結束編18話 政略結婚
「お館様、カムランガムランで特使の任を果たした竜胆子爵が、面会を求めてこられました。なんでも、"重要な案件"があるとか……」
ホタル&三人娘と朝食後の珈琲を楽しんでいるオレに、侘助がそんな報告をしてきた。
「実権ゼロの名誉職が重要な案件、ね。嫌な予感しかしないんだけど……会うの?」
苦味の強い珈琲を好むリリスだが、苦み走った顔なのは珈琲のせいじゃないな。
「午前の予定は空いてる。会わない訳にもいかないだろう。皆は席を外してくれ。」
昨夜の内にツバキさんと随行団が首都に到着する事がわかったので、午前の予定は空けておいた。とりあえず、第一のハードルはクリアしたな。会いに来なかったら、それで終わりだった。
次のハードルはやや高い。表敬訪問で終わったらアウト。工作員との密談を正直に話し、それに対する正しい反応が出来て、初めて合格だ。
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「失礼致します、龍弟公。」
侘助に案内されて入室して来たのは竜胆ツバキと鯉門アラト。やっぱり腰巾着も一緒かよ。
「特使の大任、御苦労だった。市長との懇談は上手く行ったか?」
「はい。市長は連邦との友好関係をさらに発展させたいと述べられ、帝への御礼状も預かって参りました。」
堪え性のない側近が、背後から歩み出て差し出口を叩く。
「市長は電装部品の輸入拡大を望まれています!その任は是非、我ら新竜騎に…」
おまえの考えている事などお見通しだ。交易にいっちょ噛みしてマージンを得たい、顔にそう書いてあるぞ。副長のおまえだけではなく新竜騎の全員が、利権とは縁遠い名誉職だけじゃ物足りないのはわかってる。
「輸出入の管理は通商部の仕事だ。立ち話もなんだから、まあ座れ。」
試すのは無駄だとわかっているが、一応やってみた。案の定、アラトはツバキさんと一緒に着座する。大物ぶるつもりはないが、いつからおまえはオレとサシで話せるほど偉くなったんだ?
上官のツバキさんを立てる意味でも、後ろで佇立しているべきだろうが。
「二人とも座れと言った覚えはないが、まあいいだろう。」
「アラト、おまえは公爵の前で着座出来る身分ではない。分を弁えろ。」
照京譜代の名家・鯉沼一門に連なるとはいえ、末席のアラトは爵位を有していない。爵位なんてもんは包み紙だが、コイツは中身より包み紙を有り難がる人種だ。
「はい、ツバキ様。」
アラトは渋々立ち上がったが、未熟者が増長している原因はツバキさんにもあるんだぜ。この調子じゃ日頃から特別扱いしてるに違いない。天狗癖の抜けないガラクだって、そこらはキッチリしてる。トシと一緒に一昨日の官民会合に供をさせたが、己が分と礼節はしっかり守っていた。
「失礼致します。お茶をお持ちしました。」
序列と礼節の体現者である侘助はティーカップを二つテーブルに置いて退出した。アラトが座ったままだったら、"鯉門准尉にもお茶をお持ちしましょうか?"と言って釘を刺していたのだろう。
「特使の任務が
「いえ、それが……カムランガムランに逗留中の我々に帝国の密使が接触してきたのです。」
いきなりすっ転がずに済んだな。姉さんの為にもいい事だ。
「我々とは、どこまで含まれる。新竜騎全員ではあるまい?」
「接触してきたのは私にだけです。密談の場には護衛としてアラトを同行させました。」
やれやれ、密談に同行させるには最も不向きな男だと思うがな。人を見る目は相変わらずか。
「帝国の密使に間違いないんだな?」
「間違いありません。密使はアルドリッジ子爵で、親衛隊時代に中立都市の夜会で会った事があります。」
アルドリッジ子爵……ヴァンガード伯爵子飼いの貴族だ。
「そうか。先に謝っておく。試して悪かった。」
「試した、とは?」
「コースターをめくってみろ。」
ツバキさんがコルクのコースターを裏返すと、刻まれていたメッセージが露わになる。
「……"帝国の密使に会っていた"ですか。……私は尾行されていたのですね……」
これは賭けだが、"まだ信用されていない、手のひらの上だ"とわからせておく方が彼女の為だろう。後ろで顔を真っ赤にしている単細胞を側近にしている間は特にな。
「まずオレに報告してくれた事で信頼はだいぶ回復した。本題に入ろう。帝国はどんな話を持ち掛けてきたんだ?」
「はい。包み隠さず、聞いたままを伝えます。"皇帝陛下は同盟軍との全面激突を望んでいない。寛大な陛下は戦に疲れた民に安らぎを与えたいとお考えで、条件が整えば停戦に応じるご意向である。条件とは和平の象徴として、帝国と連邦の間で婚姻を結ぶ事。すなわち、帝国のアデル皇子がミコト姫を娶り、連邦の龍弟公がローゼ姫を娶る。もちろん、連邦の元首であらせられるミコト姫は、挙式が終わればすみやかに龍ノ島へお帰り頂く事になろう。双方の帝位継承については、おいおい話し合って解決すればよい。皇子と龍姫の間に御子が二人お生まれになれば、簡単に解決する問題だが"、だそうです。」
アデルの出来の悪さは置いておくとしてだ。姉さんを龍ノ島に帰すってんなら、人質交換にもなってねえな。話の通りに事が進めば、ローゼを連邦に預ける事になり、姉さんは退位するまで龍ノ島に留まる事になる。ゴッドハルトは場合によっては停戦に応じるだろうと思っていたが、どうにもキナ臭い。
「その話がアルドリッジの独断ではない証拠はあるのか?」
「話が終わった後で焼き捨てられてしまいましたが、"アルドリッジの申す事は余の意思である"という詔勅を見せてもらいました。皇帝のサインと玉印も確認しています。」
秘密交渉が皇帝の意向である事は間違いなさそうだな。アルドリッジが極秘の案件を担当してるのは、教授から聞いている。
「公爵、すぐに我々を特使として帝国に向かわせてください!皇帝を抱き込んでしまえば、機構軍が"そんな話は認めない"と言っても、力尽くで攻め滅ぼせます!」
我慢出来なくなったアラトがまくし立てる。このバカはすっかり乗り気だな。
「誰が話を受けると言った?」
「連邦にとって決して悪い話ではありません!帝国を機構軍から引き離せば、同盟軍の勝利は確実!決戦を回避し、停戦しても、ローゼ姫は我々の人質です!」
忍耐ゲージがそろそろ限界だな。このバカを追っ払ってからじっくり考えよう。
「皇帝がそんな事も読めないバカだと思っているのか!おまえとは違うんだ!」
帝国領は広いと言っても、機構領全体の半分もない。裏切り者として他の機構領から集中攻撃される恐れもあるし、上手く停戦にこぎつけたとしても、娘を人質に出してまで日和った軟弱と誹られる。強き皇帝を演出してきたゴッドハルトには耐えられない屈辱だろう。問題は、それを承知でこんな話を持ち掛けてきた裏の意図だ。
「い、いくら公爵でも言葉が過ぎる!撤回して…」
「下がりなさい、アラト!無礼者はおまえです!」
「で、ですが、この話をまとめれば竜胆家は再び…」
「いい加減にしなさい!私は下がれと言っているのです!」
上官の剣幕に気圧されたアラトは、一礼する事もなく退出した。静かになった部屋の中で、ツバキさんは深く頭を垂れる。
「……申し訳ありません。アラトには後でキツく言い聞かせておきます。どうか御容赦を……」
「ツバキさん、アラトは遠ざけた方がいい。きっとアイツは厄災を呼んで来るぞ。」
連邦にとってではなく、ツバキさんへの厄災をな。せっかく信頼回復への第一歩を踏み出したんだから、もう道を誤らないでくれ。
「自分を慕ってくれる跳ねっ返りは可愛いものです。公爵もガラクさんは可愛いでしょう?」
「確かにガラクも跳ねっ返りだが、アラトよりは随分マシだ。」
だいぶ成長したとはいえ、まだ危なっかしいところはあるが、温厚篤実な良識人のトシが付いてるしな。
「ふふっ、確かに。剣腕も分別もガラクさんが上ですね。アラトでは歯が立ちませんでした。」
「あの二人が手合わせしたのか。さぞかし、いがみ合っただろうな。」
連邦所属で同い年の若手士官だから交流する機会はあっただろうが……
「いえ、アラトも筋のいい兵士ですが、いくら吠えて突っかかろうとも、幾度もの実戦で鍛えられたガラクさんの敵ではありません。手加減しながら格の差をわからせ、完封しても勝ち誇ったりしませんでした。」
「あのガラクがねえ。ちったぁ大人になったって事かな。」
「以前のガラクさんなら得意満面で勝ち誇ったでしょう。私もアラトを強く賢い男に育てたいのです。」
「わかったわかった。だがもう少し厳しくするべきだ。で、ツバキさんは帝国の申し出をどう思うんだ?」
裏が読めるとは思えないが、どう考えているかは知っておきたい。
「……アデル皇子の評判は聞き及んでいます。あの皇子がミコト様を幸せに出来るとは思えません。……それに……兄の仇がいる帝国にミコト様が嫁ぐのも……」
やはり剣聖への憎しみは捨てられんか。火種は燻ったままだな。左内さんを殺したのは剣聖ではない可能性が浮上しているんだが、全ての事情を話せない以上、今教えるのは危険だ。
「個人としての本音はわかった。公人としての意見はどうだ?」
「それは公爵や雲水議長、何よりミコト様がお決めになる事だと思っています。」
「わかった。ツバキさんは照京へ戻って帝と議長にも報告を。」
「はい。龍弟公、もし機構軍との決戦が不可避となれば、私と新竜騎も戦わせてください。」
「………」
血の気が上って薔薇十字に突撃されてはマズい。照京に置いておくべきだろうな。
「お願いします!軽挙妄動を慎み、軍命に服すると誓いますから!」
「……考えておこう。」
我ながら疑り深い事だが主力部隊が出撃し、手薄になった都にツバキさんと新竜騎を置いておくのもマズい気がする。
まあ些事は後回しにして、皇帝の意図を読むとしようか。申し出への可否はもう出ている。
断じて否、だ。皇帝はいざとなったら娘を切り捨てるし、オレがローゼを殺せない事も知っている。この申し出は講和を願ってのモノではない。何か別の狙いがあるんだ。
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