愛憎編57話 外道は死すべし
「戦線を押し上げるぞ!オレについて来い!」
ターキーズの分隊を率いながらラインを構築し、前進する。このあたりの駆け引きはアメフトかラグビーに近いものがあるな。敵も一度は持ち直し、最終防衛ラインを形成するだろう。そこに温存していた案山子軍団を投入してフィニッシュだ。
(隊長、案山子軍団がそちらへ向かっています。無理はしないでください。)
心配性の副長からのテレパス通信に"敵軍の防衛ラインに注視しろ"と返答しながら、さらに前進を続ける。
(少尉、サンドラパパが豹の倅を討ち取ったわ!指揮官を失った左翼は小デブと巻き毛マッチョが奮闘して戦線を押し上げてる。地力に優る右翼も問題なしよ。)
予定通り、巻き毛の親子が上手く戦線を巻きにかかったようだな。……フフッ、傑作。
(了解だ。右翼軍が崩されたなら、御大が出張って来るしかあるまいよ。)
(相手も完全適合者よ。油断しないでね。他隊の援護をしながら前進してるから、到着は15分後よ。)
(前進よりも他隊の援護を重視しろ。以上だ。)
ナバスクエスが勝つには、ここらでオレかカプラン元帥を討ち取らないといけないだろう。狙いやすいように最前線に出張ってやってんだ。勿体つけてねえで、とっとと出て来いよ。
「っと!危ねえ。」
雑兵の中から巨大な鉄球が飛んできやがった。手練れの伏兵が潜んでいたらしいな。
「よくぞ躱した。流石は龍ノ島の狼と褒めておこうか。」
フード付きの軍用コートを脱ぎ捨てた男の左手は刺付きの鉄球、右手は高周波振動剣。最後の兵団のサイボーグ兵士、"
「飯を食うのに不便そうな腕だな。機械油でも飲んでるのか?」
「ほざけ!騎士を愚弄した罪で極刑を言い渡す!」
「真っ当な叙勲を受けてるようには見えんが。殺れるもんなら殺ってみな。」
サイボーグらしくローラーダッシュで距離を詰めてくるジークムント。かなりの速さだが躱すのは難しくない。
「取ったわえ!」
突進を躱そうとした瞬間、オレの足首は地中から現れた手に摑まれていた。オレに気配を読ませないとは大した奴だ。初手はおまえらの勝ちだと認めてやろう。
「……ほう。サイボーグだけあってなかなかの馬力だな。」
ショルダータックルで弾き飛ばされたオレは、空中で態勢を立て直して着地する。咄嗟に刺付き肩当てに砂鉄を貼り付けて刺突は封じたが、衝撃までは殺せない。
「……一筋縄ではいかんようじゃのう。骨が折れそうじゃわえ。」
地中から姿を現したのは"三面六臂の"地走蟲兵衛。煉獄の差し金でナバスクエスを援護に来ていたのか。
「地中に潜んで"仮死の術"を用い、気配を殺した。目覚めのキーワードは"ローラーダッシュの駆動音"だな。」
謎解きをしながらうまごろし♡を投げ捨て、紅蓮正宗を抜く。機動力のある手練れを相手するのに斬馬刀は不向きだ。
「当たりじゃ。クリスタルウィドウにおっただけあって、忍術に詳しいようじゃのう。」
加勢しようと駆け寄って来るターキーズを手で制する。兵団の部隊長が相手では、庇いながら戦うのは無理だ。向こうも雑兵を乱入させる気はないようだから二対一。この程度のハンデは上等だぜ。
「来ないのか? グズグズしてると案山子軍団が到着しちまうぞ。」
多対一で挑んできた以上、同じ事をされても文句は言えまい。リックとシズルが前衛に立ち、ナツメとビーチャムが遊撃、ロブとシオンが中距離から援護。リリスが障壁を張ってサポートすれば、部隊長級のサイボーグとて形勢は不利。何をやって来るかわからん蟲兵衛の相手はオレがやった方がいい。
「やらいでか!二対一でも勝てると驕る心が命取りだ!」
大柄なジークが前を走り、小柄な蟲兵衛はその真後ろ。当たり前だがオレを倒す為に戦術を練り上げてきたようだな。煉獄にしてみれば"勝てなくとも消耗させればいい"ってところだろうが……
「とあっ!」
義足に仕込んだジャンプジェットでオレを飛び越し、前後から挟み撃ちか。背後から飛んで来る刺付き鉄球は念真磁力壁で受け止め、眼前の忍者を仕留める!
「それが"三面六臂の術"か!」
死角にいた蟲兵衛の横腹からは、四本の腕が生えていた。そして左右の頬骨の下で瞼を開いた二つの目。噂通りの異形の兵士だな!
「左様。冥土の土産に儂の芸を御覧あれ!」
小太刀六刀流とは恐れいったぜ。こんな奇抜な剣法と戦った経験はさすがにない。右からの三太刀は紅蓮正宗で、左からの三太刀は逆手抜きした蝉時雨でいなしたが、反撃にまでは手が回らない。オレの腕は二本しかないのだ。
「背中がガラ空きだぞ、剣狼!」
「空けてやってんだ、阿呆ゥ。」
背後から迫る高周波振動剣を跳躍して躱し、ついでにジークの後頭部に蹴りを入れて距離を取る。着地と同時に狼の目で睨んでやったが、そこは兵団の部隊長。咄嗟に目を切って逃れやがった。
「フン!頭蓋もサイボーグ化している俺にそんな蹴りなど通じん。そろそろエンジン全開で行くぞ。」
ドルンと音がしてジークの手足から蒸気が噴出される。カーチスさんも本気を出す時はこんな風になってたっけな。
「格上相手に戦う時はハナから全力で来い。蟲兵衛さんはそうしてっだろ。」
こういう場合は、どっちが与し易いかを見定めるべきだ。……断然、ジークだな。蟲兵衛は忍者だけあってかなりの曲者だ。
「貴様こそ二対一で余裕を見せてる場合か!」 「ジーク、挑発に乗るでないわえ。」
左右に分かれた二人は、足を活かしてどちらかが死角へ回ろうと試みる。中距離から鉄球と手裏剣で牽制しつつ、隙あらば飛び込む。そして至近距離では長々と打ち合わずに一撃離脱に徹する、か。接近戦で狼眼を躱しきるのは困難と考えているな?
「フン!噂ほどではないな!これなら二対一ではなく、一騎打ちでもよかったぐらいだ!」
高周波振動剣が空振りしたジークは二の太刀を放たず、ジェットローラーで離脱。爆縮を使って追おうとしたが、横合いから六本の刃で斬りつけられ、機を逸した。歳を食ってるだけあって、間合いの計り方も仕掛けるタイミングも絶妙だな。
「老練だな、地走蟲兵衛。」
初太刀を止められた忍者は斬り合いには応じず、連続側転で距離を取った。
「ふふ、世辞で油断するほど若くないぞえ?」
本気で褒めてんだよ。惜しむらくは人選をミスった事だな。バカとツルむべきじゃなかった。
「同時攻撃だ!俺に合わせろ、蟲兵衛!」 「わかったわえ!」
背後に回り、左右から挟み込むように仕掛けてくる二人の手練れ。オレを振り向かせておいて、本命は……
「……そう来ると思っていたぞ。」
手数は多いがパワーに欠ける蟲兵衛の斬擊は利き手の剛擊夢幻刃でまとめて跳ね上げ、パワーはあっても精度に欠ける高周波振動剣は左手の蝉時雨で叩いていなす。そして背後から襲ってきた
「……見抜かれておったかえ。」
「考え足らずの鉄屑男が、三度も"二対一"と強調すれば、どんな間抜けでも"三人目がいる"と気付くさ。最後の刺客よ、おまえも舞台に上がれ!」
後頭部から数センチのところで静止した分銅を掴んで力任せに引っ張る。人間分銅に巻き込まれては溜まらんと、騎士と忍者は跳び退って鎖を躱した。
「確か最後の兵団十三人衆の一人、
振り回してから地面に激突させるつもりだったが、影由は空中で体を翻し、足から地面に着地してみせた。
「……人の多い所は苦手。メリーゴーランドは乗った事ないから好きか嫌いかはわからない……観覧車はちょっと好きかも……」
得物を奪われまいと踏ん張りながら、女刺客は律儀に答えた。ひょっとして、いい奴なのかもしれない。
「影由、軽口にバカ正直に答えるな!見ろ、ニヤニヤ笑ってやがるぞ!」
苛立ったジークは同僚を怒鳴ったが、影由は鎖を手に巻きながら、綱引きに応じる構えだ。パワー負けするのはわかっているが、オレの左手を封じられるなら良しと割り切ったな。チームプレイに向いてるタイプだ。
「お若いの、何がそんなに可笑しいのじゃね?」
ニヤニヤが止まらないオレの姿を不気味に思ったのか、初老の忍者にそう問いかけられたので、正直に答えてやる。
「愉快に決まっているだろう。兵団はトガ師団に狂犬と変態小僧を差し向け、さらにおまえら三人を刺客に送り込んできた。部隊長を五人も欠いた状態で、アスラ部隊と戦う事は出来まい。つまり、オレの仲間は安全って訳だ。」
「……アルハンブラの言っておった通り、異端の異常者じゃわえ。久方ぶりに恐ろしいと思うたぞ……」
「異形の忍者に言われてもな。
蟲兵衛の複腕は、表皮を癒着させた蛆虫の集合体だ。シュリやホタルも虫の名を冠しているが、実際に蟲を使役している訳じゃない。だがこの男は、本当に兵器化した蟲を使役するのだ。
「問答などしている場合か!ここで剣狼を討ち取って、ダイスカークの鼻を明かしてやろうぞ!」
機甲騎士は黒騎士と張り合いたいらしい。だったら一対一で勝負しろってんだ。
「無理だと思うが頑張れ。」
三対一で左手が使えないのは不利だ。とりあえず分銅を影由に投げ返して、地面に刺した蝉時雨を手に取り、構える。
「……貴方に恨みはないけど、仕事だから。奥群風刃流・鎌旋風!」
風刃を纏った鎌が弧を描き、小太刀を収めて鞭を取り出した蟲兵衛が影由を援護する。
「影由、格上相手に遠慮はいらんわえ!地走忍術・
「小賢しい。鎌鼬と蛆の化身が力を合わせたとて、天狼の歩みを止める事など叶わぬ。」
鎌と風刃は念真力を纏わせた蝉時雨で弾き、地中から襲ってきた四本の鞭は紅蓮正宗で斬って捨てる。
「俺はそこの二人とは一味違うぞ!」
ジークの軍服の太股が破れ、ミサイルポッドが顔を覗かせる。
「撃つな、ジーク!剣狼にミサイルは通じぬわえ!」
「特注の多弾頭ミサイルを躱しきれるか、剣狼!」
蟲兵衛の忠告を無視して放たれる対人ミサイルの雨。オレに脳波誘導ミサイルなんぞ通じるか!
「なにっ!? ミサイルのコントロールが効かん!」
明後日の方向に飛んだミサイルは次々と地面に着弾し、土煙が上がる。
「言わんこっちゃないわえ。零式を搭載した兵士はパルスジャマーシステムを使える。不勉強は命取りじゃぞえ。」
兵団の部隊長には零式が与えられているはずだが、ジークは例外らしいな。ははーん、煉獄の奴、生身の部位が少ないサイボーグに零式は勿体ないってケチりやがったんだな。ウチの司令はサイボーグ兵士のカーチスさんにも惜しげもなく零式を与えたってのによ。
地形を利用するのは兵法の常道。土煙を煙幕に使って影由に接近する。馬鹿と曲者の相手は後回し、まず狙うべきは、距離を選ばず戦えるおまえだ。
「……つ、強い!」
接近戦を挑まれた影由は、左腕に巻き付けた鎖を盾に使いながら、右手の鎌で応戦して来る。
「おまえもな。※助九郎より二枚、バイケンより一枚は
「バイケンを知ってるの!? 軍を辞めてどこに!」
「冥土だ。オレが始末した。」
「どうして!バイケンはもう、機構軍とは無関係なのに!」
腕はバイケンより上だが、心構えがバイケンより甘い。
「理由はバイケンに聞くがいい。」
「ああっ!!……ふ、不覚!」
目を切るのが遅れた影由は狼眼をモロに喰らい、目を覆いながら片膝をついた。
「影由!!」
老練さをかなぐり捨てて割って入った蟲兵衛を冷静に迎撃、だが決死の忍者は複腕を二本、斬り落とされながらも影由を抱えて跳躍した。
「逃すか!」
なかなかの跳躍力だが、緋眼に比べりゃ遅いし低い!空中で斬って捨ててやるつもりでいたが、紅蓮正宗は空を切った。蟲兵衛は手にした鞭で地面を穿ち、巻き取りの反動で急降下しやがったのだ。
「ジーク、退くぞえ!!」
蟲兵衛は影由を抱えて走りながら撤退を促したが、ジークは従わなかった。
「指図するな!俺にはまだ奥の手がある。」
「影由はもう戦えん。儂も複腕の再生には時間を食うし、剣狼は三面六臂の術も見切り始めておる。」
いい読みだ。確かに他に例のない闘法だけに戸惑ったが、"成就者"ジェダの手足+チャクラムの同時攻撃を経験したオレは目さえ慣れれば、対応出来なくもない。同じ爺様でも、技量はジェダが上だったしな。
「……蟲兵衛、私はまだ戦える。」
「黙っておれ!まだ戦えるとしても、剣狼は風刃流にも慣れておる。勝ち目はないわえ。」
ここで三人とも始末するなどと欲をかかず、一人を確実に討ち取っておくか。
「逃げるなら追わぬ。去る前に教えておこう。シド・バイケンはロードギャングに身をやつし、辺境に生きる人々から略奪を行っていたがゆえに成敗した。不服ならば、傷が癒えてから挑んで来い。オレは逃げも隠れもせん。」
「だそうじゃ、影由。」
「……さすれば是非もなし。シド・バイケンともあろう者が、なんと愚かな……」
狼眼を喰らった時より痛々しい表情で呟く影由。こんな性格でよく、汚れ仕事を請け負う"真夜中の騎士団"にいられたな。何か事情がありそうだが……
「悪行を働き、人を信じぬ孤高の強者だったが、風刃流だけは信じて戦った。おまえも奥群風刃流の使い手ならば、兵団に与するのは止めておけ。」
「…………」
好き好んで手を貸している訳ではなさそうだな。そんな問答に苛立ったのか、ジークは大声を張り上げた。かなり気の短い男のようだ。
「負け犬どもは失せろ!この俺が剣狼を仕留めて凱旋するのを楽しみに待つがいい!」
「ジークよ、奥の手がどんなものかは知らぬが、絶対に勝てぬぞえ。」
最後の老婆心、いや、老爺心から忠告する蟲兵衛に、ジークは吐き捨てた。
「消えろ!目障りだ!」
「忠告はした。後は好きにするがええわえ。剣狼殿、多対一に不意討ちは御容赦を。真っ当に挑めば勝ち目はなかったものでのう。それでは御免仕る!」
面構えは悪人そのものの異形の忍者は、丁寧に一礼してから去ってゆく。兵団を弱体化させるなら、ここで討ち取っておくべきなのだろうが、そんな気にはなれんな。……オレも甘さが抜けないねえ。
「来いよ、前菜。
死に物狂いになった蟲兵衛&影由と戦い、消耗するのを避けた。後付けだが、逃がした理由はそれでいいだろう。だがジークムント・トロスト、おまえは逃がさん。
兵団に組み込まれたおまえが協定破りをやらかした事は聞き及んでいる。悪党は場合によっては生かしておくが、外道は死すべし。オレのルールに変更はない。
※助九郎 バイケン
奥群風刃流の使い手、シド・バイケンは前作の戦役編13話で、反間助九郎は激闘編27話でカナタと戦い、斃されています。
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