結束編11話 名手からの苦言



楽な試合は一つもなかったが、ゴールデンウルブズはなんとか決勝まで勝ち上がった。初戦でパイソンさんを、二戦目で薄氷の台の上で綱渡りするような試合展開ながらも辛勝し、シグレさんを引き抜けたのが大きい。大会ナンバー1二塁手の評価は伊達ではなく、打っては打率6割(出塁率は8割近い)、守備ではノーエラー。巧打に好守を連発してチームを救ってくれた。


しかし特筆すべきは巧打や好守ではなく、普通の、当たり前のプレーだ。投手がコントロールミスをしようが、必ずしも打てるものではないのだが、シグレさんは失投を絶対に逃さない。そして守備では、バットに当たった瞬間にもう走り出している。普通の二塁手なら飛び付いて好捕すればなんとかって際どい打球を、余裕を持って捌けるのはシグレさんだけだ。


真の名手はファインプレーを見せるのではなく、難しいはずのプレーを普通のプレーに見せてしまうものらしい。足の速さならオレの方が上なのに、守備範囲が変わらないのはそういう訳だ。


シグカナの二遊間に、センターのナツメ。野球はセンターラインを固めるのが基本だが、ゴールデンウルブズは鉄壁だな。後は捕手だが、そこは準決勝で引き抜いたガーデン最強のブロッカーに任せよう。


「アタシにキャッチャーをやれだって? 準決までずっとファーストだったんだよ。」


試合前のミーティングでファーストからキャッチャーへのコンバートを伝えられたアビー姐さんは、珍しく自信がなさそうだった。


「アビー姐さんのブロッキングはガーデン最高、キャッチングも肩も申し分ないし、ファーストには勿体ないです。」


捕球技術の高さは活きるが、ブロッキングと強肩は一塁手では宝の持ち腐れだ。現一塁手のリックはコンバートせずに打撃に専念させたいしな。


「だけどインサイドワークがねえ。アタシが細けえ事が苦手なのはカナタも知ってんだろ?」


「配球や内外野のシフトチェンジはリリスがやりますから問題ありません。大事なのはボールを後ろに逸らさない事と、本塁に突入してくるランナーをパーフェクトブロックする事です。」


野球に限らず、この世界のスポーツは全般的に荒っぽい。当然、コリジョン・ルールなんざないんで、サードランナーは体当たりでキャッチャーにボールをこぼさせようとする。アビー姐さんの率いるタイタンズは殺人タックルで強引に加点し、準決勝まで勝ち上がったようなもんだ。


「なるほど。そういう事なら任せときな。アタシが当たり負けなんざするもんかい。」


アビーブロックと勝負出来るのは、同じ重量級のイッカクさんの気合い溜めパワータックルか、赤い閃光の弾丸タックルぐらいだろう。


「ポジションが決まったところで、主砲に苦言を呈しておこう。」


パイプ椅子に腰掛けたオレの背後に立ったシグレさんから殺気を感じるのは気のせいだろうか……


「……な、なんでしょう?」


「ショートストップ兼クローザーで四番の天掛キャプテンは決勝までの4試合で打率5割、ホームラン8本、23打点と大活躍だ。特に得点圏打率が8割を超えているのが実に頼もしい。戦場と同じく、勝負強さが光っている。」


「いやあ、我ながら上出来ですねえ。」


ここまでソロホームランは1本だけなんだよね。いくらどのチームも逃げずに勝負してくれたとは言え、主砲らしくいい仕事をしてるなー。


「だが!ここぞという場面で打てなかった事が三度ある!第二戦でのコトネ&アブミ。それに準決勝でアビーがマウンドに立った時だけは得点圏にランナーがいながら凡退した。」


「うっ!そ、それは…」


「先発のサクヤ、それに最終回のマウンドに立った私からはホームランを打っておきながら、コトネとアブミには振り遅れの三振。解せんなと思っていたが、昨日のタイタンズ戦で合点がいったぞ!カナタはお色気投法に弱いのだ!」


首に回った腕が容赦なく締め上げてくる。胸のボタンを外して投げてきたコトネのブラチラ投法と、登板前にベンチで(胸のあたりに)水を被ってきたアブミさんのブラ透け投法にしてやられたのは確かなんだが……く、苦しい……


「おいおいシグレ、アタシは色仕掛けなんざ使ってないよ。」


「結果的に色仕掛けになっていたのだ!9回裏2アウト2塁で四番のカナタを打席に迎え、気合いの入ったアビーはパンプアップし過ぎてユニフォームの上着をビリビリに破ってしまった。で、バルンバルンする褐色スイカに目を奪われたカナタはあえなく三振!延長戦で勝てたから良かったものの、あそこで決めるべき試合だった!」


「ハハハッ!試合前にキーナムが"姐さん、今日の試合にゃコレを付けてくださいよ"って伸縮素材のブラジャーを渡してきやがったのは、アレを見越してやがったんだねえ。いやはや、危うく満員のスタジアムでストリップショーをやるとこだったよ。……ところで準決で殊勲打を放った二番打者さん、カナタの顔が紫色になってるんだけど、試合前に四番を殺す気かい?」


少しだけ首を絞める腕を緩めたシグレさんは、耳元で囁くように警告してくる。……今までに聞いた事がない怖い声だ。


「スパイダーズのクローザーはマリカだ。もし、バルンバルンする胸に見蕩れて凡退したら、師の私が制裁する。これは脅しではなく、本気だぞ?」


「ぜーはーぜーはー……し、師匠……マリカさんのお胸はバルンバルンではなく、ボヨンボヨンです……」


「どっちでもいい!私からホームランをかっ飛ばしたのだから、マリカからも打て!それで平等だろう!」


意味はわからんが、怒りは伝わった。師匠の好感度を上げる為にも試合で頑張ろう。


───────────────────────


試合前のスタジアムに盛大な花火が打ち上げられ、夜空を彩る。終電を気にする必要がないので、試合開始は19:00だ。下馬評通り、決勝に勝ち上がったのはゴールデンウルブズとレッドスパイダーズだった。


両チームのスターティングメンバーは……


===レッドスパイダーズ===


1番(遊) 漁火ラセン

2番(中) 火隠マリカ

3番(一) 阿含イッカク☆

4番(三) 鬼道院バクラ☆

5番(捕) スコット・カーチス☆

6番(右) 田鼈ゲンゴ

7番(左) ウォーレン・ランス

8番(二) 灯火ホタル

9番(投) トッド・ランサム☆


監督 田鼈源五郎


===ゴールデンウルブズ===


1番(中) 雪村ナツメ

2番(二) 壬生シグレ☆

3番(捕) アビゲイル・ターナー☆

4番(遊) 天掛カナタ

5番(一) リッキー・ヒンクリー

6番(三) シオン・イグナチェフ

7番(左) ピエール・ド・ビロン

8番(投) パイソン・キング☆

9番(右) キンバリー・ビーチャム


監督 リリエス・ローエングリン


☆印が入っているのは敗退チームからの引き抜き選手だ。ゴールデンウルブズはイーストドラゴンズのエースで、砂の魔球を操るアシリレラ少尉も引き抜いてるから投手陣は充実している。とはいえ、スパイダーズには三バカとイッカクさんがいるんだよなぁ……


ゴールデンウルブズは野球式のオーダーを組んでいるが、スパイダーズはベースボール式のオーダー。二番に最強の打者を置いてる。1回でも多くマリカさんに打席を回したいってところだろう。準決勝まではマリカさんを一番に置いていたが、アビー姐さんの捕手起用を読んで二番に回したようだ。どんなカタチでも出塁すれば二盗、三盗を決める盗塁王&首位打者だが、流石にガーデン屈指の強肩を警戒してきたらしい。


カクテルライトに照らされて両チームが入場し、これまでの熱戦のダイジェストがバックスクリーンに流れる。先攻後攻を決めるコイントスが行われ、いよいよプレーボールだ。


「さあ行くぜぇ。俺ッチの魔球を打てるもんなら打ってみな!」


先発を任せたパイソンさんが、大きく腕を振りかぶる。


「魔球かお灸か知らんが、妻子の前だ。カッコをつけさせてもらうぞ!」


三塁側のスタンドに火車丸クンを抱っこしたアスナさんの姿が見える。貴賓席ではトガ元帥が忠雪クンを膝に乗せて一緒にポップコーンを食べてるな。どちらも微笑ましい光景だ。


カッコをつけるなんて言いながらも、ラセンさんは曲者ぶりを発揮して、巧みなカットで粘りながら、魔球サイドワインダーの球筋を後続の打者に見せる。


「流石はラセンだ。粘るじゃねえの。」


「球筋は掴んだ。そろそろ打たせてもらうかな。」


ラセンさんはバットを腰に当ててストレッチしてから、細い目に鋭光を宿して打席に立った。小手調べはお仕舞いってところかな。


「そうは問屋が卸さねえよ。喰らえ、サイドワインダー2号!」


投じられた白球はジグザグに変化し、曲者のバットに空を切らせた。球審の大師匠がもうお馴染みになった卍ポーズを決める。


「ストライクッ!バッターアウト!」


サイドワインダー2号は、ゴールデンウルブズの一員となった直後から少女監督の指導を受けて特訓し、身に付けた新魔球だ。決勝までは(渋々)温存していたが、もうベールで隠す必要はない。


「してやられましたよ。マリカ様、後はよろしく。」


ネクストバッターズサークルの里長に声をかけて、曲者はベンチに戻った。


「面白くなってきたねえ。パイソン、サイドワインダー2号とやらをアタイにも投げてみな!」


大会最高打率を誇り、打点とホームラン数は2位の盗塁王は打席で嘯いた。


「お望みとありゃあ見せてやるぜぇ。出し惜しみは蛇の流儀じゃねえからなぁ。」


マリカさんの性格からして、ここでバントはないな。世界最速の足があるのに、決勝に上がって来るまで二度しかバントヒットを記録してない。基本的に真っ向勝負を好むのだ。


「唸れ、ガラガラ蛇よ!」


「一度見た技がアタイに通用するか!火隠れ打法、火炎打ち!」


ジグザグ魔球を燃えるバットが捉え、炎と化した弾丸ライナーは、なんとか飛び付いたシオンのグラブをレフトフェンスに直撃する。左翼手のピエールが白煙が燻る黒球(焼け焦げて真っ黒だったのだ)を素手で拾った時には、マリカさんは三塁に滑り込んでいた。華麗なスライディングの踵をベースに当てながら拳で地面を叩き、即座に塁上に立って見せるとは、エンターテイナーだねえ。


「パイソンさん、ドンマイ!試合に勝てばいいんですよ!」


気落ちする人じゃないのはわかってるが、キャプテンとして声かけぐらいはしとかんとな。パイソンさんには最低でも3回までは投げて欲しいんだ。変化球投手のパイソンさんの後に剛球投手のシオンを投げさせ、6回まで凌ぐ。それがこの試合のゲームプランだ。とはいえ、シオンの氷結魔球"ライジングブリザード"も、マリカさんには通用しないだろうなぁ。


三番のイッカクさんはサイドワインダー2号を上手く流し打ったが、打球の飛ぶ位置を先読みしたシグレさんが逆シングルで好捕。しかし打角を見てバウンドすると読み、スタートを切っていた最速の走者は本塁近くまで到達しており、間に合わないと判断して一塁に送球した。



やはり先制されたか。予想通り、ハードな試合になりそうだな。

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