結束編7話 化外の聖域
ガーデンには龍ノ島とアトラス共和国出身の兵士が多い事もあって、野球熱に一気に火が点いた。またたく間にかなりの数のチームが結成され、商魂を発揮した剣銃小町には野球用具の特設コーナーが設置される有り様だ。
「おう、カナタ!おめえにゃ悪いが、優勝は"ホワイトブルズ"が頂くからな!」
屋外演習場に行ってみると、プロテクターとレガースを付けたカーチスさんが内野連携の確認をしていた。リリスの話じゃ、カーチスさんは
「チーム名はカウボーイズじゃないんですか?」
テンガロンハットがトレードマークのキッドさんがいるんだから、カウボーイを名乗ると思ってたんだが。
「コイントスで保安官に負けたんだよ。ま、試合じゃ負けねえけどな。」
そういや保安官事務所もテンガロンハットの愛好家が多かったな。で、ハウ保安官は"ロックタウンカウボーイズ"を結成したって事か。息子のジェフとバッテリーを組んでそうだな。
「なるほど。確かバクラさんがライオンズでトッドさんがハイロウズでしたっけ。」
「そーだ。出場チームは同じ大隊の兵士で編成されてるケースが多いが、イッカクとダミアンがバッテリーを組んでるソルジャーズみたいな混成チームもあるから要注意だな。」
ガーデンリーグは各大隊の対抗戦じゃないからなぁ。気が合う兵士で連むのも当然ありだ。イッカクさんが熱狂的なパワーボールファンなのは知っていたけど、野球も守備範囲に入ってたらしい。ダミアンは親友に付き合わされたのだろう。
「ダミカクの黄金バッテリーには手を焼きそうですね。それじゃあカーチスさん、決勝で会いましょう。」
キング兄弟を擁するコブラフィーバーズや、アホ毛のエースを大会ナンバー1二塁手の呼び声も高いシグレさんがカバーするネオウェーブも強敵だ。完全適合者は"一試合でマウンドに立てるのは一イニングだけ"ってルールがあるから、オレは遊撃手&クローザーをやるしかないが、リードして9回を迎えるのは難儀だぜ。
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「イスカ、入るぞ。」
例によって、書類の山と格闘していた才女は入室したオレをチラリと見ながらペンを走らせる。
「ガーデンリーグが終わるまでは、コミッショナーと呼んでもらおうか。」
よかった。軽口が叩ける程度には、育ての親を失ったショックから立ち直れてるようだ。
「へいへい。で、コミッショナーさん、オレに何の用だ?」
「カプラン元帥から聞いたのだが、ガーデンにトガ元帥が訪ねて来るそうだな。」
「そうらしい。オレに話しておきたい事があるそうだ。」
手を止めたコミッショナーは、椅子を回転させてオレに向き直った。
「話の内容に心当たりは?」
「ない。今さら恨み言を言いたい訳でもないだろうが……オレも一つ聞いていいか?」
「モスの事だな。」
「ああ。地味だが堅実な働きを見せていた味音痴を00番隊から外す必要があるのか?」
後任はグライリッヒ少尉だから、戦力がダウンする事はない。むしろアップすると思うが、"
「必要があるから配置転換を行ったまでだ。モスには化外での任務を命じた、かなり長引くだろう。」
「化外での任務?」
「都市伝説…いや、荒野伝説かもしれんが、化外の奥地に
教授もその噂の真偽を確かめていると言っていたな。イスカがモスを派遣したって事は、噂では片付けられないと判断した訳だ。
もし、その噂が本当ならこの星に緑を取り戻す手がかりがあるかもしれない。例えば、汚染物質を分解する新種のバクテリアがいるとか……
「噂の真偽を確かめ、聖地が実在するなら発見せよ、か。」
確かにそういう調査なら単独行動が得意なモスが適任だろう。目を見張るような特技はないが、何でも器用にこなせる兵士だ。
「企業傭兵団の後任指揮官は鷲羽蔵馬だ。引き継ぎが終わったら着任の挨拶に来るだろう。」
鷲羽蔵馬はクランド大佐の
「着任の挨拶はいいが、離任の挨拶はナシかよ。」
「モスは"湿っぽいのは苦手だ。皆によろしく伝えてくれ"と言っていたよ。」
「わかった。水臭野郎の事は、オレから皆に伝えておく。もちろん、サンクチュアリの事は伏せてな。書類の上では除隊扱いなんだろ?」
「ああ。それとトガ元帥だが、湯富韻で休養する事になった。なんでもバカ春には隠し子がいたらしく、曾孫の母親が身の回りの世話を買って出たそうだ。」
失脚した偏屈爺ィの面倒を見るとか、菩薩かよ。
「じゃあ訴追はしないんだな?」
「トガ閥の幹部が連名で嘆願書を書いて寄越した。もう復権の目はないのだし、例の件ではシロだとわかった老人を追い詰める必要はない。兵士としては落第だが、官僚としては優秀なプチヒムノン達が気分良く仕事に励める環境を作ってやる方がいいだろう。私がこのクソどもから解放される為にもな!」
教授は"御堂司令が政治的報復を考えているなら抗議なり説得なりして思い止まらせろ。それが結束の第一歩だ"と言っていたが、その必要はなくなったな。イスカは政治的判断においても一流だ。クソども呼ばわりされた書類の山は、口がないので抗議出来ない。
「イスカには及ばないにしても、任せられる仕事は部下に任せた方がいい。」
「これからはそうするつもりだ。私はカプラン元帥やアレクシス侯爵夫人と折衝していかねばならんしな。些事に構ってられん。」
四者会合の結果、二代目軍神は他派閥との交渉は自分でやると決断した。イスカ以外に東雲上級大将に代わる人材がいないという事情もあるが、派閥のトップ同士で直接対話するのが最良だろう。
「トガ元帥との会談内容は口頭で報告するよ。イスカには聞かせられないような話だったら、オレも聞かない事にする。それでいいな?」
「うむ。もしトガ元帥が静養地での安全や市民感情を気にしておまえに口添えを頼んできたら、私が請け負うと返答すればいい。」
湯富韻のある龍足大島は御堂家の勢力圏だ。イスカが一声かければ、悪評は止められないにしても、危害を加えようなんて輩は出ないだろう。
「じゃあオレは野球に勤しんで来る。今日中に※高速スプリットをマスターするつもりなんでね。」
「コミッショナーは賭けに参加出来ないのが残念だ。ゴールデンウルブズとレッドスパイダーズが人気らしいぞ。」
「イスカはギャンブルも得意なのに儲け損なったな。」
「私でも的中は簡単ではない。賭けの形式が独特でな。例えば一回戦のネオウェーブとカウボーイズの対戦だが、ハンデが5-0になってる。」
イスカは引き出しから取り出したトーナメント表を手に解説を始めた。
「5点差をひっくり返せってのかよ。いくらシグレさんでもキツくないか?」
「試合はフェアに行われるに決まっているだろう。例えばだ、5-2でネオウェーブが勝ったとしよう。この場合、配当を受け取れるのはカウボーイズに賭けていた者だ。試合の勝者はネオウェーブだが、ハンデを入れるとスコアは5-7になる。」
ハンデ込みで勝敗を当てろってのかよ。まんま野球賭博じゃねーか!
「なるほどねえ。コミッショナーはハンデ師でもあるってか。」
「コムリンに頼まれて、配当金の計算も(ヒムノンが)やったがな。売り上げの10%が市の取り分だから、どんな結果になろうが儲かる仕組みだ。ギャンブルの必勝法は…」
「張り方ではなく胴元になれ、サンピンさんから聞いたよ。」
「そういう事だ。これで野球熱が再燃してくれれば、プロリーグ復活の布石にもなろうというもの。」
そんな魂胆もあったのかよ。転んでもタダでは起きないっつーか、何でもビジネスに活かそうとしやがるな。
この世界で野球のプロリーグが消滅したのは、発祥の地であるアトラス共和国が化外になっちまったってのもあるが、労使間の対立もその原因だ。オーナー達が欲深で、個人事業主である選手に公傷を認めようとせず、ストライキに突入してしまった。選手にしてみれば、試合中の怪我は保証して欲しいってのは当然だ。
で、シーズンを丸々棒に振ったストライキの結果、オーナー会議は渋々ながらも公傷制度の導入を認め、翌年にリーグは再開される予定だった。ところが、味を占めた選手会は代理人のアドバイスに従ってさらなる要求、"ストライキ期間の年俸の支払いと査定基準の大幅アップ"を突き付けて交渉が難航。ストライキは翌年も続いた。
オーナーも選手も代理人も気付くべきだった。"ファンをおざなりにして興行は成立しない"という事に。すったもんだの末、継続協議というカタチになって二年後にシーズンは再開されたが、ファンはスタジアムに戻って来なかった。
「プロリーグの復活ねえ。そういや、以前は御堂財閥も球団を持ってたんだっけな。」
「私が大人だったら、リーグを衰退させなかったさ。まだ子供だったのが悔やまれるよ。」
だろうな。剛腕イスカが調停に入れば、折り合いがついていただろう。いや、ストライキそのものを防いでいた。しっかしバカ騒ぎに乗じて興行の復活を目論むとは、やり手にも程がある。
「競い合うのはスポーツだけでいい。異名兵士が最大のスターなんて時代は、とっとと終わらせちまおうぜ。」
オレはおマチさんを超える商魂の塊に敬礼してから司令室を退出した。聖域の調査に大衆娯楽の振興、イスカはこの星の未来を真剣に考えている。
……化外の聖域、か……モスが発見してくれればいいんだが。
もし、モスが成果を上げられないまま戦争が終わったら、オレが探しに行こう。この星に緑を取り戻すんだ。
※高速スプリット
野球の球種。縦に落ちるボールで、日本でフォークボールと呼ばれている球に近い。
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