第十六章 終焉編

終焉編1話 死んで花実が咲くものか



※シーグラム・サイド


王都の貧民街で育った俺にとって、金ピカの装甲コートを纏い、これまた羽振りの良さげな従卒を連れて街を闊歩する王国騎士の姿はこの上なく眩しく見えた。


俺が同じ境遇のガキどもと違っていたのは、憧れを憧れのままで終わらせない意志を持っていた事だ。必ず騎士になって王都に凱旋する。そう決めた俺は十五になった日から三年間、僻地の鉱山で働きながら金を貯め、引退した老騎士・シーグラム卿に師事して剣術を習った。


息子に先立たれた老騎士は、俺の事を気に入ってくれたのだろう。養子にならないかと言ってくれたが、俺は答えを留保した。シーグラム卿の養子だから騎士になれた、ではなく、騎士叙勲を受けた青年がシーグラム卿の養子になった。こんなこだわりは、他人から見ればバカみたいに見えるだろうが、俺にとっては大事な事だった。


家柄のない俺が騎士になる道は唯一つ、ロードリック領で開催される剣術トーナメントで優勝する事だ。ロードリック家はもともと尚武の気風が強いお家柄だが、俺よりちょっと年上の新当主様は、武辺狂と揶揄される程の武芸好きだった。年に一度行われる御前試合で優勝すれば、出自に関係なく騎士として召し抱えられる。準優勝には何もない。"勝者の総ウィナーテイクス取りオール"がロードリック公ロドニーの美学ポリシーなのだろう。


俺は順調に予選を勝ち抜き、苦戦しながらも本選決勝まで勝ち進んだ。剣術トーナメントと銘打たれていても、武器は自由で希少能力も使っていい。剣術だけしか頼れるものがない俺だったが、それでも優勝出来ると思っていた。老騎士に学んだ剣は、俺の予想以上に強かったからだ。足を引っ張ったのは、予想以上に伸びなかった背丈(161センチ)だった。


二年連続で決勝まで進みながら準優勝に終わった俺は、自分の限界を悟った。小兵の俺には、重さで潰し斬る騎士剣術は向いていない。上を目指すにはプラスαが必要なのだ。悩む養子候補に、シーグラム卿はアドバイスをくれた。


"龍ノ島に渡り、刀に触れてみるといい。私の戦友が朧京で剣術道場を開いているから紹介状を書いてやろう"


俺はシーグラム卿の助言に従って、古流剣術を学ぶ為に龍ノ島に渡った。突き技を主体とする心貫流は、瞬発力と持久力が取り柄の俺にベストマッチし、本物の強さを身に付ける事が出来た。


留学から二年、皆伝位を授けられた俺はロンダル島に戻り、引き立て役から主役になった。トーナメントで優勝した俺はロードリック家に召し抱えられ、晴れて"王国騎士、アルバート・シーグラム"となったのだ。


さらに幸運は続いた。研修を終えた俺が配属されたのは"ホーネッカー中隊"だったのだ。"殺人蜂"の異名を取るホーネッカー中尉は刺突剣エストックの名手で、心貫流とは違う突き技を学ぶ事が出来た。留学先で学んだ東方の兵法に、中尉から学んだ近代戦術を組み合わせた俺は、指揮官としても戦果を上げ、自分の部隊を持つ事が出来た。


……だが運命ってのはわからんもんだな。まさか、かつての上官の娘を部下に持つ日が来るとは思わなかった……


──────────────────


「次!グズグズしないでかかってきなさい!」


殺人蜂の面影がある娘は、突きの連打で同僚を仕留め、おかわりを所望する。これから戦地に向かう陸上戦艦の中でも訓練は続けられた。には無駄に出来る時間などないのだ。


「どうした!私達は兵士よ!譲り合いなんてしてて任務が遂行出来る訳ないでしょう!」


苛立った娘は声を張り上げたが、兵学校から緊急動員された少年兵達は顔を見合わせ、誰も挑もうとはしない。ガキどもの気持ちはわかる。殺人蜂の娘は彼らより頭二つは飛び抜けていて、学ぶ事もなく叩きのめされるだけだからだ。


「イヴリン、俺が相手になろう。」


「ハッ!光栄であります!」


敬礼してから刺突剣を構えるイヴリン。その姿はかつての上官を彷彿させた。


「上官相手に遠慮はいらん。切り札も使え。」


「……よろしいのですか?」


なんとまぁ、俺を負かす心配をしてやがるのか。


「おまえには"格の違い"を教えておく必要がありそうだな。親父からもらったオモチャを使え!これは命令だ!」


イヴリンは兵学校の二年生、まだ17歳だ。若いってのは恐れを知らないって事でもある。校内では無敵を誇ったであろう逸材に、怖さを教えておくのは熟練兵ベテランの仕事だろう。


「私の"複眼"はオモチャじゃない!ホーネッカー家に伝わる最強の邪眼だ!」


左目をトンボのような目に変化させたイヴリンは、前傾姿勢でダッシュしてきた。刺突剣による猛ラッシュを訓練刀でいなしながら、足を引っ掛けてやろうとしたが、紙一重で躱される。


「見える!大尉の動きが全て見えるわ!」


「初手でわかった気になってしまうあたりが青さだな。」


複眼は文字通り、トンボの目だ。多角、広角に敵の動きを捉えられる。遠近は普通の右目との併用で補えるから、こと白兵戦においては強力な武器になる。希少能力のない俺からすれば、羨ましい切り札だ。


「雀蜂の針を見せてあげる!とりゃあっ!せいっ!やあっ!」


親父から習ったであろう突きの連打、だが俺には通じない。俺も突き技を得意とする兵士で、おまえより年季が入ってるんでな。手数もキレも本家に比べれば、まだまだ甘い。自慢じゃないが、こちとら軍に入ってから突き合いで負けた事は一度しかないんだ。


「どうしたヒヨッコ。この程度のラッシュで息が上がってるようじゃ、親父の足元にも及ばんぞ?」


かなりの心肺能力を持っているが、動きに無駄がある。跳んだり跳ねたりを多用し過ぎだ。


「うるさい!私は、私は父さんの仇を討つんだ!そして雀蜂部隊の栄光を取り戻す!」


……異名兵士"殺人蜂"ホーネッカーは、苦楽を共にした指揮中隊ごと同盟の"軍神"イスカに殺された。中核部隊を失ったキラーホーネット大隊は解体、残存兵士は他の部隊に吸収された。イヴリンは父の仇を討ち、雀蜂の徽章を復活させたいのだろう。


「殺人蜂を斃したのは兵士の頂点、完全適合者だ。仇を討ちたいなら俺程度は軽く退けないと話にならんぞ!」


こうして実際に手合わせすると、イヴリンの素質の凄さがよくわかる。実戦経験ゼロの兵学校生徒が、適合率83%の異名兵士"百舌鳥"に手段を選ばせているのだ。


「まだまだぁ!速く、高く、多方向から蜂のように刺すべし!」


気合いの入ったフェンシングは俺にいなされているが、俺の突き技もイヴリンを捉えられない。剣の技量も念真力の練り上げ方も俺が上だが、複眼による多角、広角視界で攻撃を見切られている。身体能力、特に反射神経は親父より上のようだな。


「……10分、それが今のおまえの限界らしいな。」


「……はぁはぁ……まだよ……まだ……」


上下左右にアクロバティックに動く戦闘スタイルはスタミナの消耗が激しい。複眼を使えば、多重映像の処理で脳に負荷も生じる。思った通り、イヴリンは持久戦に弱いのだ。奥義や秘技の類を使わず、長丁場に付き合ったのは、最大の弱点を自覚させ、克服させる為だ。


動きの鈍った女蜂を仕留めるのは容易い。狙いすました突きを食らって吹っ飛ばされたイヴリンは、仰向けに倒れて立ち上がれなかった。俺と同じで典型的なフェンサータイプ、タフさはさほどでもないらしい。


「筋はいい。おまえが若年兵の指揮を執れ。だが、俺の部下である以上、死に急ぎは許さん。」


「……サー……イエッサー……」


あと五年、いや、三年あれば、イヴリンは俺より強い兵士になれるだろう。だが……イヴリンの才能が開花しても、剣狼や軍神のような怪物に勝てるとは思えない……


今の俺に出来る事は、ヒヨッコどもを死なせないようにするぐらいだろう。まったく、半人前まで戦場に駆り出すなんて、上は何を考えてるんだ。


──────────────────


訓練場を出た俺は、長丁場で乾いた喉を潤す為に食堂に向かった。強化ガラス越しに見える赤茶けた大地は、降り注ぐ細雨を吸い込み、汚泥と化している。


……雨が降る日は古傷が疼く。半年前に接合された利き腕、その疼きは敗北の記憶。俺にとっては苦い思い出だ。


「外の曇り空より辛気臭い顔してんなぁ。百舌鳥の旦那、これから決戦が始まるんだぜ。」


ジャンゴ兄弟ブラザーズの三男は、ビールの小瓶を片手にどっかりと真向かいの椅子に腰掛けた。


「辛気臭い顔にもなるさ。その決戦とやらに、ガキどもを引率せにゃならんのだ。」


「旦那はケッタイなモン飲んでるねえ。どこの酒だい?」


弟の隣の席に座った次男は、愛用の茶器を覗き込んで来る。


「これは酒じゃない。抹茶だ。」


世間話に付き合う気分じゃないが、これから共に戦う異名兵士と揉めてもつまらん。粗野で学のない二人だが、この二人は頼りになる戦力だ。


「ロンダル人のトレードマークは紅茶じゃないのかい?」 「俺らアトラス人はビールかコーラだけどよ。」


「紅茶は金持ちロンダル人のトレードマークだ。育ちの悪い俺とは無縁さ。」


恋人にするなら抹茶を点てるのが上手い女がいい。俺の手前はお世辞にも褒められたもんじゃないからな。


「アルバートだって養子とはいえサーの称号は持ってんだろ。」


リボルバーを二本差ししたガンマンが、弟の姿を見つけて近付いて来た。


「バイロン、俺はシーグラム卿の息子になりたかっただけで、貴族の子になりたかった訳じゃない。」


ジャンゴ兄弟の長男、バイロン・ジャンゴとはファーストネームで呼び合う仲だ。視界を共有する次男のブライアンと三男のブルーノは、バイロンの指揮と援護があれば滅法強い。奇しくも、剣狼に負けた者同士で仲良くやってる訳だ。


「だろうな。生まれながらの貴族、マスグレイブ家のお嬢様が、アルバートを呼んできてくれだとさ。」


「やれやれ、あのお嬢様まで"父の仇を討ちたい!"なんて言い出さないだろうな。」


"殺人甲虫キラービートル"マスグレイブを斃したのは案山子軍団の"鮮血のブラッディ"リックとお仲間の"強堅マイティガード"ピエールだ。ピエールはまだしも、今のリッキー・ヒンクリーには俺でも勝てるかどうかわからんし、勝てたとしても、奴らを斃せば剣狼が黙っちゃいない。


「お嬢様は自分が神輿である事を知っている。指揮権をアルバートに委ねたいって話だろうぜ。」


マスグレイブ卿は王国最強のサイボーグ騎士と謳われた凄腕だったが、娘の方は凡庸だ。彼女が戦時特例による配置転換を免れたのは、バイロンが所属兵士の署名を集めて、ロードリック公に嘆願した結果に過ぎない。


俺は誰が上官でも構わなかったんだが、バイロンは"嘆願書はアンタが持ってってくんな。公爵は百舌鳥を気に入ってそうだ"なんてほざいて、面倒を押し付けやがった。


「大方、おまえがそうすべきだって進言したんだろ。」


兄弟の司令塔だけあって、バイロンは頭が切れる。オマケに口も上手いから、交渉もお手のものだ。


「これから災害ザラゾフ率いる同盟軍主力部隊とガチ喧嘩だぞ。だったら、一番デキる奴に指揮を執ってもらいたい。兄弟も部下も、死なせたかねえからな。」


お嬢様に部隊を引き継がせたのは、身代金を積んでもらった恩義に報いる為だけじゃなく、部隊を牛耳る下心もあったらしい。だったら自分でやればいいだろうに……


「評価されるのは悪い気はしないが、俺がデキる奴だとは限らんだろう。」


「少なくともマスグレイブ隊では一番だ。俺らがとっ捕まった剣狼相手に逃げ果せたんだからな。」


「逃げ果せたんじゃない。見逃されたんだ。俺は片腕の使えない剣狼に完敗したんだよ。」


「三人掛かりで惨敗したジャンゴ兄弟よりは上さ。なあアルバート、俺はアンタを買ってるんだ。目一杯補佐すっから、頭を張ってくれ。」


……やってみるか。俺もバイロン・ジャンゴ中尉を買っている。だったら売買は成立してるはずだ。


「バイロン、俺は剣狼に負けた時、"超えられない壁"の存在を痛感した。それまでは、心のどこかで世界最強への夢を持ち続けていたんだ。」


今は無理でも歩み続けたその先には……そんな漠然とした、淡い希望は怪物によって打ち砕かれた。一つしかない世界最強の椅子は、俺の手の届かない高みにある。


「超えられない壁、か。確かに生まれ変わってもあの怪物にゃ勝てると思えねえ。」


「この世界は俺達みたいな凡夫を阻む、堅固な壁で覆われている。だったら壁の中で足掻くしかないだろう。まずはこの戦争を生き残るぞ。」


「壁ん中でどんな花を咲かせるかは、その後で決めりゃいいってか。決まりだな!」


龍ノ島には"死んで花実が咲くものか"という言葉がある。気の合う友にその弟、跳ねっ返りだが将来が楽しみな部下。皆を死なせない事が、凡夫の騎士道だ。



俺を負かした男を見習って、人生に彩りを添えてみるか。この戦いが終わったら、抹茶を点てるのが上手い女を探そう。舞踊が上手けりゃなおいい。

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