てなくなる。私を大切に想ってくれるが故の悪弊だ。


「…………」


髑髏のマスクは答えない。元々言い訳はしない人だけど、事情が違う。


「アシェス、私が"撃たせなさい"と命じたのです。」


未然に防ぐ事も出来た。だけど、あえてそうしなかった。兄を確実に失脚させる為には、未遂に終わるよりも引き金を引かせた方が良い。


「どうしてそんな危険な事を!万が一が起これば、取り返しがつきません!」


「私が負うべきリスクだからです。将帥の私は、この船の中から薔薇十字の皆に"戦え!"と命じる立場。リスクを負わせる者は、負う者でなければなりません。兄との政争の最前線に立つのは、私でなければならないのです。」


「しかし!」


「アシェス、落ち着きなさい。ローゼ様、もう危険はないのですね?」


まだ納得がいかない顔のアシェスは盟友によって画面端に追いやられた。通信はパラスアテナ、アルバトロス、アイギス、ティルフィング、四隻の陸上戦艦の艦長室で行われている。


「兄は無力化しました。もう後方を脅かす者はいません。残るは前方の敵ですね。」


「カーンとザネッティなど、辺境伯さえいれば、容易に勝てる相手だったはず。ローゼ様、どうして辺境伯のみならず、薔薇十字の主力を半分も陛下の元へ援軍に送られたのですか。戦力を分散すれば、各個撃破の危険が高まります。兵を割いた我々は、3倍近い敵軍と対峙する事になりました。いくら陛下から要請されたにしても…」


私がこの戦いに臨む為に描いた戦略は、アシェスにとって不満が多いもののようだ。


「要請された訳ではありません。必要だと思ったから、辺境伯にお願いしました。アシェス、父上が率いる兵達も帝国市民である事を忘れてはいけません。彼らが戦う相手は、未だ敗れた事がない"軍神"イスカと同盟最強のアスラ部隊。マトモにやり合えば父の敵う相手ではないのです。」


帝国の誇る宿将、"火山の"バーンズでも、あの天才が相手では、引き分けも望めない。老練さでは天賦の才には及ばないのだ。ならば、打つべき手は一つしかない。


「陛下にはヴァンガード団長と叔母が付いています。それでも敵いませんか?」


「はい。神盾と剣神を擁してなお、父は再来した軍神には及びません。ゴッドハルト・リングヴォルト元帥だけではなく、この時代に生きる全ての将帥は不運だったのです。」


クエスターは考える素振りを見せ、アシェスは迷う事なく断言した。


「不運…ですか?」 「私は幸運です!ローゼ様と同じ時代に生きているのですから!」


「私もアシェスとクエスターが傍にいてくれてとても嬉しい。不運というのは、時代に一人であるべき才能。不世出の将が六人も同じ時代にいる事です。」


本当に恐ろしい時代だ。私にとっても彼らにとっても。


一人であれば時代を制した彼らは互いに噛み合い、数多の名将良将は不世出の将が放つ光の前に霞んでしまう。


「面白そうな話ですなぁ。ローゼ様、ぜひ不世出の将六人の名を挙げて頂きたい。吾輩は興味津々です。」


「クリフォード、中立都市の協力は取り付けられましたか?」


薔薇十字の外交官であるクリフォードは先遣隊より更に先に、戦域予定地周辺の中立都市との折衝を行っていた。


「もちろんですとも。それで、その六人とは?」


「一人は我ら薔薇十字の指南役、"死神"トーマ。」


私が名を挙げると、髑髏のマスクは口元に笑みを浮かべながら画面から消えた。


「おいトーマ、照れ臭いのはわかるが逃げるな!まったく、しょうがない男だ。」


「アシェスも妥当だと思うでしょう?」


ではなく、ですね。トーマに勝てる者など、現在どころか過去にも未来にもいない。」


そこまで評価しているのなら、もう少し素直におなりなさい。


「もう一人は機構軍の常勝軍人、"煉獄の"セツナ。彼が皇帝であれば、とっくに戦争は終わっていたでしょう。」


「……そうかもしれませんね。私も剣や戦術には自信がありますが、彼に勝てるとは思えない。」


いくら謙虚で控え目な性格だといっても、"帝国の剣"と謳われるクエスターに、勝てないと思わせるのは流石だ。実際、朧月セツナは戦闘でも戦術でも負けた事がない。彼が厄介なのは、天才戦略家でもあり、野心家でもある事だ。


「もう一人は燃え尽きるまで戦う闘士、"熱風公"ロドニー。」


これには黄金、真銀、赤銅の騎士は首を傾げた。


「確かに優れた兵であり…」 「戦術家でもありますが…」 「左様。不世出とまでは……」


「以前の熱風公なら私も名を挙げませんでした。ですが、今の彼は違います。何があったのかはわかりませんが、もはや肉体も精神も私達とは別種の生き物。過去も未来も夢も希望も、闘争本能のたきぎにしてしまうでしょう。」


出征式で公爵と会った者は、頬肉の削げた異貌に驚愕していたけれど、私が感じたのは驚きではなく既視感。忘れもしない、私が最初に遭遇した完全適合者、"人斬り"トゼン。戦う為に生まれた男が持つ独特の雰囲気が、今の熱風公からは感じられる。単独戦闘で機構軍を震え上がらせる人斬りトゼンの同類が、戦術まで弄するようになったら……不世出と評するしかないだろう。


「もう一人は同盟軍の常勝軍人、"軍神"イスカ。朧月セツナと同じで、彼女が同盟軍の指導者であれば、この戦争は終わっていました。さらに言及するならば、朧月セツナの描く戦後は"支配と従属"でしかありませんが、御堂イスカの描く戦後は"競争と繁栄"であろう事です。」


御堂イスカの稀有な点は、天才軍人でありながら天才政治家であり、さらに天才企業家でもあることだ。朧月セツナの思想からは"民生の活発化"が抜け落ちている。煉獄の考える"秩序"とは"統制"に他ならず、それは経済分野にも適用されるだろう。統制経済が活況を呈した事はない。無神論者だが清教徒気質な彼が覇権を握れば、綺麗な世界を実現するべく、ギャンブルなど全廃してしまうだろう。


軍神の考え方はもっと柔軟だ。彼女は欲望を否定しない。むしろ欲望こそが活性に繋がると考えるタイプだ。財閥のオーナーでもある御堂イスカは、奢侈な生活を送っているが、慈善事業にも熱心だ。才ある者が、稼いだ金を派手に使えば、社会全体に還元される。彼女が許さないのは、義務の放棄と汚職だけだ。人間の才能を数値化して合算すれば、世界最高得点を叩き出すのは彼女だろう。


他人を羨んでも仕方がないけれど、私に彼女のような才能があれば……


「ローゼ様、次の一人を教えて頂けますかな?」


あらゆる方面に隙が無い女傑の事をついつい考え込んでしまった。クリフォードに促された私は、次の名前を挙げる。


「もう一人は戦場の伝説、"災害"ザラゾフ。戦略的劣勢を武勇と戦術で覆すなんて力技を、何度も演じました。どんなに強く、率いる軍が精強でも、戦略が伴わねば敗れるが必定。しかし、彼だけは別です。軍学を尊ぶ者にとって、頭の痛い例外として記されるでしょうね。」


逆の事例なら枚挙に暇がない。強力な個が率いる精鋭軍団を戦略と策謀で倒す、当たり前の話だ。古来より、戦場での図式は、戦略>戦術>武勇。だけど災害ザラゾフは逆の図式で戦場に君臨している。この一点だけでルスラーノヴィチ・ザラゾフは、歴史上に類のない"異端の将帥"として、その名を刻まれるだろう。


「軍神アスラを失った同盟軍が、二代目軍神が台頭するまで持ち堪えられたのは、ひとえに災害ザラゾフの働きによるものですからね。私も敗死の目前まで追い詰められましたし、不敬を承知で申し上げれば、大国を率いる皇帝も大王も人間災害を倒せなかった。」


災害と直接戦った事があるアシェスは、人外の力を目の当たりにしている。結局、災害を退けたのは同じ人外の少佐だった。ザラゾフ元帥が油断していなければ、天変地異レベルの激戦になっていただろう。


「……最後の一人は英雄殺しの風雲児、"剣狼"カナタ。彼は軍神や煉獄のような超人でもなければ、死神や災害のような人外でもない。ですが、この星の未来を変えるのはきっと彼でしょう。」


魔女の森で出逢った時に感じたのは可能性。だけど今なら確信を持って言える。



……この星を救うのは天掛カナタだ。どうか私の夢が、この想いが、彼に届きますように……

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