結束編6話 カナタ、野球やろうぜ!



「カナタ、野球やろうぜ!」


ガリンペイロの屋外席で優雅に朝のコーヒーを啜っていたオレに、木製バットを肩に担いだバクラさんがやって来て、中島みたいな事を言い出した。オレの元の名は波平ではあるが、磯野ファミリーではない。


「中島、小人閑居して不善を為すって言葉を知ってるかい?」


品性に欠ける人物が暇を持て余すと碌でもない事をする。ガーデンマフィアのほとんどに該当するこの諺は、当然ながらバクラさんにも適用されるのだ。


「ナカジマ? 誰だそりゃ?」


磯野を野球に誘う眼鏡の少年ですよ。最近はサッカーに宗旨替えしたみたいだけどね。異世界ライフをエンジョイしてるオレだが、不満があるとすれば、地球ジョークが通じない事だな。


「バクラさんが野球好きとは知りませんでした。」


「カナタよ、俺様は"鬼道院ボーサンズ"のエースで4番だった男だぞ。槍捌きもグラブ捌きも超一流に決まってんだろ。」


坊さんズねえ。バクラさんは寺育ちだけど、仏門には帰依してないだろうに。


「野球をやるのはやぶさかではありませんが、最低でも18人、主審と塁審を含めればもっとか。とにかく結構な人数が必要ですよ?」


「ンなもんすぐに集まらぁな。道場にいた頃は親父っさんやセイウンも"次元流ミラーウェーブ"にいたんだ。ま、俺様の敵じゃなかったがな。」


ミラーウェーブ……イ〇ローがいた頃のオ〇ックスかよ。あれはブ〇ーウェーブか。


修行時代のバクラさんがしょっちゅう出稽古に行ってたみたいに、覆滅寺鬼道院と次元流本部道場の交流は活発だった。だけど武芸交流だけじゃなく草野球までやってたのか。


「聞き捨てならんな。ミラーウェーブとボーサンズの対戦成績はミラーウェーブが勝ち越している。師匠に何度、サヨナラヒットを打たれたと思っているんだ?」


噂をすればなんとやらで、ロードワーク中に通りかかったセイウンさんが聞き咎め、バクラさんに文句を言った。


「親父っさんには何度か打たれちまったがよ、他の有象無象はバッチリ抑えただろうが!」


バクラさんは強がったが、大師匠に野球でも痛い目に遭わされたらしい。まあ、達人トキサダは見るからに勝負強そうだもんなぁ。配球を読み切って、技ありの安打を放つクラッチヒッターなイメージ。打率も高そうだけど、選球眼もいいに決まってるから、出塁率も高そうだ。


「だったら通算成績で勝ち越している筈だろう。スコアブックが手元にないから正確な数字はわからんが、槍念和尚の方が防御率は良かったはずだ。ボーサンズ負け越しの戦犯は、マウンドを譲らなかった自称エースだと思うがね?」


ビーチバレーの時もムキになってたけど、セイウンさんは勝負事に熱くなるタイプらしい。静謐を重んずる次元流では少数派だろうな。


睨み合う強者二人の視線が火花を上げてる。バクラさんが担いでるバットが凶器になる前に仲裁した方が良さそうだ。


「お二方、口や腕っ節じゃなく、それこそ野球で勝負したらどうですか?」


「やらいでか!俺様の豪速球でキリキリ舞いさせてやんぜ!」


中指を立てたバクラさんに、セイウンさんは親指で首を掻き切る動作で応じた。


「望むところだ。武者修行の旅に出るまでミラーウェーブのホームラン王は俺だったのだぞ。」


こういう大人げのない争いが至る所で勃発するのがガーデンだ。で、散った火花にガソリンをぶっかけるバカが山ほどいるのもガーデン。ビーチバレーの時もそうだったが、こりゃ"野球に似た何か"で笑える死闘が演じられる流れだな。


────────────────────────


二年もいるってのにオレはガーデンを甘く見ていた。せいぜい、野球経験者がガーデンの屋外演習場で野球に似た何かをやるぐらいだろうと思っていたのだ。数日後、購買区画の書店に野球のルールブックが平積みされているのを見て嫌な予感がしたが、剣銃小町の店頭に張られたポスターを見て予感は確信に変わった。


「ガーデンリーグ、特別開催!!ロックタウン市民よ、プロの兵士が魅せる野球地獄の目撃者になれ!!」


……頭が痛くなってきた。これは絶対に黒幕がいる。そしてポスターに立ち並ぶ異名兵士(おそらくっつーか絶対に出場選手だ)の中にはユニフォーム姿のオレの写真もあった。恐ろしい事に、マリカさんと睨み合う構図で一際扱いがデカい。試合会場がロックタウンスタジアムになってるから、コムリン市長も一枚噛んでるのだろう。


汚職には厳しい名物市長だが、この手のイベントや公営ギャンブルには寛容だ。イベントで観光客を誘致し、チケット販売とテラ銭で市の財政を潤わせて市民に還元する。飲食店をはじめとした客商売を営む連中を筆頭に街は特需に湧くし、商売が繁盛すれば税収も増える。コムリン市長は代々世襲の"市長という名の領主"だけど、市民にとっては良い為政者だよな。


官舎に戻ると、リリスが名簿とにらめっこしていた。あーでもないこーでもないと何やらシミュレートしているようだが、なんの名簿なんだろう?


「ただいま。何やってんだ?」


「チーム編成に決まってんじゃない。ガーデンリーグはコスト制なんだから。」


「コスト制?」


「少尉とマリカがおんなじチームにいたら、それだけで勝負ありでしょ。だからチーム監督は定められた総コストをオーバーしないようにチーム編成しなきゃなんない訳!……提案した私が言うのもなんだけど、マジで悩ましいわね。」


こんなところにっつーか、我が家に黒幕がいやがったか。んで、※コスト制の野球チームってベイ〇ターズかよ!


「おい!誰が決めたか知らんが、兵士に必要コストなんか設定したらモメるに決まってるだろ!そうでなくても喧嘩沙汰が多いんだぞ!」


アスラコマンドは他隊に比べて、強さの序列に関しては上手くやってる方だが、飲み比べや大食い、果てはダーツの腕前まで、大人げない序列ではトコトン張り合う傾向がある。おまえの母ちゃんデベソ、みたいなノリでコストの高低を巡って喧嘩するに違いない。


「必要コストを決めたのはイスカだから、文句を言いたいなら口喧嘩でもガチ喧嘩でも挑めばいいんじゃない? 口の軽い監督がいなければ大丈夫だと思うけどね。」


なるほど。必要コストを知ってるのはコミッショナーと監督だけなのか。


「なんだ、この"引き抜き候補"ってのは? フリーエージェント制度でも導入してんのか?」


「トーナメント形式で試合をするんだけど、勝ったチームは負けたチームから選手を一人、引き抜けるのよ。で、引き抜かれた選手はコストを半分にして計算するルールなの。面白いでしょ?」


トーナメントが進む程、スターティングメンバーが豪華になってゆく仕組みか。確かに面白い。


「穴があるチームでも、勝てば引き抜いたスター選手で補強出来る。ファンは頭脳戦も楽しめるって訳だ。」


「そういう事。我が"ゴールデンウルブズ"は、優勝を目指す優勝候補なんだから、少尉にはキャプテンとしてチームを牽引してもらうからね。まずは今大会で使用される特設ルールブックを熟読よ!」


やれやれ。見る分には楽しそうなんだが、自分がやるのはなぁ。


どれどれっと。……やっぱ希少能力の使用もありなのかよ。当たり前だが、サイコキネシスだけは禁止みたいだが……


ピッチャーには球数とイニング制限があるな。これは肩の消耗とかじゃなく、スーパーエースを完投、連投させて封殺出来ない為の措置だろう。マリカさんは"火の玉ストレート(物理)"を投げ込んで来るだろうし……


ロックタウンスタジアムで行われる試合となれば、八熾の庄のチビッ子達も応援に来るだろうなぁ。惣領として、それなりに格好はつけなきゃならんだろう。



ここは一つ、野球大国・日本で育ったオレの実力を見せてやっか。野球は(ゲームだけど)得意だったんだ。


※コスト制の野球チーム

横浜ベイ〇ターズは怪我や諸事情で主力選手が揃わない事が多く、ファンから"コスト制を導入している"と嘆かれる時代がありました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る