結束編12話 ルーズヴェルト・ゲーム



先行されたウルブズだったが、すぐに反撃に転じ、リードしたりされたりのシーソーゲームになった。キャプテンのオレは先発のトッドさんからソロ、二番手のバクラさんから2ランを放ったが、スパイダーズもマリカさんとイッカクさんが、それぞれホームランを放っている。パワーヒッターの多いガーデン野球は空中戦になりがちなのだ。


バクラさんやカーチスさんもホームラン性の当たりはあった(というより、普通にホームランだった)のだが、そこはウルブズの誇る外野の要、ナツメがフェンスを蹴っての三角飛びでスーパーキャッチし、事無きを得た。センター方向にホームランを打ちたいなら、スタンドの中段以上に叩き込まないと野球の天使に阻まれるのだ。


だが、スーパーキャッチを得意とするのはナツメだけではない。


「うっし!完璧だな。バクラ、アンタはホームラン配給王だねえ。」


2アウト、ランナーなし。こういう場合、スラッガーは一発を狙う。右翼への大飛球を放ったアビー姐さん(右投げ左打ち)は格好よくバットを放り投げ、確信歩きで一塁に向かったが、途中で足が止まった。


アーチを描く白球を赤い弾丸が凄まじいスピードで追っている。だが、いくらホームランキラーのマリカさんでも、あの高さは無理なんじゃないか?


「ゲンゴ!先に飛べ!」


「はいっ!」


里長の下知を受けたゲンゴは足の爆縮を使いながら跳躍し、空中で両腕を交差させる。硬質化した腕毛でガードされた太い腕をスパイクで蹴ったマリカさんは、ナツメを超える大ジャンプでライトスタンド中段に飛び込むと思われたホームランをキャッチしてしまった。


「うむうむ。俺の計算通りだな。」


マウンド上の(自称)エースは満足げに頷いたが、キャプテンはおかんむりだ。


「何が計算通りだ、このスカタン!アビーは典型的なプルヒッターなンだよ!外角低めのボール球を引っ掛けさせりゃあいいのに、よりによってインハイ、しかもストライクゾーンに直球なンざ投げやがって!おまえのヘロ球で打ち取れる程、甘いバッターじゃないンだよ!」


だよなぁ。少なくとも初球に内角高めの速球はないわ。カーブとスライダーを持ってんだから外角低め、ストライクゾーンからボールゾーンへ逃げる変化球でも投げて、打ち気を逸らすべきだろうに。


ま、オレもピッチャーをやってわかった。投手冥利に尽きるのは、高めの速球で空振りさせた時と、低めの速球を見逃しさせた時だ。


「誰がヘロ球だ!豪傑の俺様らしい豪速球だろうが!」


バクラさんの速球は260kmちょいだから、ガーデン基準でも速い部類に入る。とは言え、球質の重さが売りの豪球"槍投げストレート"に自信を持ち過ぎなんだよね。奪三振率は高いが、被弾率も高いのは三振狙いばっかしてるからだ。だいたい、アビー姐さんが速球に強いのはここまでの試合でわかってるだろうに。


「マリカ、次のイニングはカナタからだぞ。バクラじゃまた場外ホームランを喰らう。いくら俺が配球を工夫しても、サインを無視するのでは意味がない。」


女房役を務めるイッカクさんは、ベンチに戻るバクラさんを険しい目で睨み付ける。任務ではスーパーサブが主な役割の先発投手トッドさんは(口ではあれこれ言いはするが)、誰とでも呼吸を合わせられる。バクラさんは任務ならともかく、趣味では人に合わせる気はないらしい。


……まあ、そもそもバクラさんは、イッカクさんやダミアンとは気も合わないんだけどさ。後輩部隊長としては、もっと仲良くしてもらいたいんだけどねえ……


「次の回まで投げさせるつもりだったが、予定変更だ!ラセン、攻撃中に肩を作っときな。」


「おい、待てよ!もっかいカナタと勝負させろ!」


バクラさんは食い下がったが、マリカさんは首を振った。


「ダメだ!おまえみたいな自己中にこれ以上マウンドを任せられるか!だけどイッカク、おまえにも問題がない訳じゃないンだよ。」


キャッチャーマスクを外したイッカクさんは、不機嫌そうな顔を隠さない。


「俺の何が問題なんだ? 打者の特徴や傾向からしっかり配球を考え、ゲームを組み立ててきたつもりだが。」


「ああ、おまえ一人でな。」


「何が言いたい?」


「いい女房役ってのはね、投手の気持ちを汲みながら攻め方を考えるもんだ。黙って俺の構えたところに投げてろじゃあ、バッテリーじゃないンだよ。」


……そうか。マリカさんはあえて気の合わないバクラさんやトッドさんとバッテリーを組ませたんだ。


「アタイらはそれぞれの得意分野じゃ超一流、だがそれだけに個性も好みも違う。大切なのは、違いを埋める事ではなく、理解する事さ。戦争も野球もやるもんだ。遊びで共闘出来ない奴が、任務で力を合わせられるのかい?」


忍者の言葉を聞いた武道家と槍術家は、顔を見合わせた。お互いに思うところはあったようだ。


「マリカ、予定通りの継投にしないか? この馬鹿が納得して投げられる配球を考えてみる。」


「馬鹿は余計だ、鬼瓦。マリカ、もうサイン無視はしねえ。あと1イニングやらせてくれ。」


三バカもダミカクもプロフェッショナルだから、気は合わずとも戦場ではキッチリ連携出来る。だけどアスラのエースは、プロフェッショナル以上の連携を求めているんだな。


……シュリは、"火隠忍軍の強さを支えているのは、異能ではなく絆の深さなんだ"と言っていた。火隠、氷牟呂ひむろ、風牙、土雷、地走、数ある忍軍の中で火隠の里が最強とされるのは、絆の強さなのだろう。


─────────────────────


パイソン(1~3回)、シオン(4~6回)、ナツメ(7回)と継投し、6対6の同点で迎えた8回表にウルブズは決断を迫られた。リリーバーとしてマウンドに上がったレラ少尉は2アウトまでこぎつけたが、2つのアウトと引き換えに砂の魔球"サンドインパクト"の攻略に成功したスパイダーズは満塁のチャンスを作る。


そしてこの絶好機に打席に立ったのは、エースで主砲のマリカさんだった。


(リリス、オレが行く。)


(だけど、まだ9回の表が……)


(2アウト満塁だからバットに当たった瞬間にオートスタートだ。一塁ランナーに代走を出してるから、長打を食らえば3点取られる。四の五の言ってられる状況じゃないだろ。)


マリカさんの※勝利打点はオレと並んでトップ、チームを勝利に導く打者なのだ。


(……そうね。満塁ホームランを打たれたら試合はほぼ終わり。出し惜しみはナシにしましょう。)


少女監督はベンチを出てピッチャー交代を告げた。


「ウルブズの選手交代をお知らせします。ピッチャー・アシリレラ少尉に代わりまして、天掛特務少尉。ショートストップにウォルスコット少尉が入ります。」


アナウンスが場内に流れると観客がドッと沸く。この試合で最高の見せ場だ、盛り上がらない訳がない。投球練習を終え、いざ勝負だ。


「やっぱり出てきたか。カナタ、アタイは手加減しないよ!」


バッターボックスに立ったマリカさんは赤バットの先をマウンドに向けながら緋色の瞳を輝かせた。


「加減したら打てない。遠慮せずに全力で来い!」


足を高々と上げて、挨拶代わりの第1球だ!インローの速球をすくい上げたマリカさんだったが、結果は大ファール。あと3m右に寄っていたらホームランだったな。


「命拾いしたねえ。」


赤いバットをクルクル回すマリカさん。だが、初球はオレの計算通りだ。あわやホームランという打球に客席はどよめいたが、電光掲示板に"290km"と球速が表示されて、またどよめいた。


「拾った命じゃないさ。ファールを打たせてカウントを整える球だった。」


「お得意のハッタリじゃなさそうだねえ。ま、どんなに速かろうが、アタイの爆縮打法の敵じゃない。」


コンパクトに振りながら、あそこまで飛ばせるのは、やっぱり手足の爆縮を使ってるからか。オレは290kmの速球に270kmの※SFFとスライダーを駆使して首位打者を打ち取ろうと試みたが、カウント3-2になってしまった。歩かせても押し出しで勝ち越し点を与えてしまうから、もうボール球は投げられない。


「さて、オーラスだ。覚悟はいいかい?」


「そっちがな。」


3ボールまではボール球を打たせて取るプランだったが、ストライクゾーンギリギリのスライダーで2ストライクに追い込めた以上、プラン変更だ。三振で切って取る!


大きく振りかぶりながら手足の爆縮を連動し、無双の至玉を発現させて念真力を増幅。温存していた決め球を使うのは今だ!


「我が必殺の"ゴールデンストレート"を受けてみよ!」


際どいコースを狙う必要などない。ゴールデンストレートを信じて、ド真ん中に投げ込むだけだ!


「もらった!爆縮炎熱打法!」


燃えるバットが黄金の軌跡を描く速球を捉える!


「なにっ!!」


真芯で捉えたと勝利の笑みを浮かべたマリカさん、しかし黄金のオーラを纏った白球は赤バットを粉々に砕いて、アビー姐さんのミットに収まっていた。


「ストライクッ!バッターアウトッ!」


電光掲示板に表示された球速は時速300km。オレが保持していた今大会の最高速度を更新したな。どんなに速くてもマリカさんなら捉えるだろうが、豪の魔球"ゴールデンストレート"の真価は、バットを無理矢理へし折って打ち取る事にある。


「この打席はしてやられたが、試合はスパイダーズが勝つ!みンな、ガッチリ守るよ!」


絶好機で凡退したマリカさんだったが、すぐに気持ちを切り替えてチームを鼓舞した。緋眼のマリカは骨の髄まで指揮官で、頼れるキャプテンなのだ。


8回裏の攻撃は下位打線が曲者リリーバーの"チャッカリカーブ"に翻弄されて無得点。本人は"ミラージュカーブ"だと言い張っていたが、チームメイトまでチャッカリカーブって呼んでいるんだから、チャッカリカーブでいいだろう。


9回表のマウンドに立ったのはこちらも曲者、全ポジションをそつなくこなせる真のユーティリティプレイヤー、ロバート・ウォルスコットだ。アンダーとサイドでそれぞれ7種の変化球、計14種の癖球で同じ球を1球も投げずにアウト2つを奪ったが、5番のカーチスさんに痛恨のソロホームランを打たれてしまった。


「すまねえ大将。勝ち越されちまったよ。」


気落ちせずに後続のゲンゴを打ち取ってベンチに戻ったロブは反省の弁を述べたが、詫びる必要などない。


「急な登板をよく最小失点で凌いでくれた。1点差なんてないも同然だ。」


「だよ!9回裏にはドラマが待ってる!トップバッター・ナツメ、行ってきまーす!」


最終回の攻撃は打順良く1番からだ。土壇場の強さを見せてやるぜ!


「可愛い妹とは言え、チームの為だ。無念の凡退で終わってもらうよ。」


マウンドに立つのはパーフェクトクローザーのマリカさん。全試合でクローザーを務め、失点どころか一本の安打も許していない。当然、防御率は0,00だ。


「敬愛する姉さんであってもチームの為に……貧乳の名に賭けて、打つ!」


絶対的なクローザーを相手にナツメは懸命に粘ったが、決め球の"ファイアースプリット"の前に敗れた。マリカさんは290km近い速球を投げて来るが、真に恐ろしいのは速球ではなく高速ナックルだ。


野球におけるスプリットとは、指を挟んでスプリット投げるからそう呼ばれているのだが、マリカさんのファイアースプリットは、ブレ幅がべらぼうでボールが揺れるどころか分裂スプリットして見える。まさに炎の分裂魔球だな。


「ナツメの逆手打ちでもミート出来ないとは、恐るべき魔球だな。」


「妹の次は親友かい。勝負とはいえ難儀だねえ。」


マリカさんとシグレさんの対決か。なんとか塁に出てもらわないと、オレまで打順が回って来ないぞ。


(シグレさん、追い込まれたら分裂魔球が来ます。狙うのは…)


(カウントを整える為のファイアーストレートか、ファイアーシュートだ。任せておけ。)


一球入魂、シグレさんは極限の集中力で288kmの火の玉ストレート(物理)をレフト前に運び、出塁してくれた。初球にヤマを張って賭けに勝ったのだ。


「ナイスだ、シグレ!アタシが試合を決めてやるよ!」


一発逆転のチャンスで打席に立ったアビー姐さんは、曲がり幅の大きいファイアースライダーを打ち損じてキャッチャーフライ。口惜しさのあまり、バットを握り砕いてしまった。ここまでスライダーを隠し持っていたマリカさんの作戦勝ちだな。


「カナタ、後は任せたよ。マリカの事だから、まだ見せてない球種があるかもしれない。」


ネクストバッターズサークルのオレにアドバイスしてからアビー姐さんはベンチに戻った。


「さっきの借りはここで返す。おまえを打ち取ってゲームセットだ。」


マウンドの上からオレを見下ろすマリカさん。まさか、オレと勝負する為にわざとシグレさんに打たれたんじゃあるまいな?


「オレが最後のバッターになるのは間違いないな。予告しよう、オレは歩いてホームに戻って来る。」


バットの先でスタンドを指して自分を追い込む。サヨナラホームランを期待して、スタジアムの熱狂が最高に高まったな。観客を味方にするのも大事な事だ。


「マリカ様、試合に勝つならここは敬…」


動かずの源五郎、すなわちただベンチに座ってるだけのお爺ちゃんだった老監督がファールグラウンドまで出て来てクローザーに声をかけたが、台詞を聞き終える前に拒否される。


「敬遠なンぞするか!勝負だ!」


一応、言ってみただけのお爺ちゃんはベンチに戻って茶を啜り始めた。ホントに最初から最後まで見てるだけのお爺ちゃんで終わる気らしい。


燃える瞳のクローザーは、初球からファイアースプリットを投じて来た。マジでボールが3つに見えやがる。厄介だぞ、これは。


「ゾーンに入ってるのに手が出ないのかい? もういっちょ行くよ!」


ハッタリかと思ったが、2球目もファイアースプリット!辛うじてバットに当てたが……マズい!オレはフェアゾーンに転がりそうだった打球を、腰を捻って無理矢理ファールにする。危なく内野ゴロで仕留められるところだったぜ。


「タイム!」


追い込まれたオレは打席を外して右手に滑り止めスプレーをかけ、に立った。


「ふぅん。カナタはスイッチヒッターだったのかい。だが、右対左が有利なンてのはアタイにゃ当て嵌まらないよ。いいピッチャーは左右を苦にしないもンさ。」


一般的に右投げの投手には左打者が有利とされる。だがオレは、一般論を信じて左打席に立った訳じゃない。信じるのは己の力、無双の至玉を顕現させて念真力をマックスに引き上げ、準備完了だ。


「この打法は左打席でしか出来ないんでね。」


バッターボックスで腰を落として居合の構えを取る。マリカさんの性格からして一球外して様子を見る事はない。次の一球にオレの全てを賭ける!


「片手でアタイの球をスタンドまで運ぼうってのかい。やれるもンならやってみな!」


トドメとばかりに投げ込んできたファイアースプリットは3つではなく5つに分裂。そう来ると思っていたぞ!


「鞘の内の勝負、見えたぞ!」


分裂して見えようが、本体は一つ!炎の幻影に惑わされるな!


「これがオレの居合斬り打法だ!どりゃああああーーーー!!」


計算通りにジャストミート、後はバットの真芯に集中した無双の念真力と、利き腕の腕力を信じて振り抜くのみ!


打席でバットを天に掲げたまま、打球を見守る。ウルブズナインの祈りを乗せた黒球(言うまでもないが、マリカさんの魔球は一球ごとに黒焦げになる)は黄金の虹となって、右翼席上段に飛び込んでくれた。逆転2ランでサヨナラ勝ちだ。


ゆっくりとベースを一周した後、チームメイトにもみくちゃにされ、マウンドから降りてきたマリカさんと握手して健闘を称え合う。



ゲームスコアは8対7。※ルーズヴェルト・ゲームの完成だな。


※勝利打点

野球において、試合を勝利に導いた打点。2-2で推移した試合が3-2のスコアで終わった場合、3点目の打点を上げた選手に勝利打点がつきます。


※SFF、スライダー

スプリットフィンガーファストボール、縦に変化する。スライダーは変化球で横にスライドする。


※ルーズヴェルト・ゲーム

野球好きで知られたアメリカ合衆国第32代大統領、フランクリン・ルーズヴェルトがニューヨークタイムズ紙の記者に送った手紙に「一番面白い野球のスコアは8対7だ」と記されていた為、8対7で終わった試合はルーズヴェルト・ゲームと呼ばれています。

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