結束編22話 攻勢の利、防衛の利



追い詰められた機構軍は、ようやく能力重視で指揮官を任命する事にしたようだ。大抜擢されたのは完全適合者のアギトとカイル、残念ながら人格まで考慮する余裕はなかったらしいな。


外道二人の利害は一致してるから表面的に手を結ぶ事はあり得る。だが、信頼関係など微塵もない。アギトもカイルも、相手を上手く利用しようとするだけだ。馬鹿げた化かし合いに勝つのは……アギトだろうな。


「スラム生まれの性犯罪者、ケルヴィン・トボンがカイルベールなどと大仰な名を名乗りおって。戦の前に本名と整形前の顔を晒してやろうか。戦う前に恥辱のあまり、憤死するかもしれんぞ。」


災害閣下は不機嫌そうだったが、カイルに力を与えてしまったのも閣下だ。だから余計に腹立たしいのだろうけど。


「ザラゾフ、気持ちはわかるが、公表すれば重犯罪者を兵士に仕立てた計画が明るみに出てしまう。Kは自分の経歴を隠す為にもノーブルホワイト連隊に箝口令を敷いているだろう。脛に傷のある我々には好都合だと考えよう。裏切り者Kは今後、カイルベールと呼称する。公式記録においてもね。」


カプラン元帥は、カイルとノーブルホワイト連隊をまとめて口封じする気だな。闇に葬られて当然の連中だから、一向に構わないが。


「うむ。……人間を番号や記号で呼ぶ施設や計画は誤りだった。もう同じ過ちは繰り返さんぞ。」


研究所では12号と呼ばれていたオレを慮ったのだろう。閣下にそういう気持ちが芽生えただけで、オレは十分に報われた。


そして指導者は、どんな外道でも人間として扱うべきだ。それが出来ないオレは指導者にはなれない。アギト、カイル、オリガ、ザハト……あの外道どもは手段を問わずに地獄へ送ってやる。


「オレのイニシャルもKですから、名前で区別してもらった方がいい。ケルヴィン・トボン君にはカイルベールとして死んでもらいましょう。たぶん、どこぞの貴族の末裔だと吹き込まれてるんでしょうがね。」


あの色白が病的に執着しているのは"高貴な血"とやらだ。釣り人はおそらく魔術師アルハンブラ、エサは間違いなくネヴィルの用意した"偽りの出自"だ。


カイルの歴代の飼い主、絶対強者のザラゾフ元帥は一笑に付し、寝業師のカプラン元帥は上手くはぐらかして、奴が最も欲しがるモノを与えなかった。貴族嫌いの平民、トガ元帥は言うまでもない。自分がやんごとなき生まれと盲信したい色白に、ロッキンダム王朝の支配者ネヴィルがお墨付きを与えれば、ダボハゼよりも簡単に釣れる。


……だがカイルはファミリーネームを名乗らせてもらえない理由に気付いていない。アギトに出し抜かれるだろうと思う根拠は、奴が己を客観視出来ないからだ。この戦争がどう転ぼうとカイルは始末される。機構軍が勝てば用済みの邪魔者として、同盟軍が勝てば卑劣な裏切り者として、オレの思惑通りに講和が成立しても奴の運命は変わらない。戦争が終われば忌み子が生きる場所はないのだ。


機構軍が寝返りのエサにチラつかせた高貴な生まれとやらを公表しないのは、いずれ抹殺するつもりだからってのに考えが回らないあたり、おめでたい男だぜ。そもそも、オレと戦って生き残れるかが怪しいもんだがな。ま、不利になったら逃げるんだろうが、無理に仕留める必要はない。カイルはもう詰んでいる。


「カナタが南部戦線に回るのであれば、帝国軍を撃破するのは私の仕事だな。」


神盾と剣神は優れた将帥だが、軍神イスカには及ばない。実質的な支配者であるネヴィルとゴッドハルトが撃破されれば、機構軍は戦意を失う。戦後を考えれば、イスカに主敵の片割れを撃破してもらう方がいい。ネヴィルと違ってゴッドハルトは抹殺しなくてもいいが、敗色が濃厚になる前に戦下手の皇帝は兵を退くだろう。討ち取れれば、ローゼが新皇帝として即位するのをアシストするだけだ。


「二代目軍神ならば帝国軍を打ち破る事が出来るだろう。最北端の戦域に展開するフー師団と薔薇十字が問題だね。」


カプラン元帥は思案顔になったが、死神に勝てる将帥の心当たりがないのだから当然だろう。


「最重要戦域、タムールとバーバチカグラードで勝利すれば、ヘプタールで負けても問題あるまい。私は、野薔薇の姫は積極攻勢に出て来ないと読んでいる。カナタもそう思うだろう?」


思わせ振りな口調のイスカに問われたので、確信を持てないまま返答する。機構軍で最も行動が読めない男が死神だ。


「消極的である事を期待したいところだ。こちらから仕掛けないのは当然としても、誰を迎撃に出すかが悩ましい。」


皆で暫し考え込んだが、名将が湧いて出る訳もない。マリカさんにシグレさんを付けて送り出すのが最良なんだけど、それでは重要戦域が手薄になる。階級の問題もあるしなぁ……


考え込むオレ達に、総司令官が妥協案を提示した。


「消去法は好かんが、相応の兵を抱えておるカーンとザネッティに迎撃させる他あるまい。」


第4派閥のカーン中将と第5派閥のザネッティ少将か。カーン中将は同盟軍の中ではまあまあ戦える方だが、率直に言って、死神どころか剣聖と守護神の相手も厳しいだろう。百戦錬磨の宿将、火山のボルケニックバーンズは皇帝に帯同しているのが僅かな救いだ。その分、イスカが苦労するのだが……


「カーン中将はバラト系、ザネッティ少将はマリノマリア系の兵士を代表する立場だ。質はさておき、数においては薔薇十字を凌駕する。フーの率いる夏人部隊は精強とは言えんし、守りに徹すればなんとかなるだろう。」


イスカも閣下の妥協案に乗る事にしたようだ。実際、他に手がないもんな。軍だけ出させて指揮権は譲れなんて、あの二人が了承するはずがないし……


機構軍みたいに強引人事で首をすげ替えれば兵士が反発する。二人とも、師団をまとめる力はあるのだ。


「フー師団を甘く見過ぎるのは危険だ。そこらも閣下から言い含めてもらうしかないな。」


フー元帥は薔薇十字と手を組んでるから、師匠の鉄拳バクスウに指揮を委ねるかもしれない。長い軍歴のほとんどを大隊長として過ごしてきた爺様に師団指揮が可能かはわからんけど……出来るだろうなあ、やっぱり。あの手の爺様は兵法書の類は絶対に読んでる。それに辺境伯のマブダチでもあるし……


アスラの部隊長連もそうだけど、本来はもっと高い地位にいるべきなのに、あえて尉官に留まっていると考えるべきだ。


「となればカーン中将が戦域司令官になる訳だが、彼で大丈夫かね? 私と反目しているから不当に扱うつもりはないが、戦歴と戦功が釣り合っていないように思うよ。」


バラト地方を統治しているよそ者、フラム人の代表者であるカプラン元帥と、生粋のバラト人であるカーン中将は不仲で知られている。カプラン元帥は地元民の顔が立つように腐心しているが、感情的な反発を抑え切れるはずもなく、カーン師団は不満を行動に移した兵士で構成されているのだ。


マリノマリア人のザネッティ少将は特定の誰かに反感を持っている訳ではないが、兵質の低さが災いして、これまで目立った功績を立てられていない。両将が輝いていたのは、アスラ元帥が存命の間だけだ。


アスラ、フラム、ルシアの三大派閥に大きく水をあけられていると言っても、それなりの勢力を代表する将官二人を戦略会議に呼ばなかったのは、両元帥とイスカ、ついでにオレもだが、彼らの意見は参考にならないと考えたからだ。


「カーン中将は閣下の命令には素直に従いますよね?」


ほとんど面識はないが、カーン中将は災害閣下には低姿勢だったような気がする。


「うむ。アスラが生きていた頃から窮地に陥ったカーンを何度も救ってやったし、近年においてあれの師団の上げた戦功はルシア閥かアスラ派のおこぼれがほとんどだ。ワシと二代目が厳命すれば、勝手な事はするまい。」


「総司令官、カーン中将は私よりも階級が上だぞ? 連名で命令書を出す訳にはいくまい。」


「今まで散々、階級など無視して好き勝手してきた癖に、今になって畏まるな。統合作戦本部からの通達として、二代目もドスを利かせる方がいい。ザネッティは主体性のない男だから、武闘派を自任するカーンに引き摺られない限りは問題ないだろう。」


カーン中将は"異名兵士としては強い部類"に入る。ヒンクリー少将は"戦闘能力なら俺と互角だろうな"と言っていた。兵士としては優れているから恩義のある完全適合者・ザラゾフ元帥の命令には素直に従っているのかもしれない。


「ザネッティには脅しではなく、利益をチラつかせる方が効果的だ。同盟軍の財布の紐は、私が握っている。」


災害閣下が実力でカーン中将を黙らせ、イスカが実利でザネッティ少将を懐柔する。オレも一応、保険をかけておくか。


「お目付役として士羽総督を帯同させましょう。胆力のある男ですから、不測の事態にも慌てる事はありません。」


損な役回りだが艱難辛苦に耐え続けた尾長鶏なら、やってくれるはずだ。有力都市の総督となれば将官二人も無視出来まい。尾羽刕兵は連邦の管轄だから、カーン中将も要請は出来ても命令は出来ない。最悪の事態に備えて、彼に策を授けておこう。


「戦域司令官は決まった。次は方面軍の肉付け作業に入ろう。私としてはテムル師団が欲しい。」


「おいカプラン。娘婿の力を借りたいのはわかるが、遊牧騎兵は籠城戦には不向きだ。平原で戦うワシか二代目が運用すべきだろう。」


「野戦を完全に放棄すれば、煉獄につけ込まれる。高速離脱が可能な騎兵部隊は時間稼ぎにも有効だ。バルミット要塞での籠城は、作戦の最終段階だよ。」


テムル少将はモテモテだな。騎射に長けた遊牧騎兵って使い勝手がいいんだよね。


「結論を急がず、じっくり詰めよう。敵の数と相性、指揮官の性格まで鑑みながら、最良の布陣で迎え撃つのだ。機構軍が戦域を選べる"攻勢の利"を活かすなら、我々は後出しで迎撃方法を選べる"防衛の利"を活かさねばならない。」


イスカの言葉に両元帥は頷いた。そう、先に軍を動かしたのは機構軍なのだ。



重要戦域で勝利し、他の戦域では引き分ける。その為に打てる最善手を考えなければ……

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