結束編19話 龍姫と野薔薇の姫



ツバキさんが退出した後、オレは卓下のスイッチを操作してデスクトップPCを卓上にせり出させた。で、胸に付けてる盗聴用の徽章を通常のに戻して、と。


「ツバキが心を入れ替えてくれたようで安堵しました……」


ディスプレイに映った姉さんはホッとしたようだが、いささか早計だ。


「一安心と言いたいところですが、まだ火種は燻っています。」


「そうですね。左内への愛情が深かっただけに、剣聖殿への憎しみを捨てる事は難しいのでしょう。ですがカナタさん、ツバキは私達が薔薇十字と共存しようとしている事を知りません。」


「知った時が問題です。受け入れられなければ、排除以外に道はない。」


彼女が岐路に立つ日はそう遠くない。次の戦役がどんな結果になろうと、戦争は終わるのだ。


「……そうならないよう、私がツバキを説き伏せます。」


「説き伏せられればそれに越した事はありませんが、裏切りには常に警戒してください。与し易いと思われているからこそ、帝国も彼女をメッセンジャーに選んだんです。」


「帝国からの申し出には驚きました。本気でしょうか?」


「嘘ん気ですよ。決して額面通りの話ではありません。」


意図はまだわからないが、皇帝が平和を希求してるなんて事はない。そうであれば、いくらでも機会はあった。停戦に応じるとしても、決定的に旗色が悪くなってからだろう。


「では答え合わせをしてみましょう。」


姉さんはそう言って手元でなにやら操作し始めた。


「答え合わせの方法があるんですか?」


「カナタさんに娶らせる予定の皇女様であれば、事情を知っているかもしれません。」


「連絡する方法はありますが、中立都市経由の回りくどい方法です。やってみますが時間が掛か…」


「直接話せばすぐです。数週間前に私の独断で、薔薇十字に"青鳩"の設計図を送りました。スペック社の技術力なら、もう完成しているでしょう。」


なんだって!? 青鳩の設計図を送った?


「カプラン元帥の許可は……取っていないみたいですね。」


「事後承諾になりますわね。宅配人はケリーさんですから安心してください。」


やれやれ、姉さんも思い切った事をするぜ。で、処刑人が宅配人とはな。


「カナタ!元気にしてた? ボクね、色々話したい事が…」


「話に聞いていた通り、元気なお方ですね。スティンローゼ皇女、はじめまして。私がカナタさんの姉、御門命龍です。」


「失礼、帝の御前でとんだ粗相を。大龍君、私の事はどうぞ"ローゼ"とお呼びください。」


自分を呼び出すのはオレに違いないと早合点していたみたいだが、姫様スイッチが一瞬でオンになったな。


「はい、遠慮なくそう呼ばせて頂きますわ。ローゼさん、私の事は"ミコト"とお呼びくださいませ。」


「お言葉に甘えさせて頂きます。ミコト様、青鳩の設計図を提供してくださった事に感謝します。機密が漏れる事はありませんので御安心ください。」


ローゼはスペック社の役員、九重紅尾と手を結んでいる。製造を差配したのは死神だから、機密が漏れる事はないだろう。姉さんはローゼもだが、何より死神…叢雲討魔を信頼しているからこそ、青鳩を提供したのだ。


「カナタさん、ローゼさんに帝国からの申し出を説明してあげて。」


「わかりました。ローゼ、実はな……」


オレは帝国から政略結婚を持ち掛けられた事をローゼに話した。


「……そう。ミコト様、私は何も聞かされていませんでした。」


「あら、当事者なのに酷い話ですね。」


「当事者ならば話を通すのが筋ですが、に配慮は不要でしょう。連邦はもちろん、申し出をお断りになるのでしょうね?」


手駒という言葉に力を込めたローゼの顔は、実に冷ややかだった。リーダーに相応しい冷静さに磨きがかかったな。


「当たり前だろ。話にならん。」


「ふぅん、カナタはボクが相手じゃご不満な訳!!」


前言撤回。子供っぽさが抜けてねえ。そこまでムキにならんでもいいだろ。


「そうは言ってない。どう考えても裏がありそうだろ。娘のローゼに言うのもなんだが、あの皇帝が自国に不利な条件で話を持ち掛けてきたってだけでも胡散臭いんだ。」


「だよね。ボクでもそう思うよ。ついでに言えば、兄上とミコト様では月とスッポンだし。」


それがわかってるならスネないでくれよ。


「この話には裏がある。その裏が知りたくてね。何か知ってるか?」


蚊帳の外に置かれていたみたいだから、期待薄だが…


「うん。父の狙いは、"手段を問わず龍姫を手に入れる事"だよ。」


わかるんかーい!


「何が狙いなんだ?」


「フー元帥の話では、元帥会議の席上で朧月少将が"龍姫さえいれば、研究を実現出来る"って父とネヴィル元帥に提案したらしいの。」


朧月セツナ……奴が黒幕だったか!!


「ボクも聞きたいんだけど、父とネヴィル元帥が欲してやまない"研究"ってなんだかわかる? 少佐は"御門家の血統秘術だろうな"って言ってたんだけど……」


「ローゼさん、私は神器の助けがあれば"心転移の術"という体の乗り換えが可能な技を使えます。」


「心転移の術……魂を別の体に宿らせる事が可能なんですか!?」


「はい。」


狙いは心転移の術を使った不老か。独裁者が夢見る"永遠の支配者"ってヤツだな。確か中国大陸を初めて制覇した始皇帝も、不老不死を夢見て仙人を探させたらしいが、詐欺師に騙されただけだった。問題は、心転移の術は実在し、不死は無理でも不老は可能って事だ。


煉獄はモルモットのザハトからヒントを得て、御門家の秘術にたどり着いたんだろう。


「父とネヴィル元帥、それに朧月少将の狙いはそれです!偽りの政略結婚でミコト様を帝都バウムガルデンに招き、略取した後に同盟と決戦する気なんだわ!」


「……私とアデル皇子が結婚すれば、血を流す事なく平和が訪れる。それがまことであれば、私はこの話を受けるつもりでいました……」


「……姉さん……」 「……ミコト様……」


皇帝は、我が身を犠牲にしてでも流血を避ける姉さんの性格を見抜いていた。仁愛の龍姫が相手なら十分に成算があると読んでいたんだ。オレや雲水議長が猛反対し、話が頓挫しても、帝の意向に反して決戦に挑むとなれば刃は鈍る。どっちに転んでも帝国に損はない。なかなかの策士だな。


「ふふっ、私はともかく、カナタさんとローゼさんは満更でもなさそうですし、ね。」


ローゼを嫁にくれるってんだから、オレにとっちゃあ悪い話じゃないがね。だが、姉さんの涙と引き換えってんなら御免被る。


「ゴホン!ミコト様、この話を受けたが最後、機構軍と同盟軍はどちらかが滅びるまで戦うしかなくなります。」


そりゃそうだ。偽りの政略結婚で龍姫を呼び寄せ、拐かしたとなれば、話し合いの余地なんてなくなる。


「皇帝は目障りなオレや連邦の要人も挙式に招いて、まとめて始末するつもりだったんだろう。和平の前提条件として、偽帝を称するアギトの引き渡しが必須だが、ヤツはネヴィル派だから皇帝は痛くも痒くもない。龍ノ島の要人を抹殺し、龍姫を確実に手に入れられるとなれば、ネヴィルも陰謀に乗っただろうな。」


「だと思う。……もはや総力戦は不可避……カナタ、ボクはカナタ達と戦いたくない!でも…」


「ローゼにだって仲間がいる。薔薇十字の外にもな。極力、薔薇十字との交戦は避けるように動くが、オレの影響力が及ぶ範囲は連邦に留まる。」


オレは仲間を守る為なら誰とでも戦う。ローゼだって同じだろう。


「うん。ボクも連邦軍とは極力戦わないように動くね。うふふ、戦うつもりでも肝心の少佐が、"剣狼とやり合うのだけは御免だ。勝てる気がしねえ"って言ってるんだけど。」


「オレも"キングof人外"とやり合うのは御免だぜ。死神だけでも始末に悪いってのに、剣聖や守護神まで居やがるし。」


人間の枠からのはみ出しぶりじゃあ、災害閣下以上だからな。一度負けてるからじゃないが、死神トーマは不動の"機構軍で戦いたくない男ナンバー1"だ。セロリとブロッコリーの撲滅を企む同志が一人ぐらい居たっていいしな。


「ボクから見れば、剣聖や守護神まで居やがるじゃなくて、居てくれる、だよ。そうだ!そのクエスターなんだけど、やっぱり倒れた竜胆少将を総督府の医療班に預けて、"死なせるのは惜しい。可能な限りの救命措置を取るように"って命じたんだって!」


「Mr.騎士道らしい対応だな。ローゼ、昇り龍を殺したのは剣聖ではない可能性が高まったぞ。」


サワタリ所長からも事情を聞いた。雲水代表によって御門グループの役員に抜擢された左内さんは、生命維持アンプルをグループ傘下のSBCに研究させようとしていたらしい。その頃はサワタリ所長は平の研究員で、アンプルの解析を請け負った別のセクションは芳しい成果を上げられず、研究は打ち切られた。


つまり、竜胆左内は"生命維持アンプルを持っていた"んだ。


「本当に!? カナタ、ボクやクエスターを慮ってウソを言ってない?」


「ウソじゃない。ローゼ、ケリーが一命を取り留めた理由は知ってるな?」


「うん。ケリーさんを死なせたくない少佐が、貴重な"生命維持アンプル"を渡しておいたからだね。」


本当によく渡しといてくれたぜ。人格的にも尊敬出来る男だが、ケリーがいなけりゃ教授の能力は半減しちまう。いくら頭脳が優秀でも、実行出来る手足がなきゃ意味ねえ。


「その通り。調べてみてわかったんだが、左内さんも同じモノを持っていたんだ。あのアンプルは完全適合者専用らしいが、準適合者の左内さんなら不完全でも効果を発揮したと思う。つまり、心臓を貫かれはしたが、即死はしなかった。剣聖は総督府を制圧した後、どうしたんだ?」


「アシェスと一緒に部隊をまとめて帰投したよ。二人にしてみれば、不本意な任務だったから……」


「つまり、その後は見てない。ローゼ、左内さんの救命措置にあたった総督府の医療班は、全員戦死してるんだ。」


状況証拠しかないが、剣聖は限りなくシロだ。罪を被せた男の口を封じようにも不可能なのが、真犯人の泣き所だな。帝国屈指の剣の使い手で薔薇十字の幹部、殺したくても殺せる相手じゃない。


「そんな!ボクの騎士達は医療班を殺したりしないよ!」


「わかってるさ。医療班を殺したヤツが、左内殺しの真犯人だ。おそらく兵団部隊長の誰かだろう。」


照京攻略戦からは外されていた狂犬と、薔薇十字に入った鉄拳&戦鬼はシロ。残りは全員容疑者だ。ザハト、バルバネス、オリガの誰かだと思うが、どいつもやりかねないだけに絞り込めない……


「カナタさん、戦後に必ず真相の究明を。左内は人望の厚い憂国の士でしたから、照京兵の多くが黄金、真銀の騎士団を恨んでいます。……憎しみの連鎖は、悲しみしか生みません……」


そうなんだよな。ツバキさんや新竜騎、サモンジ率いる竜騎兵ほどではないが、照京兵の多くが剣聖と守護神を恨んでいる。左内さんの実力と人望は抜きん出ていたから、反動も大きい。竜騎兵の副長だったサモンジにしてみりゃ部下の半分を殺されてる訳だし……


そして、薔薇の騎士達にしてみれば、敬愛する騎士団長を憎む照京兵は憎むべき敵だろう。オレもローゼも姉さんも、憎しみの連鎖の中にいるんだ……


憎しみの連鎖は悲しみしか生まない、姉さんの重い言葉は御門と叢雲の確執をローゼに思い起こさせたらしい。


「……ミコト様、少佐は夕焼けの綺麗な日暮れ時には決まって、東の空を眺めておいでです。きっと、言葉に出来ない想いがお有りなのでしょう……」


……姉さんは夕暮れ時に東の空を眺めている。昔は最愛の人との思い出に浸る為に……今は届かぬ想いを祈りに変えて……



心ならずも離れ離れになった龍と虎。誤解が生じて憎しみ合う騎士と侍。この負の連鎖を断ち切るのはオレの意志、狼の牙だ。

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