結束編24話 黒幕は幕引きを待ち望む
「短い間だったが、本当に世話になった。研究所や照京動乱で死なずに済んだのはキミのお陰だ。ゆっくり休んでくれ。……ありがとう。」
仮初めの体に別れを告げ、仮死状態から安らかな眠りに旅立たせる。コールドスリープポッドに収められた実験体は、秘密施設の地下深くで永遠の眠りについたのだ。
「プロフェッサー、早速ですが身体能力をテストさせてください。」
遺体を収納したポッドが封印区画に到達した事を確認したサワタリ所長は、私に感慨に耽る暇を与えるつもりはないようだ。
「またかね? 憑依する度に測定していたのだから、数値は変わっていないと思うが……」
睡眠時間以外は常に研究&研究、官僚時代の私もかなりの
「憑依と転移では違いが生じるかもしれません。このデータは今しか取れませんから。私の推測が正しければ、軒並み数値が上昇しているはずです。同じ車種でもレンタカーとマイカーでは性能が異なるでしょう?」
「心転移の術を解明したところで、公表はもちろん実用化も出来ない。これは御門一族の門外秘とすべきものだ。」
この秘術のお陰で家族は助かったのだから文句を言ってはならないのだが、正直に言えば失伝してしまった方が良い術なように思う。クローン技術が確立された惑星テラでは、不老を可能にしてしまうのだから。
人は老いて死ぬべきだ。だから風美代と私の新しい体は、肉体年齢を30代後半にしておいた。信念に基づくなら実年齢に合わせるべきなのだが、老いの影が忍び寄る体で戦うのは、実戦経験に乏しい私達には危険過ぎる。理想と現実を考えての、苦肉の折衷案だな。まあ新手のアンチエイジングに成功したとでも思っておこう。
そして少し前に埋葬を済ませた風美代の最初の体と私の仮初めの体は、もう誰の目に触れる事もないだろう。
「実用化なんて考えていませんよ。取得したデータは私の脳内で留め、決して外部に漏れないようにします。」
「データはあくまで、私が本来の体の戦闘能力を把握する為、かね?」
「プラス、私の趣味ですね。訓練場で三羽ガラスがスタンバイしています。直ぐに始めましょう。」
「まさか三対一ではあるまいね?」
ケリーに鍛えられたバートと三羽ガラスは見違えるように強くなった。職人型兵士の最高峰であるケリコフ・クルーガーは、最高峰の
"今の三羽ガラスならオコーナーと一対一で戦えるだろう。バートはエスケバリと互角に勝負出来る。マリアン相手だと厳しいがな"
機構軍最強のゲリラ部隊幹部とほぼ同等か。いくら本来の体に戻ったとはいえ、ケリーが手塩にかけて育てた三人と、多対一で戦えるとは思えない。身内としては頼もしい限りだが。
「一対一の三人掛けです。教授、身体能力の低下が深刻であれば、出撃は考え直してもらいますからね!」
なるほど。所長の本音はそこだったか。私の身を案じてくれたのだな。
「もちろんだ。足手纏いになるようであれば、リグリットに残る。」
同盟軍も首都を進発し、最後の戦いの火蓋は切られた。もう秘密拠点のデスクでふんぞり返ってる場合ではない。負けたら終わりのこの局面、私もカナタと共に戦う時が来たのだ。
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「身体能力の低下を念真強度の向上が補ったカタチだな。辛勝とはいえ三羽ガラスを退けたなら、足手纏いにはならんだろう。だが教授、戦場では俺の指揮に従ってもらうぞ。」
やれやれ、紙一重の勝利ではあったが、
「うむ。パワーとスピードは低下したが、待ちの剣術を得意とする私は、念真強度が高い方が持ち味を発揮出来るようだ。」
「仮面の軍団にようこそ、新入り。これがルーキーさんのマスクだ。」
ケリーから狐の面を手渡される。これで私もマスカレイダーズの一員という訳だ。ん? ケリーはもう一つお面を持っているようだが……
「ケリー、その小さな兎面はまさか……」
「聞くまでもないだろう。他に誰がいる?」
「アイリは風美代と一緒に首都でお留守番だ。戦場には連れて行かない。」
「コウメイ、私が留守番を交代しました。出撃枠を賭けた一騎打ちで負けてしまったので、致し方ありません。」
娘と一緒に訓練場に入ってきた相棒が、肩を竦めながらそう告げてきた。
「バート、アイリから持ち掛けられたのだろうが、勝手な事をしないでくれ。同盟軍と機構軍が雌雄を決するこの戦いは、これまでの戦役とは訳が違うんだ。追い詰められた機構軍は何を仕出かすかわからない。屍人兵の投入なんて序の口で…」
「だからこそです。尋常に戦えば、もうアイリは私よりも強い。そして私は、尋常ではない戦いに向いています。カナタさんから帝の警護を頼まれているのでしょう?」
最終最後の総力戦になると睨んだミコト姫は、側近の冥土ヶ原メイに自身の船"煌龍"を委ね、メイド部隊の前線投入を決断した。陸上戦艦の一隻も余す余裕はないという判断だ。ザラゾフ夫人もミコト姫と同じく、グラゾフスキー大尉の率いる警護部隊を出撃させている。そしてカナタは、手薄になったミコト姫とザラゾフ夫人の警護を私に依頼してきた。
「それはそうなのだが、甲田クンと精鋭隊員が付いていれば…」
「リグリットは同盟軍の首都です。機構軍が何か仕掛けて来るにしても、ミコト姫とザラゾフ夫人の滞在する迎賓館に力攻めなんて不可能ですよ。それが出来るようなら、とっくの昔にトガ元帥なんて死んでます。恐れるべきは…」
「暗殺だな。」
「そういう事です。私は元殺し屋、暗殺への対処なら自信があります。甲田女史と一緒に龍姫と貴婦人を守ってみせますよ。」
確かに、甲田クン一人に任せるより、経験豊富なバートもいた方がいい。ミコト姫やザラゾフ夫人に万が一があれば、同盟軍は大混乱に陥る。一匹狼の殺し屋だったバートが警護役として首都に残り、"達人"トキサダの下で兵法も学んだメイさんと手練れの帝国騎士だったレオナさんが前線に出る。この方が合理的だ。
「……アイリ、お父さんと一緒に戦ってくれるかい?」
アギトにカイル、そして最後の兵団。あの人でなし共との決戦にまだ幼い娘を連れて行くべきではない。だが、別格のケリーを除けば、ファミリーで最大のポテンシャルを秘めているのは……
「うん!アイリもお兄ちゃんやお父さんと一緒に戦う!」
迷う事を知らない瞳でアイリは答えた。心龍の加護を受けし娘の強さを信じよう。リリス君と同じで、アイリも特別なのだ。闘争となれば、子供扱いすべきではない。
「ありがとう。……風美代はいい顔をしないだろうな。」
風美代もなかなかの上達を見せているが、三羽ガラスには及ばない。だから私が不在の間、この秘密拠点を任せる事にしたのだ。
「ママは心配そうだったけど、"光平さんを守ってね。みんなで無事に帰って来るのよ"だって!」
「……そうか。私からも出立前に話をしておくよ。」
私の掴んだ情報によると、機構軍は※督戦官まで任命してこの戦いに臨んでいる。双方が限界まで力を出し尽くす決戦なのだ。ならば私も、出し惜しみはしない。娘と共に戦おう。
「話はまとまりましたね。では甲田女史、迎賓館に向かいましょう。」
「ええ。バートがいてくれるのは心強いわ。留守番は歯痒いけれど、要人警護も重要な任務だものね。」
龍姫と貴婦人の護衛部隊はもう出撃した。迎賓館を手薄にしておくのはマズい。二人と選抜隊を一刻も早く向かわせた方がいいだろう。
「バート、これが割り符だ。話はカナタから通してある。」
息子から届けられたコインを相棒に手渡す。ニッケル硬貨をチョコレートみたいに二つに割るとか、どういう握力と腕力をしているのだか……
「教授、出撃は30分後だ。おミヨさんに挨拶するなら今の内だぞ。」
ケリーはそう言って訓練場を後にした。一礼した丙丸クンと乙村クンも指揮官の後に続く。
「了解だ。アイリ、ママに挨拶してこよう。」
「うん!」
地下アジトのリビングで、風美代はいつものようにイチゴジャム作りに励んでいた。体を乗り換えたとはいえ、後ろ姿は全く変わらんな。
「……光平さん、いよいよね。」
「うむ。行って来るよ。」
妻を振り向かせて、軽く唇を合わせる。
「あら、目尻の皺が気になったかしら?」
指先で涙を拭き取った私に、風美代はおどけながらそう言った。
「若いキミも綺麗だったが、やはり今のキミの方が素敵だよ。」
仮初めの体と憑依した体の間は、風美代と口吻するのをずっと我慢していた。妻と愛を交わしていいのは、本物の私だけだ。もう乗り換える事のない体で私と風美代はしっかりと抱き合った。黒幕稼業もこの戦いで幕引きだ。
「別れのキスにはしないでね。……必ず、必ず無事で帰ってきて……」
「約束するよ。必ず生きて戻る。私もアイリもファミリーもだ。」
昨晩、妻と話し合って決めた。講和条約が結ばれた日に、黒衣を脱ぎ捨てカナタと再会すると。私と風美代がやや若いが年相応の体に宿ったのは"老いて死ぬ"というポリシーの為だけではない。
息子と家族に戻れた時の違和感を少しでも減らしたい。戻れなかったとしても、私と妻はカナタより先に天寿を迎えるべきなのだ。それが親として、人として、あるべき姿だろう……
※督戦官
逃亡兵を背後から射殺する部隊を督戦隊と言います。督戦官とは督戦部隊の指揮官です。
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