愛憎編62話 完全適合者による完全なる決着
案山子軍団とターキーズは乱戦への備えを完了したようだ。もう時間を与える必要はない。シガレットチョコを咥えたまま、磁力剣を手に一歩踏み出すと、ナバスクエスは意を決して叫んだ。
「……そ、総員突撃!!聞こえぬのか!!余を援護するのだ!!」
ジャガー戦士団は一瞬戸惑ったが、王命に従い突撃してきた。
予想通りのリアクションだな。ケリーは眼旗魚の釣り出しに成功していながら、部下を死なせない為に一騎打ちを挑んできた。この男は逆だ。勝てると思ったから一騎打ちに応じたが、敗色が濃厚になれば手の平を返す。
もしこの男がケリーのような鋼の精神を持ち合わせていたら、もっと早くに完全適合に至っていただろう。思い込みの強さと優れた素質、長きに渡る実戦経験が運良く扉をこじ開けた。極論すれば、ホレイショ・ナバスクエスはただそれだけの男だ。人としての奥行きが感じられない。
「させるかよ!兄貴の邪魔すんじゃねえ!」
真っ先に飛び出した斬り込み隊長は、ポールアームを片手で回しながら吶喊し、
「七面鳥ども、私についてきな!案山子軍団に負けてらんないよ!」
ピーコックもターキーズを率いて乱戦に参加し、ジャガー戦士団を食い止めてくれた。
「事実上の敗北宣言だな。年貢の納め時だ、覚悟しろ。」
ナバスクエスは狼の前進を遅らせようと、渾身のジェイドアイで足を睨む。往生際の悪い男だ。磁力を紅蓮正宗に集中して楔を強化しながら、重力磁場も目一杯の強度で行使する。おまえだけは絶対に逃がさん!
「黙れ黙れ!二度の敗北など許されぬ!余は絶対不可侵の王なのだ!」
フォアグラみたいに病的に肥大化した自己顕示欲だけで適合に至ったKよりは上かもしれんが、おまえは他の完全適合者には及ばない。いや、妄執も狂気の一種、精神面の異様さなら、Kとておまえを凌駕するだろう。おまえもKも、頂点の下層には違いないが。
「世迷い言は冥府で言え。」
「ええい!足などくれてやるわ!」
刀を引き抜くのは間に合わないと判断したナバスクエスは、足を引き千切りながら前蹴りを放ってきた。左足を上げて受けようとしたが、ナバスクエスは膝を素早く畳んで横蹴りに変化させ、脇腹の傷口を蹴り抜かれる。やはり、積み上げてきた技術だけは超一流だな。
オレが横向きにすっ飛ばされた隙を見逃さず、軍靴ごと楔を脱ぎ捨てたナバスクエスは、渾身の片足ジャンプで範囲の狭い重力磁場からも脱出。ブロックされている部下がせめてもと投げて寄越した中盾を受け取りながら遁走を開始したが、右足首から先がないので速くは走れない。
「ナバスクエス、振り向かないと狼の足を止められんぞ。」
足が万全の状態でも、スピードはオレが上なんだ。部下が手助け出来ないのに、逃げられる筈がなかろう。
「誰でも良い!奴を足留めしろ!」
命令に応えられる部下がいないので、やむなくジェイドアイで足留めしようとナバスクエスは振り向いたが、当然、狼眼が待っている。極端な前傾姿勢で走ってる上に距離があれば、目が合うに決まっているだろう。
「ぐぬぅ!……な、なんのこれしき……」
「追い付いたぞ。磁力剣を喰らえ!」
繰り出した魔剣は中盾で受けられ、苦し紛れのマカナは逆手抜きした蝉時雨で受ける。腕一本だと持ち替えが面倒だな。
「盾さえあれば磁力剣など恐るるに足らん!」
「だったら最初から捨てるな。」
蝉時雨を地面に刺しながら磁力操作で愛刀を呼び寄せ、主武器を交代。片手だけで戦う。ナバスクエスも手足に拘束具を付けたハンデ戦を繰り返してきただけあって、右足を足首の先から欠いていても、かなり戦えるな。
「見える!貴様の技など余には通じん!気の迷いとはいえ、背中を見せる必要などなかったのだ!」
「見えているのはお互い様だ。」
「なんだと!?」
マカナの切っ先をギリギリで躱して刃を返す。踏み込みが甘くなっているのは仕方がないにしても、息まで乱れている。持久力もオレが上のようだな。
身体的なスタミナもだが、心のスタミナが足りない。本物の修羅場の経験が一度しかないのも、おまえの弱点だ。
「レアンドロよりはマシなだけで、おまえも邪眼頼りな事に変わりはない。ジェイドアイがなければ技を見切れないとでも思っていたのか?」
技を一通り見れば、起点も軌道もおおよそわかるし、コンビネーションも読める。トゼンのように、魔性としか言い様のない技の冴えはおまえにはない。速さではマリカに、力では閣下に劣る剣技などもう見切った。
「少し目が慣れた程度で、知った風な事をほざきおって!」
「風下から吠えるな。誰よりも、おまえ自身が"オレには勝てない"と知っている。ゆえに背を向けて逃げ出したのだ。」
絶体絶命になってからが本番のトゼンは別格としても、閣下やマリカも逆境に怯まず力を増してくる。おまえは(精神的に)風上にいる間は強いが、風下に立ったが最後、脆さが露呈するタイプだ。
「黙れ小童!余を愚弄する事は許さん!」
そこだ!起点と軌道を完璧に読み切れたならば、先の先でカウンターを合わせられる!
「うぬぅ!同時攻撃とは小癪な!」
マカナの切っ先はオレの軍服を僅かにかすめただけだが、先読みで放った紅蓮正宗はナバスクエスの脇腹をしっかりと捉えた。
「見てから反応する事に慣れ切ったおまえは、"次の攻撃を予測する事が苦手"だ。だが次元流を学んだオレは、先読みも得意でな。」
弱点がハッキリした以上、片腕だろうと負ける要素はない。心が萎縮すれば手数も減り、盾に頼りがちになる。だが気圧されているのはジャガー戦士団も同じだ。仲間の包囲を突破して、おまえを助けに駆け付ける事など出来ない。
「余は…余は世界を手にする王なのだ!!こんな所で斃れるはずがない!!」
願望を喚き散らす豹王。どうやら技でもオレが上だったようだな。斬らせずに斬れるようになってきたぞ。
「諦めろ。この星はおまえの手に収まる程小さくもないし、軽くもない。東雲刑部の無念、しかと思い知れ!!」
「待て!軍神の右腕を殺めたのは余ではない!!余が艦橋に赴いた時には既に…」
「おまえでなければ誰なんだ!無双の剛擊を受けてみよ!!」
「ひいぃ!!」
青ざめたナバスクエスは中盾で剛擊夢幻刃を受け止めようとしたが、怒りと殺意で威力を増した一撃は、最後の砦を空中に弾き飛ばした。
「お、おのれ!余の覇道は誰にも止められぬ!!止められぬのだぁーー!!」
盾を失ったナバスクエスは、マカナに全てを託して渾身の一撃を放ってきた。最後の最後で、やっと開き直れたようだな。
「これで終わりだ、ナバスクエス!!」
緑の奔流が渦巻く一撃を紙一重で躱したオレは、踏み込みながら敗者の胸板に百舌神楽を放つ。突きの連打が見えているはずのナバスクエスだったが、躱す事は出来なかった。片方だけになった爪先を、オレに踏まれていたからだ。
「ぼえっ!ぐへっ!ひぎゃあ!!」
肺と心臓を突きの連打で完膚なきまで破壊されたナバスクエスは、吐血しながら仰向けに倒れ、目を見開いたまま動かなくなった。瞳孔を見て絶命を確認したオレは紅蓮正宗を天に掲げ、勝ち名乗りを上げる。
「機構軍元帥ホレイショ・ナバスクエス、討ち取ったり!!」
中将、見ていてくださいましたか? これで無念が晴れたとは思いませんが、あなたの志は皆で受け継いでいきます。生体工学に頼った安寧を拒否し、もがき苦しみながら人として生きようとした東雲刑部の姿を、オレは決して忘れない。
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会戦の勝敗は決し、掃討戦に移行した。ナバスクエス親衛戦士団は"代表者による一騎打ちが終われば、負けた側は撤退し、勝った側は追撃しない"という約束の履行を願い出たが、密約は好むが違約を嫌うカプラン元帥は断固として認めなかった。
"私は約束を守るつもりだった。だが、反故にしたのはそちらだ。言っておくが、これはナバスクエス元帥だけが悪い訳ではない。確かに突撃を命じたのは元帥だが、違約とわかって王命に従った以上、臣下にも責任が生じる。つまり、
嘆願を拒絶した後に、論客は無情の勧告を突き付ける。
"ナバスクエス師団の将兵に告ぐ!投降は認めるが、撤退は認めない。戦って死ぬか、逃げようとして死ぬか、武器を捨てて捕虜になるか、好きな道を選びたまえ!"
士気が崩壊した敵兵に自ら手を下す必要はないと思ったのだろう。勧告を終えた元帥閣下は手頃な岩に腰掛けて、従卒に持ってこさせた水煙草を吸い始める。
「ふ~。運動した後は水煙草に限るよ。いささか嵩張るのが難点だがね。」
写真でしか見た事がなかったが、本当に器具が嵩張るみたいだな。
「閣下の煙草好きは筋金入りですね。」
心の拠り所だった完全適合者を失ったジャガー戦士団は意気消沈し、案山子と七面鳥に蹂躙されている。あれなら怪我人は出ても死人は出ない。オレも一休みするか。下層とはいえ完全適合者の相手は流石に疲れた。
「娘には内緒だが、若い頃は※
岩に背を預けたオレが白い目で睨んだので、カプラン元帥は煙で視線を遮る。
「怖い目で睨まないでくれたまえ。昔の話だし、アスラに止められてからはキッパリ止めた。それが彼との出会いだったのだがね。」
そういや、公序良俗に反する場所で出会ったとか言ってたなぁ。おっと、リストバンド型の戦術タブレットに斥候部隊からレポートが上がってきたぞ。
「炎の壁の向こうにいる連中も逃げ出したようです。どの程度、追撃をかけますか?」
「徹底的にだ。後続の第二師団にも追撃に加わってもらう。ナバスクエス派の保有都市の攻略は、ウタシロ大佐に指揮を執らせよう。戦役が終わったら即座に准将に昇進、少し間を置いてから少将に任命して正式な師団長に就任という流れかな。カナタ君はどう思うね?」
「異存はありません。東雲中将の後任はウタシロ大佐しかいない。ですがオレよりも、司令の意向を確認すべきです。」
司令も異を唱えたりしないと思うが、知らないところで話を進めるとヘソを曲げるかもしれない。天才ってのはヘソ曲がりが多いのだ。
「それが問題だ。第二師団の後任はウタシロ大佐で決まりだが、交渉窓口の後任はキミがやるしかあるまいよ。」
「冗談でしょう。他に適任がいるはずです。」
オレはアスラの部隊長だが、連邦の軍監でもある。窓口は生粋のアスラ派の軍人がやるべきだ。
「いるなら名前を上げている。軍隊でも政党でも企業でもそうだが、突出したリーダーを持つ組織の泣き所はね、リーダーに次ぐ人材が育ちにくい事だ。優秀過ぎる彼女は、指導力も発揮し過ぎたのさ。」
「……………」
司令の言う通りに動いてりゃ間違いないんだから、そりゃそうなる。オレだって少し前までは、そうしていたんだ。
そういや雲水代表も、"御門グループはボトムアップ方式だが、御堂財閥はトップダウン方式。トップの力量は御堂財閥が上でも、層の厚さなら御門グループに分がある。組織としては、我々の方が理想的だろうね"とか言っていたな。
……トップが優秀過ぎるが故に、脆さが生じる場合もある。アスラ元帥が三大将に大きな権限を持たせて仕事を任せていたのは、優秀過ぎる自分への歯止めだったのかもしれない……
※アサシン
アサシンという言葉は"ハシシを吸う者"が語源という説がある。ハシシは大麻製品の一種。
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