結束編21話 戦略会議



「両元帥、これが敵軍の侵攻状況だ。まず納豆菌の意見を聞こうか。」


少し遅れて始まった戦略会議、参謀総長に就任し、一元化された諜報部を指揮するイスカが敵軍の動きを卓上に映した。


「やはり全戦域から同時に侵攻してきたか。各地で局地戦も起こるでしょうが、主要な戦域は6つだ。最優先撃破対象は、大陸中央から進軍してくるロッキンダム王国軍。最大の兵力を擁するネヴィルに勝つ事が同盟軍の勝利条件です。」


ローゼは最北端に出撃か。ならばオレは……


「誰がネヴィルと対決すべきか……聞くまでもなさそうだね。」


幕僚総長の言葉に総司令官は頷いた。


「ワシが出る。長きに渡る因縁に決着をつける時が来たのだ。」


ネヴィルはワシが斃す、災害閣下はそう宣言した。戦場の伝説に二言はない。


……強兵の多いロッキンダム王国だが、兵を差配する指揮官にはさほど恵まれていない。智将サイラスが抜けたとあっては尚更だ。考えろ、指揮官不足を解消する為にネヴィルは何をするか……


「閣下、最後の決戦となれば、ネヴィルは友好関係にある最後の兵団にテコ入れを要請しているでしょう。オルグレンは政治屋でマッキンタイアは取るに足らない。頼りになるのがロドニーだけでは閣下とは戦えません。」


機構軍は戦時特例としてかなり無茶な人事を行っている。その最たるものが、カイルベールと名乗ったKの臨時師団長就任だ。中小軍閥から取り上げた兵権で編成された混成師団だが、南端の戦域を任せられるとは出世したもんだな。気に食わないが、戦略としては正しい。奴の戦術能力は、機構軍の世襲将官どもより遥かに上だ。


こんな強引人事を行うぐらいだ、兵団の部隊長を連隊指揮官として任用するぐらいは平気でやってくるだろう。負ければ後がない事をネヴィルもゴッドハルトも知っている。振るえる強権は全て振るうはずだ。世襲の高官連中は不平を鳴らすだろうが、そんなもんは勝ってから慰撫すりゃいい。


「ならばこちらもテコ入れしよう。総司令官、アスラの部隊長を何人かそちらに回す。目には目を、戦時特例には戦時特例だ。アスラの部隊長は…」


イスカの提案に閣下は即答した。


「当然、高級指揮官として扱う。今は最終局面、階級よりも実力だ。アスラの部隊長であれば、皆が命令に従う。いや、ワシが従わせる!」


参謀総長が策を示し、総司令官が賛同する。次の議題を提示するのは幕僚総長の仕事だ。


「決まりだね。……ネヴィルの次に兵数が多いリングヴォルト帝国軍に誰が対峙するべきか。皇帝自らが神盾スタークス、剣神アシュレイを率いて出撃してきた。アデル皇子はお留守番を命じられたようだし、帝国も本気だろうね。」


足手纏いを参軍させる余裕はないってか。ま、ボンクラ皇子が居たところで足を引っ張りはしても役には立たないんだから当然だな。


「全戦域で勝つ必要はない。だが、機構軍を牛耳る王国と帝国を勝たせてはならん。両国の権威を失墜させてこそ、同盟軍が優位に立てる。」


イスカの言葉に全員が頷く。そう、停戦を実現させる為には、まずネヴィルを排除し、ゴッドハルトに"このままでは負ける"と思わせる事が必要だ。故に皇帝を勝たせてはならない。


「帝国軍に必勝を期すのならば、二代目か剣狼が迎え撃たねばなるまい。スタークスとアシュレイは侮れんぞ。」


「ザラゾフ、機構軍には煉獄と死神がいる。彼らへの対処も必要だよ?」


常勝の煉獄、無敗の死神、確かにこの二人は戦場で負けた事がない。今までの戦役ではアスラ部隊が兵団を牽制して事無きを得て来たが……


「カプラン、おまえがバルミット要塞で煉獄を足留めしろ。勝てとは言わん。ワシらが野戦で勝利するまで時間を稼いでくれれば良いのだ。」


「……わかった、やってみよう。だがバルミット要塞以西の全拠点は奪われると思ってくれ。拠点を放棄しながら後退し、出来るだけ時間を稼いでみる。」


以前の同盟軍なら誰が貧乏籤を引くかで揉めていただろう。だけどもう一枚岩だ。カプラン元帥が煉獄を足留めしてくれるなら、オレにも考えがある。


「では最南端から迂回進撃して来る混成師団はオレが撃破します。撃破後にそのまま北上すれば兵団を挟み撃ちに出来る。」


ローゼは最北端、オレは最南端、これで交戦する事はない。


「カナタ、挟撃するにはマウタウ地方を通過せねばなるまい。駐屯しているサイラス師団が動くかもしれんぞ?」


「その通りだ。イスカならどうする?」


「シュガーポットの兵を動かす。サイラスが迎撃に出て来れば、先にそちらを挟み撃ちにすれば良い。となれば、ヒンクリー師団を動かす訳にはいかんな。」


北部戦線に向かったローゼは、マウタウ地方をサイラスに委ねた。死神が要塞化した最前線の街、マウタウの守りは堅い。だが、巨大列車砲"八岐大蛇"を擁するシュガーポットの守りはもっと堅い。ヒンクリー少将なら自身の1個師団だけで守り切れる。この戦域での差し引きは、兵数で劣る同盟軍には重要だ。


数に優るサイラス派だが、力押しでシュガーポットを落とそうとはしないだろう。あの知恵者なら、もっけの幸いと守りに徹して自分からは攻めて来ない。自派の戦力を温存したまま、勝ちそうな側に付くはずだ。ネヴィルが戦死すれば、ノルド地方の独立を承認してもらう代わりに同盟軍へ寝返る事すら視野に入れているだろう。優秀な将帥だが自分からは攻めず、マウタウ地方は全力で防衛する、ローゼもそれがわかっているから本拠地を委ねたのだ。


こちらとしても攻めて来ないサイラスに多数の兵を割きたくない。だが、凡将が相手ならサイラスもシュガーポットを奪って自分の立場をさらに有利にしようとするかもしれない。智将に山っ気を起こさせない為にも、不屈の闘将をシュガーポットに置いておかねばならないな。


戦場での力量評価においては、今も昔も公平公正な災害閣下は顎髭を撫でた。


「後方に控えるアギト師団の動きが厄介だのう。根性は腐っておるが、彼奴は兵士としてだけではなく、戦術家としても有能だ。遊撃師団を任されたからには、バルミット、シュガーポット、チャティスマガオのどの戦域にも向かえる位置に布陣するだろう。」


大抜擢されたのはKだけではない。アギトも師団長として一軍を率い、遊撃任務を命じられた。最終戦役におけるフリーハンドを与えられたのだから、K以上の厚遇と言ってもいいだろう。師団の主力はキリングクロウ連隊と金で雇われた傭兵部隊、それに恩赦を受けたS~A級の犯罪者どもだ。


傭兵の中には正規軍以上の規律と練度を誇る"自由騎士団"が名を連ね、S級犯罪者の中には炯眼ベルゼと悪名を競った"猛獣使いビーストテイマー"ペルペトアが居る事が確認済み、か。


「化外に逃亡していたペルペトアが恩赦に飛び付くのはわかるが、自由騎士団を率いるローランド・オスカリウスが機構軍に与する理由がわからんな。私の知る限り、騎士を自称するだけあって評判の良い男で、これまで機構軍にも同盟軍にも与せず、もっぱら中立都市から依頼されたロードギャング退治に従事していたはずだ。金に目が眩む男ではないのを知っているだけに解せん。」


人材マニアで気前の良いのイスカは、オスカリウスの招聘を試みた事があるらしい。金に目が眩む男ではないと断言出来るのは、そういう事だろう。アスラの部隊長達は金ではなくイスカのカリスマ性に惹かれて入隊した。人的魅力にも金にも興味を示さない男が、今になって宗旨替えした理由は何だ?


カプラン元帥が昔話を始める。


「……自称騎士ではなく、本物の騎士なのかもしれないね。祖父から聞いた話なのだが、北ユーロフにあるペルガ公国にオスカリウスという忠勇の騎士がいたらしい。ペルガメント公は小国の王ではあったが人望が厚く外交手腕にも秀でていた。早い話が、世界統一機構の設立に貢献した功労者なのだよ。」


設立の功労者ねえ。国力に差はあるけど、同盟軍で言えば右龍総帥みたいなもんかな?


「その功労者を輩出した国が現在残ってないのは何故です?」


「絶大な権力を握った世界統一機構は御覧の通り、見事に腐敗した。現在では帝国と王国が有名無実化してしまったが、当時は統一議会の委員を擁する国だけが利権に預かる構造だったようだ。受益者である創設メンバーでありながら、開かれた議会を主張する公王が目障りになったのだろうね、濡れ衣を着せられて国は滅びた。公王と一緒にオスカリウス卿も戦死したのは確かだが、彼の家族がどうなったかまではわからない。詳細な記録が残ってないからだ。」


冤罪&粛清かよ。記録が残ってないっつーか、残さなかったんだろうな。


「推測を続けるとだ、叢雲家や八熾家のようにだ、根絶やしになったはずのペルガメント家にだって、生き残りがいてもおかしくはない。さらに想像を逞しくすれば、オスカリウス家の生き残りは王家の生き残りを探す為に、世界各地を旅していた、とかね。そうであれば忠義な話だ。」


推測に推測を重ねるのはオレの得意技だが、カプラン元帥も得意なようだ。確かに、既に主君がいるのならば、カリスマ女傑にも靡かないだろう。


「ペルガ公国の領土ですが、今はどうなってるんですか?」


「分割されて各勢力で山分けさ。王都だった街を私有領にしているのはアムレアン家だ。大きくはないが由緒のある街は、学者貴族の唯一の領地でもある。世界統一機構を提唱したアムレアン博士はペルガ公国の出身で、彼の前半生は王立アカデミーの学長だった。博士が世界的な名声を得る事が出来たのは、ペルガメント公王の後援によるところが大きい。世界平和の希求者だった博士が存命の間は、それなりに上手く機能していた事が救いだろうね。」


善意の学者が世界平和の為に提唱した組織が、形骸化を経て利権組織に変貌した、か。


ペルガ公国の滅亡には、博士の子らが絡んでるな。故郷に錦を飾るにしても、陰湿なやり方だぜ。アムレアン、ペルガメント、オスカリウス……名前からすると、地球じゃスウェーデンあたりになるのかねえ。


「アギトの手下の話ではなく、アギト師団の動向が問題だ。剣狼、奴はどこに現れると読んでいるのだ?」


閣下が話を戻したので、確信を持って持論を述べる。


「オレのいるところ、つまり南部戦線です。カイルを捨て駒にするか共闘するかはわかりませんけどね。」


アギトにとってなにがなんでも始末しなければならない男はこのオレだ。本音と実利の双方がオレの抹殺を囁いているだろう。アギトはオレが最南端の戦域に現れる事を読んでいる。カイルは撒き餌だ。


いいだろう、誘いに乗ってやろうじゃないか。連邦軍の動向を知ったアギトはほくそ笑むだろうが、オレのとっても望むところだ。



……八熾家の惣領として、アギトだけはオレの手で粛清せねばならないのだ。


※近況ノートに荒っぽい作りの戦況図を載せました。次話の登場人物まで記されていますが、文章だけだと位置関係がわかりにくいはずなので。

更新が滞って申し訳ありません。子細も近況ノートに記してあります。


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