結束編8話 お昼はそうめんでいい?



「少尉、お昼はそうめんでいい?」


リビングでトーナメント表とにらめっこしていたリリスは、昼食を摂りに帰宅したオレにそう聞いてきた。きっと監督業が忙しいのだろう。


「いいねえ。特打に励んだシオンとナツメは大食堂で、期間限定メニューの"ニンニクマシマシ超スタミナラーメン"を食べるそうだ。」


「少尉は行かないでいいの?」


「ニンニクマシマシと野菜炒めガツ盛りはオーケーなんだが、太麺だからな。」


チャーシューの代わりに炙りレバーを載っけてる超パワー系ラーメンに魅力を感じない訳じゃないが、オレは細麺好きなのだ。


「ちょっと待っててね。すぐに支度するから。」


そうめんは旨い上にスピードメニューとしても秀逸だからな。バイオメタル兵士のオレにとってはカロリーがちと問題だが……


「汗臭い体で飯を食うのもなんだし、シャワーでも浴びて来るよ。」


投げ込みでかいた汗を流し、トランクスにランニングといういつものスタイルでローテーブルの前に座したオレの前に、サラダの大皿が置かれる。


「まずは野菜から。揚げそうめんとツナのサラダよ。オリーブオイルベースの特製ドレッシングで召し上がれ。」


「わーい!いっただっきまーす!」


「お味はどう?」


サラダを供したリリスはまたキッチンに立ち、次の皿の準備を始める。


「もぐもぐ。揚げたそうめんのパリパリした食感が最高やん!」


背中越しに感想を聞いたリリスは、オレが期待していた一品をテーブルの上に置いた。


「次はこれよ。シロップ漬けのミカンとサクランボをトッピングしたクラシカルそうめん。めんつゆも自作してみたわ。辛めに出汁をとったから少尉の好みに合うはずよ。」


「そうめんと言えばやっぱりコレだよな!薬味のネギとわさびを少々入れまして、と。」


市販のめんつゆでも美味しく頂けるのがそうめんの良いところだが、やはり自家製は一味違う!


「メインは肉味噌山盛りのスタミナそうめん。豆板醤ソースをかけて食べてみて。」


「ピリ辛に味付けされた肉味噌に、程良い辛さの豆板醤ソースが合う!辛さの二重奏が絶妙過ぎて、無限に食えるぜ!」


カロリー対策も万全とは、リリスさんの手料理には隙がなさ過ぎる。そうめんサラダ、クラシカルそうめん、アレンジそうめんを平らげた後、リリスはあらかじめ冷蔵庫で冷やしてあったデザート、"そうめんミルフィーユ"まで出してくれた。そうめんってスイーツにも転用出来るんだなぁ。


「……はー、旨かった。そうめんフルコースとは恐れ入ったぜ。」


満腹になったオレはテレビの前に敷かれているモッフモフの敷布の前に寝転がった。いつもはナツメと取り合いになる羊毛敷布(テムル総督からの贈り物)だが、今はオレが独占出来る。


「寝転がったついでに、マッサージしてあげるわ。我が軍の大事なエースで四番なんだから。」


リリスはマッサージも上手いんだよなぁ。念真髪を使った針治療までマスターしてるし、兵士のケアでもガーデン随一だ。最強の支援型兵士と評されるのは伊達じゃない。


「あ~癒される~。でもなぁ、リリス。忙しくしてるんだから、昼メシぐらい手を抜いたっていいんだぜ。」


お昼はそうめんでいい?って聞かれたから、今日は忙しいんだなって思ったのに、出て来たのはそうめんフルコースだからな。


「少尉から見れば大仕事でも、私にとっては片手間よ。背中のツボを押すから、うつ伏せになって。」


大仕事どころか、無理仕事だよ。オレが作れるのは"手抜きにゅうめん"ぐらいだ。


「……リリスさん、なぜ抱き付くんですか?」


「指圧よりも、こっちがいいでしょ? 少尉が気付かないフリしてるのなんて、お見通しなんだからね。」


……出逢った頃は十歳で、ツルツルぺったんのまな板さんだったリリスだが、今は十二歳。将来は巨乳になると宣言してるだけあって、お胸はかなり成長している。しかもここ数ヶ月の発育度合いはかなりなもので、このまま育てば数年後には立派な"ロリ巨乳"が誕生するだろう。


……しかし頑張って(お胸を)見ないようにしてたのに、気付いてやがったのか。


「み、耳に甘い息を吹きかけるんじゃない!オレを犯罪者にしたいのか!」


「ふふっ、バレなきゃ犯罪じゃないのよ?」


こ、この感触!リリスさんはシオンみたいなやわらかおっぱいではなく、マリカさんみたいな豊弾力おっぱいに属するようだな!


「そ、それは違う!犯罪は法を犯した時点で成立している!バレなきゃ罰せられないだけだ!」


「あら、少尉にしては賢いわね。ヒムヒムから入れ知恵されたのかしら?」


入れ知恵じゃねえよ!軍法も法だから"法の概念"も将校カリキュラムで習うんだよ!


「リフォームする時に壁を厚くして吸音材と防音材をたっぷり増やしたわ。だから私が喘ぎ声を上げてもお隣さんには聞こえない。熟する前の青い果実を味わってみない?」


悪魔なのはわかってたが、これこそガチ悪魔の囁きだ!


「落ち着けリリス!ステイ!ステイだ!」


「私は冷静よ。冷静に性犯罪を誘発しようとしてるだけ。」


「遵法意識はどこに行ったーーー!」


「そんなもの、最初から持ち合わせてないわよ。愛の為なら犯罪上等、私が欲望に忠実な女なのはわかってるでしょ? 少尉の自前マグナムの口径がおっきいのが若干問題だけど、まあなんとかなるわよ。」


押し寄せる欲望の大軍の前に、寡兵の理性軍が立ち向かおうとした時に援軍が現れた。壁掛け電話が鳴ったのだ。


「……リリスさん、電話が鳴ってますよ?」


「落城寸前だったわね。ふふっ、楽しみは先に取っておいてあげる。」


悪魔は拘束を解いて立ち上がり、何事もなかったかのように電話に出た。


「……そう。わかった。少尉、ケチ兎御一行がガーデンに到着したんだって。」


「トガ元帥が? オレのサロンに案内するように伝えてくれ。」


午前はトレーニングウェア、午後は軍服か。忙しい事だぜ。


─────────────────


鍛冶茂に立ち寄って頼んでおいた品を受け取ったオレはサロンに向かった。プライベートサロンの前のベンチに老人とご婦人が並んで腰掛け、カッペと三人の兎場隊隊員がボディーガード。で、芝生の上でデンスケに無刀術を習ってるちっちゃいコが忠春の隠し子、根住忠雪クンだな。


「お久しぶりです、トガ元帥。事前に連絡を頂ければ、ヘリポートまでお迎えに上がったのですが。」


敬礼したオレに老人は静かに答えた。


「そういう仰々しい世界から足を洗おうと思ってのう。叶うか否かはわからんが、一介の老爺として余生を過ごしたいと願っておる。」


カプラン元帥から"狡兎は甦った"と聞かされてはいたが……本当にそうかもしれないな。軍法会議で会った時とは顔付きが違う。


「……忠雪クンは筋がいいですね。」


デンスケにコロコロ転がされているが、柔らかく受け身を取っている。子供特有の柔軟性だけではなく、天性のセンスがあるようだ。


「カプラン元帥も同じ事を言った。忠雪を忠秋や忠春のようにしない為に、公爵と話がしたい。」


「少々お待ちを。」


オレは木箱を持って筋のいい幼子に歩み寄った。背後の気配を感じ取ったのか、幼子はクルリと振り向き、元気よく敬礼してくれる。


「龍弟公、はじめまして!ボクは根住忠雪、年は五歳です!ザラゾフ閣下が"新たな伝説になる男"と仰られた英雄とお会い出来て光栄です!」


災害閣下に褒められるのは嬉しいが、また過大評価かよ。


「元気でよろしい。これはオレからのプレゼントだ。」


木箱を手渡された幼子は、キラキラした目でオレを見上げてきた。


「開けてもいいですか!」


「もちろんだ。」


封を解かれた木箱の中には白木の木刀と脇差が入っていた。オレが茂吉さんに頼んで作ってもらったものだ。


「これをボクに!龍弟公、ありがとうございます!」


「木刀は龍母樹という希少な材料で作られている。樫より固く、ささくれる事がない。脇差はガーデンの刀工、鍛冶山茂吉が打った護身刀"白兎一閃"だ。兎場デンスケに一人前の心貫流剣士と認められたらオレを訪ねて来るといい。その脇差しと対になる差し料を用意しておこう。」


「はいっ!」


幼子の手を取り、怪我をしないように脇差しを抜かせる。


「……白みがかった綺麗な刀身……必ずこの刀に見合う剣士になりますっ!」


「これを使って修練するのも、デンスケの許可が下りてからだぞ。オレが手本を見せてやろう。」


白刃を鞘に収めて幼子から離れ、居合抜きの構えを取る。裂帛の気合いと共に刃を振り抜くと、尾を引くように白い光点が弧を描いた。


「す、すごい!粉雪のような残像しか見えませんでした!」


「この白兎一閃の力を十全に引き出す時には、雪原を跳ぶ兎のように白い弧を描く。先は長いが修練に励めよ。」


右片手平突きを躱された場合、左逆手抜きの居合で対応するのが目録以上の心貫流剣士がよく使う手だ。ゆえに白兎一閃は居合に向いた造りをしている。


脇差しを木箱に収めた幼子は、母親に駆け寄って木箱を預け、白木の木刀を手に戻ってきた。


「デンスケおじちゃん、さっそく剣術の稽古をお願いします!」


「よしきた。まずは木刀を手に馴染ませる為に素振りをしてみろ。」


可愛い掛け声を上げて素振りを始めた幼子に背を向け、老人をサロンに案内する。オレの淹れたヘタクソな茶に文句を言わず、狡兎は自分も停戦と講和を望んでいる事をオレに告げた。


「……もう少し早く、儂が分別を弁えておったら、忠春や師団の将兵を死なせずに済んでおったのだろうがの。今思えば、五本指とて犠牲者じゃよ。身の丈に合わぬ野心に油を注いだのはこの儂じゃ。」


少し前まで政敵だった老人は、悔恨を滲ませながら嘆息した。


「閣下、もう終わった事です。注がれた油を潤滑油にするか、我が身を焦がす業火の燃料タネにするかは自分次第。五本指に関しては責任を感じる必要はないかと。」


数日前に、色白と一葉が接触していた可能性があると教授から報告を受けた。狂犬に負けた色白は機構軍に走り、ナバスクエスに負けた一葉とフィンガーズは全員戦死。どんな陰謀であれ、未遂で終わった訳だが、ヤツらがトガ元帥を裏切るつもりでいた事は間違いない。


「……剣狼、忠春は"幻影修理ノ介を侮辱してすまなかった"、そう言い残して死地に踏み止まった。儂の所業を許せとは言わん。じゃが孫の無礼は許してやってくれい。」


伝言を届けた老人は深々と頭を下げた。苛立ちと後悔が募ったオレは、拳をテーブルに打ち付ける。


「……なんでこうも噛み合わないんだ!悔い改められる男とわかっていれば、鼻をもぎ取る必要なんてなかったのに……」


俯いたままの老人は涙し、うなだれたオレも泣きたい気分になった。兎我忠春だって、ヒムノン室長やギャバン少尉のように変われたのだ。


「それこそおヌシが責任を感じる必要はない事じゃよ。これから儂が知り得た事を全て話しておくが、最初の話は不確定情報だと断っておく。」


涙を拭った老人は話を切り出した。


「不確定情報、ですか。」


「うむ。帝派と薔薇十字の間に刺さった刺は、講和の妨げになるやもしれん。」


「照京の功臣"昇り龍"サナイを殺したのは、薔薇十字の功臣"剣聖"クエスター。確かに頭の痛い問題です。」


「ところが、昇り龍を殺したのは剣聖ではないのかもしれんのじゃよ。」


「そんなバカな!オレはこの目で見たんだ!剣聖の長剣がサナイさんの胸板を貫くところを!」


……落ち着け。以前とは状況が変わったんだ。講和を望むトガ元帥が、オレを謀る理由がない。



もし、昇り龍を殺めたのが剣聖ではなかったのなら、照京兵の反発はかなり軽減される。トガ元帥の話を詳しく聞いてみよう。

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