結束編10話 魔球VS秘打



トガ元帥から得た情報をイスカに伝えたところ、詳しい話を聞きたいと言い出したので、急遽会見が行われる事になった。おそらく、イスカはトガ元帥を使ってザコイを罠にかけるつもりだろう。


失脚したトガ元帥はアスラ派に吸収された自派閥を奪回すべく、かつて隠し資産の作り方をレクチャーしたザコイに共闘を呼びかけるって筋書きだ。上手く行くかどうかはわからんが、ザコイが乗ってこなかったら判明している隠し資産を抑えればいいだけ。


実権は皆無と言っても、神難総督の肩書きを持つザコイは街から離れる訳にはいかない。イスカがその気になれば、いつでもさせられる。奴がまだ生きているのは、イスカがあざと過ぎるやり方を嫌っただけだ。ザコイは総督に返り咲いた直後にイスカを殺そうとしていたのだから、事故死したところで文句を言えた筋合いじゃないんだが……


今のトガ元帥ならザコイを嵌めるのを手伝ってくれるだろう。それでイスカとの関係が修復に向かえば、元帥にとってもオレにとっても良い事だ。


─────────────────


突如開催が決まったガーデンリーグだったが、出場数は32チームにまで膨れ上がった。ガーデンには結構野球好きがいたらしい。噂を聞きつけて他隊からやってきた助っ人選手も大勢いるし、賑やかな大会になりそうだ。


ベスト8まではデーゲームとナイトゲームの二試合、ベスト8からはナイトゲームのみで争う。


ガーデンリーグを制するべく結成された我がゴールデンウルブスのラインナップは……


1番(中) 雪村ナツメ

2番(二) キンバリー・ビーチャム  

3番(一) リッキー・ヒンクリー

4番(遊) 天掛カナタ

5番(投) シオン・イグナチェフ   

6番(三) ピエール・ド・ビロン

7番(捕) イワン・ゴバルスキー

8番(左) 屯田勝ノ進

9番(右) ロバート・ウォルスコット


控え投手 ウルスラ・ドーレ

     角馬牛頭丸

     仲居竹ノゾミ


控え野手 ロベール・ギャバン

     ギデオン

     角馬馬頭丸


監督 リリエス・ローエングリン


控え選手は他にもいるが、スタメンが怪我をしない限り、出番はないだろう。ノゾミだって実質は女子マネージャーだし、ギャバン少尉はサードコーチャーだ。ナツメとビーチャムは投手も出来るからリリーフにも回ってもらおう。先発のシオンに出来る限り長いイニングを投げてもらって、ウスラ、ビーチャム、牛頭丸、ナツメを必要に応じて継投させる。で、抑えはオレだ。


勝ち進んで相手チームから選手を引き抜ければ、スタメンの誰かを代打の切り札に回す。ピッチャーも補充したいところだな。


で、初戦の相手はキング兄弟を擁するコブラフィーバーズかよ。トゼンさんは参加してないけど、監督がウロコさんで、野手にサンピンさんがいるのが厄介だよなぁ……


──────────────────


「ヘイ、あんちゃん!俺ッチは手加減しねえから、遠慮なくかかってきな!」


マウンドの上でロージンをパフパフしながら、パイソンさんはベンチのオレに向かって啖呵を切った。大会のチケットは発売日に完売、当然ながらスタジアムは満員御礼だ。


「パイソン、今打席に立ってるのは私だよ!」


俊足巧打の1番バッター、ナツメさんもやる気満々だ。この日が待ち切れなかったようだな。


「プレイボール!」


本日の球審&責任審判で、大会の審判団団長も務める大師匠が試合開始を告げ、熱戦の火蓋が切られる。


(ナツメ、後続の為に出来る限り粘って。パイソンの事だから、絶対普通の球筋じゃないわ。)


少女監督がテレパス通信で指示を飛ばし、バッターボックスのナツメは頷く。


「手始めにナツメ嬢ちゃんから俺ッチの魔球の餌食になってもらうぜぇ!」


長くてしなる腕で投じられた白球は、蛇の鎌首のようにクイッと落ちた。ナツメは打ちにいくフリをしただけで、バットは止まっている。


「パイソン、待球の指示がベンチから出てるかもしれん!」


ショートを守ってるバイパーさんが警戒を促す。わざわざ声に出したって事は、ブラフをかけたいんだな?


「左のサイドスローまでは予想出来たけど、球持ちが異常にいい。リリースポイントが見辛いったらないわね。これは引き抜きの第一候補はパイソンで決まりかしら?」


リリスが捕らぬ狸の皮算用を始めたので、気が早いと野球帽のツバを指で弾く。


「ナツメが右打ちだから左で投げてるだけだ。見ろ、あの変なグローブを。あれはたぶん、どっちの手にも対応出来る特注品だぞ。」


パイソンさんはボクシングなら右構えオーソドックス左構えサウスポーも同じレベルでこなせる。野球でもやれると考えるべきだ。


「スイッチヒッターならぬスイッチピッチャーか。だけど遊びに特注品とはね。大人げなさも極まれりだわ。」


「サイドスローやスイッチよりも、球に纏わせてる念真力が厄介だな。普段から曲がりの大きい拳打に纏わせてるだけあって、軌道が読みにくい。」


「あの癖球についていってるナツメも大したもんだけどね。」


ファールで粘るナツメに、リリスは打てのサインを出した。打席を外して※九字印を切ったナツメは、戻るや否やバットの先をパイソンさんに向ける。


「貧乳の名にかけて、打つ!」


「面白え!打てるもんなら打ってみな!唸れ、俺ッチの魔球"サイドワインダー"よ!」


獲物に飛び付くガラガラ蛇のようなエフェクトを纏い、大きく縦に割れるパワーカーブ。これがパイソンさんの決め球か!


「貧乳打法・逆手打ち!」


忍者刀を持つ時のように逆手でバットを構えたナツメは見事に魔球を捉えたが、右手一本だけにパワーが足りない。しかしインパクトの瞬間に空いた左手でバットの裏を叩いてパワーを上乗せ、弾き返された白球はパイソンさんの頭上を越えてゆく。


「なにぃ!!」


「これが貧乳の力だよ!」


一塁ベースの上に立って胸を張るナツメさんに、セカンドのサンピンさんがツッコむ。


「ナツメ嬢ちゃん、今の変則打ちと胸の薄さは無関係だと思いやすがねえ……」


まったくだ。で、実況席が騒がしいと思ったら、やっぱチッチ少尉が来てんのかよ。解説はまさかのヒンクリー少将。要塞都市シュガーポットの司令官がそれでいいのか……


「さあみんな!ナツメに続くのよ!」


シオンがハッパをかけたが、セーフティバントを試みたビーチャムは、三塁線ギリギリからクラブトス、いやグラブシュートで一塁まで高速送球したパイソンさんの絶技でアウト。じっくり球筋を観察しながらバントヒットを狙い、失敗しても犠打でランナーを進塁させるって意図は買える。


で、ワンナウトランナー2塁の好機で打席に立ったリックは、魔球サイドワインダーの前に三振に倒れる。あれを初見で打つのは難しかったようだな。


「ストライク、バッターアウト!」


綺麗な卍ポーズで三振をコールした大師匠は、"魅せる審判"を体現しようとしてるらしい。


「四番・ショート、天掛カナタ。」


場内アナウンスのバイトをしてる仲居竹極バイトマスターの声がスタジアムに響くと、一塁側の観客席から大歓声が上がる。オーロラビジョンに選手のデモンストレーションまで流れるとは、技術班も暇なんだなぁ……


「かっ飛ばせ、カ・ナ・タ!ホームラン、カ・ナ・タ!」


コストの関係でベンチ入りしなかったシズルさんは学ランにタスキをかけて、応援団長をやっている。で、シズルさんの後ろで侘助が法螺貝を吹き、寂助が陣太鼓を叩く、と。


「パイソン、一塁は空いてる!そこらを考えて勝負するんだよ!」


最悪歩かせてもいい、女監督のウロコさんはエースに賢明な指示を出したが、隻眼の二塁手は首を降った。


「姐さん、そいつぁ無理でやすよ。アッシらは羅候なんでさぁ。」


だよなぁ。四番隊で勝てる勝てないなんて考える奴は、ウロコさん率いる第二中隊インテリヤクザだけだ。勝敗なんざ二の次、三の次でとにかく目先の勝負を楽しむってのが、アスラ部隊きってのイカレポンチ集団、羅候だ。


「ケッヘッヘッ、兄ちゃんよぉ。楽しくなってきやがったなぁ。」


得点圏にランナーを背負うとテンションが上がる。窮地を楽しむのも羅候だ。


「グラブを付けたままでいいのかい?」


「お見通しかよ。じゃあ、遠慮なく奥の手を披露するぜぇ!」


特注グローブを三塁ベンチに向かって投げ捨てたパイソンさんはランナーがいるのにワインドアップでモーションに入った。捕手を除けばグラブの着用義務はないのだから、ルール違反ではない。


頭の後ろで両手を振りかぶったパイソンさん、オレからはどっちの手にボールが握られているのかわからない。


「喰らえ、カモフラージュサイドワインダー!」


右手から放たれた毒蛇は鋭く曲がり、ゾーンギリギリをかすめてミットに収まる。


「ストライクッ!」


ストライクがコールされると同時に、二塁にいるナツメが首を降った。後ろからもわからないようにフォームを工夫しているようだな。ガーデンリーグ特別ルールで、塁上のランナーから打者への情報伝達は有りになっている。テレパス通信があるので禁じようがないからだ。ま、どのチームのキャッチャーも、投球前にコースの内外に寄ったりしない。キャッチャーはプロのガード屋がやってるからな。


「投球動作に入るまで右か左かわからんのは厄介だな。」


打席に立つまでパイソンさんの投球をつぶさに観察していたが、フォームの再現性が極めて高い。変則投球とキレのある変化球に目が向きがちだが、癖球を狙ったところに投げ分けられるコントロールの良さもパイソンさんの長所だ。気分良く投げられたら、チームメイトが打ちあぐねるだろう。


「さすが兄ちゃんだ。粘るじゃねえの。」


際どい球をファールしながら、狙い球が来るのを待つ。失投を期待していた訳じゃないが、甘い球は一球も来ないな。


「納豆打法が得意でね。粘らせてもらいますとも。」


変化球の種類は多彩だが、最も自信を持っているのは曲がり幅が極端に大きいパワーカーブ。主砲のオレは魔球サイドワインダーを打たなければならない。どんなに良いピッチャーでも、初回で二度も決め球を叩かれれば投球に苦労するものだ。


「その粘りもここまでだぜっ!」


右投げの魔球サイドワインダーがゾーンではなく頭を目がけて投じられた!避けなきゃ当たるビーンボールのように見えるが、パイソンさんの球のキレなら……


「もらった!」


これまでにないほど大きく曲がってインコースギリギリに入った魔球を、腕を畳んでフルスイングする。黄金の念真力を纏ったバットが弾き返した打球は、弾丸ライナーとなってバックスクリーンに突き刺さった。


オレはバットを刀に見立てて納刀パフォーマンスを披露してから、ゆっくりベースを一周する。



どんなもんだい!こちとら、爺ちゃんと一緒に昭和の野球アニメを見て育ったんだ。魔球の類にゃ慣れっこなんだぜ。


※九字印

忍者や修験者が用いる印で「臨・兵・闘・者・皆・陳・烈・在・前」と唱えながら、諸印契を結印する。

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