結束編9話 狡兎と剣狼



「左内クンに深手を負わせたのは剣聖、それは事実じゃ。じゃが、辛うじて一命を取り留めていた可能性がある。家督を孫に奪われる前の竜胆左近から"逸失技術ロストテクノロジーを買わないか?"と持ち掛けられた事があっての。」


逸失技術とは"叡智の双璧"が作り出し、現在の技術では生産が不可能なモノを指す。零式がその代表例だ。バイオメタルユニットのコアであるブラックボックスも、コピーは出来ても製造は出来ず、中身も解明されていない。現代技術は未だ叡智の双璧に追い付けていないのだ。


その事実は一部の高官だけが知っており、トガ元帥もその一人だ。


「どんな逸失技術なんですか?」


「なんでも、致命傷を負っても仮死状態で命を保てる品らしい。最近になってやっと標準装備化されたシャットダウンアプリの超強化版といったところかの。左近の事じゃから大袈裟に言うておっただけかもしれんが、"完全適合者専用"で"仮死状態を維持出来るのは24時間"と具体的な条件にまで言及したので、与太話とも思えん。」


最初にシャットダウンアプリを実用化したのは帝国軍で、優れた延命機能を持つ。オレに深手を負わされたクリフォード卿が一命を取り留めたのもシャットダウンアプリのお陰だとローゼから聞いた。だが、致命傷を負っても生命を維持出来る程の性能ではない。まだ新兵だったオレの剣が甘かったから、ローゼの腹心を殺さずに済んだだけだ。


「本当の話だと思います。完全適合者専用の"生命維持アンプル"は実在する。」


効果も実証されている。致命傷を負ったはずのケリーが生きていたのは生命維持アンプルを使ったからだ。ケリーを死なせたくない死神は貴重なアンプルを渡し、保険をかけておいた。叡智の双璧を母に持つ彼なら、持っていても当然だな。


「やはり実在したのか。左近は儂と手を組んで逸失技術を劣化量産し、一儲けを企んでおったのじゃろう。」


「左近が劣化量産を企むなら、※SBCを使えばいいだろうに。」


「それが出来んから儂に話を持ってきたのじゃよ。竜胆家が御門グループに影響力を持ったのは、当主が左内クンに代わってからじゃ。竜胆左近のような小物をグループの中枢に組み入れる程、御鏡雲水は馬鹿ではない。我龍総督のゴリ押しでグループの要職に就いた者もおるが、"制御可能な俗物"に限られておる。先帝という特大のハンディが外れれば、侮れぬ敵になると思うておったが、案の定じゃな。」


トガ元帥が雲水代表とサイラスの捕虜交換に強硬に反対したのは、帝派への嫌がらせではなく、能力を見抜いていたからだったのか。武勇はからきしだが、文治に長ける。自分と同じタイプだけに御鏡雲水の真価に気付いていた訳だ。


「雲水代表は極めて有能な執政官ですからね。」


「経済人としてもの。儂が武功に焦った原因はドラグラント連邦が成立し、雲水代表の手腕が照京のみならず、龍ノ島全土に及び始めたからでもある。立法権を駆使して、儂の"目に見えない領土"をかなり切り取りおった。」


オレの知らないところで、雲水代表&教授VSトガ元帥の暗闘が繰り広げられていたのか。で、連邦内での立法権を持たないトガ元帥は劣勢に立たされた。見えない領土、金融資産とファミリー企業への優遇を腹黒タッグに抑え込まれそうになって焦っていた訳だ。そうなる事が読めていたから、ドラグラント連邦の成立にも最後まで反対したんだな。


「まったくもう!トガ元帥、これからその見識は講和に役立ててくださいよ。」


「落ち目どころか、地の底まで転落した儂の助言に耳を傾ける酔狂さが、おヌシの強味なのじゃろうな。話を戻すが、生命維持アンプルは実在し、左近はそれを持っていた。小物が失脚した後、アンプルは誰の手に渡ったと思うかね?」


「トガ元帥は買わなかったんですよね?」


「法外な値を吹っかけられたし、逸失技術はそう簡単に解析出来るものではない。そもそも、兎我家は生体工学に強い企業は持っておらん。戦場に立つ気のなかった儂には有難味も薄い。」


となれば、答えは一つだ。


「だったら左内さんが持っていたとしか考えられませんね。だけど、生命維持アンプルは完全適合者専用、左内さんは準適合者だったはず。」


「子供は飲用禁止の薬と同じではないかのう。危険だから禁じておるだけで、薬効はあるじゃろう?」


「確かに。持っていたならあの場面で使わない理由はない。効果があるかないかとか、副作用云々とか言ってられる状況じゃなかったんだから。」


完全適合者専用ってのは、戦闘細胞に働きかけるって事なんだろう。一般兵には効果がない、もしくは仮死から目覚められずに死亡するのかもしれないが、戦闘細胞含有率が高い準適合者なら、不完全でも一定の効果があってもおかしくない。


「総督府には専属医が常駐しておるはずじゃし、手術室もある。即死を免れたなら人工心肺を取り付ける事は可能じゃろう。容態が安定すれば、心臓だけサイボーグ化すればええ。総督府詰めの看護師の一人が、トガ閥幹部の娘でな。その男に頼まれて、消息を調べてみたんじゃが…」


それはオレも調べてみた。左内さんの最後を看取った者がいるとすれば、医療スタッフだからだ。


「前総督お抱えの御典医と医療スタッフは総督府攻防戦に巻き込まれて全員死亡。医療従事者の彼らが武器を手に抵抗したとは思えない。妙だなとは思っていたんです。」


ガーデンドクターのヒビキ先生や榛軍医はそこらの兵士より強いが、通常なら医療スタッフは非戦闘員だ。胸板から背中に剣が貫通したのを目にしたせいで、納豆菌の警告を流してしまっていたが、左内さんが生命維持アンプルを持っていた可能性があるのなら、話は変わってくる。


SBCの主任研究員だったサワタリ博士なら、何か知っているかもしれない。裏を取ってみよう。


「竜胆左内が生きていれば、同盟軍は捕虜交換の第一候補に挙げるじゃろう。照京の昇り龍と称えられ、誰もがその有能さを認めていた傑物じゃ。帰国した彼がミコト姫を戴く亡命政府に合流すれば、厄介な事になる。そう考える者が当時の機構軍にいてもおかしゅうない。」


「榛兵衛少将は、兵団と手を組んでクーデターを起こしました。つまり、最後の兵団は占領した総督府にいた訳です。」


最後の兵団十三人衆、オレが一人殺したからもう十二人衆か。ヤツらの中には左内さんを抹殺しかねない外道がゴロゴロいる。オリガ、バルバネス、ザハトあたりが最高に怪しい。


一命を取り留めたケリーをゾンビソルジャーにした前科のある兵団だ。処刑人ほどの強さはないが、政治力ならケリーに優る左内さんに生きていられちゃ都合が悪いだろう。しかも、剣聖の手にかかったと見せかけられる状況なら尚更な。


彼奴あやつらならやりかねんが、問題は状況証拠だけで、物証が何一つない事じゃの。」


「後はオレが調べてみます。貴重な情報に感謝します。」


「炯眼ベルゼの悪行を知りながら目を瞑っておった儂とて奴らの同類じゃよ。アレを軍法に則って処分しておれば、幻影修理ノ介が死ぬ事もなかった……誠にすまん。」


「………」


ベルゼに関しては本当に割り切れない。奴の無法は明らかだったんだから、サッサと極刑にしてくれれば……


……いや、カプラン元帥だって、モランを目こぼししていたんだ。それを言い出したら、三元帥をまとめて抹殺するしかなくなる……


オレは正しく生きようとは思わない。ただ、オレらしく生きたいだけだ。友との約束、"程々に妥協出来る世界"を実現する為に、個人的な感情は後回しにして、この馬鹿げた戦争を終わらせる。その為には流血も厭わない。


全指導者が無条件で和平交渉のテーブルについてくれるなら戦わずに済むが、それが叶う程、現実は甘くないんだ。ネヴィルを抹殺し、皇帝に"このままでは負ける"と思わせるのが当面の目標だ。


見てろよ、同盟軍を結束させて、機構軍のお偉いさん方は力尽くで、脅迫してでも和平交渉の椅子に座らせてやるからな!


「修理ノ介殿の細君、ホタル殿にこれを渡してくれ。儂からではなく、おヌシが手に入れたと言うての。」


老人は懐から取り出した赤と白、二つのデータチップを卓上に置いた。


「何のデータが入ってるんですか?」


「白のチップに入っておるのは、秋枝のまとめた"兵站学大全"じゃ。誰の目にも触れさせなかったが、ホタル殿なら役立てられる。士官学校を出ておらん夫婦はおヌシと同じように将校カリキュラムを受講したのじゃが、兵站補給の講座において灯火ホタル候補生は卓抜した成績を残した。彼女の担当教官がトガ閥の軍人でな。それなりにデキる男じゃったから、彼女の優秀さに気付いて儂に報告してきたのじゃ。」


「半分?」


「自分の倍以上優秀な者の真価が理解出来る訳がないじゃろう。燕雀に鴻鵠の器は計れぬ。」


史記を知らないはずのトガ元帥だが、一角の人物だけあって含蓄のある事を言った。


「で、またまた有益な情報を握り潰したんですか。今日はカミングアウト大会ですね。」


「最強の索敵兵というわかりやすい長所に目が向いて、兵站の母に匹敵する才能にアスラ派は気付かなかったようじゃな。まあ、ホタル殿の万事控え目な性格もその一因じゃろうが。儂も秋枝ほどではないが、兵站整備は得意としておる。じゃが、その儂の目から見ても、兎我忠冬より空蝉ホタルが上じゃ。騙されたと思うて、彼女に兵站整備をやらせてみい。儂の目が節穴ではないとすぐにわかる。」


トガ元帥は耄碌してたんじゃない。堕落していたんだ。権力と一体化していた憑き物が落ちて、英明さを取り戻したようだな。


「やってみましょう。しかしホタルも、得意なら得意って言えばいいのに……」


「自分を過小評価しているという点では、おヌシも負けず劣らずじゃよ。それから神楼総督・隥伊玅心さこいみょうじんじゃが、よからぬ事を考えておる。気をつける事じゃ。」


「彼は神楼総督ですが、実権は皆無ですよ。名目上は御堂家より格上ですが、お飾りの君主です。」


戦争が始まる前は、神楼総督の隥伊侯爵家は御堂伯爵家の主筋だったが、アスラ元帥が同盟軍を設立し、英雄となった事で力関係は逆転した。爵位でも並ばれ、名声と実力で天地の差がついたのだ。


「アスラ派の連中は"ザコイ"なんて呼んでおるが、甘く見過ぎん方がええ。アスラ元帥がいなくなった途端に、街の支配権を奪還してのけたのじゃぞ。成長した御堂少将に権力闘争で敗北し、またお飾りに戻されてしもうたが、相手が悪かっただけで、それなりに才覚はある男なのじゃよ。で、なまじ才覚があるものじゃから、良からぬ事を考える。」


「クランド大佐の話によると、ザコイ総督の返り咲きを後押しした元帥がいるそうですね。」


「単独犯ではなく、カプラン元帥も共犯じゃぞ。風読みに長けた曲者は、御堂少将が頭角を現した時点で手の平を返しおったがの。」


カプラン元帥らしい変わり身の早さだな。神楼市民はアスラ元帥の娘を支持するに違いないと読み切ったんだろう。


「よからぬ事を考えても、神楼の実権は司令が完全に掌握しています。ザコイ総督には打つ手がないでしょう。」


「神楼ではの。じゃが中立都市に金融資産を貯め込み、息のかかった代理人を立てて会社を所有する事は出来る。一時的にとはいえ神楼の最高権力者に返り咲いた訳じゃから、公金を私的に流用する事も可能。十分な元手とそこそこの才覚のあるザコイ総督に、金融資産と株式の運用を指南する切れ者エキスパートがおれば、表には出さずに一財産築ける。金で動く傭兵やテロ屋には事欠かん世界じゃから、まるきり武力がないとは言えんじゃろ。」


しれっと黒幕として暗躍していた過去まで暴露されたオレは、机に突っ伏した。


「……トガ元帥……どんだけ悪い事ばっかやってんですか……」


司令が不信感を持つのは当たり前だ。困った爺様だぜ。


「しっかり我が身に返ってきおったのう。今からでも訴追するかね?」


「そうしたいところですが、忠雪クンに恨まれるのは避けたい。トガ元帥、これからは真っ黒な腹と脛の疵を曾孫に見せないように引退生活を送ってください!いいですね!」


苦笑した老人は赤のデータチップを皺だらけの指で摘まみ上げながら、説明を始めた。


「わかったわかった。温泉に漂白剤でも入れておこうかの。このデータチップには儂が知る限りの隥伊家の隠し財産と所有企業のリストが入っておる。じゃが、儂もかなり前に奴とは手を切った。ただ、指南したノウハウまでは回収出来んから、リストにはない資産と企業があるはずじゃ。」


「でしょうね。リストを司令に渡して手を打ってもらいます。ザコイは司令を亡き者にする機会を窺っているはずだ。」


機構軍の仕業に見せかけて、イスカを暗殺する。それしかザコイが返り咲く手段はない。


「成功するとは思えんがな。金で雇った連中が群がろうと軍神は斃せん。完全適合者がどれだけ手に負えないかはよくわかった。」


その後も、いくつかの情報を提供してもらったオレは、返礼にトガ元帥に野球大会を観戦して行く事を勧め、ロックタウンに宿を手配した。



三元帥の協力は得られた。終戦への道筋ロードマップは完成しつつある。無事に走破して、オレも気楽な引退生活を送るぞ。


※SBC

照京バイオエンジニアリングカンパニー。御門グループの生体工学研究部門です。

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