愛憎編60話 獣神VS剣狼
「剣狼と呼ばれるだけあって、いい剣筋だと褒めてやろう。相手が余でなければ通じただろうに惜しい事よ。」
夢幻一刀流の技を惜しげもなく繰り出してみたが、剣受け、盾受け、回避を駆使するナバスクエスを捉えられない。戦闘技術も身体能力も極めて高いが、被弾しない最大の理由は"
相手の動きをスロー再生みたいに認識出来るなら、どんな秘技でも無効化出来る。見てから反応すりゃいいんだからな。秘技もフェイントも通じないとわかっていたから、特に驚きもしないが。
「小手調べをいなしていい気になるとは、気の早い事だな。」
豹眼は持続力に優れている。レアンドロはアレックス大佐と長丁場を演じる間、ずっと豹眼を発現させていたのだから間違いない。そして、ナバスクエス親子はアスラ元帥が使ったとされる"サイキックバースト"を習得している。災害閣下の話では、オレの"天威無双の至玉"に似た能力らしいが、まだ使ってこない。
豹眼と違ってサイキックバーストは長く維持出来ないに違いない。だからオレが無双の至玉を発動させるまで温存しているのだ。
トガ師団が敗北した会戦で誰かが落としたのだろう、地面に埋もれていたコンバットナイフが目に入った。磁力操作を使ってナバスクエスの視界の外から飛ばしてみたが、ノールックのマカナで弾かれる。
「甘いわ!余がジェイドアイ頼みの猪武者だと思うたか!」
「囀るな。こんな小技で斃れたら興醒めするところだ。」
強力な特殊能力を持っている兵士は、他の能力がおろそかになるケースがあるが、ナバスクエスは技術も感覚も磨き上げている。ま、ツユリ一党と戦った時に背後からのネイルガンを余裕綽々で躱していたんだから、それもわかっていた。
「夢幻一刀流とやらはもう見切った。どんな剣術であろうと余の敵ではない!喰らえい!」
「オレが使うのは夢幻一刀流だけではないぞ!」
横薙ぎの刃を屈んで避けながらカウンターを合わせてやったが、ナバスクエスは返し技の始動と同時に盾と右足を動かしていた。マカナは空を切ったが刀は盾で止められ、正確無比な爪先蹴りが左脇腹に迫る。
技術の高い兵士は複数の四肢を同時に操る術を心得ているものだが、この男は特にそれを得意としている。オレと同じで乱戦に強いタイプだ。
「次元流の次は応龍鉄指拳だ!」
インパクトの瞬間に体を駒のように回転させて打撃を弾きながら回し蹴りで反撃。"鉄拳"バクスウと戦った時に学んだ捻転交差法は防御と攻撃が一体化した優れ技だ。
「甘いっ!どんな技でも、余には止まって見えるのだ!」
ナバスクエスは超速反射でバックステップし、回し蹴りを躱してのけた。
「……やるじゃないか。」
オレは台本通り、血の滲んだ左脇腹に手を当てながら僅かに顔を歪めて見せる。手練れの重量級兵士の足技でも完璧に無効化する回転防御だが、中量級のナバスクエスの足技の威力は殺し切れなかった。完全適合者は兵士の頂点、並の兵士とはひと味違う。
「フフッ、やはり人馬から受けた槍傷は浅くなかったようだな。」
白炎で癒しはしたが、完治はしてない。痛む事は痛むのだが、塞がりかけた傷口を叩かせるデメリットと、おまえの油断を誘えるメリットを天秤にかけたら、油断の方が重かっただけさ。
「おまえとオレの格の差を考えれば、このぐらいのハンデがないと勝負にならん。来いよ、くすぶり野郎。」
血の付着した左手でチョイチョイと手招きしてやる。
「くすぶりではなく雌伏だ!……確かに貴様は短期間に幾度も大きな戦功を打ち立てた。だが、その名声は余に斃された瞬間に、余の物となるのだ!」
勝ち続けた男に勝った男はもっと強い理論か。捲土重来を狙うくすぶり野郎の考えそうな事だ。
「一理あるな。オレに勝てたら処刑人や黒騎士より上だと証明出来る。」
黒騎士の名誉なんざどうでもいいが、ケリーがおまえ以下と思われるのは癪だ。友の名誉の為にも負ける訳にはいかんな。
「剣狼よ、光栄に思うがいい。余が真価を発揮する相手は、ザラゾフの予定だったのだぞ。」
盾を構えたナバスクエスは前傾姿勢でダッシュしてきた。
「幸運だったな。閣下に喧嘩を売っていれば、ミンチにされるところだった。同じ死体になるにしても、相手がオレなら原形は留められる。」
アレックス大佐と戦ったレアンドロは、善戦はしたが最後は圧殺された。おまえが人外閣下に勝てるとは思えん。
「その減らず口を叩けぬようにしてやろう!……!!……苦し紛れの邪眼など余に通じると思ったか!」
十分に引き付けておいてから狼眼で睨みつけてやったが、ナバスクエスは盾で視線を遮りながら一歩踏み出し、足首に付けた鏡面装甲にオレの姿を映して刃も躱す。
「ほう。十分に対策は練ってきたようだな。」
「視線を合わせねば発動しない邪眼など下の下。自己強化型の邪眼こそが至高と知れい!」
刀の引き手に合わせながら距離を潰したナバスクエスは、シールドチャージしながら刺突を繰り出してきた。伝統的なマカナと違って、ナバスクエスが愛用するマカナの剣先には、玄武鉄の刃が取り付けられているのだ。サイドステップでマカナと盾を躱したが、動いた先に蹴り足が置いてある。
「もらった!」
またしても爪先で脇腹を捉えたナバスクエスは勝ち誇ったが、オレが左肘と左膝で繰り出した"
「ぬんっ!」
右足首を挟まれたナバスクエスは左足で地面を蹴って側頭蹴り、さらにマカナで脛払いを放ってきた。鍛えた体術を駆使した上下攻撃に対し、オレは身を屈めて側頭蹴りを躱しながら右足だけでバックステップ、下段斬りも回避する。
「並の兵士なら
二度の爪先蹴りで脇腹の傷口はまた開いちまったが、距骨にヒビを入れてやったのだからリターンは十分だ。
「……余が思った程、脇腹の傷は深くなかったようだな。最初の出血は偽り、小賢しい奴め!」
「元帥閣下、騙される方が悪いって言葉を知ってるか?」
「だが、新たに滲んだ血は本物のようだな。負傷の程度を偽っていただけで、無傷ではなかった。」
それを見逃すほど甘い男じゃないか。ま、負傷を抱えたまま一騎打ちに臨んで、マッチイーブンまで戻したのだから、上出来だろう。
「オレは脇腹、おまえは利き足にダメージを負った。これで五分五分だな。」
「面白い。手負いの豹と手負いの狼、どちらの底力が上か試そうではないか。」
盾を捨てたナバスクエス、その身に纏う緑の念真障壁が輝きを増す。本気モードってところだな。
「盾を捨ててオレの攻撃を凌ぎ切れるかな?」
納刀したオレは爆縮ダッシュで間合いを詰め、最速の居合斬りを見舞ってみた。翡翠の目を輝かせたナバスクエスは逃げずに迎撃、マカナを一閃する。ナバスクエスのマカナの切っ先はオレの肩を浅く捉え、オレの刀は空を切った。咬龍にカウンターを喰らったのは初めてだ。
「死ねぃ!」
素早くマカナを逆手に持ち変えたナバスクエスの横薙ぎ、後ろに跳んで躱したつもりでいたが、またもマカナの切っ先が胸元を捉える。
「……なるほど。それがジェイドアイの"もう一つの能力"だな?」
オレの天狼眼は狼眼にはない能力を持っている。翡翠の豹眼にも、豹眼にはない能力があったのだ。当主専用の特別な目とは、豹と狼だけに似たような特性をしているようだな。
「そうだ。余のジェイドアイは"睨んだ物の運動エネルギー"を減衰させる事が出来る。飛躍的に向上した認識力で敵の動きをつぶさに捉え、さらに視線で剣や足を鈍らせる事も可能。貴様の狼眼のように相手と視線を合わせる必要も、殺戮の力を刃に込める時間もいらぬ。※
「世間知らずの元帥閣下に教えてやろう。人の世に無謬も無敵も存在しない。人は過ちを犯すものだ。自らの非を決して認めない人間は、いずれ取り返しのつかない悲劇を招き、身を滅ぼす。」
心友がオレに教えてくれた。
"人が過ちを犯すのは当たり前で、必然の摂理でもある。小さな過ちに気付き改める事で、取り返しのつかない大きな過ち、悲劇を防げる。心の※種痘みたいなものさ"
今まで失敗も後悔も嫌になるほど経験してきたオレは、心の種痘は万全かもな。
「言わせておけばいけしゃあしゃあと。余の決断に間違いなどあり得ぬ!余は完璧なのだ!」
黙れ疫病野郎。そんな傲慢さが、この星を腐らせてきたんだ。
「ならば何故、アスラ元帥に敗れた。おまえが完璧だとすれば、レアンドロの戦死も計算通りなのか?」
「……うぬぬ……口だけは達者な…」
背中に仲間の視線を、想いを感じる。シュリの死、地球にいる親父や母さんとの関係。だけどオレが抱えているのは後悔や悲しみだけじゃない。かけがえのない仲間がいて、至福の糸で結ばれた絆がある。過去の心傷は未来への警鐘、オレは……あの悲しみを繰り返さない!
「息子が戦死したってのに、無謬を口にする男に生きる価値などない。だいたいおまえは、現在進行形で過ちを犯しているんだぞ?」
「現在進行形の過ちだと?」
「オレと戦う道を選んだ。それがおまえの最後にして、最大の失敗だ。」
傲慢な王に死刑執行を宣言したオレは瞳に力を込め、無双の至玉を顕現させる。
おまえは心こそ醜いが、力だけは王者に相応しい。だが我が剣、我が牙は神をも砕く。この星の未来の為に、ここで死んでもらうぞ。
※無謬
思考や判断に誤りがない事。
※種痘
天然痘の予防接種。
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