愛憎編59話 白い炎



「もう!兵団の部隊長と三対一とか、少尉も無茶するわね!私達が来るまで待てなかったの?」


駆け寄って来たリリスに早速お説教される。まあ最善手は仲間の到着待ちだったんだから、当然だわな。


「オレ一人で十分な相手さ。指揮車両をここへ。」


さほど間を置かずトンカチの駆るステルス車両が到着したので、装甲コートをシオンに預けながら乗り込む。


「隊長、脇腹の傷は大丈夫なのですか?」


「問題ない。シオンは案山子軍団を使って戦線を押し上げろ。オレは全体の指揮を執る。」


「ダー。」


ディスプレイで戦局を確認したオレは各隊に指示を飛ばす。右翼が崩れる方が早いと思っていたが、マヌエラが奮闘しているようだな。レアンドロの斃された左翼を崩して横撃させるのが手っ取り早いようだ。


「ギャバン少尉、河縁に押しやった敵の相手はピエールに任せて、横撃の準備を始めてくれ。」


「了解した。アレックス大佐に先頭に立ってもらって紡錘陣形を構築するよ。態勢が整ったら、即座に攻撃を開始する。」


「いや、即時攻撃の必要はない。ナバスクエスに"時間がない"と思わせるのが狙いだ。」


側面攻撃が始まったら、形勢不利と見たナバスクエスが逃亡する可能性がある。


「リスクを一人で背負う必要はない。右翼と左翼を崩してから本陣を包囲し、戦術勝ちしてもいいはずだ。」


「最後の油樽の封が解かれる時刻だ。火の勢いが衰える前に、勝敗を決したい。」


ナバスクエスを逃がしたら後々厄介だ。あの男はここで確実に始末する。


「カナタ君の事だから、多対一で討ち取る気はないんだろう? 豹の親玉に勝てるんだろうね?」


「自信がないなら戦術勝ちを狙うさ。そっちは頼んだぜ。」


「わかった。くれぐれも無理はしないでくれ。カナタ君は同盟の要なんだ。」


まったく、オレはいつになったら過大評価から逃れられるんだか。どいつもこいつも買い被りが過ぎる。


通信を終えたオレは碁でも打つかのように兵を動かす。ナバスクエスが出て来ざるを得ないように、念入りに布石を打ってやらんとな。


「大兄貴、医療キットを持ってきたッス。」


操縦席からキャビンに移動してきたトンカチは、シャツとアンダーを脱ぐのを手伝ってくれる。


「おう。そこに置いてくれ。」


上半身裸になったオレの負傷を確かめていたトンカチだったが、やはり脇腹の傷に目が留まる。


「ノゾミ、こっちに来てくれッス!大兄貴、脇腹の傷は結構深いッスよ!」


「大丈夫ですか、団長!」


オペレーターシートに座っていたノゾミは慌てて立ち上がり、オレの左脇腹を覗き込んだ。


「トンカチさん、消毒液を出して!止血パッチも!」


消毒液で血を洗い流し、止血パッチを貼ろうとしたノゾミの手を握る。


「早く止血しないと!団長、医療ポッドに入った方がいいです!こんな傷を抱えて完全適合者と戦うのは賛成出来ません!かろうじて内臓には達していないだけですよ!」


強い口調でノゾミに忠告されたが、オレは首を振った。


「だからこそ、ナバスクエスが出て来るのさ。"今なら勝てる"と思ってな。」


この傷も布石の一つだ。適当に負傷してやるつもりでいたが、トロン社の開発チームが有能だったお陰で演技の必要はなくなった。本当に負傷しちまったんだからな。


「大兄貴、無理は駄目ッスよ!ここは大事をとるべきッス!」


「成算がなければ戦わない。トンカチ、ノゾミ、見てろよ?」


極限まで精神を集中したオレの手のひらに、白い炎が灯る。炎を纏った手を脇腹の傷にあてると、白炎は傷口を癒し始めた。


「……嘘……出血が止まったわ!」


「兄貴!なんスかそれは!」


オレは八熾一族の惣領。熾の字を冠する血族が炎を灯せないはずがない。


「黒騎士は生命力を奪う"黒炎"を使うと話しただろう。それとは逆の力だ。」


心地の良い白炎は痛みを和らげながら出血を止め、かなりの速度で傷口を塞いでゆく。戦いながら使えれば最高なんだが、白炎による治癒は難易度が高く、これだけに集中する必要がある。仲間を癒す事も可能なだけに、他の能力との併用はなんとしても実現させたい。


「大兄貴は"特殊能力のデパート"ッスね。」


「そのデパートは小細工の品揃えも充実してる。ノゾミ、輸血用血液をビニル小袋に詰めてくれ。なるべく薄いのがいい。」


「イエッサー。」


ノゾミは指示通りに輸血パックの血を小袋に詰め替え、オレに手渡してくれた。


「今度はどんな策略を考えたんスか?」


「ナバスクエスは丸きりの馬鹿じゃないし、戦争はスポーツでもない。」


傷口に小袋をあてて、その上から止血パッチを貼る。白炎の長所は、衣服や止血パッチの上からでも効力を発揮する事だ。念真力でしか防御出来ないってのも黒炎と同じだな。


「なるほど!傷口を狙ってくるに違いないから、治ってないフリをするんですね!」


「そういう事だ。ノゾミ、予備の軍用コートを持ってきてくれ。汚れたコートじゃ血の滲みがわかりにくい。」


あえて打撃を喰らって血を滲ませ、そこからは苦痛を堪えながら戦うフリをする。白炎を操れる事はこの作戦で開示しなくてはならない。癒しの力を隠し持つのは、仲間に対する背信だからな。


この力に早く気付いていれば、シュリを死なせずに済んでいたかもしれない。……いや、白炎はシュリが開眼させてくれた力だ。治癒能力の存在は明かすべきだが、制約まで明かす必要はない。


……紅蓮正宗の補助がなければ白炎は使えない。これは八熾の能力ではなく、シュリの能力だったのかもしれないな……


─────────────────────


「テスカトリポカから陸戦部隊が出撃しました!ホレイショ・ナバスクエス元帥の姿を確認!」


やっと重い腰を上げたか。知らぬ事とはいえ、治癒する時間を与え過ぎだぞ。


「トンカチ、指揮車両を最前線に回せ。」


「合点ッス!」


「ノゾミ、シオンとシズルに"前進中止、戦線を維持せよ"と打電だ。」


「イエッサー!」


最前線へ到着した指揮車両から降り、案山子軍団の無事を確認する。コウモリみたいな羽根で羽ばたきながら、リリスが上空から報告を入れてきた。


(少尉、ジャガー戦士団本隊が急速接近中。数は約1000、接敵エンゲージまで5分ってところかしら。)


上空偵察を行う小悪魔を数発のライフル弾が襲ったが、分厚い念真障壁に弾かれる。


(リリス、降りて来い。なかなかいい腕の狙撃手がいるようだ。)


敵の最精鋭部隊を迎え撃つべく、カプラン師団からも精鋭が駆け付けて来た。おや、アイツは……


「デンスケ、生きていたのか。」


「お陰さんでね。部下も全員無事だ。今のところは、だが。」


デンスケも手傷は負っているようだが、軍服の汚れはほとんど返り血だ。汚名を返上しようと奮戦したらしい。ターキーズ本隊を従えたカプラン元帥が歩み寄って来て、新入りを褒め称える。


「兎場クンはなかなか良い働きをしてくれた。この戦役が終わったら、准尉に昇進させて半個大隊を指揮してもらおう。」


「ありがとうございます!今後も微力を尽くします!」


感激の勢いが余ったのか、やけに大袈裟な敬礼をするデンスケ。元は大隊長だったんだから、失地を半分は取り戻せたな。


「カプラン元帥は下がっていてください。乱戦になる可能性があります。」


案山子軍団とターキーズで約1000名。ジャガー戦士団本隊もほぼ同数だ。可能性は低いと思うが、ナバスクエスが乱戦を仕掛けて来ないとは限らない。


「元帥が出張って来るのだから、元帥が出迎えてあげないとね。なに、乱戦が始まったらピーコックの後ろに隠れているよ。」


「元帥、私はガード屋じゃないんだよ?」


閣下の直衛に付いているピーコックはボヤいたが、本当にそうしてもらった方がいいだろう。"人形使いパペットマスター"カプランの実力は確かなのだが、これがデビュー戦だ。乱戦ってのは経験がモノを言う。念の為に熟練兵ウォッカにも閣下のガードを頼んでおこう。


(ウォッカ、乱戦になったら閣下をガードしろ。)


(了解だ。ビーチャムもすっかり一人前になっちまって、俺がアシストする必要もねえからなぁ。)


そう思うんなら、そろそろ部下を抱えてくれよ。戦死した部下の仇も、獄中で自決したんだからさ。


「カナタ君、お客様がご到着だ。」


一糸乱れぬ横列陣形を敷いて前進して来るジャガー戦士団。その先頭に立っているのは"獣人"ナバスクエスだ。顔を視認出来る距離まで近付いてきたナバスクエスは、カプラン元帥に向かって声を張り上げた。


「ジョルジュ・カプラン、そこにいたか!兵卒をチマチマ戦わせてもつまらぬ!ここは元帥同士の一騎打ちで雌雄を決しようではないか!余の挑戦を"怖くて受けられない"とは言うまいな!」


一騎打ちを挑まれたカプラン元帥は涼しい顔で答えた。


「私は武ではなく、知を競いたい。尻に火が点いて追い立てられて来たのだから、そっちの勝負はもうついてるかな?」


項羽と劉邦も似たようなやりとりをしたらしいが……歴史ってのは世界を変えても繰り返すのかねえ。


「ほざけ!河を使った火計は剣狼の発案だろうが!他人の褌で勝負するなど、元帥のやる事ではない!」


「元帥の仕事は二つ。知恵者の献策を用いる事。そして結果に責任を持つ事だ。ナバスクエス元帥、私からも提案しよう。これ以上の流血を望まないのは私も同じだ。貴官も私も用兵家、ならば兵を用いる事こそ王道。ここは一つ、双方の代表者による一騎打ちで雌雄を決しようじゃないか。」


この上なく歯切れ良く、話の矛先を逸らすカプラン元帥。自分では勝てないから戦えない、という本質から巧みに論点をすり替えやがった。


「………」


相手が答えに窮したと見れば、畳みかけるのがディベートの基本。カプラン元帥は大袈裟でも控え目でもない絶妙な身振りを交えて自分を演出する。


「一騎打ちに負けた側は撤退し、勝った側は追撃しない。同盟元帥、ジョルジュ・カプランの名において信義を守ると約束しよう。ここにいる全ての兵士が証人だ。」


なるほど。カプラン元帥は一騎打ちのお膳立てをする為に出張って来たんだな。


「そんな約束が信じられるか!貴様がホラ吹きなのは余も知っておるわ!」


「そう思うなら乱戦を仕掛けてきたまえ。私は一向に構わない。それとも何かね? 私が相手なら一騎打ちは望むところだが、相手が剣狼だと怖いのかな? おやおや、図星だったみたいだね。機構軍元帥、ホレイショ・ナバスクエスは剣狼に臆して勝負を受けられないのだそうだ。兵士諸君、遠慮せずに笑いたまえ。ハッハッハッ、何が"獣神"だ!勇気と気概がチキンにも劣る男が、よくも神だの王だのと名乗れたものだね!」


さも可笑しそうに笑う論客。言葉の喧嘩ならナバスクエスなんざ敵じゃないよなぁ。ですがカプラン元帥、チキンハートなんて俗語が生まれるぐらい世間じゃ誤解されてますけど、鶏、特に雄鶏はかなり獰猛な生き物ですよ?


同盟兵の嘲笑に耐えられなくなったナバスクエスは、血相を変えて怒鳴り散らした。


「黙れ!笑うのを止めろ、賊軍の賎民どもめが!賎しき軽輩の分際で、王である余を愚弄する事は許さん!!」


すっかり乗せられちゃってまあ。将軍や兵士としての実力はともかく、王の器じゃないねえ。


「雌鶏みたいに喚いてないで、武勇で黙らせてみたらどうだ? オレを斃せばみんな黙る。それともアスラ元帥に負けた時みたいに、四つん這いになって糞尿を垂れながら逃げ出すかい?」


紅蓮正宗を抜きながら歩み出る。アスラ元帥に惨敗した事は、おまえにとって拭い去りたい過去だ。その屈辱を晴らす為に、ここまで来たと言ってもいい。カプラン元帥に言いくるめられたおまえに、もう逃げ場はあるまい。


「……よかろう。王の刃で斃れる事を光栄に思え!」


マカナとアーモンド型の中盾を構えたナバスクエスも前に歩み出てきた。結局のところ、この男は暴力でしか問題を解決出来ないのだ。


さて、始めるか。乱戦になってもコイツの首級は誰にも渡さん。オレの手で、骸骨戦役を終わらせてみせる。



……東雲中将、見ていてください。仇は必ず討ちます。

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