結束編5話 死者の声は生者を貫く



※カプラン・サイド(前話のエピソードから数時間後)


「わ、私を閣下の旗艦"ル・ガルー"の艦長に!?……光栄ですが、現任の艦長がいらっしゃるでしょう。」


ザラゾフ夫妻を見送ったカプランは功労者のいる召使い用の離れへ向かい、表舞台への復帰を打診されたモチマサは、喜ぶよりも先に現艦長の立場を慮った。


「現艦長は昇進し、新設される機動艦隊の司令職に就任する予定なのだよ。陸軍だけではなく、海軍も強化しなければならないのでね。彼は海軍上がりで経験も豊富だから適任だろう。数日前から北海で演習を行っているのだが、教官役を頼んだ海戦の名手、オプケクル准将も"剣狼の次ぐらいには筋が良い"と褒めてくれたから安心だ。」


「そういう事であれば喜んで拝命致します。……しかし天掛公爵は、海戦まで習っているのですね。」


「シミュレーションは何度もやってるそうだが、実際に海に出たいと演習に同行している。演習とはいえ、海戦で准将が負けたのは初めてじゃないかな。」


モチマサも同席している四人の選抜兵も、"陸でも強いが海でも強い。公爵は戦の天才だな"と感想を同じくした。カプランは骸骨戦役で剣狼カナタが"戦の申し子"である事を目の当たりにしたので、演習の結果を聞いても金星とは思わなかったし、驚きもしなかった。


"アスラと戦ったら、どっちが勝つかな?"と思ったぐらいのものである。


「閣下、この四人もル・ガルーのクルーとして採用して頂けますか?」


「もちろんだ。伊奈波艦長と選抜兵四名はトガ元帥生還の功績で昇進、新たな階級章を付けて私の船に乗ってもらう。事務方の軍人はアスラ派へ移籍したが、トガ師団の生き残りはフラム閥で面倒を見る。伊奈波艦長のアドバイスを聞きながら、早急に立て直しを図らねばなるまいね。SESの全データはトガ元帥から提供してもらえるので、重砲支援部隊として運用するつもりでいる。」


スケルトンの新たな運用プランはカナタの発案であったが、カプランはいい意味で主体性を持たない男であった。グッドアイデアだと思えば相乗りもするし、可能であれば丸パクリもする。


他人の褌で相撲を取っていると気付かなかったモチマサは素直に感嘆した。


「なるほど!技量の乏しい兵士をSESにアシストさせて白兵戦を強いるより、重砲支援に特化させる方がよろしいでしょうな!」


「うむ。我ながらいいアイデアだと思っている。」


他人の褌で相撲を取る事に慣れた曲者力士は、微塵も悪びれずに胸を張った。


「閣下は我々を信頼し、旗艦のクルーに任命して下さいました。我々も閣下を信頼し、ご相談したい事があります。少しお時間を頂けますか?」


「構わないよ。深刻な顔をしているが、何かあったのかね?」


「私と一緒にガレージまでご同行下さい。誰に相談していいのか、迷っておりました。」


モチマサに案内され、兎我屋敷のガレージに入ったカプラン。選抜兵二名はガレージの外で歩哨に立ち、残る二名はガレージ内に駐車しているステルス車両の昇降扉の左右に立つ。車内に入ったカプランをモチマサはレーダー席に座らせた。


「ここはレーダー席のようだが、私に何を見せたいのだね?」


「このステルス車両は、トガ元帥脱出作戦に使用されたものです。」


「殊勲車両は軍事博物館に展示中のはずだ。」


「私の独断で、同型の別車両を送りました。閣下、この席はレーダー手を兼ねた通信手が使用します。これが何だかわかりますか?」


モチマサが通信装置を操作すると、ディスプレイに意味不明の数字と記号が浮かび上がった。


「こ、これは!!」


「閣下はこれが何であるかご存知なのですね!解析班に回すべきだと考えたのですが、どの班を信用していいかがわからず…」


カプランは驚きのあまり、真横に立っているモチマサの声が耳に届かなかった。意味不明の数字と記号の羅列に誰よりも見覚えがあるのは、他ならぬカプランである。提供したのは自分なのだから、見間違えるはずがない。


"……これは青鳩だ。カナタ君の話では、第二師団で東雲中将の他に青鳩が使えたのは運用担当の※樽戸タルト大尉だけ。ブリッジにいた彼は青鳩の安全装置を解除し、何かを伝えようとした……"


青鳩による通信を受信出来るのは青鳩だけで、その解析には指輪を模した携帯型変換装置が必要である。変換装置を持っているのは開発企業のオーナーであるカプランと、青鳩を提供されたザラゾフと刑部、カナタとミコト姫の五人だけ。だが、安全装置を外せばステルス車両の通信機でも受信だけなら可能。どんなに革新的な暗号通信装置であっても、電波である事には変わりないからだ。


「閣下!閣下!驚かれたようですが、どうかなさったのですか!」


肩に手をかけ、軽く揺さぶられたカプランは驚愕による放心から我に返った。


「……この事を知っているのは誰だ?」


「私と外にいる四名だけです。」


「トガ元帥も車内にいたはずだ。」


カプランの声音の厳しさに戸惑いながらも、モチマサは正直に答えた。


「トガ元帥は錯乱状態でしたので、鎮静剤を投与した医療ポッドで眠っておられました。やはりこれは、機構軍の暗号通信なのですね?」


十重二十重の強力な電波欺瞞を受けていた瑞雲から通信が届くはずがないとモチマサは思っていたが、カプランは答えを知っている。青鳩は先進的な暗号通信装置であると同時に、強力な※でもあったのだ。


ナバスクエス元帥が公開した瑞雲の写真を見たカプランは、青鳩が根元から木っ端微塵に吹き飛んでいる事を確認していた。青鳩は機密保持の為、艦の炎素エンジンが完全停止する前に然るべき手順を踏まなければ、自爆装置が作動する。自爆装置が働いたという事は、青鳩は正常に機能していた証左でもあった。


「伊奈波艦長、この事は誰にも話すな。家族はもちろん、仲間にもだ。四人の部下にも徹底させろ。わかったな!」


どんな時でも穏やかに話すカプランが見せた鬼気迫る形相に、事情はわからずとも重要性を悟ったモチマサは何度も頷いた。


「は、はい!我々だけしかいない時でも決して俎上に載せないように徹底させます!この件は墓場まで持って行くと誓いますから、どうかご安心下さい!」


「必ずだぞ。信頼すると決めたキミ達には事情を話しておきたいが、こればかりはそうもいかないのだ。」


「我々の身を案じての事だと理解しております。閣下の信頼に応える為に出来る事は、沈黙を守る事のみ。外にいる四人も、殺されても口を割るような兵士ではありません。」


「ありがとう。早速だが極秘任務を命じる。キミ達五人でこの車両を私の屋敷へ運んでくれ。輸送は深夜になってからだ。」


実戦慣れしたモチマサは、カプランに提案する。


「閣下、私が誰にもわからないように同型車両から通信機を外して持ち込みます。下士官時代はリガー兼メカニックでしたから、通信機をすり替えるぐらいは造作もありません。部下四人は深夜に車両をフラム閥の格納庫に隠し、私が取り外した通信機を閣下の屋敷へ運ぶ。このプランの方が安全かと思われます。」


「うむ。いい作戦だ。それで行こう。」


カプランが耳にした樽戸の人柄は"極めて誠実、かつ慎重で、三度叩いてから石橋を渡る男"であった。


"東雲刑部に機密通信を任された用心深い男が、錯乱して無意味なリスクを取るとは思えない。……あの状況でSOSを出したところで、救援が間に合わない事は新兵でもわかる。であるにも関わらず、樽戸大尉は自爆装置を作動させずに安全装置を解除し、届くかどうかもわからない通信に賭けた。危険を冒してでも伝えなければならなかったが艦内であった、としか考えられん"


ガレージを出たカプランは、歩哨役の選抜兵に紙幣を渡し、煙草を買いに走らせた。言い様のない不安感がこみ上げてきて治まらず、煙草を吸って落ち着きたかったのだ。


カプランは指輪型の変換装置を常に持ち歩いている。紫煙と共に不安感を吐き出したカプランは意を決し、モチマサ達に"誰も中に入れるな"と命じてガレージの中に戻った。


誰もいないとわかっているのに車内を見渡したカプランは、青い宝石の輝く指輪を外して台座を回し、内側から現れたコネクタを通信機に差し込む。再生ボタンを押すだけなのに、鉄塊を動かすよりも重みを感じる。吐き出したはずの不安感がこみ上げ、悪寒が止まらない。それでも……魅入られたように指先が動いていた。


ディスプレイに映ったのは血で染まった通信席に突っ伏した樽戸大尉の無惨な姿。青鳩で送られてきたのは瑞雲のブリッジカメラの映像だった。死を目前にした通信士官がカメラの角度を変えながら、か細く喘ぐようにマイクに囁く肉声が漏れた瞬間に、カプランは"……聞くべきではなかった"と心底後悔した。



「……誰でもいいから……聞いてくれ……御堂イスカに……裏切られた……こ、この映像が……その…証拠…だ…………」


※樽戸大尉

今作十三章・慟哭編24話"青い鳩"に登場した瑞雲の通信士官。


※電波欺瞞無効化装置

今作十三章・慟哭編16話"元帥印付き安全装置"にて、カプラン元帥が"青鳩は現行のあらゆる暗号解析機を無効化し、既存の電波欺瞞装置をすり抜ける機能を持つ事"に言及しています。

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