結束編16話 元帥会議・後編


※機構軍・サイド(俯瞰視点)


「結論から申し上げますと、機構軍の取るべき最善手は"総力戦"です。」


セツナは開口一番、主戦論を主張した。この場にいる全員が予想した通り、ロドニーが喜色満面で賛同する。


「良い事を言うではないか!二年以内に国力が抜かれるとしても、現在は我々が優位な訳だ。ならば、優位な間に叩き潰してしまえばよい!」


「ロドニー、事はそう単純ではない。優位である筈の機構軍が、なにゆえ今まで賊軍を駆逐出来なかったか、その原因を考える必要があろう。」


ネヴィルは、"原因はおまえだ"と言わんばかりにゴッドハルトを睨んだが、帝国の勝ち過ぎを望まなかったのは王国とて同じである。


「然り。皇帝に即位した余が龍ノ島に親征した時に、がザラゾフを抑え込めておれば、もう戦争は終わっていたであろうな。」


名指しこそ避けたが、誰ぞとはもちろんネヴィルの事である。アスラ元帥の急逝によって、最大の危機を迎えた同盟軍。本土に展開していたザラゾフ大将は文字通り、獅子奮迅の働きを見せ、兵数においては圧倒的だったネヴィル元帥を退却に追い込んだ。"界雷"ネヴィルは百余名に及ぶ手練れの近衛騎士を"災害"ザラゾフにけしかけ、十分に消耗させてから一騎打ちに臨んだのだが、それでも"人の姿をした災害"を斃せなかった。


それ以来、(恐怖を覚えた)界雷は災害と直接戦う事を避けている。ネヴィルは知らぬ事なのだが、突然のアスラの死へのやり場のない怒りと、勝利を確信した王が一騎打ちの前に、有翼の獅子が"唯一対等"と認めた軍神を愚弄した事への怒りが重なって憤怒の限界を越え、完全適合に至ったのだ。完全適合者"災害"ザラゾフを生んだのは"界雷"ネヴィルなのである。


そして、龍ノ島で決定的な勝利を収めるかに見えたゴッドハルト元帥は、兎我忠秋大佐と東雲刑部少将の死を賭した勇戦によって、島の半分を手中にするに留まった。慎重な皇帝はさらなる前進よりも現状維持を選んだのだ。


ザラゾフと忠秋、刑部の戦史に残る奮戦が同盟の瓦解を防いだカタチだが、存亡を賭けた戦いだと一枚岩になった同盟軍に対し、有利に驕った機構軍側は戦意に欠け、連携も取れていなかった。自身の全師団をザラゾフに預けたカプランは、軍神アスラの死を受けて機構軍に靡こうとする中立都市を翻意させるべく各地を飛び回り、戦場には出なかった忠冬も動揺する国内を引き締め、同盟の全資本どころか私財まで投じて戦線を支えた。


ここが正念場だと必死だった三大将に対し、ゴッドハルトは帝国による龍ノ島の植民地化しか考えていなかったし、ネヴィルはゴッドハルトの勝ち過ぎを警戒し、本土での戦いに集中出来ていなかった。機構軍が勝ち切れなかった原因は、王と皇帝の不和にある。


しかし……最大の危機を脱し、劇的な巻き返しに成功した同盟軍も戦況が落ち着くと、懸命に結束を唱える刑部の尽力も虚しく、アスラ元帥の後継を巡って派閥抗争を始め、戦争は泥沼化してしまった。アスラ元帥の娘・御堂イスカは、父の同志だった三人の英傑が相争う姿を見て育ったのである。


「乾坤一擲の勝負も結構ですけれど、もう一つの道がございますわね。」


穏健派のフーとはソリが合わないネヴィルは、うっかり本音を漏らしてしまった。


「雇われママは黙って金だけ出せばよい!おまえの師団は大した戦力ではなかろう!」


「ネヴィル元帥、金蔓にも出す相手を選ぶ権利があるとご存知かしら?」


ネヴィルより遥かに政治勘に優れたゴッドハルトは、政敵の失言に即座に乗じる。


「ネヴィル国王、雇われママ呼ばわりはフー元帥に失礼だろう。撤回し、意見を拝聴すべきだ。」


武人としてはゴッドハルトを寄せ付けないネヴィルだが、皇帝の土俵である政局においても、一点だけ優る点があった。それは、"知恵者を傍に置き、意見を聞く事"である。ゴッドハルトになんとか対抗出来た要因は、宿老のリチャードの意見は比較的素直に聞き入れ、軍師格のサイラスの助言は警戒しながらも参考にしてきたからだ。信用が置けぬながらもゴッドハルトと互角に渡り合えたサイラスはもういない。だが、リチャードはまだ健在である。


「陛下、お恐れながら私も今の発言には問題があると思いまする。」


「……余とした事が昂ぶりを抑え切れず、言葉が過ぎた。フー元帥、先ほどの失言は撤回し、謝罪する。」


意地を張って突っぱねてくれた方がフーにとっては好都合だったのだが、とりあえず意見を述べる事は叶った。フーはローゼの意向を汲んで発言する。


「総力戦を行えばどちらかは滅びます。そして、滅ぶのが我々ではないとは言い切れないでしょう。我々が勝つにしても、夥しい人命が失われる事は間違いありません。まだ優位さを保っている今こそ、停戦を考えてもよろしいのでは?」


「何と弱気な!フー元帥、負けたら滅びればいいだけだ!弱肉強食こそ世の摂理だろう!」


ロンダル派随一の武闘派ロドニーがそう言い出すのは想定の範囲内だった。


「野生の掟に人間が従う必要はありませんわ。」


「では停戦したとしよう。数年後、国力で機構軍を凌駕した同盟軍が満を持して仕掛けて来ないと誰が言える?」


本音は戦いたいだけにしても、一応は筋の通った反論である。フーは反論に反論した。


「そうならないように、我々も国力を高めるのです。それこそ一枚岩になって、ね。」


「傾聴に値するご意見ですが、同盟軍は信用出来ません。」


セツナが懐疑的な姿勢を見せたが、フーからすれば、最も信用ならないのは朧月セツナである。


「そうかしら? 貴方よりは信用出来そうですけれど。」


黒い噂の絶えない、と枕言葉をつけたいフーだったが、さすがにそれは自重した。


「ネヴィル陛下、ゴッドハルト元帥、私はある研究を行っていて、実用化の目処が立ちました。その研究とはある遊牧民の一派が持つ希少能力についてです。」


ネヴィルとゴッドハルトには、それがザハト族の事だとすぐにわかった。かの一族の生き残りは僅か二人。最後の兵団の部隊長、ラシャ・ザハトとその姪のサラサ・ザハト……


「何を掴んだ。」 「話してみよ。」


王と皇帝の態度がガラリと変わった事にフーは気付いたが、何の話なのかはわからない。


「一族のルーツは龍ノ島にあります。傍流の二人は自分にしか秘術を行使出来ませんが、始祖の血族は違う。儀式に必要なキーパーツは既に私が所有しています。後はキーパーソンさえいれば……」


この男は途轍もなく邪悪な事を考えている!子細はわからずとも危険を察知したフーは、魅了されつつある元帥二人に警告した。


「ネヴィル元帥、ゴッドハルト元帥、怪しげな研究に惑わされるべきではありません!」


フーの不幸は、その怪しげな研究の成就こそが、王と皇帝の最終目標である事を知らなかった事だ。


「それで? そのキーパーソンを手に入れたら…」 「おまえはどうするのだ?」


不老を得て永遠の支配者になる誘惑から逃れられない元帥二人は、野心家の思うツボに嵌まっていた。サラサ・ザハトを手にしたネヴィルも、かつては手にしていたゴッドハルトも、ザハト族にやまと人の遺伝子が混じっている事は知っている。元帥二人はザハト族の墓まで暴いて調査したのだから。


西域の諸民族にも希少能力を持つ血族はいるが、東方、特に龍ノ島には他に類を見ない超常能力を持つ血族がいる。最も希少とされる邪眼能力の保持者も、八割は龍ノ島出身かルーツが島にあるとされているのだ。ザハト族のルーツが龍ノ島にあるというセツナの言葉には説得力があり、事実、それに関しては嘘をついていない。


心で意思を伝えられるテレパス通信が、御門家の持つ希少能力・天心通を解析して開発された事はトップシークレットであったが、最高権力者であるネヴィルとゴッドハルトは把握していた。キーパーツとは龍石、キーパーソンとは……


"魂を新たな器に宿せる秘術を使える血族は、御門家以外にない!なんとしてでも龍姫を我が手に!"


王と皇帝は同じ事を考えた。御門家の血を引く者ならば、カナタとアギトがいるのだが、秘術を行使出来るかは不明で、可能であっても分家の彼らはザハト族のように行使の対象が自分自身に留まる可能性が高い。第一、どちらの狼も極めて危険で、とても自分の魂を委ねられる相手ではなかった。


魂を移す儀式となれば心龍眼を持つ巫女王・御門命龍こそ最高最良に違いのだ。仁愛の龍姫ならば臣民を人質に取れば、儀式に応じるはずである。応じなくとも、完全適合者ではない彼女なら洗脳も容易い。


十分に勿体つけてから、セツナはネヴィルとゴッドハルトが喉から手が出る程欲する提案を持ち掛けた。


「我々で共有します。……そう、我々三者で、ね。」


どんな条件を出そうが、ドラグラント連邦が至尊の座につく最高権威を引き渡す訳がない。つまり、戦って奪うしかないのだ。セツナもネヴィルもゴッドハルトも生ある限り、永遠の支配者になる野望を追い続ける。そして龍姫を我が手にと考えた彼らは正しかった。


カナタもアギトも光平も心転移の術を行使出来るが、その対象は自身か、その血縁者に限られていたのだ。異母兄弟とその息子は心龍の血族でもあったが、狼の系譜に連なっている。天狼の加護を受けるカナタも、月狼の加護を二分するアギトと光平も、力の源泉は八熾家にあった。


御門家とは縁もゆかりもない天掛光平の妻、風美代が時空を越えて新たな肉体に転移出来たのはミコト姫と……まだ幼く、未熟とはいえ、"神祖の生まれ変わりと称された天継姫"と同等の力を持つアイリの力が合わさったからである。


「……皇帝よ、ここは一つ、手を組まんか?」 「……よかろう。セツナよ、おまえは何を望むのだ?」


到底信用出来る相手ではないが、龍姫を手にする為には手を組まざるを得ない。筋書きを描いた朧月セツナも、共闘を持ち掛けたネヴィル・ロッキンダムも、それに応じたゴッドハルト・リングヴォルトも、同盟を滅ぼした後はライバルを出し抜くつもりである。この星の支配者は一人でいいからだ。


「龍ノ島の全権を頂きましょう。大陸はお二方で…おっと!フー元帥と三人で分割統治されればよろしい。」


「私は!? 私も元帥だぞ!」


すっかり置き去りにされた、というより元から相手にされていなかったアムレアンが素っ頓狂な声を上げたが、誰も取り合わなかった。


"……私にはこの流れを止められない。煉獄は国王と皇帝を籠絡させる何かを握っていたのだ。そうだわ!死神スシェンから「困った時に使うといい」と匂い袋を渡されていたのだった!"


フーはポケットから香木の入った匂い袋を取り出し、紐を緩めた。


「何を共有されるつもりかお話くださいと言っても無駄なのでしょうね。両元帥も朧月少将も、きっとこの香木のように馨しい夢を見ていらっしゃるのでしょう。」


香木には"command指揮権"と公用語で刻まれている。aの筆跡に見覚えがあり、それはアリングハム公サイラスの特徴であった。知恵者二人は共謀して、最悪を避ける手を講じておいたのだとフーは悟った。


「余と国王が合意した以上、決戦の裁定は覆らぬ。」 「フー元帥にも協力してもらうぞ。」


皇帝と国王の圧力にフーは命を賭けて抵抗する。ささやかではあっても、希望の種を摘み取らせない為に……


「やむを得ませんね。ですが一つだけ、条件があります。薔薇十字とノルド師団の指揮権を私に預けて頂きましょう。よろしいですね?」


「認められんな。薔薇十字は帝国に属する組織だ。」 「却下だ。ノルド師団の指揮権は王国にある。」


フーは懐中の切り札、ローゼとサイラスが共同署名した信任状を突き付けた。


「認められないのならこの場で私を殺す事です!騎士道精神とやらで女を手にかけられないのなら、自害して差し上げましょうか? 忠告しておきますが私が死ねば、決戦の前に獅子身中の虫に苦しむ事になるでしょう!」


一歩も引かぬ覚悟を宿したフーの眼光に、ゴッドハルトもネヴィルもたじろいだ。今まで、この女元帥は溺死を覚悟で濁流に逆らう事はなかったのだ。流れに逆らわず、さりとて流れに身を任せる事もなく、取れるモノだけ取る女。しかし今は、濁流に抗って岩にしがみついている。フーの変貌を冷静に見ていたのはセツナだけだった。


"私が殺されても問題ない。野薔薇の姫がきっと、同胞を良い方向に導いてくれる。師父の信じたこの星の未来、スティンローゼ・リングヴォルトは、傅彩明が守る!"


フーは薔薇十字とサイラス派の指揮権を得られなければ、この場で死して、彼らに離反の口実を与えるつもりだった。"信任状を預けたフー元帥が会議の場で殺された"となれば、離反の大義名分となり得る。


「彪、貌、私と一緒に死ねますね?」


「もちろんです、お嬢様。」 「喜んでお供致します。」


女元帥と随員を殺すのは簡単だが、極めて面倒な事になる。いや、この女は捨て石になるつもりだ。策謀家を気取る皇帝よりも頭が切れる朧月セツナは、フーの覚悟を甘く見てはいなかった。


"この女に知恵を付けたのはトーマだな。……龍虎はやはり、相容れぬ、か。友よ、愚かな道を選んだものだな。"


真の龍を自負する男は、唯一力量を認めていた虎が自分ではなく小娘に肩入れした事に失望したが、龍虎は相容れぬものだと諦めた。野心家は相手が誰でも切り捨てる判断は早い。


"戦国の世に生きた朧月刹舟は叢雲豪魔の片腕を奪ったが、引き換えに両目の光を奪われ、天下への野望を絶たれた。だが私は違う。ちっぽけな島の王に成り損ねた先祖など超越し、この星の神になるのだ!"


己こそが至高にして絶対と確信する天才は、祖霊であっても敬わない。


「フー元帥、落ち着かれた方がいい。決戦の前に内輪揉めなど、愚者のやる事だ。」


フーの要求は予想外だったが、セツナの目指す神世紀の実現には龍姫が必須である。


"今、薔薇十字とサイラス派が離反すれば、同盟に付け入る隙を与えてしまう。最悪なのは決戦の最中の寝返りだが、そこまで話が出来ていまい。薔薇十字だけならそれもあり得るが、サイラスも噛んでいる。小娘は少しでも味方を増やしたいと思ったのだろうが、同床異夢のサイラスと手を組んだのはマズかったな。奴がノルド王国の復活を最優先する事は、密約を交わした日和見も知っているだろう。双方から信用されていないサイラスが動くとすれば、勝敗が見えてからだ。フーとて、夏人街を人質にすれば思い切った事は出来まい。トーマも大勢が決すれば、私と戦おうとは思わないはずだ。"


算盤を弾いたセツナは、面従腹背を容認して決戦に挑むと決意した。不老に目が眩んだ老害二人の説得など、容易い事である。



かくして、会議をリードしたセツナの思惑通りに、同盟軍との最終決戦、"オペレーション・アーマゲドン"の発動が決定された。

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