愛憎編61話 不可避の斬擊



「目には目、サイキックバーストにはサイキックバースト。貴様と同じ技なら余も使えるのだ!」


ナバスクエスの纏う緑の念真障壁が念真奔流に転じる。互いに神威兵装オーバードライブもオンにした。これで長期戦はなくなったな。


いつもだったらダッシュで距離を詰めるところだが、無双の至玉を顕現させていると妙に落ち着いちまうんだよな。気分に従って威風堂々と、歩きで近付くか。


「同じ技だと? 無双の名に値するのは我が瞳だけだ。」


立ち振る舞いだけではなく、言葉遣いもそうだ。時代がかった言い回しを好む家人衆の前では意識的に殿様を演じているが、無双の至玉を顕現させている時は、自然とこうなる。


「無双を名乗るのは余に勝ってからにしろ。王の中の王と、王の分家には超えられない壁があるのだ。」


同じように歩きで距離を詰めてきたナバスクエスとオレは邪眼で睨み合い、呼吸を合わせたかのように黄金の奔流を纏った刀と緑光の奔流を纏ったマカナが激突する。


「笑止千万、王の中の王とやらの力はこの程度か?」


「ぬうっ!余が押されるとは……」


小細工抜きの力比べはオレに分があり、ナバスクエスは数歩後退。大上段に構えたオレに対抗するかのように、マカナを両手持ちして下段に構える。


「膂力も念真力もオレが上だ。格の差を理解したようだな。」


「余を相手に大上段に構えるとは生意気な!その思い上がりは高くつくぞ!」


剣術における大上段とは、よほど自信があるか、相手との力に差がある場合に用いられる。見栄えはいいが、リスキーな構えなのだ。剣術の基本、王道はやはり正眼。だがオレは……邪道の剣士だ。


「来い。格下から仕掛けるのが作法だ。」


「分家の小倅めが、王である余を格下呼ばわりしおって!龍ノ島では礼を重んずると聞いたが眉唾だったようだな。」


「礼儀は人と人を結ぶものだ。人獣には礼節も情けも無用。臆して動けぬなら、こちらから行くぞ!」


踏み込みながら打ち下ろした刀をナバスクエスはジェイドアイで睨み、減速させる。


「バカめが!ジェイドアイはいかな剣戟も…うぐっ!」


「減速させられる。、な。」


大上段に構えれば、速くて力強い打ち下ろしを警戒する。打ち下ろしをジェイドアイで減速させて、躱しながらの切り上げで反撃するつもりだったようだが、オレの狙いは打ち下ろしを予告して"視線を誘導する事"にあった。刀を見るとわかっていれば、視線を合わせるのは容易い。すなわち、狼眼の餌食だ。


「ぬおおおおぉぉぉーーー!!」


怯みながらも脱兎の如くバックステップを連発したナバスクエスは、念真力を瞳に集中して狼眼のロックを振り解いた。


「ほう。なんとか振り解いたようだな。」


火隠段蔵から緋眼をコピーしていたに違いないアスラ元帥と戦った経験が活かされたな。ターゲット型の邪眼は一度ロックオンしてしまえば、効果を与え続けられる。逃れたければロックを外すしかないのだが、無双モードの天狼眼を振り解いてみせたのは、兵士の頂点ならではの芸当だ。


「……ハァハァ……同じ手はもう通じんぞ。」


「ならばどうする? 運動エネルギーを減衰させたければ対象を睨むしかない筈だが、睨んだ先には狼眼が待っている。」


対抗策は読めているがな。刀や腕を睨もうとすると、視線を合わされる。だから視線を下に向け、足を止めようとするだろう。


「貴様は足に目がついているのか?」


予想通り、軽やかな足捌きでサークリングしながら、ジェイドアイで足を鈍らせて来る。距骨にヒビが入っているとは思えん動きだ。


「サイキックバースト状態のジェイドアイで睨まれれば、手練れの兵士でも減衰では済まず、運動エネルギーをゼロにされて対象部位が動かなくなる。鈍いとは動けているとは、大したものだと褒めてやろう。」


ヒットアンドアウェイでダメージを蓄積させようと試みるナバスクエス。だがヒットは成功したが、アウェイには失敗した。オレは奴が踏み込んできた瞬間に、ダメージ覚悟で重力磁場を展開してやったからだ。左腕にかなり深い傷をもらったが、代わりに紅蓮正宗で右足の甲を地面に縫い付けてやった。


「これで利き足は死んだな。もう逃げられんぞ。」


刀の鍔が軍靴に触れるほど深く抉ってやった。これなら簡単には引き抜けまい。


「ほざけ!片腕で何が出来る!」


屈み刺しを喰らったナバスクエスは、頸椎めがけてマカナを振り下ろしてきたが、素早く蝉時雨を抜いて受け止める。ナバスクエスが上から押す力よりも、オレの立ち上がる力の方が強い。脇差しの峰を首にあてたままジリジリと立ち上がり、至近距離での死闘が始まった。


「接近戦は望むところよ!余には全てが見えているのだ!」


豹と狼はマカナと蝉時雨で細かく刻み合いながら、致命の一撃を喰らわすチャンスを窺う。


「おまえは"自己強化型の邪眼こそ至高"などとほざいていたが、強化出来ているのは認識力だけだ。」


お互いに足を止めて斬り合っている以上、片腕のオレが不利。与えた傷の深さでも、数でも劣っている。


「その認識力の前に劣勢に立たされておるではないか!足を使って逃げたらどうだ?」


「フッ。おまえはオレを相手に"回避出来ない"という事が、どれほど致命的なのか、わかっていないようだな。」


縫い付けられた足首を狙って、砂鉄の鎌が襲い掛かる。気配を察したナバスクエスは横目で足元を確認し、念真障壁とマカナを使って防御を試みた。


しかし、殺戮の力を付与された魔刃は、咄嗟に展開された念真障壁を砕き、マカナによる受けもすり抜けた。


「なんだと!?」


「上っ面しか見ないからそうなる。」


表面に普通の砂鉄を被せて偽装していたが、中身は黄金。殺戮の力を宿した刃は、念真障壁では防げないのだ。


「……うぐぐ……き、貴様……いつの間にチャージを……」


切断はなんとか免れたようだが、刃は足首の半ばまで食い込んだ。磁力操作でさらに抉ってやろうとしたが、ナバスクエスは砂鉄の鎌に精密にコントロールされたサイキックエクスプロージョンをぶつけて爆散させる。


精緻な妙技と褒めてやりたいところだが、一手遅い。初手で爆散を狙っていたら、ケリコフ・クルーガー直伝の"不可避のインエヴィタヴルの斬擊スラッシュ"を防げていたかもしれん。


「※影縫いを使った時に、袖の砂鉄を地面に零しておいた。なぜ下を向いたままジリジリと立ち上がったのかわからなかったのか? 死角に撒いた砂鉄に、殺戮の力を込める為だ。」


タネ明かしをしながらバックステップ、空中に飛散した砂鉄を集めて左腕に巻き付けて固定し、止血帯にする。


「……全て計算して、余を嵌めたのか……」


もし、不可避の斬擊を防がれていたら、散った砂鉄を地面に潜らせて紅蓮正宗に巻き付け、根のように地中に張り巡らせるつもりだった。おまえの機動を封じるのが、勝利の絶対条件だからな。


「ジェイドアイでオレの足を鈍らせられるのなら、おまえの足を殺すまでだ。」


蝉時雨を鞘に納めたオレはグリフィンmkⅡを抜いて、ナバスクエスの投げ捨てたアーモンド型の中盾を撃ち、拾えないように遠ざける。アレックス大佐からレアンドロの闘法は聞いていたから、弾倉には衝撃弾を込めてきた。


「足が死んだ以上、避けは使えない。盾は拾えず、受けたければマカナを使うしかない。そしてオレの魔剣は剣をすり抜ける。」


「…………」


無言で窮地を脱する方法を考えるナバスクエス。親切なオレはサイコキネシスでシガレットチョコを取り出し、カロリー補給しながら待ってやる事にした。


「おまえの手番だ、よく考えろ。言うまでもないが※メイトスレットだ、受けを間違えれば死ぬぞ。」


実際にはメイトスレットではなく、※必至だがな。いくら動きが見えていても、対応出来なければ意味はない。過酷なハンデを背負っていたとはいえ、脳筋ロードギャングとしか戦ってこなかったツケが回ってきたのだ。スローに見えていた砂鉄の刃に対する受け手を誤ったのは、想像力の欠如が原因だ。


アスラ元帥に敗れて以来、強敵との対戦を避け、雑魚狩りだけで覚醒に至った男の限界。同じ完全適合者でも、ロドニーはもっと手強いだろう。強敵を求めて戦い続け、それでも足りぬと死を覚悟して格上ジェダに挑み、死闘の末に勝利した。頬肉を削がれ、片耳を失いながらも世界最強を目指す代償だと笑い飛ばす。精神的にはトゼンの従兄弟だ。


(シオン、案山子軍団をスタンバイさせろ。)


(ダー。みんな、乱戦に備えて!)


ナバスクエスは狂気の沙汰を繰り返して、完全適合に至ったつもりでいるだろう。だが、真の狂気をおまえは知らない。本物の強者が持つ苛烈極まる矜持もだ。



狂気に身を委ねる事も出来ず、矜持を抱いて死ぬ覚悟もない男。オレの読みが当たっていれば、最もありきたりで、常識的な手段を用いるはずだ。


※影縫い

夢幻一刀流・六の太刀、破型。刀か脇差しで相手の足を刺し、地面に縫い付ける技。前作の戦役編13話でシド・バイケンと戦った時にも使っています。


※メイトスレット 必至

チェス用語。正しく受ければ詰まないが、受けを間違えれば詰む状態。将棋用語では"詰めろ"にあたる。

必至は将棋用語。どう受けても詰む状態を指す。

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