愛憎編58話 人馬兵VS剣狼



※カゲユ・サイド


「……蟲兵衛、もう自分で立てるし走れる。」


影由の申し出を受けた蟲兵衛は、彼女を地面に降ろした。


「そうかえ。狼眼以外の傷はどうじゃ?」


「……浅手だから問題ない。……さっきはありがとう。……蟲兵衛の方こそ、傷は大丈夫なの?」


「蟲術で作った複腕に痛みなどないわえ。影由、おヌシは腕は確かじゃが、心根に隙があるぞえ。昔馴染みの死に激昂するのはわかるが、邪眼使いのまなこを覗き込むなど論外じゃわえ。」


「……うん。ジークは勝てると思う?」


素直に反省した影由は蟲兵衛に勝敗の見立てを聞いてみた。


「勝てる訳がないわえ。トロン社から何やら提供されたようじゃが、試作兵器で斃せるような男なら黒騎士がどうにかしておる。」


「……戻ったら煉獄から咎められそうだね。」


「申し開きは儂がやる。"勝てずとも良いから消耗させろ"という命令も、こなせたかどうか怪しいからのう……」


「……蟲兵衛って面倒見がいいよね。」


顔に似合わず世話好きらしい忍者は、炎の河を渡って撤退する方法を考え始めた。


「口下手のおヌシよりは、まだ儂の方がマシなだけじゃわえ。元帥が負けたら撤退する陸上戦艦が出てきおるじゃろう。そいつに飛び乗るのが良さそうじゃの。」


「……勝ったら?」


「勝てば逃げる必要はなかろうえ。さすれば儂らの失態は誤魔化せようが、期待薄じゃのう。」


儂と影由の都合を考えれば元帥の勝利が望ましいが、この星の為には剣狼の勝利が望ましいのじゃろう。そんな事を考えた蟲兵衛の忍装束の袖を、影由はそっと引いた。


「なんじゃの?」


「……蟲兵衛、あの船を見て。」


影由が鎌の刃先で差した船は、船首を前に向けたままジリジリと後退を開始していた。


「ほっほっ。もう風見鶏が出おったか。影由よ、行くぞえ。」


「……うん。」


戦艦の死角に回り込んだ影由は、投げた分銅を後尾の副砲に巻き付け、船体をよじ登った。蟲兵衛も垂らされた鎖をロープ代わりに這い上がり、二人で戦場の様子を観察する。


「蟲兵衛、お煎餅食べる?」


「頂くわえ。」


影由がベルトポーチから取り出した個包装の煎餅を受け取った蟲兵衛は、返礼に渋茶の入った水筒を甲板に置く。二人は煎餅を囓りながら渋茶を啜り、望遠アプリで一騎打ちを見守る。


「……トロン社は剣狼対策を研究してたみたいだね。だけど蟲兵衛が"恐ろしい"と言うだけあって、彼の戦闘技術と身体能力はズバ抜けてる。」


「恐ろしいと思うたのは、技術や能力ではないわえ。」


「……?」


「あのお若いのは手練れ三人に挑まれておるのに危機感を覚えるどころか、"これで仲間は安全だ"と安堵しおったのじゃ。これは狂人の発想じゃよ。里の者なら"己の命をなんじゃと思うておる!"と説教するところじゃわえ。」


「……私達に勝てる自信があったから、じゃないかな?」


煎餅を食べ終えた蟲兵衛は煙管を取り出し、火を点けながら答えた。


「自信があったにしても、前後が逆じゃ。まずは死線に身を置く我が身を案じ、無事に切り抜けた後に、これで仲間は安全になったはずと考えるのが真っ当じゃわえ。ところがあのお若いのは、己を軽重を計る天秤に載せておらん。命を軽く考えておるとかいった話ではなく、そもそも勘定に入っていないのじゃ。利他主義もあそこまで行くと異常じゃわえ。」


"蟲兵衛も人の事は言えないと思うけど。まひるちゃんと地走衆の為に徹底的に自分を殺し、さっきは里の者ではない私を助ける為に危険を冒した"


影由はそう思ったが、口にはしなかった。献身を重んずる苦労人が"異端の異常者"と感じたのならば、自分が実像を捉え損ねている。奥群影由は自身の思考心情より、地走蟲兵衛の経験と直感を信じているのだ。


────────────────────


「格上相手に居残ったんだ。奥の手とやらに自信があるんだろ? 早く見せてみろよ。」


どうせスペック社かトロン社の作った新兵器だろうがな。コイツはカーチスさんの言っていた"わかりやすい強さを過信するサイボーグ"だ。だから一流にはなれても、超一流にはなれない。


「俺は"機構軍最強のサイボーグ兵"と呼ばれている。だが、明日からは"機構軍最強の兵"に格上げだ!見よ、剣狼!」


敵兵モブの隊列から超大型バイクが飛び出してきて、前輪の両サイドに取り付けてある大口径ガトリングガンを乱射してきた。もちろん、そんなヒョロ弾に当たってやるオレじゃあない。磁力で弾道を逸らしてお仕舞いだ。


「脳波誘導システム搭載の大型バイクを使ったコンビ戦法か。リガーのよく使う手で、特に珍しくもないな。」


そもそもおまえ程度の念真強度なら、パルスジャマーシステムで連携を阻害出来るんだぞ?


「馬鹿めが!そんな使い古された戦法で最強を名乗るものか!トロン社が極秘開発したサイボーグ専用バイク、"ケンタウロス"の力をとくと見よ!」


バイクに向かってジャンプジェットで跳んだジークは、、バイクと合体した。妙ちくりんなシートだと思っていたが、そういう事かよ。


「今週のビックリドッキリメカだな。そんなもんがあるのなら、三人掛かりの時に使っとけよ。」


「それではにならんだろうが!」


上半身は人間、下半身はバイクね。見た目は異様でも、中身はライドオンしたリガー兵と大差ないだろうに。


「バイクの欠点を知ってるか?」


バイクの腹から取り出した折り畳み式のランスを片手にチャージして来るジークに磁力槍の狙いを定め、解き放つ。


「動きが直線的で、サイドステップが出来ない、だな。だが俺には出来る!」


ジークはバイクから生えた四本の脚で、横っ跳びして磁力槍を躱した。


「なるほど。だから"人馬兵ケンタウロス"か。」


サイボーグとはいえ、脳は生身。そして人間の脳は四本の脚を操るようには出来ていない。訓練か戦術アプリの力で四本脚を自在に操る術を覚えたってところか。


「二輪を使って高速走行、四本脚で小回りをカバー、人馬一体の俺に隙はない!人型サイボーグとは搭載武装も桁違いだぞ!」


叫びながら馬体から現れたネイルガンを発射するジーク。磁力で軌道を捻じ曲げようとしたが、通じない。セラミック製の太釘かよ!


「トロン社はおまえと違って考えているようだな!」


紅蓮正宗で弾き落とそうとした瞬間、針が爆散した。咄嗟に両腕で顔をカバーしたが、破片のいくつかが体に刺さる。


「対剣狼兵装はまだまだあるぞ!全部見せるまで死ぬな!」


セラミックネイルの第二陣は跳躍して躱したが、跳んだ先には槍の穂先が待っていた。


「馬は跳ぶのも得意だと知らなかったか!」


「馬鹿面のおまえはお馬さんになる適性があったらしいな!」


穂先を掴んで鉄棒代わりに一回転、背後を取ったが…


「馬に蹴られて死ねい!」


後ろ脚の強烈なキックを二刀を使った十字守鶴でブロックしたが、衝撃で後ろに飛ばされる。着地際に向かってランスチャージを敢行してきたジークに狼眼を喰らわせようとしたが、ジークは遮眼帯ブリンカーを装備していた。


「狼眼など通じん!ケンタウロスは音の反射で得た位置情報を視覚化する機能を搭載しているのだ!」


潜水艦のソナーと同じ仕組みか!馬体から超音波を発しながら戦っているようだな。


「どうせセラミックランスの穂先も爆発する仕掛けなんだろ!」


予想通り、槍の穂先が爆発したので今度は念真障壁でブロック。だが……穂先のなくなったランスの中からミニランスが飛び出て来る事までは読めなかった。爆発でダメージを与えるのが目的ではなく、濃い煙で内蔵槍の射出を隠蔽する兵器だったのだ。


「せいっ!」


念真障壁を貫通したミニランスが脇腹に刺さったまま反撃に転じたが、ジークの背中を浅く斬っただけだった。


「ハッハッハッ!ケンタウロスの前に手も足も出ないようだな!」


二輪走行から四脚に切り替え、予備のランスを取り出しながらこちらを振り向くジーク。ランスチャージの利点は攻撃と離脱を同時に行える点だ。斬り合いに応じないなら、技量の差は問題にならないと開発チームは考えたのだろう。


「おまえの力ではなく、トロン社の開発チームが優秀なだけだ。」


脇腹に刺さったミニランスを引き抜き、投げ捨てながら開発チームを褒めてやる。よし、筋肉の収縮が間に合ったお陰で、傷は内臓には届いていない。


さて、どうしたものかな? ジークは馬鹿だが、トロン社の開発チームはオレをよく研究している。音響レーダーで狼眼を封じ、一撃離脱のトリック武器でダメージを与える。予備のランスには違う仕掛けが施されているだろう。


手榴弾でも投げてやれば、爆音でソナーを無力化出来そうだが、機能回復までジークは逃げ回るだろう。さすがにオレもバイクより速くは走れない。時間を稼いで案山子軍団の到着を待つのが最善手だが、それはやりたくねえよなぁ。


「覚悟は出来たか、剣狼?」


人馬兵はドリルみたいな形状のランスを高々と天に掲げる。高速回転して殺傷力を上げる武器のようだな。音の反響で動きを見てるなら、奥の手を使えば瞬殺なんだが、アギト戦までは温存しておきたい。


「前座の割りには楽しめた。そろそろ幕を引こうか。」


トロン社にわからせる為にも策は用いず、正攻法で叩き潰す。オレは紅蓮正宗を鞘に納めて腰紐を外し、鞘を肩に担ぐような構えを取る。


「舞台を去るのは貴様だ!死ねぃ!」


ドリルランスでの突進……高速回転するランス……ケンタウロス開発チームの考えそうな事は読めた!


距離が詰まった瞬間、ドリルランスから複数の単分子鞭が飛び出し、糸傘を形成する。予想通り、ランスを躱されても回る糸で仕留める二段構えの広範囲武器だ。


「鞘の内の勝負、見えたぞ!」


足の爆縮を使って跳躍しながら、打ち下ろしの居合斬りを繰り出す。夢幻一刀流・四の太刀破型、咬龍天雷は徒歩かちの剣客が馬上の敵を仕留める為に編み出された技だ。


「ぐはっ!!」


脳天を唐竹割りされた生身の上半身は死に、機械の下半身は惰性で走り続けたが、やがて倒れた。


「二輪と四足の長所を組み合わせたと豪語したが、不完全だったな。」


四足モードであれば咄嗟に跳ぶ事も出来たかもしれんが、切り替えが間に合わなかった。オレの反射神経と身体能力なら、あの程度の範囲攻撃を躱す事は難しくない。そしてどんなに優れたソナーであろうと解析を挟む分、肉眼で見るよりは遅い。コンマ単位の反応の遅れが、人馬兵の命取りになったのだ。


一騎打ちを制したオレは、ターキーズに馬体部分の持ち帰りを命じた。バイクの速力も捨てがたいと欲張ったせいで敗北したが、人馬兵というアイデアは悪くない。



トリクシーなら局面によっては、有効に機能するオプション装備として扱えるだろう。ジークと違って兵装を過信する事もなく、戦闘頭脳も優れているからな。開発に成功したら、一緒に記念撮影しよっと。

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