結束編17話 至魂の勾玉



「栄えある機構軍将兵よ!この星に破壊と争乱をもたらす賊徒どもに、正義の鉄槌を下す時が来た!余と共に奴らを殲滅し、泰平の世を築くのだ!此度の戦役は余とゴッドハルト元帥が陣頭指揮を執る!大王と皇帝の大親征にて戦果を上げ、救国の志士として富と栄光を掴め!」


ドレイクヒルホテルのペントハウスで機構軍の公営放送を眺めながら、ウィスキーをロックで飲む。演説するネヴィルの左右にはゴッドハルトとフーが立ち、真後ろのアムレアンは巨躯に隠れてほとんど見えない。


「威勢のよろしい事で。号令役を決めるのに一悶着あったでしょうな。」


スライスサラミとチーズの載った皿を卓上に置きながら侘助が苦笑した。


「そうとも限らん。ネヴィル以外は砲火の交わる場所には出て来るまい。安全な場所に引っ込んでいる将帥が演説する訳にもいかんだろう。」


「なるほど。こちらも対抗演説を行う必要がありそうですが、やはりザラゾフ閣下が演壇に立たれるのですかな? それとも弁舌巧みなカプラン元帥でしょうか?」


「いや、イスカに譲ってもらった。自由都市同盟軍総司令官に就任した閣下の仕事かもしれんが、演説の巧みさならイスカが上だ。アスラ元帥の娘を両雄が支える図式をアピールする意味でも、それがベストさ。」


アスラ元帥の没後はずっと空位だった総司令官には災害閣下が、ナンバー2の幕僚総長にはカプラン元帥が、ナンバー3だが戦略立案の責任者である参謀総長にはイスカが就任した。兵站総長はトガ元帥だが、これは肩書きだけで、実際には後方勤務本部長のヒムノン中佐を主席補佐のタンタンと次席補佐のホタルが支える。


さらにぶっちゃければ、兵站整備のグランドデザインはホタルがやって、室長とタンタンが実務処理なんだけどな。


「流石はお館様、先々を見据えておられる。しかし、同盟結束の立役者であるお館様には何もなしというのは家人としては複雑ですな。」


「オレはそんな…」


「大層な人間じゃない。もう聞き飽きたわ。カナタはいい加減、自己評価を改めるべきよ。」


「おかえり、次席補佐殿。」


差し向かいの席に座ったホタルは唇を尖らせた。


「もう!重責を押し付けたのはカナタでしょ!私には…」


「荷が重い、なんて事はない。ホタルこそ自己評価を改めるべきだ。才能を今まで眠らせていたんだからな。」


ヒムノン室長とタンタンが口を揃えて"兵站整備の天才"と評したのはフロックじゃない。トガ元帥が見込んだ通りの才幹がホタルにはあったんだ。


「私から言わせて頂ければ、お二方とも自己評価を改められるべきですな。ホタル様にはロゼワインをお持ちしましょう。」


ワイン庫から戻った侘助がバラ色の液体をグラスに注ぎ、二人で乾杯する。


「それではごゆっくり。私は控えの間におりますので何なりとお申し付けください。」


「いいロゼワインね。侘助さん、私に…」


「様は必要でございます、男爵夫人。執事の基本中の基本は、序列を弁える事ですので。」


ドアの前で優雅に一礼してから執事は姿を消した。


「公爵様、私も序列を弁えるべきかしら?」


「よせよ。友達に仰々しい呼ばれ方をされるぐらいなら爵位なんていらない。」


「ふふっ、冗談よ。カナタと私はずっと友達だものね。」


「シュリもな。」


オレは肌身離さず身に付けている御守りの鎖を指に絡めた。ローゼから貰った剣のペンダントを至魂の勾玉とシュリから貰った緋色の勾玉が挟んでいるオレの宝物だ。


「ねえ、その御守り、ちょっと見せてくれない?」


「誰にも触らせる気はないんだが、親友の頼みじゃ断れないな。」


オレは首から提げている御守りを外してホタルに手渡した。


「これがローゼ姫から貰った剣の紋章、これは私とシュリが贈った緋水晶の勾玉……そしてこれが、八熾家に伝わる"至魂の勾玉"なのね。」


宝物三点セットを手のひらに載せたホタルは、金と赤と紫の輝きに目も輝かせる。女の子だから金細工や宝石が好きなのかな?


「ああ。対になっている"夢見の勾玉"は、地球にあるんでどうしようもないな。」


夢見の勾玉は親父の手に渡ったはずだが、天掛神社の宝物である事は知っている。疎略に扱ったりしないだろう。


「手にしていると、とても落ち着くわ。八熾の英霊は私にも加護を与えてくださるのかしら?」


「八熾の英霊!?」


「あら、知らないの? 夢見の勾玉は幻視の力を宿し、至魂の勾玉は英霊の魂を宿すって教授から教えてもらったんだけど。」


「聞いてねえ!教授のヤツ、そんな大事な事を黙ってやがったのか!」


ノートパソコンを卓上に置いて教授を呼び出す。首都にいる黒幕はすぐに通信に応じた。


「こんな夜分にどうしたんだ? 緊急事態かね?」


「緊急じゃないが重要な事案だ。教授、至魂の勾玉の能力がわかったのに何故黙ってたんだ。」


「数日前に手に入れた古文書の修復と解読が終わったのが今日の午前。その内容も口伝レベルで何の裏付けもない。パソコン越しにランチを共にしたホタル君、私は"まだ推測の段階だが"と前置きした筈だよ?」


なるほどね。兵站整備に忙殺されていたホタルは、裏方稼業が得意な黒幕にも助言を求めたって訳か。


「だけど教授は、"至魂の勾玉は魂に関わる能力を持っている可能性が高い"とも仰ったじゃありませんか。」


名前が"至魂"だもんな。夢見の勾玉はその名の通り、幻視の力を宿していた。ならば至魂の勾玉には、魂に関わる能力があると考えるのが道理だ。


「教授、古文書の内容をかいつまんで話してくれないか?」


「確証を得てからドヤ顔で話すつもりだったのだが、納豆菌の意見も聞くとしようか。八百年ほど前の八熾家当主が残した日記を手に入れたのだよ。彼は帝の要請で、お家騒動の仲裁をしたり、飢饉や水害が起こればお救い米を運んで復興を指導したりと、各地を飛び回っていたようだ。」


「不和の芽を摘み、民を救う。御先祖ながら、偉い偉い。日記にはその顛末が記してあったんだな?」


「いや。問題を解決した後、都に戻るまでに堪能した名物や名所、参加した祭りの記述がほとんどだった。端的に言えば、グルメ観光ツアーの感想文だな。お祭り好きの食い道楽な御仁だったようだ。」


オレは椅子からズリ落ちそうになった。もちろんホタルさんは遠慮なく笑っている。


「書き記すなら御役目の内容だろ!なんでグルメガイドなんか書いてんだよ!」


「感想文だ。グルメガイドと言える程のものではない。政治手腕は豊かでも、文才は乏しいと断ずるね。」


「オレの御先祖様をディスるなよ!教授、それが至魂の勾玉とどう繋がるんだ!」


ホタルさんときたら、はしたなく腹を抱えて大笑いしてる。そこまで笑わなくてもいいと思うけど……


「ほとんど、と言っただろう。つまり例外があった。帰りの道中で、八熾家御一行は刺客の一党に襲われた事があったのだ。頭目から一騎打ちを挑まれた当主は受けて立った。武門の名誉と言うよりは、乱戦では家人に犠牲が出る判断したらしい。きっと刺客は手練れ揃いだったのだろうね。」


お仕事が終わったら放蕩三昧ってのはどうかと思ったが、家人を大切に思う心は本物。何代目様かわからんけど、評価がジェットコースターみたいに乱高下してるぞ……


「それでどうなったんだ?」


「御門の狼虎と恐れられた武家の双璧に挑んで来るだけあって、相当なツワモノだったらしく、かなり苦戦したようだ。どんな敵手だったかの記述はなかったが、"危うい勝負であったが、饅頭の食い過ぎで不覚をとっては武家の名折れ。そんな死に様では宿りて子らを見守る事も叶わじ"と記述してあった。」


「苦戦の原因は饅頭の食い過ぎじゃねーか!何やってんだよ、御先祖様!」


「ツッコミどころはそこじゃない。何に宿るのか、主語が抜けている。」


そんな死に様では宿子らを見守る、ってのは確かに妙だ。宗廟に宿りて、みたいな意味かもしれないが、それだったら主語を記すべきだし、そうではないならその一文が要らない。そんな死に様では子らを見守る事も叶わじ、でいい。教授の言う通り、文才がないな。


……いや、意図的に主語を省いたのかもしれないぞ。


「そうか、それで教授は"至魂の勾玉には八熾の英霊が宿っているのかもしれない"と考えたんだな?」


「うむ。御門家の至宝・龍石は時空を越えて妻子の魂をこの世界に呼び寄せたし、夢見の勾玉には幻視の力が宿っていた。龍石と御三家三宝に常識は通じん。超能力が実在する惑星テラの物差しで測っても非常識なオーパーツと考えるべきだ。」


「教授、八百年ほど前と言ったが、食い道楽の当主様と天継姫に面識はあるか?」


「面識どころか当事者だよ。八熾冴ノ助の嫡男が天継姫を娶る予定だった。道中でもまだ幼い龍姫への土産を買い漁っている。」


やっぱりか。魂魄を操る術において天継姫を越えるのは神祖ぐらいだろう。彼女なら所有者である八熾宗家すら知らなかった至魂の勾玉の秘密に気付いてもおかしくない。で、秘密に気付いた天継姫は、将来の義父にそっと耳打ちした、と。


「なるほど。カナタの考えている事はわかった。確かにありそうな話だ。」


「だとしても教授、追跡調査は戦争が終わってからでいい。この勾玉は能力が不明でも、決してオレのマイナスになるようなものではなく、加護を与えてくれるものだ。」


「うむ。平和になってから調査しても遅くないな。私も今は戦争の終結に力を注ごう。」


「そうしてくれ。じゃあおやすみ、教授。」


通信を終えようとしたオレを、画面の向こうにいる教授が制した。


「……ちょっと待ってくれ。たった今、新情報が入った。カムランガムランに感状を届けに行った竜胆ツバキに、何者かが接触したらしい。確証は取れていないが、おそらく帝国の工作員だ。」


皇帝め、さっそく仕掛けてきたか。確かに連邦を崩すなら、彼女からだろうな。


「どんな話をしたかわかるか?」


「現在調査中だ。極秘で何者かと接触した事実が明らかになったので、一報を送ってきた。」


「そうか。……さて、どうしたもんかな。」


「何もしなくていい。既に竜胆ツバキと随行団はカムランガムランを発ち、龍ノ島へ向かっている。明日未明に首都に立ち寄るはずだから、そこで彼女から報告がなければクロだ。」


随行団……新竜騎か。鯉門アラトの冷笑が脳裏に浮かぶ。脅威ではないが、厄介な青年。鯉沼少将から、"面倒事を起こすようなら、排除して下さって結構です"と許可は得ているが、大した根拠もなく追放すれば、鯉沼一門はいい顔をするまい。



……あの跳ねっ返りが余計な事をしてなきゃいいんだがな。竜胆ツバキの道を拓く者は御鏡雲水、破滅を招く者は、きっとアイツだ。

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