結束編23話 出陣式
「「「同盟軍将兵に加護と栄光あれ!」」」
帝を中心にした宗教指導者達がそれぞれの神に祈りと祝詞を捧げた後、軍楽隊の演奏が始まった。大勢の市民が見守る中、首都を進発する兵士達が軍靴を揃えて行進する。
"神仏を尊びて神仏を頼らず"、宮本武蔵の言葉を信念にしているオレだが、自分の信条を他人に押し付けるつもりはない。神仏の加護を信じて力を増す兵士だっているのだ。
考えてみれば、地球にいた頃のオレは宮司の家に生まれながら無神論者みたいなもんで、何かを敬う心を持ってはいなかったな。今は、爺ちゃんと同じ天照神の氏子になっている。巫女王の身内が無神論者ってのは世間的にマズいってのもあるが、この星に来て"敬う心"が芽生えた。人や物だけではなく、神仏を敬う心もだ。
無神論者のリリスに言わせれば、"神様とやらが実在するなら、こんなふざけた世界になってないはずだし、実在しても何もしないで見てるだけなら存在価値なんてない。つまり、いないのと同じよ。
とはいえオレも、苦難に遭う度に神様に向かって"グーで殴ってやる!"とか毒づいてた不埒者でもあるが。ま、不埒者や小者を愛で慈しんでこその神様だろうとは思うんで、特に改めるつもりはない。敬い奉りながら、時には理不尽な怒りをぶつける。そんな向き合い方がオレには合ってるようだ。
「大龍君、大司教、大僧正、我々の為に祈りを捧げてくださってありがとうございます。」
信徒の多いお三方に御礼を申し述べてから、出陣式に駆け付けてくれた他の宗教指導者達にも感謝の言葉を綴る。みんな仲良く談笑してるっぽいので、少なくとも同盟領は宗教対立とは無縁らしい。
挨拶を終えたオレはお三方のところへ戻り、暇を告げるべくお辞儀した。
「龍弟公、機構軍にもジェダス教徒は数多くいます。次の祈りは…」
大司教の言葉を大僧正が引き継いだ。
「平和の到来を感謝する祈りにさせてくだされ。」
ジェダス教の大司教も、アミタラ教の大僧正も戦いを憂いている。同盟軍から保護されている立場上、戦勝祈願の式典には出て来ざるを得ないが、決して本意ではないのだ。
「はい。流血はこれで最後にするつもりです。」
アスラ元帥の偉業の一つに"政教分離の徹底"がある。同盟軍が設立された頃は、政治に口出ししてくる生臭さ神父や生臭さ坊主がかなりいたらしいが、軍神は政治と軍事に宗教勢力の介入を許さなかった。硬軟と財を交えた見事な手腕で、政治と宗教を完全に切り離したのだ。おそらく、硬は災害閣下、軟はカプラン元帥、財はトガ元帥が担当したのだろう。
真っ赤な顔で聖戦を唱え、機構兵を煽ったあちらの教皇様に、こちらの宗教指導者達の敬虔なお姿を見せてやりてえよ。ま、両大国の後押しで掴んだ教皇の椅子だ。皇帝と国王の意向に逆らえる訳がないよな。
……待てよ。オレは天照神アマテラス、マリカさんは火乃神カグヅチ、ナツメは迅雷神ナルカミ、シオンはジェダス教の信徒だ。無神論者のリリスはさておき、見事にバラバラ。好きなコ全員嫁計画が成就したら、結婚式には全宗派の祭司を呼ばにゃならんのだろうか……
「そこにアミタラ教徒も加えようとか考えているのではありませんか?」
見る角度によって色が変わる目、心龍眼を光らせた姉さんに顔を覗き込まれて我に返った。
「ちょっ!? 姉さ…大龍君、不意討ちで心龍眼はヤメてください!アミタラ教徒って誰の事ですか!」
「カナタさんのお師匠様です。」
あー、そういやシグレさんはアミタラ教徒だったな。新兵だった頃に※
「帝ちゃんよ、戦の前だ。小言は帰ってからにしてやれ。」
「うふふ、それでは閣下のお顔を立てておきましょう。……カナタさん、ザラゾフ元帥、どうか御無事で……」
なんちゃってジェダス教徒の災害閣下は、分厚過ぎる胸板を張ってふんぞり返った。
「フフフッ、祈るなら武運にしてもらおうか。剣狼、この戦争を終わらせに行くぞ!」
「はい。それでは姉さん、行って参ります。」
国家元首に敬礼してから踵を返して、広く大きな背中を追う。この戦争が終わった時に、オレの背中を追う誰かが現れるのだろうか……
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ザラゾフ・サイド
出征するルスラーノヴィチ・ザラゾフはその乗艦、青鳩を搭載する際に大改修が施され、今や自由都市同盟軍・総旗艦となった"
「あなた、ご武運を。」
侍女二人と一緒に重い斧槍を手渡した妻は、夫の無事を祈ったりしない。人型災害と恐れられる豪傑に長年連れ添った女は、無事を祈る事は男の無敵を疑う事だと知っていたのだ。
「……うむ。勝利報告を楽しみにしておれ。」
「あなた、どうかなさいましたか?」
愛する夫の些細な変化にも敏感な妻は問うたが、ザラゾフは笑って首を振った。
「なに、戦争もこれで終わりかと思うと些か寂しくてな。京司郎、サンドラは家内に預けい。」
「はい!お嬢様、元帥閣下が御出陣ですよ。僕も閣下にお供しますから、よい子で帰りを待っててくださいね。」
アレクサンドラ・ザラゾフは祖父の顔を指差しながら、天使のような笑顔を見せた。
「りぇふ!※うらー、りぇふ!」
舌っ足らずな可愛い声は兵士達を和ませる。祖母に抱かれた孫娘の頭を武骨な手で撫でながら、ザラゾフも笑った。
「そうだ。ワシとアレックスは"ザラゾフ家の
新妻との抱擁を終えた息子は、父と共に愛娘の頭を撫でた。
「娘よ、おまえの為に俺と親父で戦争を終わらせてくる。では白髪髭の老獅子閣下、そろそろ出掛けようか。」
「フン!尻の青い若獅子めが、口だけは一丁前になりおって。」
「青二才は卒業した事を戦場で見せてやるよ。好き勝手に暴れ回る親父殿のお陰で裏方ばかりやってきたが、そろそろ俺の時代だからな。」
「……もうおまえの時代だ。皆、よく聞け!!本日、この場からアレクサンドルヴィチ・ザラゾフがザラゾフ家の当主だ!!有翼獅子の旗を仰ぐ精鋭達よ、新たな当主に剣を捧げよ!!」
ザラゾフの言葉を聞いた近衛兵達は、腰のシャシュカを抜いて胸の前に掲げた。
「おい、親父!いきなり何を言い出すんだ!決戦前に兵を混乱させて…」
「兵の顔を見ろ、誰も混乱などしておらん。」
ザラゾフが言った通り、ルシアンマフィアの顔に戸惑いはない。ルスラーノヴィチ・ザラゾフの後継者はアレクサンドルヴィチ・ザラゾフに決まっている。ザラゾフ家の嫡男であり、器の広さと強さ、獅子の志においても、"烈震"アレックス以外に忠誠を誓う相手はいないのだ。
「おまえにザラゾフ家を背負う覚悟が、時代の先を歩く覚悟があるかを試されておる。我が子よ、若き有翼の獅子よ。おまえの覚悟を示せ!」
異名兵士"烈震"アレックスの鍛え上げられた長身に力が、端正な顔に決意が漲る。容貌は母譲りでも、流れる血潮は紛れもなく獅子。覚悟を問われて臆する事はない。
「俺がザラゾフ家の当主、アレクサンドルヴィチ・ザラゾフだ!!勝利と栄光を我らの手に!!」
シャシュカの切っ先を天に向けて叫ぶアレックスに、精鋭達は"ウラー、ザラゾフ!"の唱和で応えた。当主交代を見届けた父は息子の肩を叩いてから号令をかける。
「ワシは同盟軍総司令として全軍の、アレックスはザラゾフ家の新当主としておまえ達の指揮を執る!!全軍出撃!!」
勇躍し、各々の船に乗り込んでゆく兵士達。新当主に"艦橋で行軍の指揮を執れ"と命じた前当主は艦長室に向かった。
整理整頓を美学としない元帥の使う部屋は、お世辞にも小奇麗とは言えない。書類の散らばった机に斧槍を置いたザラゾフは、飲みかけのウォッカを呷ってから呟いた。
「……獅子王……ごく僅かとはいえ、おまえに重さを感じたのは初めてだな……」
玄武鉄で出来た相棒は言葉を発する事は出来ない。刀身の輝きによって、使い手を鼓舞するのみである。
「フフッ、案ずるな。弱気になっておるのではない。間に合ってよかったと安堵しておるのだ。」
ハルバードの重さは通常、3kg前後である。しかし、ザラゾフ愛用の獅子王は穂だけではなく柄も玄武鉄で作られており、サイズも通常のモノより一回り以上、太く大きい。総重量25kgの超重武器だが、今日の今日までザラゾフは微塵も重さを感じた事などなかったし、感じる事もないと思っていた。……ついさっきまでは……
「99,9%であれば、全盛期と言ってよかろう。災害ザラゾフは最強のままで、最後の戦いに臨めるのだ……」
※警覚策励
坐禅の時に修行者の肩や背中を打つ棒の事です。
※うらー
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