第十五章 結束編

結束編1話 嘘も偽りもなく



骸骨戦役は終わり、オレはナバスクエス師団の幹部数人の身柄と交換した中将の遺体と一緒にガーデンへ帰投した。交渉相手は離脱に成功したマヌエラ、あの憎しみに満ちた形相を見るまでもなく、オレはナバスクエス家にとって"不倶戴天の敵"となった。父と兄を奪われたのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが……


"父と兄の仇は私が討つ!覚えておけ、剣狼!"


マヌエラの捨て台詞に対し、オレはいつものように"無理だと思うが頑張れ"と返答した。


グンタと戦った映像を見る限り、本当に無理だろう。麒麟児の来援を知って一騎打ちを切り上げたようだが、あのまま戦っていてもグンタ&茶虎に敗れていた可能性が高い。執念という下駄を履いたとしても、彼女は兵士の頂点には届かない。仇を討とうと挑んでくれば、死ぬだけだ。


夥しい人命が失われ、失われた命に倍する憎しみが連鎖する。それが戦争だ。だからこそ、一刻も早く停戦を実現させたい。大量殺人者であるオレに、そんな事を言う権利があるのか微妙だが……


「機構軍は中将の御遺体を丁重に扱ったようね。私が特にする事はなかったわ。さ、左腕を見せて。」


医務室に戻ってきたヒビキ先生は、オレに負傷した左腕を見せるように促す。


「もう動かせるようになりました。骨に異常はないと思います。」


「それを判断するのは私の仕事よ。」


左腕を丹念に診察したヒビキ先生は、感嘆の吐息を漏らした。


「……高密度筋繊維に超再生、そして癒しの白炎。カナタ君は三つのハーモニーが奏でる超タフネスね。だけど私がいいと言うまで安静にして頂戴。そうすれば綺麗に治るでしょう。」


「わかりました。」


検査ポッドから出力された紙に目を通したヒビキ先生は発言を修正した。


「あらあら、三重奏ではなく四重奏だったみたい。以前よりも骨密強度が上昇してるわ。リッキー坊やの固有能力をラーニングしたのね。」


「そりゃ有難い。自己強化型スキルはラーニングに気付きにくいんですよねえ。」


リックが肉を斬らせてって戦法を多用出来るのは、"骨を断たれない自信"があるからだ。


「ふふっ、そのうちイスカの"神腕"もラーニングしちゃうかもね。」


神腕……夢幻双刃流の最終奥義・双極双刃を放つ為に必要とされる御堂家の特異体質だ。


「どんな腕なんですか?」


「原理は単純で、肩から指先までの筋繊維の"オール速筋化"よ。イスカの体は速筋繊維と遅筋繊維のバランスが理想的で、さらに奥義を放つ時だけは遅筋繊維が速筋繊維に変じる。う~ん、この言い方にはちょっと語弊があるわね。"特殊な念真波動で遅筋繊維に速筋繊維の能力を付与する"が正しいかしら。」


司令の先祖・御堂阿門に首を刎ねられた武者は、そのあまりの剣の速さに、"首なし死体になった自分の姿を見てから事切れた"って逸話があるが、実話だったのかもしれないな。


だが"北陸の怪僧"と恐れられた阿門入道の真の恐ろしさは、剣腕ではなく知謀だ。なんせ、孫がいる歳になるまで双子の弟がいる事を隠蔽し、天下分け目の決戦で影武者として用いたのだ。用意周到なんてもんじゃない。しかも照京の間者と見抜いた者をあえて本陣に置き、偽装情報まで流した。


オレの御先祖・八熾牙ノ助もこれには見事に引っ掛かり、敵将の首級を上げるべく御堂家本陣に攻め掛かったが、討ち取った後で影武者だと気付いた。勝利に湧く白狼衆の中で、当主の牙ノ助は"……勝利を確信した死に顔……此奴は影武者だ!帝が危ない!"と叫んで、すぐさまとって返したんだから、御先祖様ながら惚れそうになるよなぁ。


稀代の策士・阿門入道の計算違いは"御門の狼虎"の影に隠れていたが、御鏡翔鷹も相当な戦巧者で、牙ノ助の来援まで帝を守り抜いた事だ。怪僧は帝の本陣まであと少しというところまで迫りながら、舞い戻った狼によって討たれた。


「その変化は全身に及ぶみたいだけど、特に腕に関しては100%、速筋化するの。速筋化した上に柔軟化もするから、双極双刃は恐ろしく速くて軌道も読めない。」


「大師匠も"始動は見えるが、軌道は見えない"と仰っていました。」


見切りの奥義を極めた"達人"トキサダに、そう言わしめるんだ。放たれたら最後、防ぐ事は不可能だろう。司令が敵じゃなくてよかったぜ。


「いっけない!私とした事が余計な事を喋ったわね。イスカには内緒よ?」


「聞かなかった事にしておきますが、身内に知られたところで、どうって事ないでしょう。」


そもそも、大師匠には奥義そのものを見せてるんだからな。司令の事だから、極限の奥義と見切りの奥義の雌雄を決したかったんだろうけど。


医務室の電話が鳴り、受話器を手にしたヒビキ先生がこっちを向いた。


「噂をすれば影。イスカも帰投したみたいだわ。カナタ君に"私の私室に来い"だって。内緒話があるみたいね。」


「すぐに向かいます。」


「イスカ、検死した訳じゃないけれど、中将の死因は"自刃"よ。傷らしい傷は首筋にしかなかったから間違いと思う。中将の愛刀に付着していた血痕を調べればハッキリする筈だけど、どうする?」


中将が自刃しただと!? いくらナバスクエスでも東雲刑部を一刀で斬り伏せるなんて不可能だ。どうやら奴は、出鱈目を言った訳じゃなかったらしい。ナバスクエスが艦橋に赴いた時には、既に中将は自刃していたって事か……


「わかった。調べておくわ。カナタ君はすぐにそっちに行くって。じゃあ、中将の死因については報告書にして提出するから。」


受話器を置いたヒビキ先生に一礼したオレは、司令棟に向かった。


───────────────────


チープな司令室の中にある重厚なドアの前に立ったオレは、深呼吸して気を鎮めた。空路を使ってガーデンへ戻ったのはオレと司令だけ。部隊長もゴロツキどもも、まだ帰投の途上、司令と腹を割って話すにはいい機会だ。


分厚いドアをノックしてから豪奢な私室に入ったオレは、来客用のソファーに座った司令の対面に腰掛けた。司令がオレの顔をチラリと見てから煙草に火を点けたので、オレもシガレットチョコを咥える。


我慢比べに似た沈黙が場を支配し、数分が過ぎた。司令の悲嘆と哀愁に満ちた顔。来るべき時が来てしまったようだな。


「……父上を暗殺した犯人がわかった。」


「……そうですか。知ってしまったんですね。」


中将が亡くなれば、遺書を受け取るのは司令。グラドサルで密談した後も中将は、遺書を書き換えたりしなかったのだ。当たり障りのない手紙を遺せば、真実を語れるのはオレしかいなくなる。東雲刑部は重荷を誰かに背負わせる男ではない。だから、こうなる事はわかっていた。


「……知ってしまった、という事は、おまえは気付いていたんだな?」


勇気を出せ!中将の死を聞かされた時に決心しただろ。事件の真相が明らかになったら、もう嘘も偽りもなく、司令と向き合うって!


「はい。オレは気付いていました。誰がやったのかではなく、誰ならやれたのかを考えた時に、答えは一つだったんです。確証を得る為にマリカさんとシュリ夫妻を伴って極秘でグラドサルに赴き、中将から真実を聞いた。」


ここで嘘を言ったら、司令との関係はお終いだ。真相に気付いていながら隠していた事を認めれば、それで終わってしまうかもしれないが、もう目を逸らさない。向き合うってのは、そういう事だ。


「なぜ黙っていた!私が父の仇を探し続けていた事をおまえは、おまえだけはわかっていた筈だ!」


胸ぐらを掴んで怒りをブチまける司令。オレも司令の胸ぐらを掴んで怒鳴り返す。


「ああ、わかっていたさ!だがオレが言えなかった理由もわかるはずだ!イスカと中将の関係がおかしくなったらアスラ派はどうなる!中将はアンタを新時代の指導者に推戴する事だけを考えて生きてきたんだぞ!」


「大きなお世話だ!私は何であろうと自力で勝ち取る!育ての親にずっと隠し事をされていた私の気にもなってみろ!」


「愛しているからこそ、言えない事だってある!東雲刑部が他の誰よりも御堂イスカを大切に想い、尽くしてきたのはわかってるだろ!アスラ元帥に手をかけた事だって、死にも優る苦渋の決断だった!昇華計画を止めるには、他に方法がなかったんだ!」


御堂アスラを止めるには、殺すしかない。元帥をよく知るザラゾフ閣下もカプラン閣下もそう言っていた。本当に他に方法がなかったんだ。※諫死でアスラ元帥が思い止まってくれるのであれば、中将は迷わずそうしていただろう。


「……叔父上は私を推戴した後、どうするつもりかおまえに話したか?」


「御堂イスカが新時代の指導者になったら全てを打ち明け、自刃すると仰ったがオレが止めた。嘘だと思うなら、マリカとホタルに聞いてみろ。」


「疑っていない。なぜ自刃を止めた?」


落ち着きを取り戻した司令が胸ぐらから手を離したので、オレも手を離した。


「自刃で救われるのは全てを成し遂げ、満足した中将だけだからだ。東雲刑部とを救うには、中将に生きてもらわなければならない。生きていれば、きっとイスカが叔父を許せる日が来る。オレはそう信じていたし、今でもそうだ。」


「私が叔父上を許せる日が来る、か。……カナタ、嘘偽りなく答えてくれ。おまえが私に真相を話さなかったのは、"真実を知ったイスカは東雲刑部を殺すかもしれない"と憂う気持ちもあったからではないか?」


「そんな懸念がなかったと言えば嘘になる。だが間違いだった。」


こうなる前に真実を話し、和解させるべきだった。オレは親父と、国を変えようとして官僚になったのに、伏魔殿の毒気にあてられて省内政局だけを考えるようになった天掛光平と同じ過ちを犯した。司令を信じ切れず、軍閥の瓦解を避けようとした結果がこれだ。


「なぜ間違いだったと言える。私が復讐する道を選んだかもしれんだろう。」


「激情に駆られ、殺してやると思ったかもしれんが、決して実行は出来なかった。御堂イスカは、誰よりも東雲刑部に慈しまれた愛娘なのだから……」


オレは英雄の頬を伝う涙をそっと指で拭った。イスカの涙を見たのは初めてだな。


「……カナタ……私は……」


「人前で涙を見せないのは指導者として正しい姿勢だと思う。だけど、仲間の前では泣きたい時に泣いていいんだ。」


大粒の涙を零したイスカは、しばらく俯いたままだったが、顔を上げた時にはいつもの顔に戻っていた。


「……叔父上に会って来る。カナタ、三元帥はシロだとわかった。トガに関してはもう手遅れだが、ザラゾフ、カプランとは協調の余地がある。やるべき事はなんだ?」


よし!イスカは両元帥との協調路線に舵を切るつもりだ。泉下の中将もそれを望んでいるはず。


「東雲刑部の偉大な業績を称え、国威を高揚させる為に国葬を執り行う。盛大な式典の後に帝を交えた四者会談を開き、同盟軍の結束をアピールしよう。根回しはオレがやる。」


「任せた。私からの注文は一つ。国葬の場所は首都ではなく、叔父上の故郷、覇嘉多はかたにしてくれ。」


龍足大島最大の工業都市での手打ち式か。ドラグラント連邦としても悪くない。


「わかった。必ず両元帥を説き伏せて、四者会談を実現させる。」


中将の戦死は痛恨だったが、同盟軍を結束させる礎になったのだと思いたい。



イスカと両元帥が手を結べば、皇帝は停戦を考え始めるだろう。機構軍とではなく帝国と講和し、薔薇十字&サイラスとの共闘で、ネヴィルと兵団を討つという図式もあり得る訳だ。希望が見えてきたぞ。


諫死かんし

己が死を以て諫める事。

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